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「食と農」の博物館 (3) お菓子の世界(博物館紹介)

ー 生活の中のお菓子文化の役割と歴史を探るー  お菓子は日本の社会生活の中で重要な食事文化を形成している。このセクションでは日本で生まれた各種菓子の形成とルーツを訪ねると共に生活の中でどのような役割を果たしているか、その特徴は何か、歴史的な観点から見てみる。特に、京菓子の魅力と歴史をおってみることにした。 +++++++++++++++++++ ♣ 江崎記念館(江崎グリコ)                    所在地:大阪市西淀川区歌島4-6-5  Tel.06-6477-8257HP: (https://www.glico.com/jp/enjoy/experience/ezakikinenkan/  → グリコの創業の歴史や創業時から現在まで受け継がれている菓子作りの技術や創意工夫をみることができる記念館。館内ではVRを活用しており、栄養菓子「グリコ」を試作やハート形ローラー、真空釜の実像がみられるほか、主力商品、歴代道頓堀グリコネオンのジオラマ、創業者・江崎利一が生前使用した思い出の品々愛用していた机・椅子などの展示もある。創業の歴史をみると、1919 年、カキの煮汁に多量のグリコーゲンが含まれることを確かめた江崎利一は、グリコーゲンを活用した食品の商品化に着手したと伝えられる。やがて生まれたのが「栄養菓子グリコ」であった。 1922 年には大阪の三越で赤い箱の栄養菓子「グリコ」を販売を開始する。戦時中、工場の焼失などがあったが、ビスケット製造からスタートして、「ビスコ」の製造を再開。次いで「グリコ」も復活。復興後「アーモンドチョコレート」「プリッツ」「ジャイアントコーン」「ポッキー」などの超ロングセラー商品を次々に生み出している。消費背活が豊かになるにしたがって、デザート類へのニーズが高まると、「プッチンプリン」を筆頭に、「カフェオーレ」「パナップ」「セブンティーンアイス」を誕生させている。記念館では、食品、菓子メーカーの成長を確認することができる。 ・参考:江崎グリコ(Glico) 沿革 https://www.glico.com/jp/company/about/history/ ・参考:江崎記念館 | Yahoo!トラベルhttps://travel.yahoo.co.jp/kanko/spot-00017026/ ++++++++++++++ ♣ グリコピア神戸(江崎グリコ)  ()                  所在地:兵庫県神戸市西区高塚台7丁目1番  Tel.078-991-3693HP: https://www.glico.com/jp/enjoy/experience/glicopia/kobe/  → 家族向けの商品紹介と工場見学を組み合わせた観光博物館。普段は見学することができない貴重なビスコ工場内をスマートフォンやパソコンからご見学できる。ポッキーやプリッツの製造工程を近くで見学できるだけではなく、最新鋭の機械で作られた商品がお店に並ぶまでをわかりやすく説明してくれる。グリコの歴史や歴代のおもちゃも展示している。同様の施設は、千葉、埼玉などにもある。 +++++++++++++++++ ♣ 森永エンゼルミュージアム  所在地:神奈川県横浜市鶴見区下末吉2丁目1−1  Tel. 0120-560-162HP: https://www.morinaga.co.jp/factory/tsurumi/  → 家族向けの商品紹介と工場見学を盛り込んだ観光ミュージアム。森永製菓の歴史やお菓子の製造工程の映像、工場見学で体験できる。展示コーナーでは、森永の商品の特徴や、技術、製法、美味のひみつをご紹介する。製造ラインの見学では、小枝、ハイチュウプレミアムなどのお菓子の製造・包装ラインの一部を窓越しに見学できる。 参考:【森永エンゼルミュージアム MORIUM(モリウム)&工場見学】サニー・けあサポートhttps://sanny-care.com/2024/05/17/morinaga-2024/ +++++++++ ♣ 京菓子資料館(京菓子司 俵屋吉富)                  所在地:京都市上京区室町通上立売上ル室町頭町285-1  Tel.075-432-927HP: https://kyogashi.co.jp/shiryoukan/)  →「俵屋吉富は」江戸時代から続く京都の老舗京菓子店。この京菓子司展が1978年日本の和菓子文化を後世に伝えようと開設したのが「京菓子資料館」。常設展示として、「和菓子のあゆみ」を公開しており、古代から続く木の実や果物といった「果子」、奈良時代に遣唐使によりもたらされたと言われる「唐菓子」、鎌倉時代に禅とともに伝来した「点心」、安土桃山時代から江戸時代初期にかけて布教や貿易を目的に渡来したポルトガル人・スペイン人によりもたらされた「南蛮菓子」、そして江戸時代以降に使用される砂糖や寒天といった「原材料の革新」などを受けて繁栄した「京菓子」の系譜を、歴史を追いながら資料や絵図、菓子見本などを用い詳しく紹介している。 ・参照:京菓子資料館|#むすびhttps://www.kyoto.coop/musubi/cat346/post_125/・参照: ことりっぷ(京菓子資料館)https://co-trip.jp/spot/1873?tab=3 ++++++++++++ … Continue reading

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「食と農」の博物館 (2) 食文化の歴史とくらし(博物館紹介)

    ―日本の食品産業と食文化の歴史とみるー (作成作業中)   今回のセクションでは、日本の食文化がどのように形成され発展してきたかを、農業技術発展、食品技術の発展、食品開発の観点から展示する博物館を紹介している。また、これら施設は各地に伝わる多様な食品、食材、菓子の特徴、メーカーの活躍を“ものづくり”のこだわりを詳しく示している。今回、これらを農業開発、家庭用一般食品、水産加工、発酵食品、酒造(洋酒、日本酒)などの観点から、どのように生まれ発展してきたかを各地にある資料館・博物館から眺めてみることとした。食品関係の博物施設は多様であり、かつ数も非常に多い。このコーナーではできるだけ沢山の施設を取り上げたが、漏れたものも多々あるのは了解許して欲しい。  第二回は、家庭用食品の博物館を紹介しつつ、日本の食文化の発展と歴史、食品産業の現状をみることとする。 ++++++++++++++++++++ ♣ 食とくらしの小さな博物館(味の素)  所在地:東京都港区高輪3丁目13番地65号  Tel.03-5488-7305HP: (https://www.ajinomoto.co.jp/kfb/museum/)   ・参考:味の素「食とくらしの小さな博物館」を訪問:https://igsforum.com/2023/03/26/ajinomoto-museum/  → この「食とくらし博物館」は、味の素グループの創業以来100年の足跡をたどりながら、日本の食文化変遷と同社の加工食品、調味料の進化を展示している食文化博物館である。当初、味の素社の研修施設としてつくられたものだったが、その後、一般向けに開放し、公共の博物資料館となった。 館では、小さな施設ながら、創業の歴史、開発した商品紹介のほか、日本人の食生活の変化を伝える展示を広く行っていて貴重である。そこには、創業者が「うまみ」成分を見いだして商品事業化していく様子、味の素が歴史を彩ってきた調味料の数々、開発してきた食品商品群が実物や写真で詳しく紹介されていて興味深い。展示施設は三つの展示コーナーからなっており、最初は味の素の歴史と商品を示す主展示、第二は日本の食事文化の展示、第三は食品ライブラリーである。   最初の主展示室では、味の素創業の歴史を示す写真、映像を展示しながら味の素100年の商品群の紹介を行っている。また、時代毎の人々の暮らしと食卓風景を描写しているのも興味深い。第二の「食文化展示室」では、企画展示として、味の素が所蔵する錦絵や当時の料理レプリカを公開、江戸時代の食文化を代表する季節毎の名物料理を紹介するなどテーマ毎に入れ替えて展示している。 第三の「食の文化ライブラリー」は「食」に関する専門図書館で、蔵書は約40,000冊を数え、江戸~昭和の料理書を中心とした貴重書も2,000冊以上あり、食に関する映像資料も多数所蔵している。味の素社の歴史や日本の食文化の歴史を知るには最適の施設であろう。 <多様な商品展示>  また、商品展示では、事業多様化と商品群紹介が大きなテーマとなっている。味の素は、社名を「味の素株式会社」と改めて、新しい消費市場動向に合わせた新製品の投入、調味料以外の事業多様化も進めていったが、展示ではその過程がよくわかる。例えば、販売政略では、1951年に容器を瓶詰めスタイルから「ふりかけ式」へ変更、1958年には、傘下に「日本コンソメ株式会社」(後のクノール食品)を設立してスープ市場へ進出、1960年には「アジシオ」、1962年には総合調味料「ハイミー」を発売している。さらに1968年に「味の素KKマヨネーズ」、1970年、マーガリン「マリーナ」、和風調味料「ほんだし」など新商品の投入が相次いだ。  特に大きいのは、1972年頃からの冷凍食品市場への参入。1972年以降の「エビシュウマイ」、同時期の「(冷凍)ギョウザ」などが例である。そのほか「ハンバーグ」、「エビグラタン」「麻婆豆腐」といったものも試行錯誤で製作された。 この冷凍食品は、1980年代以降の電子レンジの普及と共に大きな市場として注目されていたものであった。展示された味の素の商品群をよく見ると、そのまま日本の食材・調味料・食品の代表的なものといってよく、日本の食生活と社会変化を感じさせるものとなっている。  ○ → また、博物館で紹介されている、味の素の創業と発展は日本の食品産業展開の一つの姿といってよく、興味あふれる展示内容である。ここでは、鈴木三郎助が、「うま味」成分を発見した科学者池田早苗と組んで、味の素を創業し、食品企業として発展していく姿を参考資料として、以下に簡単に触れておく。 ♥ 参考資料:「食とくらし博物館」でみる味の素の創業と発展 <昆布とヨードから始まった「味の素」の創業>  「味の素」の創業は1909年(明治42年)とされるが、1907年創業者である鈴木三郎助が「鈴木製薬所」を設立し、“ヨード事業”を開始したことが起源とされる。また、科学者池田菊苗が“昆布だし”成分がグルタミン酸という「うま味」であることを発見し、鈴木が同氏と共同で商品化を進めたことが味の素社の発展へとつながっていくのであるが、この経過は博物館の展示コーナーに設けられた映像資料で詳しく紹介されている。 しかし事業には大きな困難が伴ったようだ。まず、生産技術面では、有毒塩素ガスの処理、腐食を防ぐ加工用容器に開発が必要なった。多く試行錯誤を経て最後は容器として地元の「常滑焼」甕が選ばれた。博物館には、当時の苦労を偲ぶため工場の常滑焼の甕(道明寺甕)が現在も展示されている。 <味の素の先進的な役割>   近年、日本の和食が独自の味文化の認識と健康志向よって世界的な認知度が高まっているようだ。この中でいろんな食品メーカーが活躍しているが、味の素は、その豊富な商品群と積極的な市場開発において代表的な存在だったと思える。展示された味の素の商品群は、そのまま日本の食材・調味料・食品開発の代表的なものといってよいだろう。戦後日本の社会生活、生活スタイルが形成される中で、日本の “食品文化”の核「和風のだし」“うまみ“が果たしてきた大きな役割、その技術発展が多くの独自の食品群をうみだしていることがよく認識できる「食とくらしの博物館」である。  ・参照:https://igsforum.com/2023/03/26/ajinomoto-museum/より ・参考:食とくらしの小さな博物館―知る・楽しむー 味の素 株式会社    https://www.ajinomoto.co.jp/kfb/museum/ ・参考:社史・沿革 | グループ企業情報 「味の素グループの100年史」 https://www.ajinomoto.co.jp/company/jp/aboutus/history/ ++++++++++++ ♣ 味の素グループうま味体験館  所在地:神奈川県川崎市川崎区鈴木町3番4号  Tel.0120-003-476HP:(https://www.ajinomoto.co.jp/kfb/kengaku/kawasaki/tour_umami.html  → 体験館では、“うま味”調味料「味の素」の歴史展示、“うま味”食材の紹介、「味の素」の原料・製造工程の見学などの事業を行っている。これらを通じて「おいしく食べて健康づくり」という志を広げ、うま味を発見した日本人科学者の紹介、“うま味”食材への知識を広げることを目的としている。 +++++++++++++++ ♣ たばこと塩の博物館           所在地東京都墨田区横川1丁目16−3  Tel.03-3622-8801HP: https://www.tabashio.jp/  → 「たばこ」と「塩」の歴史と文化、製法の変遷を中心としつつ、幅広い社会テーマを取り上げて展示する博物館。日本専売公社(現・日本たばこ産業株式会社)により、1978渋谷公園通りに設立。その後、2015年に墨田区横川の現地に移転し、新改装して再開館している。 たばこは、アメリカ大陸の古代文明のなかで、儀式用の植物として人類に利用されたことを文化的な起源とし、16世紀以降、嗜好品として世界中に広まり、各地に特色ある文化が形成している。日本へは、16世紀末に伝来し、江戸時代を通して庶民文化にとけこみ、独自のたばこ文化が生まれた。一方、塩は、生命の糧として、人類と深い関わりをもっているが、日本では岩塩等の内陸の塩資源に恵まれず、縄文時代以来、海水を原料として濃い塩水を作り、それを煮つめるという独自の製塩技術が発達させてきた。  これらを背景として、「たばこと塩の博物館」では、たばこと塩に関する資料の収集、調査・研究を行い、その歴史と文化を広く紹介している。また、たばこと塩を中心としつつ、幅広いテーマを取り上げて多彩な特別展を開催しているのが特徴。 世界の塩展示コーナーでは、世界の塩資源として、海水の成分、世界の塩資源の分布などを紹介、珍しい岩塩彫刻も展示している。日本の塩コーナーでは、古代の塩焼き、各地の塩の揚浜、流下式塩田、現在の製塩をテーマに展示している。 … Continue reading

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「食と農」の博物館(1) 農業技術の歴史と機構(博物館紹介)

    ―日本の農業発展と食文化の歴史と進化を占うー(1) 技術と農具ー   このセクションでは、日本の食文化がどのように形成され発展してきたかを、農業技術発展、食品技術の発展、食品開発の観点から展示する博物館を紹介している。また、各地に伝わる多様な食品、食材、菓子の特徴、メーカーの活躍などを“ものづくり”のこだわりが示されている。これを農業開発、家庭用一般食品、水産加工、発酵食品、酒造(洋酒、日本酒)などが日本でどのように生まれ発展してきたかを、各地にある資料館・博物館から眺めてみることにした。これら博物史料施設は多様であり、かつ数も非常に多い。この紹介コーナーではできるだけ沢山の施設を取り上げたが、漏れたものも多々あると思う。他のデータなどで補って欲しい。 第一回は「食」を支える農業技術の発展と機構 +++++++++++++++++++++++++++  第一回「食」を支える農業技術の歴史と機構 (農総研、農協の博物館) ♣  農研機構の「食と農の科学館」)        所在地:茨城県つくば市観音台3-1-1   Tel.029-838-8980HP: https://www.naro.go.jp/tarh/・参考:つくばの農研機構「食と農の科学館」を訪問https://igsforum.com/2023/04/29/shokuto-noh-kagakum-jj-pt01/ → 農研機構(NATO)の提供する博物館で、日本の食と農業に関連した新品種の紹介など新しい研究成果や技術を説明した包括的な研究資料館となっている。館内には研究成果を紹介するエリアと農業技術発達資料館の2つのエリアがあり、前者では、高付加価値を持つ農産物や食品の研究、後者では、日本でこれまで実際に使われ工夫されてきた農具、機械類を紹介している。  展示は、日本の農村農業の抱える全般的課題、今後の農業あり方、省力化機械化、生産性向上などの課題を農業技術開発研究の点から検討する構成となっている。日本で蓄積されてきた水田畑作の技術力の活用と新技術の開発、土地生産性、労働生産性の向上のための工夫、高品質作物の生産促進を促す技術開発が主要なテーマである。具体的には、米、多様な穀物、野菜、果実などの高品質で安定的な生産技術、品種改良、病虫害防御、農業生産の省力化などに結びつく研究成果の紹介が中心となっている。 ここでは豊富な実験資料と研究成果の紹介など、日本の農業に関する現状と将来をみていく中で欠かせない情報を提供している。 ****************************** なお、農研機構(NARO:国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構)は、農林水産各分野の専門研究センターのほか、北海道、東北、中日本、西日本、九州沖縄の各地域に農業研究センターを設立している。 +++++++++++++++ ♣ 国際農林水産業研究センター(国際農研) 所在地:茨城県つくば市大わし1-1 Tel. 029-838-6313 HP: https://www.jircas.go.jp/ja → 国際農研は、開発途上地域などの農林水産業に関する技術向上、試験研究の推進、国内外の資料の収集・整理と分析結果の提供などを行う研究センター。農林水産省熱帯農業研究センター(TARC)を経て、2001年、国際農林水産業研究センターとして設立している。沖縄県石垣市に熱帯・島嶼研究拠点を設けている。 +++++++++++++++ ♣ 農協記念館(北海道) 所在地:北海道河東郡士幌町字士幌225番地20  TEL/01564-5-3511HP: https://www.ja-shihoro.or.jp/hall/ → 北海道士幌町農協の歴史や事業を紹介すると共に、士幌農業を築いた太田寛一氏の業績を伝える記念館。士幌町農業協同組合創立60周年記念事業の一環として建設、農業研修や加工実習等を通じて、士幌の農業と農協活動を紹介している。 +++++++++ ♣ 秋田県立農業科学館 所在地:秋田県大仙市内小友字中沢171-4HP: http://www.obako.or.jp/sun-agrin/  → 秋田県の農業に関する知識を広めることを目的として1997年に設立、地池で築き上げてきた農業・林業・農山村生活・民俗に理解を深めることができる。第一展示室では、江戸時代から昭和30年代までの秋田県農業の変遷と稲作機械化以前の農山村の姿を展示、いて学ぶことができます。第二展示室: は農業と科学、食や農、県内農業の新しい情報などを提供、熱帯温室もあり、200種類の熱帯・亜熱帯植物が植栽されている。 +++++++++++++++++ ♣ 水原ふるさと農業歴史資料館(阿賀野市) 所在地:新潟県阿賀野市外城町10-5  Tel. 0250-63-1722HP: https://www.city.agano.niigata.jp/soshiki/shokokankoka/kanko/4/2233.html  → この農業歴史資料館では、昔の農具、民具、出土品など農業関連の資料を提示するほか、農家の居間を再現、また併設している水原代官所に関する資料や当時のまちの歴史資料を展示している。 … Continue reading

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印刷文化の魅力を伝える博物館(博物館紹介)

  ―日本の社会文化発展を担ってきた活版印刷の歴史をたずねるー はじめに  明治初期の鉄道開設や電信の整備が社会に与えた変革と同様に、活版印刷の普及が、教育文化、社会の近代化、教育政治思想の形成に与えた影響は非常に大きなものであった。大量に供給される印刷物は庶民の教育普及に役立ったし、活字新聞の普及は政治思想や社会運動の原動力となり、文学や美術に対する関心を大いに深める結果となった。 この項では、印刷技術の長い歴史と共に、「活字」印刷技術がどのように日本にもたらされのか、その技術の背景は何かなどを、関連する博物館の紹介と共に取り上げてみることとした。 ♣ トッパンの「印刷博物館」 ・所在地:東京都文京区水道1-3-3 TOPPAN小石川本社ビル  Tel.03-5840-2300・HP: https://www.printing-museum.org/・参考:トッパンの「印刷博物館」を訪ねて(https://igsforum.com/visit-printing-museum-in-tokyo-j/)  → 東京・文京区小石川にある印刷大手トッパン本社内に設けられた印刷文化資料館。世界と日本の出版文化の歴史と印刷をテーマとして、古今東西の書物や活字、印刷が築いた歴史や文化、技術を体系的に文明史的なスケールで解説展示している。  博物館では、印刷文字や図像などを通じた表現技術の発展、印刷と社会文化とのつながりなどを幅広い視点で展示、たとえば、古代オリエントや中国古代の印刷、日本の木版印刷、グーテンベルグに始まる西洋の活版印刷、日本の近代的印刷技術の発展、現在の多様な印刷技術・文化の変遷がよく示されている。特に、総合展示室に至る回廊の壁面飾られた印刷物のレプリカは圧巻の迫力である。(参照:prologue.pdf (printing-museum.org)  常設展示では、印刷をテーマとしたさまざまな展示、例えば書物や活字、機械を中心とした所蔵資料を広く公開。このうち、“世界の印刷コーナー”では、最初期の印刷から現代の情報技術に至るまでの歩み、“日本の印刷”では、様々な印刷の形成と発展の歴史を所蔵資料で解説し紹介している。また、“印刷×技術”では、「版」の存在を書体と併せて「凸、凹、平、孔」の四つの形式にわけ、それぞれの特色と発展形態を説明展示している。来館者に印刷の魅力を伝える参加型展示スペースも印刷博物館の魅力の一つという。 ○ 珍しい展示物では次のようなものが見られる。 日本最古の印刷物「百万塔陀羅尼」(764-770)、伏見版『貞観政要』(1600)、「グーテンベルク 42行聖書 原葉」(1455)、「和蘭天説」(1796)、「駿河版銅活字」)1606-1616)、「築地活字木活字」(収蔵、1869)など。 ♠ 印刷博物館にみる日本の印刷技術の歴史      ―独自の道をとった日本の印刷技術の歴史―  → 印刷博物館では、活字による印刷技術の発展が大きなテーマとなっているが、日本はやや異なった印刷技術の道をたどったことに触れている。日本では、近世初期に一度活字による印刷も試みられたとされるが、やがて木版による製版印刷が中心となり独自の領域で印刷文化が発展してきている。 <活字技術の導入>  日本においては、仏教の法典または文書のほとんどが写本、木版によって印刷されていた。しかし、中国、朝鮮からの活字技術の受け入れを受け、徳川家康の時代、銅活字による印刷を試みて幾つかの印刷物を残している。このとき作成した金属活字が現在も残っており、重要文化財として印刷博物館に実物が展示されている(“駿河版銅活字”1607-1616)。これが日本における活字印刷の最初の応用例とされている。一方、同時代、ポルトガルのイエスズ会宣教師の手によってキリスト教伝道書が活字印刷され頒布されていたことも知られている「“きりしたん版”印刷物 1590s-)。しかし、前者は、漢字文字数が多数に及び作業も繁雑だったこと、また、後者はキリスト教禁教措置のため中止となったことなどが影響し、やがて忘れ去られることになった。  そして、日本では、以来、独自の木版による印刷が興隆することになる。こうい った中で作られたのが「嵯峨本」といわれる木活字による印刷物。これはひらがな交じりの木活字印刷による彩色を施した印刷本で「伊勢物語」や「徒然草」など優れた国文学書も含まれている。これらの本は後の国文学の興隆にもつながっていると評価され博物館ではこのうち幾つかを展示している。 <木版製版、版画美術文化の隆盛>  一方、活字を使わない木版印刷も江戸時代には隆盛を極める。当時、精緻に作られた浮世絵版画や錦絵などが庶民の人気を集め、専門の出版社も出現して大量に印刷刊行されている。博物館では、展示室内に「錦絵工房」を設けて木版の「彫り」や「摺り」の実演を行っているほか、浮世絵制作における多色刷り木版の実物も展示している。  また、江戸時代には、人情本や世俗本なども多数発刊され庶民の読み物として普及していったほか、話題を呼ぶニュースを伝える「かわら版」といったものも庶民向けメディアとして人気を呼んだ。これらはすべて木版による印刷によって作成されたもので、江戸期の高度な木版印刷技術として定着していった。 <活字印刷への復帰>  しかし、明治期になり急速に近代化する社会変化の中で、従来の木版印刷では、拡大する社会情報需要や教育の普及には追いつかず、新たな活字印刷技術が必要となってきた。そして、この機をもって大量印刷の可能な金属活字による近代的印刷の導入が迫られることとなる。このときの黎明期を支えたのがオランダから活版印刷技術を学んだ本木昌造であった。かれは、江戸時代末期から明治にかけて、数の多い日本漢字を独自の方法で鉛の活字を作り、「活字摺立所」をつくり活版印刷を日本で創始した。これ以降、日本では、従来の木版による印刷方法から大きく転換し、様々な学問書、新聞、教科書、証券類が西洋活版印刷技術をベースに作られるようになる。この間の印刷革命に至る経過は、博物館展示で発刊された本、書類などによって数多く展示されている。 <日本的印刷技術のもう一つの姿>―日本の謄写印刷の普及とその社会性―  印刷博物館は大手活版印刷メーカー・トッパンの博物館であるため、日本で戦後盛んに行われるようになった軽印刷、謄写印刷についてはあまり触れられていない。しかし、この印刷方式は、印刷原紙とインクがあればどこでも印刷が可能な便利なもので、学校の教材やチラシなど少部数の印刷には最も適していた。これはパラフィン、ワセリンなどを塗った蝋紙に鉄筆で文字を書き、透過した部分にインクを乗せて印刷する「ガリ版」(謄写版印刷)とよばれた印刷方式であった。この原型は、エジソンが1890年代開発した「ミメオグラフ」であったが、これを明治年代1894年に発明家堀井新治郎が改良して作ったのが「謄写版印刷機」と呼ばれるものであった。これは原理が簡単で安価な上に、漢字数の多い日本語文書が自由に作成するため急速に普及したものとされている。 (参照:https://igsforum.com/visit-printing-museum-in-tokyo-j/ 日本の印刷技術の変遷)印刷博物館 – 現代に息づく活版印刷の話と貴重な展⽰品の数々: https://news.mynavi.jp/article/ +++++++++++++++ ♣ 大日本印刷(DNP)の博物館「市谷の杜・本と活字館」 所在地:東京都新宿区市谷加賀町1-1-1  Tel.03-6386-0555HP: https://ichigaya-letterpress.jp・参考:大日本印刷の博物館「市谷の杜 本と活字館」を訪ねる(https://igsforum.com/dpns-print-museum-j/)  →「本と活字館」は、活版印刷の老舗大日本印刷(DNP)における印刷事業の歴史資産を公  開展示すると共に、日本で活版印刷がどのような形で発展してきたかを示す歴史博物館である。館内では、文字(秀英体)のデザイン、活字の鋳造から、印刷、製本まで一連のプロセスを展示しており、印刷機が稼働する様子や活版職人が作業する姿も動態展示の形で公開している。また、参加型ワークショップやイベントなどを通じて、印刷・製本・紙加工も体験できる。 … Continue reading

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紙文化の歴史を語る博物館(博物館紹介)

はじめに     ―情報と知識、社会文化の担い手としての紙文化をみる博物館紹介ー   有史以来、紙は情報と知識の伝達手段として、また、便利な生活材料として社会文化の発展に重要な役割を果たしてきた。歴史における紙技術の伝播や発展も興味深い。こういったことを実感させてくれる博物館は日本に数多い。特に、日本の伝統工芸の一つとなっている和紙は、各地の地場産業として歴史的にも多様な形で発展してきている。このセクションでは、明治以降急速に発展した印刷の受け皿となった西洋紙と共に、日本独自の和紙に関する博物資料館を中心に紹介することとする。 +++++++++++++ ♣ 東京・王子の「紙の博物館」               所在地:東京都北区王子 1-1-3  Tel. 03-3916-2320 HP: (https://papermuseum.jp/ja/)  →「紙の博物館」は、日本の洋紙発祥の地、東京・王子に開設された「紙」に関する世界有数の紙専門の博物館である。紙の製造工程、種類や用途、紙の歴史、紙の工芸品、歴史的資料や生活用品などを総合的に展示している。博物館では、世界史的な視点での「紙」の歴史とその社会文化的なインパクト、日本で独自の発展を遂げた「和紙」の歴史や製法、近年の製紙産業の成立と発展の歴史、現代の紙の多様な形態や役割などを詳しく紹介している。当初、明治初期の製紙会社「抄紙会社」(後の王子製紙)の歴史史料を展示する「製紙記念館」であったが、1998年、施設の大幅な拡張整備を行い、現在の「紙の博物館」となったもの。紙の文化的な役割、近代文明発展の担い手となっている紙の存在について、改めて知ることのできる貴重な博物館であろう。 館内は、多様な美術品や記念資料を展示するエントランスホール、現代日本の製紙産業の現状や機械・原料・製品などを紹介する「現代の製紙産業コーナー」、紙の性質や製造過程を紹介する「紙の教室」、内外の紙の歴史、特に、和紙の技術発展について展示する「紙の歴史」コーナーとなっている。また、日本の製紙産業の成立を象徴する歴史記念物を集めた展示コーナーも設けられている。 このうち最も印象的なのは、和紙の歴史を含めた「歴史展示」である。「現代の製紙産業」で見られた産業機械や紙パルプの加工工程、古紙のリサイクル、用紙以外の紙製品の多様さにも驚かされる。また、館内には、研修室や図書館なども併設されていて、紙づくりの実習もできるなど学習の場としても使用されることも多いという。 ・参照:東京・王子の「紙の博物館」訪問 https://igsforum.com/visit-paper-museum-in-oji-tokyo-j/・参考:紙の博物館 – 見どころ、アクセス & 周辺情報 | GOOD LUCK TRIP (gltjp.com)  https://www.gltjp.com/ja/directory/item/14088/ ♣ 小津史料館) 所在地:東京都中央区日本橋本町3-6-2 小津本館ビル  Tel.03-3662-1184HP: (https://www.ozuwashi.net/archives.html  → 江戸時代から続く和紙の老舗・小津の様々な和紙製品の展示を行うと共に、日本の紙業に関わる文書類を展示している。和紙は1000年以上の歴史を持つ日本の誇る伝統産業工芸品の一つである。そのしなやかさと美しさ、強靱性、長期保存性から,広く文書、絵画、障子襖などの建具、工芸作品の素材として長く愛用されてきた。現在、紙需要の多くは大規模製紙業による用紙・印刷用紙に移っているが、和紙も様々なスタイルの工芸素材として好まれ、その種類と利用範囲は驚くほど広い。このことを強く印象づけてくれる資料館が小津和紙の「小津史料館」である。  この施設は和紙メーカー「小津商店」のショウルームを兼ねるほか、和紙の魅力、多様さ、地域産業としての重要性、和紙製法の紹介などを幅広い展示活動を行っている。また、江戸時代から続く老舗企業「小津」の成長を跡づける歴史資料も数多く見られ、魅力ある資料館となっている。展示資料の中に示された松坂商人のルーツや紙のエピソードなども魅力の一つである。 参照:東京・日本橋の「小津史料館」を訪ねる(https://igsforum.com/visit-ozu-washi-history-museum/)・参考:小津330年のあゆみ https://www.ozuwashi.net/330/・参考:小津和紙 – Wikipedia  ♣ 越前和紙の里 (紙の文化博物館) 所在地:福井県越前市新在家町8-44  Tel. 0778-42-1363HP: http://www.echizenwashi.jp/  → 「越前和紙の里」は、『紙の文化博物館』『卯立の工芸館』『パピルス館』を結ぶエリア全体からなる。この三つの施設はそれぞれ和紙をテーマにしており、和紙に関する知識を紹介しているほか越前和紙を作る工程や職人技の見学、紙漉きの体験もできる。「紙の文化博物館」では、越前和紙の歴史や技法、産地ならではの和紙作品を多数展示している。また、特別展では越前和紙の長い歴史を物語る古紙、道具などを展示、常設展で越前和紙の発祥や歴史について学ぶことができる。「パピルス館」では和紙づくり、「卯立の工芸館」では伝統工芸士が昔ながらの道具を使って紙を漉く様子を観察できる。  越前和紙は、福井県越前地方の岡太川流域で作られている和紙で日本三大和紙の一つ。この越前和紙は、種類、量ともに全国一位の和紙産地として知られる。主な原料は、植物の表皮の内皮である靭皮繊維で、楮(こうぞ)・三椏(みつまた)・雁皮(がんぴ)である。特徴は、生成(きなり)色の優雅な美しさと高い品質といわれる。“越前奉書”と“越前鳥の子紙”は国の重要無形文化財にも指定されている。 ・参照:越前和紙(えちぜんわし)の特徴 や歴史- KOGEI JAPANhttps://kogeijapan.com/locale/ja_JP/echizenwashi/・参照:越前和紙 – Wikipedia ♣ 美濃和紙の里会館 … Continue reading

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セメント、煉瓦、石材の史跡と博物館(博物館紹介) 

はじめに   幕末から明治維新を経て、産業と社会の近代化に乗りだした日本は、早急なインフラ整備と近代的な建造物の建設を迫られた。従来の木材を主体とした構造物以外に、耐火性と堅牢性をもった建築材料が大量に必要となったのである。そして、西欧で発達したセメント、煉瓦、石材、タイルなどを政府をあげて追求することになる。インフラの分野では、灯台、鉄道、トンネル、工場建設には大量のセメント、煉瓦が必要としたし、官庁や銀行、倉庫などの建物には耐火性の優れた煉瓦が求められた。当初、これらは輸入に頼らざるを得なかったが、徐々に国産化も進められた。明治初期の官営のセメント工場、煉瓦工場の建設などはこの努力の跡であろう。これらは後に民営化され民間産業として育っていくことにつながる。太平洋セメントや小野田セメント、そして深谷の日本煉瓦製造などの設立と発展は、その経過を示すものといえるだろう。また、日本の陶芸技術も応用した伊奈陶器などタイル製造技術の発展、古くから建築物の基礎や石壁建設として用いられた石材採掘も見逃せない。  このセクションでは、これら企業の発展を跡づける史跡・博物施設を紹介し、日本の産業基盤整備の過程を追ってみることにした。 ♣ セメント資料館(太平洋セメント)          所在地:千葉県佐倉市大作2-4-2 Tel. 043-498-3811HP: https://www.taiheiyo-cement.co.jp/rd/archives/index.html) → 太平洋セメント中央研究所が、セメント製品の国産化に向けた努力の歴史をネット上で紹介している資料館。「セメントの基礎知識」、「セメントはじめて物語」、「セメント・コンクリート用語辞典」が掲載されている。 このうち「はじめて物語」では、明治初期、東京深川にあった「官営(セメント)深川工場」から始まったセメント生産からはじめ、発展する過程、そして現太平洋セメントに至る企業の展開が紹介されている。 (セメントとは)  石灰を主成分とする土木建築用の無機質接合剤。石灰石・粘土などを粉砕し、煆焼か焼成して作る粉末をセメントとする。水で練ったあと、疑結・硬化する現象が空気中だけで進む気硬性セメントと、水中でも硬化が進む水硬性セメントとに大別される。普通には後者のポルトランドセメントをさしコンクリートなどの原料にする。日本では、明治8年頃、工部省深川製作寮出張所(のちに深川官営工場)で、はじめて国産セメントの生産に成功している。 ・参照:セメント協会資料https://www.jcassoc.or.jp/cement/1jpn/jd1.html・参照:https://www.taiheiyo-cement.co.jp/rd/archives/story/pdf/story2.pdf・参考:会社沿革|会社情報:太平洋セメント (taiheiyo-cement.co.jp)・参考:セメントが出来るまで 太平洋エンジニアリング (taiheiyo-eng.co.jp)  https://www.taiheiyo-eng.co.jp/cement-process.html・参考:太平洋セメント – Wikipedia ♣ 史跡・セメント生産発祥の碑  所在地:東京都江東区清澄1丁目2番 太平洋セメント㈱内HP: https://www.ko-syouren.jp/furuihp/art/08siseki-bunkazai/4-12.htm → 江東区の清洲橋のたもとに江東区史跡「セメント工業発祥の地」がある。ここは日本で初めてのセメント工場があった場所、明治8年、工部省が本格的なセメント製造に成功したことを顕彰している。隅田川、仙台堀などの泥土を原料の一部として使い、試行錯誤の上、外国品と遜色のない国産のセメントを作りあげたといわれる。明治16年、創業者の一人である浅野総一郎が払い下げを受け、その後民間初のセメント工場として発展している。   ・参照:本邦セメント工業発祥の地と116年前のコンクリート – ROOF-NET ON LINE MAGAZINE  ・参照:セメントの歴史をたずねる https://www.jcassoc.or.jp/cement/4pdf/meiji150.pdf  ・参照:我が国セメント産業の発祥とその遺産https://www.chemistry.or.jp/know/doc/isan017_article.pdf ♣ 旧秩父セメント資料展示室(秩父太平洋セメント)  所在地:埼玉県秩父市大野原1800   Tel. 0494-22-1300HP: https://www.ct-cement.co.jp/info/2024/02/643/  → 旧秩父セメント資料展示室の一般公開が行われた(2024年2月)。資料展示室には、秩父セメントの歴史、創業を築いた方たちの紹介、今は手に入らないであろう、当時の道具や作業服などの品々が展示され、秩父の産業を支えた「セメント」の歴史を知り勉強になる内容となっている。・参照引用:https://www.instagram.com/satoru_oha/p/C3uanPwRy6l/?img_index=1 ♣ 旧小野田セメント・(セメント焼成)竪窯(史跡) 所在地:山口県山陽小野田市大字小野田6276番地 Tel. 0836-82-1111(市役所)HP: https://www.city.sanyo-onoda.lg.jp/site/bunkazai/40545.html → 明治16年に建造した日本最初のセメント焼成用の竪窯で、近代窯業史上最も重要とされる。これは旧小野田セメント株式会社が明治16年(1883年)に建造した最初のセメント焼成用の竪窯のひとつで、明治30年頃に焼成容量増加を目的として一部改造された。焼成部分と煙突部分からなる煉瓦構造物で、高さは、焚口底部より約18mである。日本に完存する唯一のセメント焼成用竪窯として、近代窯業史上高い価値があり、西日本における建設事業の近代化を支えた旧小野田セメント製造株式会社の中心的施設として重要とされた。竪窯は、国重要文化財。(平成16年12月10日指定)   ・参考:旧小野田セメント製造株式会社竪窯 … Continue reading

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ガラスの製作技術と工芸品の博物館 (博物館紹介)

 ここでは日本のガラス製作の現状と発展の歴史を検証すると共に、各地で特色あるガラス高原品が作られた過程、独自の美術品として展示している博物館を紹介している。 ♣ AGC横浜テクニカルセンター )                  所在地:神奈川県横浜市鶴見区末広町1-1  Tel.045-503-7100 HP:https://www.agc.com/innovation/yokohama/index.html  → テクニカルセンターでは、AGC(旭硝子)の素材や技術開発の現状を紹介展示している施設。2021年に横浜市神奈川区のAGC中央研究所と統合し、名実ともにAGC株式会社の技術開発の中心拠点となっている。建材用板ガラス、車載ディスプレイ用カバーガラスの製造も行っており、研究段階から生産・出荷までが揃ったユニークな拠点でもある。  施設内には「AO/AGC OPEN SQUARE」が設けられており、4階のAO Studio では、最先端の素材が集められていて技術や機能に触れることができる。そこではアイデアを発見してプロトタイピングして想いを形にする場であると説明されている。また、ガラスの溶ける熱量を感じられるデモの他、各種3Dプリンターを導入したAMラボ、VR/AR/MRといったデジタル機器でプロトタイピングするXRラボといった最新設備も備えている。あくまで顧客用の施設ではあるが、機会があれば訪問してみたい施設である。参照:AGCの協創空間「AO」に、素材の可能性と出会う場( Communication Design)https://www.hakuten.co.jp/story/agc_private_exhibition ♣ 工部省品川硝子製造所(明治村)(史跡)   → 明治政府による板ガラスやガラス瓶の製造工場建屋。西欧の技術導入によるガラス国産化努力が示されている。 ちなみに、明治政府は、明治初期、洋館建設促進などのため日本初の板ガラス製造工場「興業社」を設立。その後、工部省は、輸入に頼っていた板ガラスの国産化を積極的に進める必要から官営の「品川硝子製造所」を創設。これは硝子産業の育成と技術者の養成を目的とした模範工場であった。それまで日本では切子ガラスやジャッパン吹きとよばれるガラス製の吹竿等を使った小振りで華者な和製吹きガラスが主流で、板ガラス、食器などを大量に生産することはできなかった。   この「製造所」を軸に、多くの試行錯誤を経ながら新技術の導入や優れた技術者の育成が図られ、後の日本の近代的硝子産業が育つことになった。この品川ガラス製作所で初の日本人技師となり洋式ガラスの技術を指導し、近代ガラス工芸の基礎を築いた人物として佐賀の藤山種廣が知られる。この記念すべき工業ガラス製作発祥の史跡が明治村に移設された「工部省品川硝子製造所」である。・参照:近代ガラス工業の発祥と品川(品川歴史館解説シート)https://www.city.shinagawa.tokyo.jp/jigyo/06/historyhp/pdf/pub/kaisetsu/cs16l.pd・参照 藤山種廣 – Wikipedia +++++++++ ♣ 道後ぎやまんガラスミュージアム   所在地:愛媛県松山市道後鷺谷町459-1  Tel.089-933-365HP: https://www.dogo-yamanote.com/garden/museum/  → 道後温泉本館から徒歩3分の水と緑あふれる庭園に囲まれた美術館。 館内は赤と黒を基調にしたモダンな造りの美術館である。 道後温泉本館の象徴、振鷺閣の赤い板ガラスをはじめ、希少な江戸時代の「ぎやまん・びいどろ」や 明治・大正時代の和ガラス作品を約300点展示している。ちなみに、「びいどろ」はポルトガル語でガラスを意味する「vidro(ヴィドロ)」、ギヤマンはポルトガル語でダイヤモンドを意味する「diamante(ジアマント)」が語源とされる。種子島に漂着したポルトガル船を皮切りに、16世紀にこれらガラス製造技術が日本にも伝わり、江戸時代、長崎でガラスの製作が始まった。その後、“宙吹き”、“型吹き”、“切子”などの技法導入によりガラス工芸品(和ガラス)製作技術が発達している。明治近代化の明治6年(1873)には本格的な西洋式のガラス工場「興業社」(後の品川硝子製作所)が東京・品川に設立され、工業品としてガラスの日用器がごく普通に作られるようになり現在に至っている。この美術館では江戸の和ガラスを中心に、江戸以来の時代を通じたガラス工芸品製品が見られるという。 ・参考:日本工芸堂;日本のガラス工芸の歴史「びーどろ」と「ぎやまん」の違いhttps://japanesecrafts.com/blogs/news/vidro-giyaman?srsltid=AfmBOoqiUYzXiHhHX-pIfzn1uadNroIXHydU5VujdAKGmzEkhZTvDrPp#1・参考:「ぎやまんの歴史|道後ぎやまんガラスミュージアムhttps://www.dogo-yamanote.com/garden/museum/history.html ♣ ガラスミュージアム (黄金崎クリスタルパーク)    所在地:静岡県賀茂郡西伊豆町宇久須2204-3  Tel.0558-55-1515HP: https://ikoyo-nishiizu.jp/crystal/museum/  → このガラスミュージアムは現代ガラスをテーマの美術館、自然光を一部取り入れた、天井の高い常設展示室には国内外の優れた現代ガラス作品、約40点を展示している。 ガラスと光が織りなす幻想的な空間が魅力となっている。企画展示室では、現代ガラスに焦点を当てた独自の企画展も開催している。「現代ガラス」とは、主に1960年代以降に広まった自由で独創的なガラス芸術のことを指し、アーティストが小型の熔解炉を使って、みずからの意志で自由にガラス作品をつくる「スタジオ・グラス運動」と呼ばれる活動である。 参考:スタジオグラスとは何? わかりやすく解説 Weblio辞書参考:日本近現代ガラスの源流 – 富山市ガラス美術館 (toyama-glass-art-museum.jp) … Continue reading

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日本の陶芸文化「やきもの」博物館(その2)(博物館紹介)

   ―地場の有力な伝統工芸陶器の展示資料館と窯元などー   日本のものつくり文化を伝える伝統工芸陶器「焼きもの」の博物館・美術館は非常に数が多いため、ここでは二つにわけ紹介することした。これは、その2である。とする。その1では、全国的にも知られる有力な伝統工芸陶器の博物館・美術館、その2では、地場の「やきもの」資料館をリストと共に掲げることとしている。また、参考資料として、主な「やきもの」の産地、陶磁器の生産地の特色と背景、窯元の地域分布を取り上げている。 +++++++++++++++++++ (各地の地場焼物の展示資料館) ♣ 壺屋焼物博物館 所在地:沖縄県那覇市壺屋1丁目9番32号 Tel. 098-862-3761HP: http://www.edu.city.naha.okinawa.jp/tsuboya/  →古くから沖縄の陶業の中心地として栄えた壺屋の地に建設されたヤチムン(焼物)の博物館。沖縄・壺屋の焼物に関する資料を収集保管するほか、技術的に関連の深いアジア諸国の焼物なども併せて展示している。焼物の調査研究拠点としての機能も果たしているようだ。壺屋焼の製法や技法を紹介しながら作品を展示しているのが特徴。また、博物館の建設地から発掘され、切り取ったニシヌ窯をほぼ原位置で保存・展示している。 ・参考:展示の概要 – 那覇市立壺屋焼物博物館 (city.naha.okinawa.jp)http://www.edu.city.naha.okinawa.jp/tsuboya/gaiyou2.html ♣ 薩摩伝承館 所在地:鹿児島県指宿市東方12131-4(指宿白水館敷地内)Tel. 0993-23-0211HP: http://www.satsuma-denshokan.com/  → 薩摩伝承館は、薩摩焼をはじめ薩摩由来の工芸品、美術品、薩摩と関係の深かった中国陶磁器などを一堂に展示する民間公開美術館。幕末から明治にかけての鹿児島・薩摩の歴史と文化を広く伝えるべく2008年に開館している。館内は、金襴、維新、薩摩、民窯の四つの展示室からなっており、それぞれ貴重な作品が豪華な室内外装飾と共に展示されている。中心となるのは老舗旅館「白水館」が創業以来60年かけて収集した美術品3000点、現在約400点が展示されているという。 (薩摩焼とは) →薩摩焼は、鹿児島県で生産される陶磁器、白薩摩、黒薩摩、磁器の3種類といわれる。から形成されます。白薩摩は“白もん”と呼ばれ、淡い黄色い焼き物に透明の釉薬を使い表面にひびをあしらったもので、主に装飾品や置物に使われる。黒薩摩は“黒もん”と呼ばれ鉄分の多い陶土を利用して作陶、釉薬も色味のついたものを利用している。主に焼酎を飲むときに使われる陶器となっている。薩摩焼には主原料を陶石とする磁器も存在するが、現在は流派が途絶え作られていないという。薩摩焼の産地は、主に鹿児島市、指宿市、日置市等になり、現在残っている窯場は苗代川系、龍門司系、竪野系の3つの窯場とされる。苗代川系は当初は主に“黒もん”を中心に作成していたが、現在では“白もん”を中心に制作している窯場が多い。龍門司系は“黒もん”中心で酒器を作成している窯場で、竪野系は“白もん”中心で主に贈答用の茶器等を制作しているとされる。 ・参照:KOGEI JAPAN:薩摩焼の特徴 や歴史-https://kogeijapan.com/locale/ja_JP/satsumayaki/より・参照:日本のやきもの/薩摩焼  https://www.ceramic.or.jp/museum/yakimono/contents/satsuma/sanchi_satsuma.html ♣ 鹿児島県歴史・美術センター黎明館(薩摩焼)  所在地:鹿児島県鹿児島市城山町7-2 Tel. 099-286-2111HP: http://tougeizanmai.com/tabitetyou/028/00reimeikan.htm  →「黎明館」は、鹿児島の歴史、考古、民俗、美術・工芸を紹介する総合博物館として1983年に設立された博物館。江戸時代の島津家鶴丸城本丸跡地に建設され、西南戦争の銃痕が残る濠、石垣、石橋など由緒あるものが残っており鹿児島県指定史跡になっている歴史的なもの。館内3階の工芸の展示室では、苗代川系、竪野系、龍門司系に分類された薩摩焼が展示されている。中には、竪野系で焼かれた「火計り手」も展示されている。 ・参考:鹿児島県歴史・美術センター黎明館(公式)https://www.instagram.com/official_reimei/p/C0vCxj9JPUE/・参考:鹿児島県/鹿児島県歴史・美術センター黎明館  https://www.pref.kagoshima.jp/reimeikan/・参考:日本の代表的やきもの産地を紹介(薩摩焼/鹿児島県歴史資料センター 黎明館)http://tougeizanmai.com/tabitetyou/028/00reimeikan.htm ♣ 波佐見町陶芸の館  所在地:長崎県波佐見町東彼杵郡井石郷2255-2  Tel. 0956-26-7162HP: https://www.town.hasami.lg.jp/machi/soshiki/shoukou/2/4/707.html → 波佐見町「陶芸の館」では、400年の波佐見焼の歴史と伝統を紹介する陶芸博物館。波佐見焼400年の歴史を解説するほか、伝統工芸士の作品、やきものの制作過程、歴史資料の展示している。特別展示室では、国内有数の「くらわんか茶碗」(*江戸時代の磁器製の普段使いの庶民の食器雑器)のコレクションを展示している(くらわんか藤田コレクション)も展示。・参考:くらわんか碗 – Wikipedia ♣ 波佐見町 歴史文化交流館 … Continue reading

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日本の陶芸「やきもの」博物資料館(その1)(博物館紹介)

ー 「やきもの」の歴史と作品を通じて日本の陶芸文化に触れるー  ここでは、日本各地に数多く存在する「やきもの」に関する博物館、資料館を取り上げ、各地の特色ある陶磁器、歴史ある有力産地と作品、伝統窯元などの紹介することとする。そこには作品作りにかけた長い歴史と陶芸家達の技術の集積がみられ、“ものづくり”のこだわりと伝承をみることができるだろう。 日本のものつくり文化を伝える伝統工芸陶器「焼きもの」の博物館・美術館は非常に数が多いため、ここでは二つにわけ紹介することとする。その1では、全国的にも知られる有力な伝統工芸陶器の博物館・美術館、その2では、地場の「やきもの」資料館をリストと共に掲げることとした。また、参考資料として、主な「やきもの」の産地、陶磁器の生産地の特色と背景、窯元の地域分布を取り上げている。 その1:全国的に知られる伝統工芸陶器の展示資料館 (このセクションで取り上げた陶磁資料館)佐賀県立九州陶磁文化館、有田町歴史民俗資料館(有田焼参考館)、有田陶磁美術館伊万里市陶器商家資料館、石川県九谷焼美術館、能美市九谷焼資料館、福井県陶芸館 越前古窯博物館、滋賀県立陶芸の森・陶芸館、信楽焼伝統産業会館、兵庫陶磁美術館、大阪市立東洋陶磁美術館、愛知県陶磁美術館(旧愛知県陶磁資料館)、とこなめ陶の森資料館、多治見市美濃焼ミュージアム、岐阜県現代陶芸美術館、益子陶芸美術館 益子参考館(濱田庄司記念益子参考館) +++++++++++++++++++++++++++ ♣ 佐賀県立九州陶磁文化館          所在地:佐賀県西松浦郡有田町戸杓乙3100-1  Tel.0955-43-3681HP:(https://saga-museum.jp/ceramic/facility/)  → 九州各地の陶器文化遺産の保存と陶芸文化発展のための施設。地域の陶磁器を収集・保存・展示すると共に調査研究や教育活動を行っている。常設としては5つの展示室が用意されており、有田焼の歴史 (第1展示室)、柴田夫妻コレクション (第2展示室)、九州の古陶磁 (第3展示室)、一般展示室と茶室 (第5展示室)となっている。  詳しく見ると、第1展示室では、有田焼の名品の展示と共に有田焼の歴史や文化などのテーマごとに有田焼の特色と背景を解説、有田町名誉町民の故蒲原権氏の「蒲原コレクショ」も展示されている。第2展示室の「柴田夫妻コレクション」は、江戸時代に作られた有田磁器(古伊万里)であり、代表的な作品と様式変遷を知ることができる。第3展示室の「九州の古陶磁」は、佐賀県の古唐津をはじめ、初期伊万里・古伊万里・柿右衛門・鍋島などの製品のほか、九州各地の多彩な窯窯元の古いやきものを展示、第4展示室の「現代の九州陶芸」では、地域ごとの伝統的な作品や前衛的な作品を一堂に展示されている。第5展示室には「一般展示室と茶室」があり、個展やグループ展などに使われているようだ。また、屋外にはマイセン磁器でできた鐘が美しい音色を奏でているのも魅力という。 ♣ 有田町歴史民俗資料館(有田焼参考館) 所在地:佐賀県西松浦郡有田町立部乙2202番地  Tel.0955-46-2111HP: (https://www.town.arita.lg.jp/main/169.html) → 有田焼参考館は、窯跡などから出土した陶片を展示する専用施設として1983年に開館。本物の有田焼に触れる機会を提供すること、歴史研究や作陶などをはじめとした有田焼を理解することを目的とした。開館当初は、発掘調査例も少なく有田焼の全体像を示すことはできなかったというが、今日では出土文化財管理センターを中心に膨大な数の陶片を収蔵できるようになっている。現在、常設展ではこの有田町が保管する発掘調査資料の中から、約40遺跡、1000点ほどの陶片を厳選し展示、誕生から近代に至る有田焼の変遷を最新の研究成果の解説パネルとともにみることができる。 ・参照:有田焼参考館<Arita Excavated Ceramic Museum> https://www.town.arita.lg.jp/rekishi/kiji0031925/index.html・参考:有田町出土文化財管理センター https://www.town.arita.lg.jp/rekishi/kiji0031928/index.html ♣ 有田陶磁美術館 所在地: 佐賀県西松浦郡有田町大樽1-4-2HP: https://www.town.arita.lg.jp/rekishi/kiji0031926/index.html  → 有田陶磁美術館は、1954年に開館した焼きもの物専門の美術館。明治7年の焼き物倉庫を利用して設立、建物自体も有田内山重要伝統的建造物群の一つに指定されている。窯元やそれぞれの豪商が手掛けた製品を展示し、有田の明治時代から昭和初期の焼き物を紹介している。入口の佐賀県重要文化財の「染付有田皿山職人尽し絵図大皿」と「陶彫赤絵の狛犬」がよく知られているようだ。 ・参考:日本の「やきもの」解説(産地):有田焼と伊万里焼:https://www.ceramic.or.jp/museum/yakimono/contents/imari/sanchi_imari.html ♣ 伊万里市陶器商家資料館 所在地:佐賀県伊万里市伊万里町甲555番地1   Tel.0955-22-7934  .HP:https://www.city.imari.saga.jp/21160.htm)        → 江戸時代の当時そのままの姿で保存されてきた陶器商家(旧犬塚家)を伊万里市が資料館として公開。焼きもの関連では江戸時代後期から明治初期の古伊万里を展示。資料館の建物は重厚な商家としての格式をみせ、当時の町割りに見られる典型的な様式といわれる。 ♣ 石川県九谷焼美術館 所在地:〒922-0861 加賀市大聖寺地方町1-10-13HP:  http://www.kutani-mus.jp/ja/  → 九谷焼は石川県の代表的な美術工芸品であり、石川県加賀市は九谷焼の発祥の地となっている。日本で唯一の九谷焼の専門美術館(登録博物館)で、古九谷をはじめ、再興九谷など九谷焼を網羅的、専門的に展示紹介している。特別展の開催、図録や研究紀要の発行などを通して九谷焼研究を推進している。        九谷焼は、江戸時代の前期、少なくとも明暦年間(1655年頃)には存在していた焼物で、現在まで長い歴史を数える。大胆な構図とあざやかな色彩で絵付けされた色絵磁器であり、日本国内のみならず、世界でも高い美術的評価を得ている伝統工芸品である。下図は九谷焼の名品。 参考: 九谷焼とは http://www.kutani-mus.jp/ja/kutani参考: 九谷焼デジタル収蔵庫 http://www.kutani-mus.jp/ja/archives参考: 石川県九谷焼美術館 … Continue reading

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産業陶器とセラミックスの博物館 (B) (博物館紹介)

―近代産業としての陶磁器とセラミックスの発展をみるー  この項では、食器、花瓶、インテリア、衛生陶器などの窯業物陶磁器、工業原料となるセラミック製品の製造過程、近代工業製品を展示する博物館、資料館を取り上げている。特に、主要メーカーの創業と発展の記録、 “ものづくり”へのこだわりと技術を紹介。 ♣ ノリタケの森 ・ノリタケミュージアム        所在地:愛知県名古屋市西区則武新町3-1-36  Tel.052-561-7114HP: (https://www.noritake.co.jp/mori/)参考:名古屋の「ノリタケ・ミュージアム」を訪ねて https://igsforum.com/noritake-museum-j/ → ノリタケ創業の地名古屋市西区則武にある「ノリタケの森」は、前身日本陶器の工場跡を利用した広い緑地公園からなり全体がノリタケの企業活動を紹介するテーマパークとなっている。敷地内には、「ノリタケ・ミュージアム」、製造過程を見学できる「クラフトセンター」、ノリタケの歴史と事業分野を示す「ウェルカム・センター」などがあり、ノリタケのこれまでの事業全体として紹介されている。また、工場跡地には明治期に作られた赤煉瓦の工場建屋と陶磁器を焼成に使った煙突がそのままの残っており国の近代化産業遺跡にも指定されている歴史的史跡でもある。  このうち、「ミュージアム」では、創立以降ノリタケで作られた多彩な素材やデザインの食器やディナー皿、「オールドノリタケ」を豪華に展示。「クラフトセンター」では、生地から絵付けまでの製作過程、陶磁器づくりの技を現場で再現、特に、洋食陶磁器、ボーンチャイナとその技法、美術陶磁品制作の仕組みと特色などが詳しく紹介されている。  ノリタケの歴史を振り返る「ウェルカム・センター」では、明治9年の商社「森村組」の創業に始まったノリタケ120年の発展を振り返るコーナー、洋食器制作をベースに近年セラミック事業にも進出ことも紹介されている。世界的高級洋食器メーカーとなったノリタケの沿革、世界の陶磁器産業を見る上でも貴重な博物館であろう。あった。日本の陶磁器事業の歴史と成果を見るには最適の博物施設の一つであろう。 <ノリタケの魅力とものづくりの伝統>  展示の中から、ノリタケの創業からの発展を確認して見ると、明治初年に森村市左衛門が森村組を設立し、米国に日本の美術骨董品、雑貨を輸出する事業を開始したときから始まる。1889年には、パリ万博で洋式装飾食器の素晴らしさと商品価値と高さをみて日本での洋式磁器の製作を決意、1917年には衛生陶器部門を分離し東京陶器(TOTO)を設立、その後、碍子部門を1919年に独立(日本碍子)させ、戦後では、1967年、日本レジン工業、伊勢電子工業、広島研磨工業、共立マテリアルなどを設立して工業セラミック事業に参入している。ここでは食器製造で打ち勝った磁器、研削、研磨、セラミック材料開発などの技術を生かして事業を拡大している姿がみえる。現在では、さらにハイテック分野の電子回路や歯科医療、太陽光発電膜、セラミックコンデンサーなどに進出し存在感を示している。これらを見ると日本の伝統産業陶器を新たな形で展開し工業品と美術工芸を融合させていった事業展開、先進的なセラミック事業にも進出しているノリタケの姿は印象深い。これらは、園内施設ウェルカム・センター(テクノロジー・コーナー)の展示でもよく示されている。 ノリタケの歩み:https://www.noritake.co.jp/company/about/history/ノリタケの森 HP:https://www.noritake.co.jp/mori/look/ノリタケミュージム  https://www.noritake.co.jp/mori/look/museum/ ♣ TOTOミュージアム 所在地:北九州市小倉北区中島2-1-1  Tel.093-951-2534HP: (https://jp.toto.com/knowledge/visit/museum/)参考:九州・小倉のTOTOミュージアムを訪ねる/ https://igsforum.com/visit-kokura-toto-m-jj/  → この博物館は、100周年の記念事業として衛生陶器の”TOTO”がその歴史と技術開発の成果を伝えるべく”ミュージアム“として設立したもの。同社の沿革や製品を展示するだけでなく、社会環境や生活スタイルの変化を反映した「水まわり」全体の文化や歴史を豊富な事例と共に伝える貴重な施設となっている。  ミュージアムの展示構成は、創業のルーツと歴史を記す第一展示、日本の水回りの文化と歴史をあらわす第二ゾーン、世界に向けたTOTO各種製品の展示ゾーン、ライブラリーなどとなっている。また、TOTOの水回り陶器がどのように作られるのかを体験できる「工場見学」も行っているようだ。 トイレ機器の歴史や浴室・洗面所などの水回りの施設の機能が現在どのようになっているのか、時代とこれがどのように変化してきたのかを知るのに最適の博物館施設といえるだろう。  展にの中なかで最も印象に残ったのは、生活スタイルの変化を反映した「水まわり」の文化や歴史を紹介するコーナー。壁面には大きな展示パネルがあり、昔からの「トイレ」の形や排泄物処理の社会システムが丁寧に説明されている。  展示では、厠」、「雪隠」などのいわれた昔の「排泄」のリサイクル、「和式」から「洋式」便器への変化、「排貯蔵式」から「水洗」に移っていった経過、そして現在のウオッシュレットに移る過程は興味深いものがある。   また、製品だけでなく、その製作過程も映像などでみられるのもこの博物館の特色。展示ホールの一角には映像コーナーが準備されていて、衛生陶器や浴槽などの焼成、機能部品の取付け、組み立て過程などがビデオで確認できる。 多様なかたちで存在する世界中の珍しい浴槽、トイレの紹介も興味の湧く展示であろう。 参考となる資料:・TOTOミュージアム Web site: http://www.toto.co.jp/museum/・「水と暮らしの物語」http://www.toto.co.jp/museum/history/・衛生陶器の基礎知識 http://kk-daiwa.co.jp/blog/log/eid17.html・「トイレ年表」財団法人 日本レストルーム工業界:http://www.sanitarynet.com/history/ ♣ 碍子博物館(日本ガイシ) 所在地:名古屋市瑞穂区須田町2番56号  Tel.052-872-7181HP: https://www.ngk.co.jp/rd/labo/museum.html)  → 日本ガイシは高性能碍子はじめ世界有数のセラミック材料の製造メーカーであるが、この日本ガイシが自社の発展の基礎となったガイシの科学研究にし資するため設立したのが、この「ガイシ博物館」。この博物館では、国産最古のピン・ガイシはじめ世界21ヵ国のガイシを収蔵・展示。材料開発と形状変化の歴史を確認できる資料館となっている。日本ガイシの電力技術研究所に併設されているもので、国産ガイシの現有品では最古の物とされる通信用ピンがいし(1875年製)から、世界21ヵ国、57メーカーのガイシ、保守工具類も含め約5,000点余を収蔵、300点ほどを常時展示している。これらガイシの形状の変化と進化、セラミック材料開発の足跡を見ることができる。また、ガイシに関わる古文書、文献、ガイシの歴史などが総合的に展示されているので参考になると思われる。しかし、残念ながら(研究用の施設のためか)一般には公開されていないのがくやまれる。 (日本ガイシの沿革とセラミック事業)  日本ガイシ(日本碍子株式会社、NGK)、電力用ガイシ・セラミックス製造を主力とする世界最大級のセラミックスメーカーのひとつである。1910年代、日本陶器(現・ノリタケ)からガイシ製造部門を分割し設立された。ガイシ製造と会社設立は、1905年、芝浦製作所(現・東芝)の技師が日本陶器に米国製の「がいし片」(碍子博物館蔵)を見せ、高圧碍子の製造を打診し開発に取り組んだことがきっかけであったといわれている。そして、1936年には スパークプラグ部門を分社化し日本特殊陶業を設立、1986年、社名を日本ガイシに変更して今日に至っている。 この間、1929年には「100万ボルト級の高電圧電気試験設備」が完成、1930年には「NGスパークプラグ」の生産を開始している。また、1940年代には「短波ガイシ」、1950年代には「中実SPガイシ」の生産へと進んでいる。1970年年代には世界最大強度の「懸垂がいし」も開発している。 一方、技術開発を進めていたセラミック材料の取り組みから、1950年代には碍子以外の「ベリリウム」の研究を進め、1958年には「ベリリウム銅母合金」の生産、1976年には自動車排ガス浄化用触媒担体「ハニセラム」の生産を開始している。 さらにエンジニアリング事業にも進出していて、1970年代には「汚泥焼却炉」の完成、「低レベル放射性廃棄物焼却装置」(1978)とセラミックを基盤とした事業の多様化を進めている。近年では、「GaNウエハー」の開発、「サブナノセラミック膜」の生産、「半導体製造装置用セラミックス」の量産など、ナノテクノロジーを活用したセラミックス先端企業として知られる存在となっている。博物館では、碍子から始まったこれら技術発展の跡を訪ねることができるであろう。 ・参考:https://www.ngk.co.jp/ 日本ガイシ株式会社 … Continue reading

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