家具・インテリアの博物資料館(博物館紹介)

(現在作業中)

  ー家と社会を豊かにする生活文化材インテリアの歴史と技術をさぐるー

❖ はじめに

 家具は家の内外で生活を支える日用財であり使い勝手と見栄え重視され、その製作は日本の伝統的な木材加工産業の一つとして発展してきた。また、インテリアは室内の環境を整える装飾財であり、近年特に注目される産業分野となっている。これら家具やインテリア製作ではデザインや機能が重視され、工芸的な要素と工業的な側面を併せ持つ複合的な産業として発展が図られてきた。 これらを踏まえ、今回は家具とインテリア関連産業の博物館を、産業の歴史、技術、伝統、製作過程などに注目して紹介してみることにした。これらは日本の伝統工芸、地場産業の近代化を見る上でも貴重であるように思える。

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♣ 東リインテリア歴史館

所在地:兵庫県伊丹市東有岡5丁目125番地 Tel. 06-6494-6622
HP: https://www.toli.co.jp/museum/

東リインテリア歴史館

 → 1919年に創業した住宅建材メーカー東リ((TOLI Corporation)旧東洋リノリユーム)の企業歴史館。1920年に本館事務所として建設した木造2階建ての建物を転用して2019年に開館している。この東洋リノリユームは日本で初めてリノリウム床材を製造した会社で、内装材のトップメーカー。ビニール床材やカーペット、カーテン、壁紙などを手掛けている。この歴史館では、創業当時から現在に至るまでの企業発展の歴史、製造商品や建築材の技術展開、インテリア産業の歩みなどを時代背景と共に紹介している。展示品では、国内初のリノリウム現物や創業時の製品、貴重なカタログ、ビニール系床材、カーペット、床材・壁紙の技術や歴史的な資料が見られる。なお、歴史館の建物は大正モダニズム期から現存する貴重な建築として国の登録有形文化財に指定されている。

館内展示コーナー
社歴と製品展示

 歴史館では、館内のサイト東リ百年の歩み(創業百年記念サイト)に同社の創業やその後の発展、開発した商品群などを詳しく紹介している。

<東リの創業と発展>

寺西福吉
創業当時の東リ伊丹工場

 これをみると、創業者は寺西福吉という事業家で、1887年(明治20年)、稲わらを応用して床敷物「平織織物」(由多加織)を完成させたのが起業のはじまりである。そして、1891年に寺西由多加織合名会社を設立、兵庫県伊丹で「由多加織」製造工場を建設して事業の基礎を固めた。その後、床材の需要が増す中、1919年に寺西の企業活動を引継ぎ、寺西福吉を含む山口財閥の関係者が発起人となって日本初の国産リノリウム(床材)を製造販売する新会社「東洋リノリユーム」が設立された。これが東リの創業につながっている。ちなみに、リノリウム (linoleum) は、亜麻仁油(あまにゆ)などの乾性油を加熱酸化させたものに、コルク粉や顔料ほかを混入し麻布に圧着して作る床仕上材で、当時、この製品は外国産に限られていた。
  このリノリユーム事業は市場の拡大を受け、創業から4年半の1923年には黒字に転換し、先進国並みの製品を生産できるようになる。1923年には常務取締役の山口半兵衛が海軍省や海軍工場での売り込みに成功している。

昭和初期のリノリウム施工
リノリウム品質試験
(艦船ドック)
大丸 心斎橋店で採用

 

<東リ事業の躍進>

   昭和期に入ると海軍の買い上げ量は拡大、事業は順調に発展していく。その後は、軍関係だけでなく家庭・住宅用、列車や船舶などの業務用にも幅広く利用されル用になる。戦後、リノリュームがビニルタイルなどに取って代わられるのに伴い、東洋リノリユームは、カーペット、壁紙、カーテンなどの家庭用インテリア製品の製造に転換し、1970年代にはリノリユーム生産から撤退している。そして、1991年には社名を「東リ」に変更している。2006年、三菱レイヨンからカーペット製造事業を譲り受け、タイルカーペット市場のシェア過半数を取得する。2011年には、アメリカのカーペット団体CRIが推進する環境ラベル「グリーンラベルプラス」を日本企業としては初めて取得した。
 これらを受け、2019年には、成長の証として東リインテリア歴史館を本社敷地内に開設している。現在、東リは『創業百年』(2019年)という大きな節目を迎え、長期ビジョン〈TOLI VISION 2030〉“ライフスタイルをデザインする企業へ”を掲げて、「カーペット」「壁紙」「カーテン」の4分野を中心に、様々な機能やデザインを追求するインテリア事業の一大総合メーカーとなっている。

置床式簡易二重床「フレックスタイル」発売(1987年)
大宮ハタボール
「グレースカーペット」1970年

・参照:東リ会社概要 https://www.toli.co.jp/company/company_outline.html
・参照:百年の歩み | 東リ創業百年記念サイト)https://www.toli.co.jp/100th/history/
・参照:東リ会社紹介:https://pdf.irpocket.com/C7971/xivA/JJNj/MaZm.pdf
・参照:東リ – Wikipedia

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♣ INAXライブミュージアム

所在地:愛知県常滑市奥栄町1-130 Tel. 0569-34-8282
HP: https://livingculture.lixil.com/ilm/

  → 住宅設備機器・建材などの総合メーカーINAXが運営するインテリアの文化施設。同ミュージアムはINAX発祥の地で日本六古窯の一つに数えられる“やきものの街”愛知県常滑市に開設されている。施設内は、「窯のある広場・資料館」「世界のタイル博物館」「トイレの文化館」「建築陶器のはじまり館」「土・どろんこ館」「陶楽工房」「やきもの工房」の7館から成り、土とやきものの歴史や文化、美しさや楽しさを伝える活動を展開している。

窯のある広場・資料館の内部

 このうち、「窯のある広場・資料館」では、大正時代に建造された土管工場の大きな窯と建屋、煙突を保存・公開、大正から昭和40年代にかけて隆盛した常滑の土管産業の様子を今に伝えている。「トイレの文化館」では、日本のトイレ発展を昔の木製や陶磁器製の非水洗便器から水洗化を経て発展して空間としても充実してきた様子を紹介。「世界のタイル博物館」は紀元前から近代までの世界の装飾タイル7000点以上を収蔵、タイルの魅力を伝えるタイルの専門博物館。「建築陶器のはじまり館」は、大正から昭和初期に次々と建てられた近代住宅の外壁を飾った「建築陶器」と呼ばれる芸術性の高いやきもの製のタイルとテラコッタ展示。「土・どろんこ館」では、やきものの原料である土の展示や体験教室を開催、「陶楽工房」では陶を使った豊富なメニューで“ものづくり”を楽しむ体験教室を開催している。これら各々が、土とやきものの歴史や文化、ものづくりと人々の生活をつなぐ展示と体験の場を提供する建築、インテリアの総合情報博物館となっている。

トイレ文化館内部
世界のタイル博展示
テラコッタ展示

・参照:https://dailyblogigs.com/2024/10/04/semento-to-renga-m-jj/
・参照:INAXライブミュージアム: コレクションデータベースhttps://jmapps.ne.jp/ilm/
・参照:知識・研究・学ぶ(INAXライブミュージアム) https://livingculture.lixil.com/ilm/learn/knowledge/#knowledge
・参照:常滑焼ポータルサイトhttps://www.tokoname-kankou.net/tokonameyaki/

<インテリアの総合メーカーINAXの創業と展開>

伊奈初之丞
初期の伊奈製陶所工場

  INAXの前身である伊奈製陶の起源は、1887年(明治20年)、陶工であった伊奈初之丞が陶管の製造を開始したことがはじまりといわれる。そして、1921年に初之丞は大倉陶園創業者である大倉和親の支援を受けて匿名組合「伊奈製陶所」を創業、陶管(土管)やタイル等の建設用陶器を作り始める。1924年には長男である伊奈長三郎が、森村グループ傘下のタイルメーカーとして伊奈製陶株式会社が成立される。この伊奈製陶は、その後、セントルイスで開催された世界大博覧会に「陶管」を出展して銅賞を受賞、帝国ホテル二代目本館(ライト館)の建築陶器を製作するなどの活躍をとげている。

「陶管」
帝国ホテルに納めた建築陶器

  1985年、伊奈製陶は株式会社イナックス(INAX)に商号変更。2001年には、アルミサッシなどを手掛ける建材メーカー大手のトステムとの経営統合により「INAXトステム・ホールディングス」となり、2011年4月、トステム、新日軽、東洋エクステリア(TOEX)、LIXILと合併し、サンウエーブ工業などを統合して、新会社株式会社LIXILが誕生、現在に至っている。

INAX(LIXIL)の現在

  そして、INAXは同社における製品ブランド名の一つとなった。そして、常滑市のINAX本社は「LIXIL常滑本社」となっている。  なお、現在、トイレや洗面器などの衛生陶器では、TOTOと同社で日本国内シェアの9割程度を占める。便器のシェアはTOTOが約60%でINAXが約30%、温水便座のシェアはTOTOが約55%でINAXが約25%であるという。また、タイルについてINAXは世界最大のメーカー商品であり、内装用建材「エコカラット」などの独自品も発売している。

・参照:伊奈製陶・INAX ものづくりのはじまりhttps://livingculture.lixil.com/ilm/learn/knowledge/knowledge_spirit/
・参照:INAX – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/INAX
・参照:「企業は社会の公器」を実践するINAXライブミュージアム (電通報)https://dentsu-ho.com/person/2215
・参照:なんとかせにゃあクロニクル ―伊奈製陶100年の挑戦―|展示|観る|INAXライブミュージアム https://livingculture.lixil.com/ilm/see/exhibit/inaseito/

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♣ ベネッセハウス・ミュージアム

所在地:香川県香川郡直島町琴弾地
HP: https://benesse-artsite.jp/art/benessehouse-museum.html

ベネッセハウス・ミュージアム

  → 直島は、1917年に三菱金属鉱業の銅製錬所が建造され、工業の島として栄えたが、煙害で第二次世界大戦後の時点で直島は森林がほとんど存在しない島となっていた。このため、1950年代以降より段階的な緑化工事が実施され、現在の姿に復元された。その後、この島ではベネッセが主導した「直島プロジェクト」がはじまって、現代美術を取り入れた国際的な観光の島へと変貌を遂げた。ベネッセハウス ミュージアムは、これを背景として、1992年に開館した「自然・建築・アートの共生」をコンセプトにして誕生した美術館とホテルが一体となった施設。瀬戸内海を望む高台に安藤忠雄の設計によって建てられた施設内に、絵画、彫刻、写真、インスタレーションなどアーティストたちが制作したサイトスペシフィック・ワークが展示されている。かつて鉱害で荒れていた直島の自然を取り戻した中で、自然とアートと建築が融合する稀有な場をつくりだす場となった。また、島の点在するサイトに現代建築に触発された作品をアートと建築そして自然が融合する稀有な場をつくりだしている。インテリアに関する展示作品も多い。

博物館内部
かつての直島
現在の直島

・参照:直島 – Wikipedia
・参照:繁栄の代償|新瀬戸内海論 島びと20世紀 | 四国新聞社https://www.shikoku-np.co.jp/feature/shimabito/3/9/
・参照:直島文化村公式ページhttps://www.naoshima-is.co.jp/
・参照:直島アート巡り完全ガイド!地中美術館から直島新美術館まで見どころを紹介 – 日本楽しいパスhttps://travelcontentsapp.com/jp/guide/kagawa/b602/

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♣ 家具の博物館(フランスベッド)

所在地:東京都昭島市中神町1148 フランスベッド東京工場敷地内 Tel. 042-500-0636 
HP: https://www.kaguhaku.or.jp/

家具の博物館入口

 → 家具の博物館はフランスベットの運営による世界と日本の家具を紹介・展示する博物館。フランスベッドの創業者池田実がグループ各社の協力を得て収集した家具類を収蔵するため、1972年に作られた「家具保存協会・家具の歴史館」が基となっている。池田実氏は、急速な住環境の変化によって散逸しがちな家具を収集保存して後世に伝えようとする情熱により誕生したものだった。その後、1979年、「家具の博物館」と改称、家具を収蔵・展示するための博物館となった。現在、博物館は、「家具の伝統-継承-創造」をテーマとして活動を続けている。当初は箪笥や椅子を中心に資料は900点ほどであったが、現在では1800点余りに達している。収蔵資料は、収納具、照明具、暖房具、容飾具、飲食具、座臥具などで、80坪ほどの展示場に180点ほどが常時展示されている。
 展示の中には、西洋クラシック家具、アジア、南米の椅子、例えばインドネシアの「丸彫りの椅子」、日本のものでは床座生活の収納具や化粧装具、江戸時代の薬箪笥、車長持、箱枕などがあり、世界と日本の生活スタイいるに応じて使用された数多く多様な家具が見られる。

椅子のコレクション
歴史的なタンス展示
西欧のクラシック家具

・参照:家具の博物館 | アイエム[インターネットミュージアム]https://www.museum.or.jp/museum/2207
・参照:家具の博物館:いろんな椅子や箪笥の玉手箱!(ムッシュカブ)https://note.com/monsieurcub/n/n233dcc3a9c36
・参照:家具の博物館 「日本と世界12カ国のデザイナーズチェア展」開催ー 約30点で近現代の椅子史を俯瞰ー http://www.homeliving.co.jp/20251001/kaguhaku

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♣ 枕博物館(富士ベッド工業株式会社)

所在地:埼玉県加須市新利根2-8-3
HP: https://fujibed.com/pillow-museum/

「枕の博物館」の富士ベッド社

  → 「枕の博物館」は世界と日本の多様な形態のまくらを時代ごとに分けて詳しく展示する枕専門の博物館。埼玉の富士ベッド縫製工場内研究設備に併設されている。博物館の説明では、「人生の三分の一の時間は“寝て暮らしている”中で、快適な睡眠は最も重要な健康の指標とされる。この睡眠にとって枕は最も重要な道具の一つとなっている」とする。このことをよく理解させてくれるのがこの博物館である。世界には、様々な種類の枕があり、季候風土、時代や生活スタイルによって、その使われ方、材質、形が大きく異なっている。例えば、古代では陶器や木枕などが主流で、陶器の枕は中国で使われたとされ、日本では箱形枕が多かったようだ。現在、日本では綿や羽毛、ファイバーなどを使ったソフトで低反発のものが選ばれる。博物館では、このように寝具道具としての枕の効用と歴史をわかりやすく解説してくれる。たかが枕とはいえない深い眠りと生活文化の意味を改めて感じさせる博物館である。

館内枕展示
中世の陶器枕
アフリカの枕

・参照:『江戸まくら』プロジェクト始動開始! 富士ベッド工業株式会社のプレスリリースhttps://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000054.000140619.html
・参照:社長百景|誠実な枕づくりを貫く富士ベッド工業の変遷(前編)  https://integrity-sbp.com/media/contents/fujibed-part1
・参照:社長百景|誠実な枕づくりを貫く富士ベッド工業の変遷(後編)  https://integrity-sbp.com/media/contents/fujibed-part2
・参考:枕の博物館(白崎繊維工業)https://www.sirasaki.co.jp/makura-hakubutukann/makura-hakubutukann01.html
・参考:札幌の「世界のまくら博物館」https://www.hokkaido-np.co.jp/article_photo/list?article_id=1279945&pid=15318892

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♣ 大川ウッドワークミュージアム

所在地:福岡県大川市大字三丸1231-2  Tel. 0944-87-2664
HP: https://woodworkmuseum.jimdofree.com/

大川ウッドワークミュージアム

  → 福岡県大川市は日本有数の家具産地として知られ、家具の生産高日本一を誇る。この大川の匠によるデザイン性に優れた建具、彫物家具、インテリアを数多く展示しているのが「大川ウッドワークミュージアム」。大川市内の私設公園「ARBOR(アーバー)」に開設されている。大川市の家具づくりのルーツは室町時代まで遡るというほど古い。大川は江戸時代には榎津と呼ばれる船大工が多く住む港町で、木工技術が長く受け継がれてきた地域であったという。ここでは明治以降になると、木工産業、特に家具・建材づくり年々盛んになり、やがて家具の生産高が日本一に発展していったという。 こういった伝統と現在の大川家具の伝統を受け継ぎ、地域の魅力を高めようと開設したのがこの博物館である。

館内の展示コーナー

  博物館は、この独特のデザインや品質をもつ大川の伝統工芸作品(組子、彫刻など)を幅広く展示しており、480年の歴史を持つ大川家具の伝統を伝える最適の施設となっている。中でも、大川組子は目玉展示の一つとなっている。
 ちなみに、「組子」は釘を使わずに木と木を組み付けて作る建具の技法のひとつ。細くひき割った木に溝・穴・ホゾ加工を施し、かんなやノコギリ、ノミ等で調節しながら1本1本組付けしていく工芸品。この技法を使って細工を施したのが「大川組子」で1988年に未来に残したい技術として福岡県の特産工芸品にも指定されている。

大川組子の展示
組子障子
組子細工

・参照:大川家具とは?その歴史を解説https://www.kagu-tsuuhan.shop/static/okawakagu/origin
・参照:家具のまちが誇る木工アートがいっぱい!「大川ウッドワークミュージアム」(九州旅行ナビ)https://www.9navi.jp/woodwork.html
・参照:福岡県大川家具の街・ウッドワークミュージアム(組子のご紹介|井上昇商店)https://www.inouenoboru.jp/blog/ooki/fukuokaookawakumikosuitasi.html
・参照:福岡県大川市で組子の体験をしました!(ておりこ) https://teorico.jp/blogs/83/
・参照:大川ウッドワークミュージアム(じゃらんnet)https://www.jalan.net/yad370549/blog/entry0004571280.html

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♣ 大川木工産業資料館

所在地:福岡県大川市大字向島1540 (村上機械株式会社内)Tel. 0944-87-2122
HP: https://murakamimachinery.jp/museum/

大川木工産業資料館

 → この木工資料館は、大川市に拠点を置く村上機械株式会社が運営している家具機械の博物館。大川市榎津長町に1986年まで存在した旧松本タンス店・工房を再現したもので、そこで使用されていた木工機械、資料などを保存、展示して大川の家具づくりの技術・伝統を伝える貴重な資料館となっている。松本タンスは、これまで職人の手作りで行われてきた家具木工工程を改め、1920年代、増大する家具の需要に対応するため家具製造に初めて加工機械を導入した企業である。創業者の松本由太郎は、1919年、京都大学工学部武田教授の指導を受けて木工機械の導入を計画したが、当初は地域職人の反発や不況により一時頓挫したが、将来の大川木工産業の発展と技術変化を促すため機械化に踏み切ったと言われる。
  以来、これが全国に先駆けて洋家具作りが大川で展開され、本格的な地場産業として発展していくもととなった。

木工所内部
木工機械の作業場
木工機械

 展示されている機械設備は、日本の木工産業の近代化、技術発展にとって貴重な産業記念物であり、大川にとってもかけがえのない歴史的遺産となっている。 館内の展示コーナーには、角穴をあけるための角のみ盤、敷居・鴨居・障子などの溝切りをするカッター盤、丸太や板材を割くための丸鋸盤、平面に削るための自動送りカンナ盤。いずれもが木工産業、家具づくりの機械化に大きく貢献した機械類である。 
・参照:大川家具の歴史と榎津指物の起こり7 | 大川の家具の歴史
・参照:雑記帖 大川の木工産業資料館を探る(軽探団ーゲリラトロッコ探索ごっこ軍団ー )http://keitandan.blog76.fc2.com/blog-entry-3021.html

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♣ 府中家具木工資料館

所在地:広島県府中市中須町1650-1 府中家具協同会館内
HP: https://fuchukagu.org (府中家具協同会館)

府中家具協同会館(昭和51年竣工当時)

 → 府中家具木工資料館は、290年余の歴史を持つ伝統的な府中家具(タンス・木工品)の歴史や技術を伝える施設として、1996年に誕生した施設。2018年まで開館されていたが、同年5月閉館して府中家具協同組合会館内へ展示品を移してリニューアルオープンした。江戸時代からの貴重な家具や道具など約500点を展示しており、家具の歴史や木工技術の変遷、産地が辿った足跡などを見ることが出来る。

資料館内部
展示の家具など

・参照:府中家具 – Wikipedia
・参照:府中家具の歴史 ( 府中家具工業協同組合)https://fuchukagu.org/about/history/
・参照:府中家具木工資料館 リニューアルオープン 2008/10/19 | 府中家具工業協同組合

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♣ 佐渡民芸館

所在地:新潟県佐渡市真野新町286 Tel. 0259-55-2174
See: https://www.visitsado.com/spot/detail0006/

佐渡民芸館の 家具展示

  → 佐渡民芸館では、明治期の商家を利用した空間に北前船により運ばれた伊万里焼や六古窯、中国・朝鮮の焼物、佐渡産銘石と共に、佐渡船箪笥、衣装箪笥など和箪笥、和家具などを展示している。

・参照:佐渡民芸館 ( アイエム[インターネットミュージアム)https://www.museum.or.jp/museum/2967

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♣ 仙台箪笥歴史工芸館(仙台箪笥協同組合)

所在地:宮城県仙台市青葉区本町2-7-3 Tel. 022-225-8368
HP: https://www.sendai-tansu.com/kougeikan/

仙台箪笥歴史工芸館展示場

  → 仙台箪笥独特の良さを後世に残し、仙台箪笥をもっと知ってもらおうと、2008年、仙台箪笥協同組合が開設した家具博物館。仙台が誇る伝統工芸「仙台箪笥」その歴史や製作プロセスを知ることができる。仙台の金具師、塗師、指物師等の職人と卸や販売業を営む人達が参加して設立した。協同組合では、中小企業庁の「JAPANブランド事業」の伝産品指定をめざして、仙台箪笥の普及や啓蒙を行っている。
  ちなみに、仙台箪笥は、特徴として豪華な飾り鉄による金具の装飾と重厚感あふれる漆塗りで、材料として栗や杉・欅などが使われる。のルーツは、戦国大名である伊達政宗が青葉城を築城する際に、大工の棟梁によって作られた建具の一部だと言われている。

仙台箪笥の展示
箪笥職人の作業情景
典型的な仙台箪笥

・参照:仙台箪笥の特徴 や歴史- (KOGEI JAPAN)https://kogeijapan.com/locale/ja_JP/sendaitansu
・参照:日本の工芸と現代の技術を繋ぐ「仙台箪笥×スタジオ スワイン」(東京大学Craft x Techレクチャーシリーズ Vol.2 )  https://craft-x-tech.com/ja/journal/2024tohoku_lecture2/

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♣ いすの博物館(オカムラ)(閉館)

オカムラ本社
(いすの博物館)

所在地:東京都千代田区永田町2-13-2
HP: https://www.okamura.co.jp/corporate/museum/

  → 「オカムラいすの博物館」は、2009年に開設し、さまざまな視点からビジネス用シーティングの歴史やテクノロジーを紹介し、オカムラが開発してきた初期の回転椅子から最新のシーティングまで展示、また、間工学の視点から捉えた椅子の科学、日本のオフィスの変遷などを展示・紹介してきたが、2021年11月、残念ながら閉館している。

・参考:オカムラいすの博物館 – Wikipedia

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♣ 川島織物文化館

所在地:京都府京都市左京区 静市市原町265
HP:   http://www.kawashimaselkon.co.jp/bunkakan/use/index.html

川島織物文化館入口

   → この文化館は、日本の伝統的な染織技術と織り技術の粋を伝えようとして設立した織物博物館。日本の歴史的織物をはじめ世界各国から収集した多様な染織品、貴重な装飾インテリア作品が展示してある。特に、川島の絵画を越えるほどの美術織物の展示が目を惹く。川島織物は、創業以来、日本美術の技法と織物という伝統産業を融合し、日本には数少なかった西洋式の室内装飾織物(タパスリーなど)を社会に定着させたことで知られる。文化館では、飛鳥時代からの名物裂、コプト裂、などのほか、各種装束、衣裳などを数多く展示しているが、加えて装飾タペストリー作品も多く展示配置されている。川島織物の歴史をみると、明治初期、フランスのリヨンを視察して文様織りのタパストリーに用いられるゴラン織りに注目し、創業以来、日本の西陣培われた「綴織り」技術を応用した室内装飾用の壁掛け織物の作品を数多く製作してきた。文化館では、これらを背景として、綴織壁掛「末吉船」「阿蘭陀船」などを題材とした古典的な細かい図柄を絵画的に織り上げた装飾壁掛けが展示されている。このほか、比較的新しいモダンなデザインの綴織壁掛け織物など幅広く見られるのも魅力。別棟では、川島ゼルコンが赤坂迎賓館に納品した装飾カーテンなども見られた。これらいずれもが、日本のインテリア装飾を考える上でも貴重な作品群となっている。

文化館内の展示コーナー
綴織壁掛「末吉船」
鶴の綴織り

・参照:「川島織物文化館」を訪ねてhttps://igsforum.com/%20visit-kawashima-textile-museum-j/
・参照:川島織物セルコン|京都 ファブリックメーカー|since1843 https://www.kawashimaselkon.co.jp/
・参照:日本で初めてインテリアファブリックを紹介した企業博物館|KAWASHIMA Stories https://www.kawashimaselkon.co.jp/stories/culture/473/
・参照:川島織物文化館|【京都市公式】京都観光https://ja.kyoto.travel/tourism/single01.php?category_id=11&tourism_id=311

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(家具とインテリアの博物館 了)

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自動楽器とオルゴールの歴史博物館(博物館紹介)

 ―オルゴールにみるオーディオ楽器の歴史と音楽文化―

はじめに

大型の古典オルゴール
音のメカニズム

  前回は世界の楽器に関する博物館をみたが、今回は自動演奏楽機とオルゴールの博物館について紹介することにする。18世紀にオルゴールが発明される前は奏者が楽器を演奏するのを直接聞くしか音楽を楽しむことが出来なかった。しかし、このオルゴールと蓄音機の普及によってどこでも音楽演奏を聞くことができるようになった。オルゴール機は、元々、寺院の時計台における時報機能を応用する形を進化させたもので、金属片をピンで弾いて演奏音を楽しむ自動音楽機器として発達した。19世紀後半のヨーロッパでは、レストランや酒場で演じるポピュラーなオーディオ機器として重宝され、手軽に音楽を楽しむ文化として広く普及したという。また、オルゴールは、その精緻な構造と共に、美麗な細工や装飾により美術品としても珍重された。しかし、その後、エジソンが発明した蓄音機が実際の演奏を録音するようになると、オルゴールに替わって進歩した自動音楽機器として発展する形となった。一方、オルゴールは、その持つ独自の音色と手軽な小型形状、魅力的な装飾がに直され見直され、人気のあるアイテムとして今でも人々に愛される愛玩品となっている。

近年のオルゴール

さらに、機器としてのオルゴール生産をみると、当初はスイスの時計工業の伝統から始まったものであるが、日本では、諏訪の時計づくりの土壌の中で、その技術を導入する形で高度に発展した。そして、戦後の70年代には世界市場で8割まで占めるまでに成長している。日本における精密工業の受容と発展の系譜がオルゴール製作の中にも生きたといえるだろう。また、日本人のコンパクトな音楽機好みにも促され、各地には、店舗兼ねるものも含めると驚くほどの数のオルゴール・ミュージアムが作られており、観光客などの人気の的になっている。これらオルゴール博物館には、歴史的なオルゴールから現在に至る機能的で美しい音色を放つオルゴールまで数多く収蔵・展示されている。
 今回の博物館紹介では、こういった背景を踏まえ、全国にある有力なオルゴール博物館の収蔵・展示の内容を解説すると共に、音楽演奏機器オルゴールの発展の歴史、日本におけるオルゴール産業の展開と企業活動について概観してみる。

<日本にある主要なオルゴール・自動音楽機の博物館>

♣ ミタカ・オルゴール館

所在地;東京都三鷹市上連雀2-2-5 ポリフォニー三鷹3F  Tel. 0422-26-8121
HP: https://mitakaorgel.jp/

ミタカ・オルゴール館

 → 東京三鷹にあるこのミタカ・オルゴール館は、19世紀の各種オルゴールを所蔵・公開し、その音色を解説つきで楽しめる音楽博物館である。展示されているのは。収蔵・展示されているのは古典的なシリンダーオルゴール、ディスクオルゴール、オートマタ(からくり人形楽器)、手回しオルガン、自動演奏楽器、蓄音機しているなど約50台で、そのほとんどが演奏できる状態になっている。そのオルゴールの実際音色や仕組みを体験できる。古典オルゴールは櫛歯を弾いて音を出すという仕組みで、現代のオルゴールと同じだが、デザインも大きさも大きく異なっているのがよくわかる。その仕組みを目と耳で理解し、19世紀の音色を直に味わうことができるのが魅力の一つという。

館内の古典オルゴール
ピエロのオートマタ

・参照:ミタカ・オルゴール館 (| アイエム[インターネットミュージアム)https://www.museum.or.jp/museum/17649
・参照:ミタカ・オルゴール館 | みたか都市観光協会https://kanko.mitaka.ne.jp/docs/2014102200303/
・参照: ミタカ・オルゴール館 (銭湯 & せんべろ 探訪)https://ameblo.jp/legelege1215/entry-12862595956.html

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♣ 民音音楽博物館 自動演奏楽器室(オルゴール楽器室)

所在地:東京都新宿区信濃町8番地
HP: https://museum.min-on.or.jp/

民音音楽博物館

 → 民音音楽博物館は東京・新宿区にある民音文化センターに併設された音楽博物館。この中には貴重な古典ピアノをはじめオルゴール、民族楽器などが展示されていて、実際に演奏も行われており、それぞれ音色を鑑賞できる。この中でも、アンティークなオルゴールの展示と実演もみどころのひとつである。1897年製のディスク型オルゴールのキング・オブ・レジナは大判のディスク(鋼鉄製の円盤)を使った重厚感と迫力の自動演奏が楽しめる。また、コテージ・オーケストリオン(1900年頃)、スストリート・オルゴール「フェアリーテール・オルガン」なども魅力の収蔵品である。

自動演奏楽器室
民音のオルゴール

・参照:生活を豊かにする音楽と楽器の博物館(博物館紹介)https://dailyblogigs.com/2026/03/23/ongaku-to-gakki/
・参照:歴史的価値の高い鍵盤楽器が並ぶ「民音音楽博物館」https://member.jp.yamaha.com/topics/myujin/2015/wm-8320
・参照:ストリート・オルガンコレクション(民音音楽博物館) https://museum.min-on.or.jp/collection/detail_D00006.html
・参照:生活を豊かにする音楽と楽器の博物館(博物館紹介)https://dailyblogigs.com/2026/03/23/ongaku-to-gakki/

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♣ 堀江オルゴール博物館 

所在地:兵庫県西宮市苦楽園四番町7-1 Tel. 0798-70-0656
HP: http://www.orgel-horie.or.jp/main/

堀江オルゴール博物館入口

 → 堀江オルゴール博物館は、堀江光男氏(又永化工(株)創業者)が世界を周り収集した19世紀から20世紀初頭にかけて製作されたシリンダーオルゴールやディスク型オルゴール、自動演奏楽器を360台余りを収蔵し公開している。展示品のなかには、ロシアのロマノフ王朝の最後の皇帝であったニコライ2世愛用のシリンダーオルゴール、アレクサンドラ皇后のディスクオルゴール、ドイツの城で使用されていたという自動演奏楽器「3台バイオリン」など貴重なものが含まれている。なお、博物館の建物はクラブ化粧品の中山太一氏が建てた太閤閣の跡地を購入し建てられた住宅で、1987年に兵庫住宅100選にも選ばれている貴重な歴史建造物。

館内の貴重オルゴール
ロシア皇帝夫妻のオルゴール


・参照: 蔵出しの逸品 堀江オルゴール博物館 ロシア皇帝夫妻のオルゴール –( YouTube) https://www.youtube.com/watch?v=TkBKm1FkijQ
・参照:堀江オルゴール博物館 – [西宮ペディア]・西宮流) https://nishinomiya-style.jp/glossary/orgel-horie-teien
・参照:堀江オルゴール博物館で(hoyusoのブログ)https://ameblo.jp/hoyuso/entry-12941673048.html

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♣ ニデックオルゴール記念館 「すわのね」

所在地:長野県諏訪郡下諏訪町5805 Tel. 0266-26-7300
HP: https://suwanone.jp/

オルゴール記念館 「すわのね」

 → オルゴールのパイオニア ニデック(サンキョー)が運営するオルゴール博物館。諏訪の精緻なものづくりの伝統を世界に発信するオルゴールミュージアムとして知られる。「すわのね」という名称は、諏訪のまちで奏でられ愛される「音色」というイメージで命名されたとされており、現代のオルゴールとアンティークな音色の両方堪能できる。また、オルゴール組立体験などもできる工房もある。日本におけるオルゴールの歴史やオルゴールづくりを、アンティークのものから現代のオルゴールまで年代順に 分かりやすく紹介している。また、現代のオルゴールの最高峰Nidecオルフェウスも常設展示する。

館内展示
Nidecオルフェウス


・参照:オルゴールミュージアム – ニデックオルゴール記念館 「すわのね」https://suwanone.jp/museum
・参照:https://www.nidec-instruments.com/orgel/lp/ja/
・参照:オルフェウス 72弁 オルゴールのご紹介|テーブルカルチャーえむすび https://note.com/t_emusubi/n/n3694d6a657e5
・参照:ニデックインスツルメンツ https://www.nidec.com/jp/nidec-instruments/

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♣ 京都嵐山オルゴール博物館

所在地:京都市右京区嵯峨天龍寺立石町1-38 Tel. 075-865-1020
HP: https://www.orgel-hall.com/

最古のオルゴール
京都嵐山オルゴール博物館

  → スイスのオルゴールメーカー、リュージュ社の創業家ギド・リュージュが収集した世界有数のオルゴールコレクション(「ギド&ジャクリーヌコレクション」)を引き継いだ博物館。そのコレクションを合わせた総数2,000点の中から150点余りを展示している。時期により展示内容を変更しながら解説・実演をしている。コレクションの中には「世界最古のオルゴール」世界最古のオルゴール「ナポレオンの嗅ぎタバコ入れ」などをはじめとしたオルゴール史上非常に重要な作品も含まれている。そのほか、初期のオルゴールの小型宝飾品、オルゴール内蔵のからくり人形(オートマタ)など各種貴重なオルゴールを楽しめる施設となっている。
 主要な古典作品には、上記のほかレジーナ オートチェンジャー No.35、スネークチャーマー、シンギングバードケージ、エクリヴァンなどがある。

館内展示コーナー
レジーナ(1900年頃)
エクリヴァン(1895)、月に捧げるピエロ(1890)、蛇使いの女(1900、バード(1910)


・参照:京都嵐山オルゴール博物館 | スポット一覧 | 京都府観光連盟公式サイト https://www.kyoto-kankou.or.jp/info_search/3691
・参照:京都嵐山オルゴール博物館|【京都市公式】京都観光Navi https://ja.kyoto.travel/tourism/single01.php?category_id=11&tourism_id=793
・参照:京都嵐山オルゴール博物館 | スネークチャーマー https://www.orgel-hall.com/raa0016.html
・参照:京都嵐山オルゴール博物館 | レジーナ オートチェンジャー No.35 https://www.orgel-hall.com/amd0012.html
・参照:京都嵐山オルゴール博物館 | シンギングバードケージ https://www.orgel-hall.com/rgb0007.html
・参照:京都嵐山オルゴール博物館 | https://www.orgel-hall.com/amd0012.html

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♣ 萌木の村オルゴール博物館(ホール・オブ・ホールズ)

所在地:山梨県北杜市高根町清里3545 Tel. 0551-48-3522
Hp: https://www.moeginomura.co.jp/establishment/hallofhalls/

萌木の村オルゴール博物館

  → 世界各国から収集した貴重なアンティークオルゴールや自動演奏楽器、オートマタ(自動人形楽器)約250台を収蔵し、約50台を常時展示している博物館。オルゴールや自動演奏楽器によるコンサートも開催している。コレクションには、1,900年のパリ万博のために作られた「リモネール 1900」(フランス/リモネール社製1900年)ドイツのポリフォン社製「カドポリフォン・クロック」(1900s)、インホフ&ムクレ社製「レルオーケストリオン」(1880s)、フッフェルト社製「フォノリストヴィオリー」(1910s)、フランツエアライン製「フルート吹き」(1995)、手回しオルガン「オルガネッタ2型」(日本製、1996)など有名作品が見られる。
・参照:萌木の村・オルゴール博物館ホール・オブ・ホールズ (| NPO法人清里観光振興会)https://kiyosato.gr.jp/hallofhalls/

展示ホール
リモネール
フルート吹き 

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♣ 河口湖 音楽と森の美術館

所在地:山梨県南都留郡富士河口湖町河口3077-20
HP: https://kawaguchikomusicforest.jp/

河口湖 音楽と森の美術館概観

 → 音楽と森の美術館は、歴史的希少価値のある自動演奏楽器やダンスオルガン、貴重なオルゴールなどを収蔵し展示する美術博物館。館内の建物は、ヨーロッパから取り寄せた古い石畳や屋根瓦、石柱や装飾品で造られおり、現地の小さな町の雰囲気を感じることができる。1999年に「UKAI河口湖オルゴールの森」としてオープンし、2011年には「河口湖オルゴールの森美術館」に名称を変更。さらに2020年1月に現在の「河口湖音楽と森の美術館」となっている。
 館内には、精巧なつくりの大型のオルゴールやオートマタ(自動人形)が数十点展示されており、災害を逃れて唯一現存するオルゴールや、1900年の始めころヨーロッパ貴族の間で好まれた古典オルゴールなど、希少価値の高いオルゴールが、当時と同じように動作展示されている。中でも、オルガンホールの「ダンスオルガン」は、壮大な楽器システムになっており、大きさは幅が13メートル、高さが5メートルもあり、部屋全体がオルガン本体と一体になっている圧巻の仕立てである。ここでは壁に飾られた人形43体が音楽に合わせて動くしくみになっていて、フルートやトランペット、ヴァイオリンなどの音色を奏でる約800本のパイプと、大小ドラム、シンバル、ベル、鉄琴など組み込まれている。これらが一緒になって演奏を行う様は、数十名編成の管弦楽団に匹敵する見事なものと自賛している。

ダンスオルガン (1920)
タイタニックモデル(1912)
ヴィオリナ-モデル
(1918)

・参照: 河口湖音楽と森の美術館 | 河口湖.net https://kawaguchiko.net/enjoy/ongakutomorinobijutsukan/
・参照:河口湖音楽と森の美術館(富士の国やまなし観光ネット https://www.yamanashi-kankou.jp/kankou/spot/p2_2837.html

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♣ 那須オルゴール美術館

所在地:栃木県那須郡那須町大字高久丙270 Tel. 0287-78-2733
HP: https://nasuorgel.jp/

ミュージカル・ボックス(1890)
那須オルゴール美術館

  → 那須オルゴール美術館は、オルゴールの収集家佐藤潔氏のコレクションを中心にアンティークな世界各国のオルゴール・自動演奏楽器を常時約200点以上展示する音楽博物館。館内は展示室A、B、Cの三部構成の展示となっており、展示室Aは全200曲演奏可能な世界最大級のシリンダー式オルゴール、展示室Bでは1850年〜1920年代に製作されたシリンダー式やディスク式オルゴール、展示室Cではオートマタやミュージカルバードボックスなどの小型オルゴールを中心に展示している。

花を売る少女

 中でも、スイス製1860年代の「インターチェンジャブルシリンダー・オーケストラボックス」(1台で200曲もの演奏が可能)、ドイツ・シンフォニオン社の「シンフォニオン・エロイカ」(1895年頃)、フランス・C.ルーシュ社のピアノやドラム、シンバル等、複数の楽器を演奏する「ジャズバンド」(1920年代)などは貴重とされる。また、フランス・ジュモー工房製のオートマタ 「花を売る少女」(1880年代)、スイス製「ミュージカルバードボックス」(1890年頃)、中国の「紫檀螺鈿象嵌楼型絡繰り時計」(18世紀・乾龍時代)、日本の十字屋製「紙腔琴」(1890年頃)日本なども珍しい自動演奏オルゴールとして知られる。また館内には、ケースをデコレーションしてオリジナルオルゴールが作れるコーナーやオルゴールショップもある。

館内の展示室
ジャズバンド (1920)
オーケストラボックス

・参照:那須オルゴール美術館 (アイエム・インターネットミュージアム)https://www.museum.or.jp/museum/1569
・参照: 那須オルゴール美術館 – Wikipedia

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♣ ザ・ミュージアム MATSUSHIMA

所在地:宮城県宮城郡松島町松島字普賢堂33-3  Tel. 022-355-0656
HP: https://www.matsushima-kanko.com/miru/detail.php?id=243

ザ・ミュージアム MATSUSHIMA

  → 松島にあるオルゴールを中心とした様々な展示物がある観光施設。ベルギー王立博物館より譲り受けた歴史的にも貴重な作品を展示。世界最大規模のコンサートオルガンや王侯貴族特注のダンスオルガンの生演奏も行っている。館内には売り場面積東北最大のオルゴールショップやカフェも併設。元々は「松島オルゴール館」であったが、東日本大震災で被害を受け、オルゴール館の館長やスタッフ達が復旧に努め、6年の歳月を経てザ・ミュージアムMATUSIMAとして生まれ変わっている。

館内の展示室
コンサートオルガン(1920)

・参照:ザ・ミュージアム MATSUSHIMA(アイエム・インターネットミュージアム)https://www.museum.or.jp/museum/17904
・参照:ザ・ミュージアム MATSUSHIMA(mytabi.net) https://miyagi.mytabi.net/museum-matsushima.php
・参照:ザ・ミュージアムMATSUSHIMA(松島温泉の宿 パレス松洲) https://www.palace-matsushima.jp/topics/tourism/town/49570/

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♣ 浜名湖オルゴールミュージアム

所在地:静岡県浜松市西区舘山寺町1891 Tel. 053-487-2121
HP: https://www.hamanako-orgel.jp/

浜名湖オルゴールミュージアム

  → 浜名湖オルゴールミュージアムは、浜名湖の北東部の舘山寺ロープウェイの頂上駅の建物内にあり、貴重なアンティーク・オルゴールを多数展示する博物館である。1999年にオープンしたもので、館内のホールには19世紀~20世紀初頭のオルゴールをはじめ、さまざまな種類のオルゴール、自動演奏ピアノ、自動演奏オルガン、9種類の楽器が一度に演奏できるバンジョー、からくり人形、蓄音機などの世界の貴重な自動演奏楽器が70点余り展示されている。また、定期的にそれぞれの解説と実演も行っている。また、浜名湖を展望できる屋上階にはカリヨン(組鐘)があり、季節毎の演奏を楽しませてくれる。この施設は、浜名湖の対岸にある浜名湖パルパルと舘山寺ロープウェイで結ばれ、一体化したレジャー施設となっており眺望が素晴らしい。

館内展示場
バンジョー(1997)
カリヨンの展望台


・参照:浜名湖オルゴールミュージアム(| iN HAMAMATSU.COM) https://www.inhamamatsu.com/japanese/art/hamanako-music-box-museum.php
・参照:浜名湖オルゴールミュージアム&ロープウェイで自然と美しさをhttps://thegatehamamatsu.hamazo.tv/e8905402.html
・参照:浜名湖オルゴールミュージアム – Wikipedia

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♣ ROKKO森の音ミュージアム

所在地:兵庫県神戸市灘区六甲山町北六甲4512-145
HP: https://www.rokkosan.com/museum/

ROKKO森の音ミュージアム

  → ROKKO森の音ミュージアムは、兵庫県神戸市灘区の六甲山上にあるオルゴール博物館。1994年7月に、オルゴールなどの自動演奏楽器をコレクションする博物館として開館している。常設展示として、主に19世紀から20世紀初頭にかけて製作されたヨーロッパやアメリカの様々なシリンダーやディスクのオルゴール、世界最大級のダンスオルガンなど自動演奏楽器(ピアノ、ヴァイオリン、パーカッションなど)、そして、各種からくり人形のオートマタなどを展示・演奏活動を行っている。自動楽器による伴奏付きサイレント映画の上映など多彩な演奏・実演も実施する。また、屋外のナチュラルガーデンでは自然に囲まれた「音の散策路」などがあり、鐘や小さなオルゴール、手回しオルガンを楽しみながら歩くことができる。

自動演奏オルガン “ケンペナー”
サブライム・ハーモニー(1880)

・参照:ROKKO森の音ミュージアム( Feel KOBE 神戸公式観光サイト)https://www.feel-kobe.jp/facilities/0000000066/
・参照: ROKKO森の音ミュージアム(阪神園芸株式会社) https://www.hanshinengei.co.jp/pickup/rokko-museum/
・参照:ROKKO森の音ミュージアム – Wikipedia

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♣ 芦別市のアンティークオルゴール館テラノーヴァ

所在地:北海道芦別市黄金町731 カナディアンワールド内
HP: https://www.canadian-world.com/

  → 北海道のカナディアンワールド内にある小さなオルゴール館。日本で唯一1台しかないという希少なオルゴール3台を含むアンティーク・オルゴール30台を収蔵している。カナディアンワールドは、「赤毛のアン」のモチーフとしたテーマパークで、1990年に北海道芦別市の油谷地区の炭鉱跡地に開園したが、初年度から集客に悩み、バブルの崩壊もあって7年後の1997年に一度閉園。2019年にクラウドファンディングなどにより資金調達を行い、テナントなどで構成する「カナディアンワールド」が創設された。この施設の一部としてアンティークオルゴール館テラノーヴァがある。館内には、1914年製のDe Speeltuin Mortier 81-key No. 866という楽器、ウァーリッツァー社のバンドオルガン、ミルズ社の自動ヴァイオリンなどが陳列されている。
・参照: http://noah.cacao.jp/archives/1399
・参照:https://www.instagram.com/orgelman_1217/p/Ch4ECItLgoY/
・参照:カナディアンワールド – Wikipedia

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♣ オルゴールミュージアム門司港

所在地:福岡県北九州市門司区港町5-1 海峡プラザ Tel. 093-322-3008
・参考:https://www.welcomekyushu.jp/spots/detail/9999900065222/

 → このミュージアムには世界から集められたアンティークオルゴールが37点展示・演奏されている。製作当時のまま音を奏でるこれらのオルゴールを展示。代表的なオルゴールとして「ワリッツアー125型」「ピエルメント」「ウェーバー・マエスト」などがある。1時間に約30分のオルゴール演奏と説明もされている。併設の体験工房では、オリジナルオルゴールを作ることもできる。ショップでは手頃なものから高価なものまで販売している。
・参照:オルゴールミュージアム門司港(門司港レトロ 海峡プラザ) https://www.kaikyo-plaza.com/floor-guide/orgel/

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♣ オルゴール堂 小樽本館(店舗とミュージアム)

所在地:北海道小樽市住吉町4番1号 Tel. 0134-22-1108
HP: https://www.otaru-orgel.co.jp/shop

オルゴール堂 小樽本館

 → オルゴール堂は北海道・小樽市に拠点を置くオルゴール専門店。本館の建物は、元は北海道の米穀商であった旧共成(株)の本社社屋として大正4年(1915)に建てられたもので、「小樽市指定歴史的建造物 第17号」に認定されている。本館2階には1600年代から近代までオルゴールが辿ってきたオルゴールの歴史を表すジオラマ、日本製のオルフェウスやスイス製のREUGEなど等高級ブランド&アンティークフロア、北海道作家による工芸品フロアがあり、見どころの一つとなっている。また、同館3Fの「キャラクターハウス夢の音」にはスタジオジブリ作品のキャラクターをモチーフにしたオルゴールやグッズ、映画を彩る名曲たちのオルゴールなどが勢揃い。また、制作体験館「手作り体験 遊工房」も用意されている。なお、オルゴール堂は函館、富良野、鎌倉、横浜、加賀、京都にも店舗を構えているオルゴールの専門店である。

館内に並ぶ多様なオルゴール
オルゴールの歴史ジオラマ


・参照:https://www.otaru-orgel.co.jp/floorguide

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♣ 由布院オルゴールの森 (店舗)

所在地:大分県由布市湯布院町川上1477-1 2F Tel. 0977-85-5085
HP: https://www.folkart.co.jp/shop_info/20110808032803_11878.html

由布院オルゴールの森

 → 由布院の風景に溶け込むようなログハウス、その2階にオルゴールの森がある。かわいいぬいぐるみのオルゴールから 好きな曲を選んで作れるオルゴールまで多数のオルゴールを置いて販売・展示を行っている。(株式会社フォーカートが経営。本店・福岡市博多区古門戸町)

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♣ 長崎オルゴール館 (店舗)

長崎オルゴール館

所在地:長崎県長崎市南山手町2−33 南山手オルゴール館 電話番号: 095-826-4460
・参考:https://co-trip.jp/spot/63422

→ 長崎オルゴール館は、大浦天主堂に上がっていく坂道の入り口に建つオルゴール店。販売しているオルゴールは自由に見ることができ、手に取って演奏もできる。

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<オルゴールの歴史を概観する>

❖ オルゴールの起源と進化>

中世寺院のカリオン

  オルゴールの起源は、中世ヨーロッパの教会などの時計塔に時刻を知らせるため設置された「カリヨン(組み鐘)」といわれている。時計塔の木の筒(バレル)にピンを打ち込んで回転させ、ハンマーを動かして鐘を叩くという構造。1796年にスイスで時計職人アントワーヌ・ファーブルという人物が、懐中時計の時報機能として金属の櫛歯を鳴らす仕組みを発明した。これがオルゴールの発祥となっている。これが、ベルの代わりに調律した金属片をシリンダーのピンで弾く方式による世界初のシリンダーオルゴールである。このオルゴールは、19世紀前半にスイス・ジュラ地方で産業化され、貴族の贅沢品として普及した。また、19世紀後半になるとドイツがディスク交換式の「ディスク・オルゴール」を開発、これが量産されることで安価になった音楽機器オルゴールは、一般市民にも広く使われるようになる。特に、コインを入れると様々な演奏が楽しめるディスク・オルゴールは、この頃、レストランや酒場でポピュラーなオーディオ機器として重宝され、欧米全体に音楽を楽しむ文化を育んでいる。

❖ オルゴールから蓄音機へ

  一方、20世紀の初頭、エジソンが発明した蓄音機が普及し始めると、音楽再生装置としてのオルゴールは価値が薄れはじめ次第に減退していく。さらに、時代が進むと音楽再生装置は、単純な構造の蓄音機から機能的なレコードプレーヤー、CD、MD、iPodなどと急速な変化を遂げている。こうした中でも、オルゴールの持つ独自の音色や魅力的な形状は独自の価値を持ち続け、現在でも宝石箱、小物入れなど音のアクセサリーや音楽アイテムとしての人気は衰えていない。これは各地にあるオルゴール博物館の盛況に見もみてとれるだろう。

❖ 日本でのオルゴールのはじまり

日本のオルゴール

  日本のオルゴールは、19世紀初頭、長崎の出島を通じてオランダから持ち込また自動演奏楽器「オルゲル」(Orgel)がはじまりである。江戸で見世物「自鳴琴」として人気を博したとも伝えられる。そして、明治になると、近代化と西洋音楽の拡がりの中、オルゴールは新たな音楽演奏機器として登場、しかし、多くは欧米からの高価な輸入品であり、一部富裕層の間のみの高級な娯楽品の一つとして広まったに過ぎなかった。(1901年(明治34年)「東京風俗誌」がシリンダーオルゴールを紹介している)
 しかし、日本ではエジソンの発明した蓄音機が同じ時期に導入されたため、音楽演奏用の大型オルゴールは広く普及するに至らなかった。その代わり、身近な道具や贈り物として装飾箱とセットになったオルゴールが好まれ、音楽機器というよりは愛玩品として広く商品化が進んでいった。

❖ 日本のオルゴール産業の勃興と発展

音の出る枕時計

  一方、日本での国産オルゴールの生産は、1850年代に時計職人小林伝次郎が一種のオルゴールを組み込んだ「枕時計」を作成したとの記録があるものの、これが産業化されたのは比較的新しく、近代の時計製作と共に発展して来ている。この中心となったのが諏訪の時計づくり風土である。

☆ 日本の代表的メーカー、サンキョーと東洋音響

サンキョーの最初のモデル
ニデック本社
最新72弁オルゴール

  オルゴールの世界的メーカーとしては、スイスの「リュージュ」や「トーレンス」が歴史的に広く知られるが、日本では小型のシリンダーオルゴールを中心に、諏訪を拠点とするニデック(三協精機)が先鞭を切り、今でも大きなシェアを占めている。この三協精機(サンキョー)は、1946年、諏訪の精工舎由来の北澤工業のエンジニアが設立したもので、時計の技術を応用して、1948年に国産初のシリンダー式のオルゴールを製作している。そして、1960-70年代には「東洋のスイス」と称された環境下で技術力を高め、世界シェア90%を獲得している。また、オルゴール技術を応用し、小型モータやタイムスイッチなどの産業機器にも進出している。

木材加工のオルゴール

  もう一つのオルゴールメーカーは東洋音響で1987年設立の新しい企業である。オルゴールのムーブメント(機械部品)の製造からその歩みを始め、BOX型やフォトフレーム付きオルゴール、木材カラクリ仕掛けのある製品などを生産し、独自の歩みを続けている。

☆ 現在のオルゴール産業

職人のオルゴールづくり

  現在のオルゴールの生産をみると、かつて世界シェアの90%以上を占めた日本(主に長野県・諏訪)から、中国を中心とした海外への大量生産拠点の移転が進み、国内生産は高級品や高音質な精密ムーブメントに特化しているようだ。そこでは大量生産、自動化が進んでおり、細かい職人技術を要する高品質オルゴール製作には、ぬくもりのあるデザイン、技術の継承や新機軸、文化的な取り組みが将来の課題となっている。

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(オルゴール博物館 了)

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生活を豊かにする音楽と楽器の博物館(博物館紹介)

 ―世界と日本の多様な音楽と楽器の姿と歴史を検証するー

はじめに

 先日東京・信濃町にある民音音楽館を訪ねてきた。ここでは15世紀のチェンバロから現代のピアノまでを展示・演奏してくれるほか世界の多様な民族楽器が展示されており、楽器の豊かさと歴史を感じさせる。今回は、これを機に日本にある音楽と楽器の多様な博物館を紹介してみることにした。日本に非常には沢山の音楽・楽器の博物館があり、音楽文化が深く生活の中に浸透していることがわかる。また、ものづくりの面でも楽器製作は盛んで、浜松を中心とした中部地区にはヤマハやカワイ、ローランドように世界的にも楽器製作と技術が集積している。近年では文化財保存運動の一つとして伝統的な和楽器の制作が職人によって継承され、三味線、尺八、琴制作などが各地で作られるようになっている。
 今回、ここでは日本の代表的な楽器博物館、ヤマハ、カワイなどの楽器資料館、大学などの音楽・楽器施設、民族楽器の展示館、音楽家の記念館などを取り上げてみた。

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♣ 浜松市楽器博物館

所在地:静岡県浜松市中央区中央3-9-1 Tel. 053-451-1128
HP: https://www.gakkihaku.jp/

浜松市楽器博物館

  → 浜松市楽器博物館(楽器博)は、世界中から多様な楽器を収集し体系的に整理して展示している大規模な公立総合楽器博物館。内容的には「世界楽器歴史博物館」ともいえる施設で、ヨーロッパをはじめ、アジア、中東、アフリカ、オセアニアなどに存在する特徴的な楽器類を1500点以上収集・展示し、それぞれの由来、特徴、歴史を詳しく伝えている。視覚的にも華麗なアジアの楽器、歴史のあるヨーロッパの楽器、伝統的な形のアフリカ、オセアニアの楽器などが一堂に集められており、その文化的な多様性を感じさせてくれる。日本の伝統民俗楽器のコレクションも見応えがある。中でも、浜松がピアノ生産で世界一ということもありピアノ展示は豊富で、ヨーロッパの有名な歴史的なピアノ名品のほか、日本で歴代生産されてきた特徴あるピアノが並んでいて、日本のものづくり文化の背景を感じさせてくれる。

様々なアジア楽器が並ぶ展示場
洋楽器のコーナー

 展示コーナーは幾つかの地域ゾーンに分かれており、それぞれの特徴的な楽器をそろえて展示している。まず、アジアではインドネシアのガムランはじめ伝統楽器420点、ヨーロッパでは歴史的なピアノ、フルート、ヴァイオリンなど360点、アフリカ、オセアニアでは伝統的な打楽器や弦楽器190点、アメリカでは南米のマリンバなど150点余が展示されている。また、日本ゾーンでは、古来の篳篥、羯鼓、江戸時代の琴、箏、民衆民俗楽器の尺八、三味線、太鼓など200点が解説付きで見られる。また、国産洋楽器ゾーンでは、明治以降、浜松のメーカーが製作してきたオルガン、ピアノ、そして、2010年からは電子楽器セクションが設けられ、シンセサイザー、電子オルガンなど80点が展示に加えられている。  これだけの世界中の楽器が一カ所に集められ、それぞれ比較して観察できるのは非常に珍しいと思われる。

弦楽器のコーナー
管楽器のコーナー
和楽器のコーナー

❖ 浜松の楽器産業の発展と展示―国産洋楽器ゾーンー

 最後に、浜松にこれだけ大規模な「世界楽器博物館」が設立されてきたかについても触れる必要があるように思える。浜松は、前に触れたように「音楽のまち」を標榜しているが、ヤマハ、カワイ、ローランドといった楽器メーカーが集中し、かれらが市の文化活動と産業を振興しようとしていることによる。「楽器博物館」その一環で設立されたと考えられる。

ヤマハのオルガン工場 (1900)
山葉寅楠

 この楽器製造の源流は、明治初期にさかのぼる。 ヤマハの創業者山葉寅楠がオルガン造りを志し、苦労の末、国産のオルガンを浜松で製作するようになったことがはじまりとされる。山葉は、1890年、第3回内国勧業博覧会(上野)に出品したオルガンで賞をとった後、「山葉楽器製造所」を設立してオルガン製作開始。そして、1897年、日本楽器製造株式会社となり国産のピアノを製造する。これが現在のヤマハの楽器作りの始まりであった。一方、日本楽器製造所で働いていた河合小市は、1926年、同社を退職、独立して河合楽器研究所を設立、ピアノの製造・販売に乗り出した。現在では、このヤマハとカワイはピアノ部門では世界一の生産を誇っている。この歴史の一端示す製品が、楽器博物館の国産洋楽器ゾーンに示されている。
  展示では、足踏み式リードオルガン(日本楽器製造株式会社、明治40年頃製作)、アップライト・ピアノ(日本楽器製造株式会社、明治30年頃製作)、グランド・ピアノ(河合楽器製作、昭和2年頃製作)などが見られる。ここでは足踏み式リードオルガンの製作から始まり、ピアノへ、そして多様な西洋楽器が生産された歴史が確認できる。

・参照:浜松の「楽器博物館」を訪ねるhttps://igsforum.com/visit-the-hamamatsu-museum-of-musical-instruments-jj/
・参照:浜松におけるピアノと楽器産業の発展について(京都造形芸⼤)http://g.kyoto-art.ac.jp/reports/1131/
・参照:⾳の起源:https://www.osaka-kyoiku.ac.jp/~masako/exp/oto/naiyou/kigen.html
・参照:Japan Highlights Travel: https://japan-highlightstravel.com/jp/spot/322/
・参照:浜松市楽器博物館についてhttp://miki329.ecnet.jp/keitai/gakkihakubutsukan.html

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♣ 民音音楽博物館 

所在地:東京都新宿区信濃町8番地
HP: https://museum.min-on.or.jp/

  → 民音音楽博物館は東京・新宿区にある民音文化センターに併設された音楽博物館。一般財団法人民主音楽協会によって運営されており、貴重な古典ピアノをはじめオルゴール、民族楽器などが展示されている。実際に演奏も行われていて音色を鑑賞できる。この博物館は1974年に設立された「民音音楽資料館」が前身で2003年に民音音楽博物館となった。2022年にはリニューアル、展示室が大幅拡張され現在の姿となった。館内には、古典ピアノ室、自動演奏楽器室、(民族楽器)展示室、音楽ライブラリーがあり、それぞれ特色ある展示を誇っている。ちなみに神戸市にも同じ内容の西日本館がある。

館内1階ロビー
フォルテ ピアノ
古典ピアノの展示と演奏

 このうち、民音音楽博物館の古典ピアノ室常設展示では、16~19世紀につくられたチェンバロ、フォルテ(古典)ピアノ、モダンピアノのコレクションが豊富。このうちウィーンの名工だったアントン・ワルターによる1795年製のフォルテピアノは、日本で見られるのはこの1台のみという。

民族楽器コーナー
古典的なオルゴール展示

 また、民族楽器には多様な世界の民族楽器約900点を収蔵。南米のキハーダというロバの下あごの骨か出来た打楽器など多数の珍しい楽器が並んでいる。壺のようなインドの打楽器のガタムやタイの木琴のラナー・エーなどもあり実際に音を鳴らすことができる。
  アンティークなオルゴールの展示と実演もみどころのひとつ。なかでも、1897年製のディスク型オルゴールのキング・オブ・レジナが出色で、大判のディスク(鋼鉄製の円盤)を使った重厚感と迫力の自動演奏が楽しめる。また、コテージ・オーケストリオン(1900年頃)、スストリート・オルゴール「フェアリーテール・オルガン」なども魅力の展示である。また、博物館にはライブラリー部門・展示部門を合わせて30万点を超える貴重な音楽資料が所蔵されていて見ることができる。

・参照:歴史的価値の高い鍵盤楽器が並ぶ「民音音楽博物館」https://member.jp.yamaha.com/topics/myujin/2015/wm-8320
・参照:ストリート・オルガンコレクション(民音音楽博物館) https://museum.min-on.or.jp/collection/detail_D00006.html
・参照:民音音楽博物館」の歴史~「民音音楽資料館」の発足から~ スペシャルてい談|History of MIN-ON|おすすめコンテンツ(民主音楽協会) https://www.min-on.or.jp/history/history03-03.html
・参照: 民音音楽博物館紹介ユーチューブ
・See: 民音音楽博物館リニューアルオープンhttps://www.youtube.com/watch?v=JjF6cxJibQg
・See:ピサ・チェンバロ | 1580年~1600年頃 イタリア製 | 民音音楽博物館コレクション Vol.1 https://www.youtube.com/watch?v=TC7N_6bYX2w
・See:民音音楽博物館コレクション Vol.2 ヨハン・フリッツ
ttps://www.youtube.com/watch?v=b7DieG6_bx4
・See:民音音楽博物館コレクション Vol.3 クラシック・オーケストラ

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♣ ヤマハ・イノベーションロード

所在地:静岡県浜松市中央区中沢町10番1号 ヤマハ株式会社本社事業所21号館内
HP: https://www.yamaha.com/ja/about/experience/innovation-road/

イノベーションロード入口

 → ヤマハ イノベーションロードは、ヤマハ130年の歴史を踏まえ、ピアノをはじめ各種の楽器、音響機器など800点以上を展示している企業博物館。2018年にヤマハ本社構内のイノベーションセンター1階に開設された。イノベーションロードとしたのは、ヤマハの先端技術や楽器づくりの歴史、現在・将来の音源ビジネスへの挑戦の姿を「道」ロードとして体感できる施設と位置づけたためだという。展示エリアは、プロローグ、コンセプトステージ(理念)、楽器展示エリア、デジタルライブラリー、イノベーションロードマップ(技術史絵図)、ヒストリーウォーク(社史)、イノベーション・ラボ(製品開発)、音響展⽰エリア、バーチャルステージなどとなっており、ヤマハの音響機器、楽器開発への取り組みの全容を歴代製品など共に詳しく紹介している。

館内展示室
ヤマハの技術史絵図

 このうち、楽器展示エリアでは、主力楽器であるピアノのほかに、ヤマハギターの歴史を刻むヴィンテージギター、マーチングドラムなどのマーチング楽器、創業当時のオルガン、から現在に至るまでの歴代の革新的製品などのアイテムが陳列されており、ヤマハ楽器の歴史がわかる構成になっている。
 また、イノベーションロードマップでは、ヤマハが歩んできた挑戦やイノベーションの歴史を、技術や素材のつながりの視点から、ロードマップとして絵巻物風に紹介、イノベーション・ラボでは、開発現場の想い、技術革新への挑戦を伝える製品開発ストーリー、未来の取り組みを紹介、音響展⽰エリアでは、さまざまな音響機器を展示して音楽を創り出す「音」の魅力と多様性の体験を促すコーナーを設けている。

ピアノの展示
ギターなどの展示
音響展⽰エリア


 館内に設けられたスーパーサラウンドシアターもヤマハの誇る立体音響技術が示されており圧倒的な音の臨場感が体感でき、バーチャルステージではバーチャル映像と連動した楽器の自動演奏が楽しめるようになっている。
 全体として、このヤマハのイノベーションロード施設は、音楽と楽器の融合の姿を「見て・聴いて・触れて」直接触れることの出来る貴重な楽器博物館といえよう。
 なお、360度カメラで撮影したバーチャル・イノベーションロードも公開されており、施設外でも博物館の展示内容を見学できる。 See; https://www.yamaha.com/ja/about/experience/innovation-road/vir/

サラウンドシアター
バーチャル・ロード

❖ 楽器を中心としたヤマハの創業と発展の歴史の姿

   ヤマハのイノベーションロード博では、企業としての創業と発展をヒストリーウォーク(社史)で年表風に詳しく紹介している。これを参照しつつヤマハの創業と発展の歴史を概説してみる。

<ヤマハの創業と源流>

逸話のレリーフ
オルガン/1880年代

  ヤマハの源流は1887年(明治20年)、山葉寅楠が浜松の尋常小学校でオルガンを修理したことがきっかけといわれる。幼い頃より機械製作に才能があった寅楠は、修理中にオルガン内部を自身で模写し試作品を完成させることで事業化を決意する。また、これを苦労して天秤棒でかついで箱根の山を越え、東京の音楽取調掛(現・東京藝術大学)に持ち込んだと伝えられている。(博物館には、この逸話を記したレリーフが残されている。) そして、1888年(明治21年)には浜松で日本最初の本格的オルガンの製造に成功、2番目のオルガン試作品は東京音楽学校で認められ、共益商社書店、大阪開成館(現・三木楽器)両者と販売契約を結び事業化の目途が立った。

日本楽器製造株式会社(1897年)
アップライトピアノ1900
グランドピアノ1902

 また、寅楠は1889年(明治22年)に合資会社「山葉風琴製造所」を設立、1891年(明治24年)には、河合喜三郎と共同で山葉楽器製造所を設立、1897年(明治30年)には「日本楽器製造株式会社」に改組している。また、同時期にピアノ製造に乗りだし、1900年にはアップライトピアノ、1902年にはグランドピアノの製造を開始している。そして、1910年、共益商社楽器店を買収して自社の東京支店(現・ヤマハ銀座店)を設け、楽器販売の拡充を図っている。
  1916年(大正5年)の寅楠の死後は2代目社長に天野千代丸が就任し、ピアノ製造は一族の山葉直吉らがあたる体制をとった。また、同年8月に西川楽器(西川オルガン)を合併する。しかし、事業拡大の一方で、1926年4月には大規模な労働争議が発生するなど経営は決して順調ではなかった。この困難の中、住友電線の川上嘉市が3代目社長に就任、経営の合理化・近代化を図る。経営の好転後、1935年にヤマハ初の電気楽器「マグナオルガン」を製作するなど、新しい分野にも進出する。

<戦中から戦後のヤマハビジネスの展開>

ヤマハのプロペラ製作(戦中)
ピアノ工場(ヤマハ掛川工場現在)

  しかし、時勢は戦時の雰囲気が強まり、1938年に陸軍管理下の軍需工場に組み入れられ、金属プロペラや木製プロペラ(小型練習機用)の生産にシフト、1944年11月に楽器類の生産は完全休止することとなる。また、艦砲射撃で浜松工場が全壊するなどの被害を受けることとなった。

ヤマハの楽器製作

  ヤマハは戦時に大きな被害を受けたものの、戦後は楽器製造開始により復興を図ることを決意する。終戦2か月後の1945年10月にハーモニカ、シロフォンの製造を再開、1947年4月にピアノの製造を再開する。そして、1950年に嘉市の息子である川上源一が第4代社長に就任し、社有の技術の応用と多角化を図ることで従来の楽器事業を充実させることを決意する。戦後の経済復興とともに音楽を振興させ生活に彩りを加えることを目指したのであった。特に、日本の狭い住宅環境で鍵盤楽器を親しむことを目指し、製品・サービスを広げた。1959年に「ヤマハ音楽教室」を開いたのもその一つであった。同じく1959年にはエレクトーンD-1を発売、ピアノ、エレクトーンの販売のために割賦会社のヤマハクレジットを設立している。1960年代からはグランドピアノから管楽器、打楽器、弦楽器まで幅広く製造する総合楽器メーカーとしての基礎を固めている。また、1968年にはピアノ・弦楽器製造の天竜楽器、1970年には日本管楽器を吸収合併、創業90周年の1987年に社名を「日本楽器製造」から「ヤマハ」へ変更している。

川上源一
ヤマハのオートバイ制作開始

 ヤマハは、戦後、楽器以外の分野にも進出して業績拡大を図る。1955年に二輪車部門を独立させ、「ヤマハ発動機」としている。また、その後は、アーチェリー、ラケット、スキー板などスポーツ用品の開発、自転車、高級家具の製造、リゾート施設の建設などにも進んで、現在は、音楽楽器から展開し、総合生活用器具メーカーとしても発展している姿がある。
 イノベーションロードマップでは、これらヤマハが歩んできた挑戦やイノベーションの歴史が詳しく語られている。

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♣ カワイ竜洋工場歴史資料室(工場見学と歴史資料室見学)

所在地:静岡県磐田市飛平松252
HP: https://www.kawai.jp/ryuyofactory/facility/historyroom/ 

カワイ竜洋工場

  → カワイ(河合楽器製作所)はヤマハと並び日本最大のピアノメーカーである。1927年創業の老舗楽器製造会社であり、フルコンサートグランドピアノ「Shigeru Kawai」は国際コンクールでも採用されるなど高い技術力を持つ。また、ピアノ製造のほか、電子ピアノ、音楽教室、ミニピアノ事業も展開している。この主力ピアノ工場がカワイ竜洋工場で、この工場内にカワイの歴史資料室がある。この資料室には、約600年前に欧州で誕生した鍵盤楽器チェンバロや、カワイが手がけた最初のグランドピアノをはじめとする歴代機種など13台が演奏できる状態で展示されている。また、館内には、ピアノの歴史 ピアノ製作の工程などの解説があり、カワイの歴史と共に鍵盤楽器ピアノの音質性能や成り立ちがわかる。なお、竜洋工場には見学コースも設けられていて、職人のピアノ製作の様子を直に見ることができる。

カワイ竜洋工場のピアノ組み立て工程        
古典ピアノの展示
クラヴィコード(復元)
ハープシコード (復元1697)


 また、資料室の主な歴史展示品には、ピアノの基となったクラヴィコード(複製)、ハープシコード(1697年複製)、ハンマーフリューゲル(1795年複製)、カワイグランドピアノ第一号(1928年)などがある。

❖ 楽器メーカー・カワイの創業と発展

河合小市
創業時の河合楽器研究所 (1927)

 日本楽器製造(現・ヤマハ株式会社)に勤務していた河合小市が独立し、1927年に河合楽器研究所を設立したのがはじまりである。当初は、工場とも呼べない小さな倉庫からの出発であったが、ピアノづくりにかける熱い想いがあったという。「昭和型」と名づけたカワイピアノ第一号を発売。1928 年には、グランドピアノ第一号機「平台1 号」を発売している。そして、1935年に合名会社、1951年に株式会社へと改組している。

アップライトピアノ《昭和型》
カワイグランドピアノ第一号
軍需工場となったカワイの工場

戦後復興の中で設立された島田工場

  しかし、第二次世界大戦がこの歩みを止め楽器生産は中断、技術者が戦地へ駆り出され、ピアノ工場は軍需工場となってしまった。戦後になった1948 年にカワイはピアノ・オルガンの製造再開にこぎつけ、残っていた設計図をもとに戦後初のグランドピアノ500 号も製作された。創業者河合小市が死去した1955年、娘婿の河合滋が社長に就任して新たな道を探ることになる。カワイは、戦後のカワイを象徴する島田工場の立ち上げに取り組むと共に、1956年、カワイ音楽教室を創設、音楽教育事業によるユーザ層の拡大に乗り出す。

カワイ竜洋工場
世界的なコンサートで演奏される
フルコンサートピアノEX

 また、高度成長の中、高まる楽器需要に応えながら品質向上を図る画期的なプロジェクトとして、1957年に木材加工専門の新居工場、1961年には舞阪工場を建設している。そして、1980年、熟練の職工による昔ながらの手作り工程「原器工程」を有する「カワイ竜洋工場」を設立、同時にピアノ研究開発を行う「Shigeru Kawaiピアノ研究所」も併設してピアノ事業の充実を図っている。5年後の1985年、地道な研究開発が結実した成果として、「フルコンサートピアノEX」が世界で最も権威あるショパン国際ピアノコンクール公式ピアノに認定されるという栄誉を受けている。「KAWAI」が世界のトップブランドになった瞬間であったとカワイは自負している。その後、1999年、世界一のピアノを作りたいという河合小市の夢を結実した「Shigeru Kawaiグランドピアノ」を発表、世界的な評価を受けている。

・参照: 歴史|ブランド|河合楽器製作所 コーポレートサイトhttps://www.kawai.co.jp/brand/Legacy/
・参照: ピアノの歴史|(株)河合楽器製作所 竜洋工場 https://www.kawai.jp/ryuyofactory/history/
・参照: 河合楽器製作所竜洋工場見学|ピアノとウェルビーイング研究所 https://institute-of-piano-and-well-being.jp/activity/list/record/2023-kawai-visit/
・参照: 魂をこめた仕事を | SONGS – 根本崇史 TAKASHI NEMOTO Official Website
・参照: 株式会社河合楽器製作所竜洋工場/ハローナビしずおか 静岡県観光情報

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♣ 国立音楽大学楽器資料館

所在地:東京都立川市柏町5-5-1 国立音楽大学4号館1階 Tel. 042-535-9574
HP: https://www.gs.kunitachi.ac.jp/ja/

国立音楽大学

  → 国立音楽大学(Kunitachi College of Music)は、東京・立川市本部を置く1926年創立の音楽専門私立大学。前身は1926年創立の「東京高等音楽学院」、1950年に新制大学として現在の国立音楽大学となっている。大学名は1970年代まで国立市にキャンパスがあったことに由来している。楽器資料館は、同学内に設けられていた「音楽研究所」楽器資料館を1988年に独立させたもの。展示室には、19世紀のフォルテピアノや、ハープシコード、クラヴィコードなどの鍵盤楽器や、世界各地の民族楽器を数多く展示している。収蔵楽器は2400点に及び、その内約1100点を見ることができる。本来、学生の研究・学習を目的としたものだが、毎週には水曜日は一般の方も見学できる。また、講座やワークショップ、コンサート等も企画・実施している。

古典的な鍵盤楽器展示
民族楽器の展示

・参照:国立音楽大学楽器学資料館 | 美術館・博物館 | アイエム[インターネットミュージアム]
・参照:国立音楽大学楽器学資料館 | 子供とお出かけ情報「いこーよ」https://iko-yo.net/facilities/11698
・参照:国立音楽大学 – Wikipedia

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♣ 武蔵音楽大学楽器ミュージアム

所在地:東京都練馬区羽沢1丁目13-1 江古田キャンパス Tel. 03-3992-1121
HP: https://www.musashino-music.ac.jp/guide/facilities/museum

武蔵音楽大学外観

  → 同大学楽器ミュージアムは、世界の過去現在の楽器を収集展示している音楽博物館。1960年に江古田キャンパスに開設された「武蔵野音楽大学楽器陳列室」が基となっている。所蔵資料には、西洋楽器の名器や希少な歴史資料、日本の伝統楽器、世界各地の民族楽器のほか、エジソン蝋管機やオルゴールなどがあり、その総数は5,900点を超え、国内最大規模を誇る。館内は、「鍵盤楽器」「管弦打楽器」「日本の楽器」「世界の民族楽器」の4つの独立した展示室に分かれ、それぞれ楽器の歴史や種類、地域的な広がりが系統立ててわかるように異なったデザインで演出展示されている。また、楽器のみならず、指揮棒やマレットのコレクションのほか、オルゴールや演奏人形、楽器演奏写真や絵画など、音楽に関わる資料の多様さは、所蔵数の多さと並ぶもう1つの大きな特徴となっている。

古典的な鍵盤楽器展示
多様な管楽器展示
日本の楽器展示

・参照:武蔵野音楽大学WEB楽器ミュージアム https://www.musashino-music.ac.jp/guide/facilities/museum/web_museum
・参照:「武蔵野音楽大学楽器ミュージアム」を4月より一般公開(Musicmanhttps://www.musicman.co.jp/business/468286

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♣ 上野学園 楽器展示室

所在地:東京都台東区東上野4丁目24−12 上野学園大学内
HP: https://www.uenogakuen.ac.jp/junior_college/campus/exhibit_room.html

上野学園  楽器展示室

 → 上野学園は1904(明治37)年に、石橋藏五郎により創立され、2014年には創立110年を迎える伝統ある学園、1949年に、当時の校長、石橋益惠が日本で初めて音楽科を設置している。この上野学園短期大学内の楽器研究室では、17世紀から19世紀のヨーロッパで製作された楽器約150点の上野学園古楽器コレクションの保管と研究を行ってきている。この基となったのは、1975年、著名な楽器商E.H.オク・センネルから購入した53点の楽器であるという。収蔵楽器の中には、第2次世界大戦前にドイツの楽器収集家フリッツ・ヴィルトハーゲンが所蔵していた楽器も含まれている。コレクションは、弓奏弦楽器のヴィオラ・ダ・ガンバ、ヴィオラ・ダモーレ、撥弦楽器のリュート、マンドール、ハープが中心となっていて、その後、歴史に重要な鍵盤楽器・管楽器・打楽器が追加所蔵され現在に至っている。

楽器展示コーナー
ヴィルトハーゲン・コレクションの楽器

・参照:古楽器コレクション(上野学園短期大学) https://www.uenogakuen.ac.jp/junior_college/campus/collection.htm
・参照:日本に一台しかない初期のピアノ、タンゲンテンフリューゲルを所有する「上野学園 楽器展示室」https://member.jp.yamaha.com/topics/myujin/2016/wm-9957

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♣ 東京藝術大学 小泉文夫記念資料室

所在地:東京都台東区上野公園12-8 東京藝術大学音楽学部内
HP: https://koizumi.geidai.ac.jp/

東京藝術大学

  → 小泉文夫記念資料室は、1985年、東京藝術大学音楽学部に開設された民族楽器資料館。 所蔵資料の中心は故小泉文夫本学元教授が長年にわたって収集した音楽資料のコレクションで、広く音楽研究に役立てるよう遺族から東京藝術大学に寄贈されたもの。所蔵されている楽器はおよそ800点。1950年代から1980年代前半に小泉氏が数十か国から持ち帰った楽器を中心に展示されている。コレクションのなかには今では見られない古いスタイルのものも多く、そのひとつがビルマの竪琴ともいわれるサウンであるという。また、手漕ぎ式のリードオルガンであるハルモニウムや、19本の弦(弓で弾く4本の弦+共鳴弦15本)を持つエスラージなどインドの香りを感じる楽器がそろっている。日本の楽器も数多く収蔵し、南九州地方に伝わる「ごったん」と「てんぷく(天吹)」は、どちらも地域に根ざす珍しい伝統楽器とされる。大規模な楽器コレクションはほかにも見られるが、小泉資料室の場合、民族音楽学者が楽器分類学の観点から体系的に収集した点が大きな特徴となっている。

小泉の民族楽器コレクション
ウード
エスラージ
サウン

 ❖ 小泉文夫の民族楽器研究とその成果 

小泉文夫
民族音楽・楽器と親しむ小泉文夫

  小泉文夫は、東京大学文学部で美学を専攻、在学中に日本伝統音楽の研究を志して、比較音楽学の観点から日本音楽の音階分析論を提示。卒業後は、東京大学大学院人文科学研究科美学専攻課程に籍を置きながらNHK交響楽団機関誌『フィルハーモニー』の編集委員や、NHKラジオ「婦人の時間」で民族音楽の解説を担当、嘱託を経て平凡社に入社する。一方、邦楽や東南アジアや中近東、アフリカ音楽に興味をもち、日本の伝統音楽の研究や文化放送「世界の民謡」の放送を担当。1956年から、インド政府給費留学生としてマドラス音楽学校などでインド音楽の実技を学びながら現地調査を実施する。1959年から東京芸術大学の教員となり、ナイル河上流の民俗音楽(1964)、カナダとアラスカのエスキモー(1967-1968)、インドネシア(1972)などフィールドワークを実施して、日本をはじめとして世界中の民族音楽の調査や研究に従事する。この成果は「民族音楽研究ノート」として発表された(1980年サントリー学芸賞を受賞)。その傍ら、NHK-FMの「世界の民俗音楽(後の「世界の民族音楽」)」の番組の担当や、NET(現テレビ朝日)の「世界の音楽」などにも出演するなど多彩な活動を行っている。しかし、多忙により癌の発見治療が遅れたこともあり、1983年8月肝不全のため56歳の若さで亡くなってしまう。 そして、小泉の没後、遺族が東京芸術大学に氏の音楽資料を寄贈することで、1985年に小泉文夫記念資料室が開設され、氏の研究成果が長く生かされることになった。

小泉の研究資料
世界のレコード
小泉の収集雑誌

 

・参照:世界の民族楽器を触って鳴らせる「小泉文夫記念資料室」https://member.jp.yamaha.com/topics/myujin/2016/wm-8577
・参照:小泉文夫 – Wikipedia

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♣ 旧東京音楽学校奏楽堂

所在地:東京都台東区上野公園8番43号 
HP: https://www.taitogeibun.net/sougakudou/

旧東京音楽学校奏楽堂

  → 「奏楽堂」は東京藝術大学音楽学部の前身、旧東京音楽学校の校舎として、明治23年(1890)に建築されたもので、日本における音楽教育の中心的な役割を担ってきまた記念すべき施設。音楽ホールは、かつて瀧廉太郎がピアノを弾き、山田耕筰が歌曲を歌い、三浦環が日本人による初のオペラ公演でデビューを飾った由緒ある舞台がある。創建から80年近く経過した昭和40年代(1965~)に台東区が東京藝術大学から譲り受け、1987年に校舎が現在の地に移築・復原され、旧東京音楽学校奏楽堂」として公開された。1988には重要文化財の指定を受けている。2013年より保存活用工事のため休館していたが、2018年11月にリニューアルオープンしている。
 館内には、音楽ホールがあり、日本最古級のコンサート用オルガンの一つでアボット・スミス社(Abbott and Smith)製パイプオルガンが備え付けられている。1928年に徳川頼貞からの寄贈により設置されたもので、パイプ総数1,379本、26ストップ、現存日本唯一の空気式アクション機構を持っている。

創建当時の奏楽堂建物
奏楽堂音楽ホール
堂内のパイプオルガン

・参照:旧東京音楽学校奏楽堂 文化遺産オンライン https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/188393
https://www.museum.or.jp/museum/2345
・参照:旧東京音楽学校奏楽堂(重要文化財)台東区ホームページhttps://www.city.taito.lg.jp/kusei/shisetsu/bunkashisetsu/kuritsu/sougakudou.html
・参照:台東区立旧東京音楽学校( アイエムインターネットミュージアム) https://www.museum.or.jp/museum/2345
・参照:「パイプオルガンとチェンバロを弾いてみよう」(奏楽堂体験教室 – 言問ふ日々)http://kototouhibi.blog.fc2.com/blog-entry-764.html
・参照:旧東京音楽学校奏楽堂 – Wikipedia

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♣ ギター文化館

所在地:茨城県石岡市柴間431-35 Tel. 0299-46-2457
 HP: https://guitar-bunkakan.com 

タマーヨ
ギター文化館

 → ギター文化館は、スペインの生んだ偉大なフラメンコギタリスト、マヌエル・カーノ・タマーヨが長年かかって収集した貴重なスペインギターの歴史的銘器を納める殿堂として1992年に開館した施設。マヌエル・カーノコレクションに関する展示があるほか、多数の所蔵楽器を展示している。館内のホールでは、国内外一流人気ギタリストによるコンサート、シニアギターコンクールなど数多くのイベントも開催している。

館内音楽ホール
ギターコレクション

・参照:ギター文化館 | 観光いばらき公式ホームページhttps://www.ibarakiguide.jp/spot.php?mode=detail&code=1305
・参照:歴史的ギターの音を生で聴けるコンサートも開催!(ギター文化館)ヤマハミュージックメンバーズ https://member.jp.yamaha.com/topics/myujin/2016/wm-8973

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♣ 菰野ピアノ歴史館

所在地:三重県三重郡菰野8474–181  Tel. 059ー324ー4348
HP: https://piano-museum.com/

菰野ピアノ歴史館

  → 菰野歴史館が40年以上かけて収集し修復してきた18世紀の古典から現代にいたるピアノを収蔵・展示する体感型ミュージアム。「観る・触る・弾く・聴く」をコンセプトに運営している。ピアノを通じて音楽文化の普及とピアノ調律、製作・修復技術の継承が歴史館の目的の一つとなっており、音色を復活させる修復作業の実際を見学することもできる。また、古典ピアノを見て触れるだけではなく、修復されたピアノを実際に試弾できるという。
・参照:行ってきました!菰野ピアノ歴史館( ハウインターナショナル・愛知県名古屋市の旅行会社) https://howinter.com/t-travel/20231020%EF%BC%BF01/
・参考:菰野ピアノ歴史館のピアノ演奏(ユーチューブ)https://www.youtube.com/watch?v=5Tl8LK_F7BA

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♣ 音浴博物館

所在地:長崎県西海市大瀬戸町雪浦河通郷342-80 TEL/0959-37-0222
HP: https://onyoku.org/

音浴博物館

 → 音浴博物館は、長崎県西海市の山中にある廃校(旧雪浦小学校久良木分校)を利用して作られたた体験型博物館。アナログレコードや蓄音機を展示に特色がある。ここでは昭和時代のゼンマイ式の貴重な蓄音機などを見学できるほか、15万枚余のレコードを実際に聴くことができる。昭和の雰囲気の中で「音を浴びる」体験ができる珍しいスポットとの評価で、膨大なレコードコレクションの中から好きなジャンルの音楽も選んで試聴が可能とのこと博物館の建物は廃校になった小学校の分校を修復したもので、木枠の窓、黒板やオルガンなど分校の面影をそのまま残している。所在場所はかつて満州からの引き揚げ開拓地であり戦争に関するレコードも所蔵している。

古い楽器コレクション
レコードコレクション

・参照:音浴博物館とは?16万枚のレコードを聴ける“山奥の音の博物館”  https://marri-marri.jp/gentry/onyoku/
・参照:山奥にひっそりと。レコード聴き放題の音浴の館(蜜柑と蜜蜂 | 中村昌彦)  https://saikai338.com/saikai/detail-mobile/nakamuramasahiko

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♣ 木村和楽器博物館 (伊賀まちかど博物館)

所在地:伊賀市川合1022-5木村和楽器製作所 Tel. 0595-43-0220
紹介HP: https://www.bunka.pref.mie.lg.jp/Miebunka/detail?cls=mica_col06&pkey=0000000057

木村和楽器博物館

  → 伊賀市の木村和楽器製作所の運営する三味線などの和楽器資料館。同製作所は最近は機械で作られることが多くなった三味線を大半を手作りで製作している。和楽器を展示しているほか、細かい部分に作り手の個性が表れるという職人さんの三味線づくりの工程を気軽に見学できる。館では製作工程の説明、簡単な三味線や琴の奏法の説明指導を受けることも出来る。伊賀市の「まちかど博物館」にもなっている。

琴と三味線
和楽器の修理

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♣ 大正琴の碑と博物館

所在地:長野県駒ヶ根市赤穂14-545   Tel. 0265-81-7500
HP: https://kindenryu.co.jp/taishokoto/museum/
大正琴の碑:愛知県名古屋市中区大須2-21-47(大須観音境内)

大正琴の碑
森田吾郎

→ 大正琴博物館は、名古屋の森田吾郎が、1912年、二弦琴を改良して発明した和製洋楽器「大正琴」の博物館。大正琴は、木製の中空の胴に2〜12本の金属弦を張り、ピアノの様な鍵盤を備え、鍵盤を左手で押さえて右手の義甲(ピック)で弾いて演奏する琴(弦楽器)の一種である。タイプライターの仕組みを応用しており、数字譜(数字でドレミを表す楽譜)を使い初心者でも演奏しやすい楽器で音感教育にも適しているという。

大正琴

・参照:大正琴とは (琴伝流大正琴 弦洲会) https://www.genshu.jp/taisho-koto
・参照:大正琴ミュージアム (YouTube) https://www.youtube.com/channel/UCSDIPxFQUGxsBvm5EoLroow

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♣ 津軽三味線会館 

所在地:青森県五所川原市金木町朝日山189-3 Tel. 0173-54-1616
HP: http://www.kanagi-gc.net/syami/

津軽三味線会館

  → 津軽三味線会館は津軽三味線のルーツや歴史を紹介するほか舞台演奏ができる博物施設。 展示室では、貴重な津軽三味線の現物のほか、三味線の歴史、民謡、郷土芸能等を紹介している。また、多目的ホールでは、津軽三味線のライブステージ、津軽三味線の物語などがビデオシアターで上映されている。ちなみに、津軽三味線は、青森県津軽地方発祥の和弦楽器で、大きく太い棹(太棹)を持つ三味線で、撥(ばち)で皮を激しく叩く「打楽器」のような演奏スタイルが特徴で、即興的なアドリブや速弾きにより、力強くダイナミックな音色を生み出す伝統的な独奏和楽器として知られる。

津軽三味線の演奏
多様な三味線の展示

・参照:津軽三味線( 株式会社教育芸術社)https://www.kyogei.co.jp/shirabe/iroiro/a_tsugarujamjisen.html
・参照:津軽三味線 – Wikipedia

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♣ 雅楽の館(雅楽資料展示分室)

所在地:富山県高岡市福岡町福岡1208 Tel. 0766-64-0390
HP: https://www.city.takaoka.toyama.jp/soshiki/kyoikuiinkai_shogaigakushu_sportska/2/8/1/2316.html

雅楽の館(雅楽資料展示分室)

 → 雅楽の館は、江戸時代末期からの無形文化財「雅楽」楽器や装束を、昭和6年に移築された菅笠問屋内に展示している雅楽楽器の資料館。舞楽の装束、舞装具(冠・甲・面)、管楽器、弦楽器、打楽器などが展示されている。ちなみに、福岡町の雅楽は、文久元年(1816年)に長安寺住職朝順恵らが「暢日蓮」という会を結成したのが始まりといわれる。この「暢日蓮」は、1878年の明治天皇北陸御巡幸のおりに五常楽・越殿楽を奏上するなど活躍している。1919年には「洋遊会」として新たな組織化がなされ、宮内庁雅楽師等を招いて舞楽を導入している。また、昭和45年には町の無形文化財として指定を受けた。現在は、福岡町歴史民俗資料館「雅楽資料展示分室」となっている。

雅楽などの資料展示
雅楽衣装など展示

・参照:菅笠問屋の町並み|日本遺産ポータルサイト https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/332/

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♣ 世界の太鼓資料館 太皷館(宮本卯之助商店) 

所在地:東京都台東区西浅草2-1-1 Tel : 03-3842-5622
HP: https://www.miyamoto-unosuke.co.jp/pages/museum

世界の太鼓資料館 太皷館

  → 太鼓、神輿や祭礼具の老舗である「宮本卯之助商店」が1988年から運営している世界初の太鼓資料館。和太鼓製作の参考にと世界各地から収集した太鼓や参考図書・資料を保存や公開を目的としており、日本の和太鼓を中心に約800点の太鼓の一部を展示。館内は、世界の大陸ごとにエリアが分かれ、日本の和太鼓だけでなく、アフリカやオーストラリア、東南アジアの様々な太鼓を見ることができる。

世界の太鼓展示例


・参照:世界の太皷資料館 太皷館(THE GATE|日本の旅行観光マガジン)https://thegate12.com/jp/spot/2082
・参照:東京別視点ガイド : 世界中の太鼓が900点以上集まる「太鼓館」【浅草】http://www.another-tokyo.com/archives/50473650.html

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♣ 古賀政男音楽博物館

所在地:東京都渋谷区上原三丁目6-12 Tel. 03-3460-9051
HP: https://www.koga.or.jp/index.html

古賀政男
古賀政男音楽博物館

  → 古賀政男音楽博物館は音楽家古賀政男の遺志を引き継ぎ、1997年に開館した大衆音楽の博物館。日本の歌謡史に関する資料を多数展示している。東京渋谷の古賀政男私邸を博物館にしたもので、1階はコンサートができる「けやきホール」、2階は大衆音楽の殿堂、3階は古賀政男の生涯の歩みや代表曲などを紹介する「古賀政男の世界」、地下1階には音楽情報室がある。日本の歌謡史に関する資料も多数収蔵、展示している。

大衆音楽展示ホール
古賀の記念品展示


・参照:古賀政男音楽博物館(アイエム・インターネットミュージアム)https://www.museum.or.jp/museum/2254

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♣ 宮城道雄記念館

所在地:東京都新宿区中町35番地 Tel. 03-3269-0208
HP: https://www.miyagikai.gr.jp/kinenkan

宮城道雄
宮城道雄記念館

 → 箏の演奏家で音楽家の宮城道雄の生前活動を顕彰するとともに、将来の日本音楽発展に寄与するためとして、1978年、故人が晩年まで住んでいた場所に建設された記念館。館には数々の遺品のほか、生前書斎として使われていた離れ「検校の間」(国登録有形文化財)も保存されている。
 宮城の功績として、箏曲の伝統に根を下ろしながら洋楽を組み込み新しい日本の音楽を創造した点が挙あられるとされる。道雄はその生涯で、大構成の合奏曲から童曲にわたる幅広い作品を400曲以上制作した。また、自作曲や古典曲の演奏を行う一方、古典楽器の改良や新楽器の開発を行い、十七絃、八十絃、短琴(家庭用の琴)、大胡弓(だいこきゅう:大型の胡弓)なども発明している。道雄が発表した箏と尺八の二重奏曲「春の海」は特に有名で、来日したフランス人女流ヴァイオリニスト、ルネ・シュメーが尺八部分をヴァイオリンに編曲し道雄との合奏がなされ世界的な評価を得ている。

館内の展示ホール
宮城の愛した箏

・参照:宮城道雄記念館 – SFM https://www.sfm-shinjuku.jp/?author=430
・参照:宮城道雄 – Wikipedia

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 ♣ 金沢蓄音器館

所在地:石川県金沢市尾張町2丁目11番21号 Tel. 076-232-3066
HP: https://www.kanazawa-museum.jp/chikuonki/

金沢蓄音器館

 → 金沢で蓄音器店「山蓄」を開いていた八日市屋浩志氏が収集した蓄音器「山蓄コレクション)が基となって作られた蓄音機博物館。昭和50年代、次第に手回し式の蓄音器が姿を消し無造作に廃棄される蓄音器を惜しみ、「直せばまだ鳴る…」と修理、収集を開始したのがはじまりで、その後、金沢市が受け継いで現在の姿の博物館になった。蓄音器約540台、SPレコード2万枚という膨大なコレクションが演奏可能な状態にメンテナンスされて展示されている。収蔵品の中には、貴重なエジソン スタンダードB型(1901年)、ビクトローラ クレデンザ、HMV手巻蓄音器ルミエールなどといった歴史的価値の高いモデルもそろっている。

蓄音機館展示コーナー
歴代の蓄音器

・参照:金沢蓄音器館で人が生きた証を聴く | クリエイターズステーション https://www.creators-station.jp/report/creators-eye/180180
・参照:音楽をめぐる旅 1「金沢蓄音器館」(テーマで巡る金沢近郊の旅|おすすめコンテンツ|金沢市公式観光サイト 金沢旅物語) https://www.kanazawa-kankoukyoukai.or.jp/feature/juourney-around-kanazawa/06.html

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(音楽と楽器の博物館 了)

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社会のインフラ・水道の博物館(博物館紹介)

  ―近代の社会生活を支える水道建設の意義と歴史を考えるー

はじめに

   2026年の冬期をみると、東北・北海道、北陸は豪雪、西日本、関東の太平洋側は記録的な少雨となり、30年ぶりの渇水で様々な社会的影響も出ているようだ。「水」のありがたさを改めて感じる昨今である。フォーラムでは、これを機に日本の水道の歴史と社会インフラとしての水道の役割を考えてみた。日本の近代水道の建設は約100年前の明治初期に始まったとされるが、時代が進むにつれて全国各地で水道網が次々に敷かれるようになった。それ以前にも、家康の「江戸上水」など様々な都市配水の試みもなされてきた歴史がある。これらを踏まえ、改めて各地の水道関係の博物館を取り上げ水道の意義と歴史を考えてみることにした。
  ひるがえって水道の敷設状況とその記録を確認してみると、各地の自治体・水道事業体で水道の役割と意義を広げるため資料館や記念館を数多く設置してきているのがわかる。また、公益社団法人日本水道協会は「全国の水道記念館:安全でおいしい水道水供給の推進」WEBサイト」を設けてその存在を広報している。ここでは、これらを参照しつつ各地の水道記念館・博物館の様子を紹介してみた。
 See: 全国の水道記念館 http://www.jwwa.or.jp/anzen/kinen.html

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(首都圏の水道博物館・記念館)

♣ 東京都水道歴史館

   ―江戸の上水から明治の近代水道建設までの歴史を伝える博物館―

所在地:東京都文京区本郷二丁目7番地1号
HP: https://www.suidorekishi.jp/
・参考:「東京都⽔道歴史館」を訪問 https://igsforum.com/visit-tokyo-waterworks-historical-museum-j/

東京都水道歴史館

 → 東京都水道歴史館は、江戸・東京の水道400年の歴史を紹介する目的で開設した水道歴史館。この施設は、旧淀橋浄水場の「水道参考館」(1898)、「水道記念館」(1884-)を経て、現在の本郷に移され、「歴史館」となったもの。館内には様々な水道に関する歴史資料が展示されており、17世紀の江戸・神田上水、玉川上水の整備の様子、江戸市中の「上水」供給のシステム、明治以降の「近代水道」への進化などが、実物大の模型や歴史資料、発掘された遺構、年表、映像などを通じて詳しく見ることができる。特に、発掘した江戸期の木樋、石樋、井戸桶の展示、明治期の初期水道栓資料や浄化装置の現物展示が見事である。研究者のための図書館も充実している。

水道博物館内観
東京の水道管網など展示
明治時代の水道栓展示


 以下に「東京都水道歴史館」の展示資料などからみた江戸・東京の水道建設の歴史を紹介してみる。

❖ 江戸期の水道開発の歴史と技術

 世界史の上では紀元前後のローマの水道が有名であるが、日本の本格的な水道の建設は、北条氏康の「小田原早川水道」(1540年代)が初めてといわれる。その後、1590年、江戸に入府した徳川家康は、江戸城下を整えるため、沿岸の埋め立て(日比谷入江)、堀の開削、河川改修に加えて、市中の生活用水を確保するため「上水」開発を積極的に行っている。 当初、小石川に上水路を作り城下に水を供給していたが、これが神田上水に拡張され、江戸初期の浄水供給システムとなった。水の供給は井の頭池を水源とし、これを関口村で堰き止め、水戸藩邸に導入、神田川に架水橋(懸樋)で渡して江戸市中に配水するというものであった。

大名小路辺 玉川上水樋筋絵図
神田川の「懸樋」

 この神田上水は江戸期を通じて使用されることとなる。この様子は江戸期の浮世絵にも描かれ、現在のお茶の水付近にあった「懸樋」が「歴史館」で模型が展示されている。この「上水」は、地形の高低差をサイフォンの原理で通水するシステムなっていて当時の技術力の高さをよく示しているという。 神田川上水建設の後、江戸の人口増大による需要の増加で新たな水路の確保が求められ、この水源として多摩川が選ばれた。そして、1653年、民間町人・玉川庄右衛門、清右衛門兄弟が工事の請負を願い出て、「玉川上水」が建設の建設が開始される。これは、江戸から遠く離れた羽村に多摩川の取水口を作り、江戸市中の「四谷木戸」まで、長い43キロを高低差の少ない地形条件の中で遙か開削するというものであった。当時は、工事機材が少なく技術的にも非常に困難な開削工事であったとおもわれる。(この工事記録が歴史館の中には「重要文化財」として展示されている」)

埋め込んだ木樋
江戸市中の井戸模型

 この玉川上水は、神田上水と同じように四谷から、地下水道となり市内のあらゆる場所にも配水された。このネットワークは世界にまれに見る精密さを誇っており、主として地下に埋め込んだ木樋が縦横に張り巡らされていた。また、水路には各所に配水や水質管理所ももうけられていて効率的に運用されていた。市中に地下配水された水は各町内の井戸で汲み上げ共同で使用する形をとっていたようで水道料金も細かく定められていたという。 この多摩川用水は、また、江戸近郊で灌漑用水としても使われ幕府の新田開発にも利用されている。

水道古文書

 資料館では、これら江戸時代に実際に使われた「上水」の木樋と配水図、そして、実際の井戸の模型が展示されており、当時の水路建設技術と管理システムの高さを実感できる。こうして生活用水が確保されていたが故に、江戸は百万都市としての機能を維持できていたと考えられる。ロンドンやパリの水道システムはよく知られるが、同時期のヨーロッパにおいても、これだけの水道施設を持っていたのは珍しいといわれている。

 ❖ 江戸の上水から近代水道の移行

  しかし、江戸時代が終わり、江戸が東京に変わるに従って水道施設も新しい対応を迫られる。「江戸上水」は江戸末期になると木樋の腐朽化が進み、さらに幕府の崩壊で水路管理が不十分となったことから、たびたびコレラの大流行などが発生し、衛生上問題が深刻となってきていた。このため、明治政府は、浄化水準の高く大量に水を供給できる近代水道の建設を急いだ。政府は明治7年水道改正委員会を作り、明治10年(1877)「東京府水道改正設計書」を作成して近代水道システムを建設することを決定する。これは、原水を沈殿、ろ過して鉄管で圧送するというもので、東京近代水道の原形がここにようやく示された。また、東京府は、近代水道創設の検討を進める一方、既存の木樋、上水路の補修を行い、水源汚染の取締りを強化するなどして、飲料水の安全確保に腐心した様子がうかがえる。

パーマー
江戸から明治への近代水道導入の年譜図

 この西洋技術を導入した明治期の近代水道建設においては、英国技師のパーマーとハルトンの貢献が大きかったという。設計案は、玉川上水路により多摩川の水を千駄ヶ谷村の浄水工場に導き、沈殿・ろ過した後、麻布及び小石川の給水工場へ送水し、浄水工場に併設された給水工場を含めて3箇所の給水工場からポンプ圧送あるいは自然流下で市内に配水するものであった。 また実施に当たっては、東京市水道改良事務所の技師・中島鋭治によって技術検証がなされ、浄水工場設置場所を淀橋町に、給水工場設置場所を本郷及び芝へとすることで着工された。このような経過から、両外国技師、および中島は、東京の近代水道の最大の貢献者とも称され、資料館には、彼らの肖像とともに、当時の水道地図、使用された鉄製の水道管、水道栓などが、近代水道建設のモニュメント・水道歴史遺産として実物展示してある。施設の給水能力は日量17 万立方メートルでしたが、建設の途中で増強され、完成時には日量24 万立方メートルであったという。

❖ 首都東京の発展と水道網の整備

淀橋浄水所
東京の水源となった村山貯水池

  しかし、首都となった東京は急速な人口増加が続き、自然流水の利用ではすぐに追いつかなくなる。これらの対策として、「村山貯水池」ダムの建設、境浄水場の施設能力を増強、水道路の拡張が企図される(1911)。拡張に当たっては多くの障害と技術的挑戦があったとされ、資料館の展示では、これらが年代ごとの土木技術進展の詳細な説明と使用した機械器具の実物資料とともに展示されている。 近代水道の整備は、長い目で見ると、1920年代の関東大震災による甚大な被害、続く洪水、また、40年代の太平洋戦争による災害などにより、東京の水道路は時に毀滅的な被害を受けた歴史がある。しかし、これら困難を克服する過程で水利土木技術も進展し、小河内ダムの建設、東村山浄水所の建設、金町浄水場、砧下浄水場の増強など水道網整備が逐次はかられていった。また戦後には、利根川からの取水開始、これにともなう朝霞、三郷など浄水場事業開始、金町浄水場の増強などの後継事業が今も続いている。そして、現在では、現在では日量696 万立方メートルで世界有数の水道に発展している。

新宿新都心となった淀橋浄水所
金町浄水所

  この発展の起点となった淀橋浄水場(明治31年(1898)設立)は、1965年に東村山に移転、その跡地は再開発され高層ビルの建ち並ぶ「新宿新都心」に変貌した。東京の都市発展の姿そのものをこの淀橋浄水場跡は象徴している。この記念碑となった淀橋浄水所の建屋の一部が、資料館に現物展示され近代水道建設の歩みを伝えている。

・参照:東京水道の歴史( 東京水道歴史館)  http://www.suidorekishi.jp/images/about/s_history/s_history.pdf
・参照:⽇本国内の⽔道事業の歴史と現状の課題 | ジャパンウォーター https://www.japanwater.co.jp/concession/basic/basic2
・参照:伊藤好一「江戸水道の歴史」吉川弘文堂
・参照:絵で見る江戸の暮らしー江戸の上下水道 http://bn.shinko-web.jp/recall/000871.html
・参照:東京都水道局「水道事業紹介」https://www.waterworks.metro.tokyo.jp/suidojigyo/gaiyou/rekishi.html
・参照:世界と日本の水道・下水道の起源 http://www.city.utsunomiya.tochigi.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/013/818/kinensi06.pdf
・参照:江戸の六上水 Wikipedia https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=江戸の六上水&oldid=54550533

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♣ 東京都水の科学館

所在地:東京都江東区有明3-1-8
HP: https://www.mizunokagaku.jp/

東京都水の科学館

  → 「水の科学館」は東京都水道局が運営する水に関する科学館。有明給水所も併設されている。一般の人に水の大切さを知ってもらうために開設されたもの。水道のシステムや役割をわかりやすく学ぶことができる。館では、有明給水所へ案内する「アクア・ツアー」、水の姿を知る「アクア・シアター」、水の秘密を探る「アクア・ラボラトリー」などが用意されている。
・参照:東京都水の科学館 – Wikipedia

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♣ 東京都虹の下水道館

所在地:日本 東京都江東区有明二丁目3番5号 有明水再生センター5階

東京都虹の下水道館

 →「虹の下水道館」は東京都下水道局による下水道をテーマとした体験型の広報施設。1996年、有明下水処理場(現有明水再生センター)の見学説明室として開設。2012年から休館して実物大施設の設置などの改修を行い、2013年4月に再オープンした。下水道管や下水処理場の監視室などを実物大で再現した施設が設置されている。これらの実物大施設を使って、マンホール内の探索や清掃などといった体験もできる。

・参照:東京都虹の下水道館 – Wikipedia
・参照:虹の下水道館(インフラツーリズム ポータルサイト-国土交通省総合政策局)https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/region/infratourism/infralist/tokyo/index01.html

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♣ 横浜水道記念館(2021年閉館)

旧所在地:神奈川県横浜市保土ケ谷区川島町522
・参考:横浜水道記念館 – Wikipedia

旧横浜水道記念館

 → 横浜水道記念館は、横浜市保土ケ谷区に存在した水道をテーマにした博物館(水道記念館)。近代水道100周年を記念して横浜市水道局西谷浄水場の隣接地に1987年に開館した。施設の老朽化や浄水場の再編に伴い2021年に残念ながら全面閉館した。
 この水道記念館は1887年(明治20年)にイギリス人技師ヘンリー・スペンサー・パーマーの指導の下で日本初の近代水道発祥の地を記念したもので、長く日本の水道事業の発展を後世に伝える役割を果たしていた貴重な施設であった。また、横浜開港直後の深刻な水不足、木製の水道管、獅子頭共用栓など、横浜の近代化を支えた歴史的価値の高い水道技術の歴史資料が展示されていて、市民に水資源の重要性を伝えていただけに惜しまれる。

・参考:映像・写真で見る横浜水道の歴史(横浜市)https://www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/sumai-kurashi/suido-gesui/suido/rekishi/eizou-shashin.html
・参考:水道記念館の歴史 – 神奈川県ホームページhttps://www.pref.kanagawa.jp/docs/r4a/suidoukinenkan/kinenkan_rekisi.html

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♣ 神奈川県水道記念館

所在地:神奈川県高座郡寒川町宮山4001
HP: https://www.pref.kanagawa.jp/docs/r4a/suidoukinenkan/suidoukinenkan.html

神奈川県水道記念館

  → 神奈川県水道記念館は、日本で初めて県営による広域水道を実現した寒川浄水場の旧送水ポンプ所を活用して開設された水道科学館。1984年に「水」をテーマとした科学館として新たに誕生し、2003年には、創設70周年に伴いリニューアルしている。ちなみに、記念館の置かれた寒川浄水場は保養地として知られる湘南地域への安定的な水道の確保と衛生状態の改善を目的として1936年に完成し設置されている。私設は厚生省が企画した「近代水道百選」にも選定されている。

館内の展示
水と親しむ展示

・参照:神奈川県水道記念館 – Wikipedia
参照:神奈川県水道記念館 |(街時間)https://editor.ja-machijikan.jp/magazine/vol06/8colors/vol4/suidoukinenkan/
・参照:水遊びもOK!寒川『水道記念館』水のテーマパーク(| mamamoana ママモアナ湘南) https://mamamoana.jp/2023/07/28/kanagawa-waterworks/

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(全国の水道記念館―北海道から九州までー)

♣ 札幌市水道記念館

所在地:北海道札幌市中央区伏見4丁目6-17
HP: https://www.swsa.jp/museum/

札幌市水道記念館

  → 札幌市水道記念館は、札幌市内にあった藻岩浄水場施設を改装し、水道創設40周年を記念として1977年に開館した水道博物館。 元となった浄水場は豊平川表流水を水源とし1937年に札幌市の水道創設時に建設された歴史のある浄水場である。1995年5月には2階と3階にも展示室を設けて新装開館している。館内には、水道記念室、アクアタウン、水工場、サイエンスパーク、もいわギャラリー、キッズルーム、水源の森、水の図書館といったコーナーが設けられている。1987年には近代水道百選、2007年には土木学会選奨土木遺産に認定されている。

アクアタウン
「水工場」展示

  ちなみに、北海道の水道は、1889年(明治22年)に函館で創設された元町配水場が日本最古級の近代水道として北海道開拓と共に整備がはじまったといわれる。しかし、札幌水道の歴史は比較的浅く政令指定都市の中でも最も後発の水道となった。札幌市が豊平川に由来する良質で豊富な地下水に恵まれ,当初は水道の必要性があまり認識されていなかったためとされる。その後、都市化や人口増加により地下水の水質汚染が進み,公衆衛生の向上や消防水利の確保など水道の必要性が認められ、横浜に日本初の近代水道が誕生してから50年後の昭和12年(1937年)に札幌水道が創設されている。

・参照札幌市水道記念館 – Wikipedia
・参照: 札幌水道のあゆみ https://www.city.sapporo.jp/suido/riyosya/plan/shihyo/kako-data/documents/08_06.pdf
・参照:札幌市水道記念館(札幌市中央区) – 札幌ぶら歩き探訪https://sapporoburaaruki.info/2023/02/06/sapporo-city-water-suppuly-memorial-museum/
・参照:公益社団法人土木学会北海道支部 | 土木遺産https://www.jsce.or.jp/branch/hokkaido/_contents/heritage/16.htm

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♣ 盛岡市水道記念館

所在地:盛岡市上米内字中居49番地 米内浄水場内
HP: https://www.morioka-water.jp/about/kinenkan.html

盛岡市水道記念館

  → 盛岡市水道記念館は盛岡市の米内浄水場内に設けられた水道博物館。1984年、水道事業創設50周年を記念して整備された。盛岡市が水道事業を開始した1934年に米内浄水場の管理事務所兼管理人住居として使われていた建物を利用している。館内は米内浄水場創建当時の雰囲気や歴史、水道事業のあゆみなどを中心に展示・発信する施設となっている。しかし、2011年3月11日の東日本大震災により水道記念館は大きな被害を受け、一般公開を中止していたが、耐震対策を実施し、2017年に一般公開を再開している。

・参照:盛岡市水道事業90年のあゆみ(盛岡市水道90周年記念誌)https://morioka-water.jp/general/90th_kinenshi/pageindices/index18.html#page=19
・参照:米内浄水場水道記念館 文化遺産オンライン https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/138491

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♣ 仙台市水道記念館

所在地:仙台市青葉区熊ケ根字大原道地内
HP: https://www.suidou.city.sendai.jp/nx_html/05-kouhou/05-103.html

仙台市水道記念館

  → 水道記念館は、1993年、仙台市の水源のひとつである青下水源地内に開設された水道博物館。水道のしくみや歴史、水と森林・環境の関わりなどを学べる施設となっている。
 館内には、「仙台市の水道のあゆみ」、「水道のしくみ」、「水と環境」の展示ゾーンがあり、それぞれ公営水道の意義、歴史がパネル、映像、模型などを通じて詳しく解説がなされている。中には、江戸時代の仙台藩江戸上屋敷の遺構も展示されていて興味深い。

水道のしくみ展示
仙台藩江戸屋敷の遺構


 ちなみに、仙台市の近代水道は、1923年3月に給水を開始、2023年には100周年を迎えている。その起源は、藩政時代、伊達政宗によって城下にはりめぐらされた『四ツ谷用水』に遡るといわれている。そして、明治以降の近代水道は、広瀬川の支流大倉川に水源を求め、中原浄水場へ水を運び、浄水して荒巻配水所へと送り市内へと給水するという事業であり、1923年に排水がはじまっている。

水道水の循環路
仙台水道の歴史展示

 当時は一般家庭に水道メーターが設置されておらず、いくら水を使っても同じ料金だったため、水道使用量は計画の2倍にも達したという。また、周辺町村との合併により給水区域も拡大、新たな水源が必要となり、広瀬川の支流である青下川を水源とする第一次拡張事業が開始された。その後、青下水源地のほとりに水道記念館が建てられた。現在、記念館は水源かん養林に囲まれながら当時の建築物とともに保全されてその歴史をとどめている。

・参照:仙台水道100周年/日本水道協会全国会議ポータルサイトhttp://www.jwwa.or.jp/zenkoku/venue_sendai_02-02.html:https://www.suidou.city.sendai.jp/nx_html/05-kouhou/05-103.html

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♣ 高崎市水道記念館

所在地:群馬県高崎市若田町309-2若田浄水場内 Tel. 027-321-1286
HP: https://www.city.takasaki.gunma.jp/site/jougesuidou/3382.html

高崎市水道記念館

  → 高崎市水道記念館は、若田浄水場の敷地内に1991年6月開館した水道博物館。高崎市の水道の歴史や施設、水道の仕組みを紹介した展示を行っている。館内では、江戸時代に使用された木桶、明治時代に簡易水道で使用された水道用陶管、地中にあって目にすることのない配水管などが展示されており、水道に関わる様々な機器や技術の変遷、現在のの水道設備について見ることができる。このほか、飲料水が家庭に届くまでの仕組みを紹介したビデオを上映するミニシアター室もある。  高崎市の水道施設の歴史を見ると、明治20年頃、高崎町の中心部である本町ほか14か町の有志が集まり烏川の流水を引入れた小規模の水道を築造したのがはじまりとされる。そして、1910年に全国で20番目に水道が完成している。

・参照:水道事業の沿革 (高崎市公式ホームページ)https://www.city.takasaki.gunma.jp/site/jougesuidou/4768.html

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♣ 福井市水道記念館

所在地:福井県福井市足羽一丁目7番35号 足羽揚水ポンプ場
HP: https://www.city.fukui.lg.jp/kurasi/suido/sisetu/p016229.html

福井市水道記念館

  → 福井市水道記念館は、大正時代から使われていた「足羽揚水ポンプ場」を2004年に衣替えして市の水道博物館として改装し開館したもの。館内では、現役時代の大型揚水ポンプを展示するとともに、福井市の水道事業の歴史をパネルで紹介している。福井市の水道は、木田地区の井戸からくみ揚げた地下水をポンプで足羽山にある配水池へ揚げ、市内に水を配ることからはじまっている。この配水池へ水道水を揚げるための施設が「足羽揚水ポンプ場」で、1924年に建設され1991年までの約70年間使用されていた。このポンプ場は大正時代の珍しい洋風建築であることから、市民の要望を受けて保存工事を行い2011年4月に「福井市水道記念館」として生まれ変わった。
 館内には、揚水ポンプの機能と役割、福井市水道事業の歴史・現在・将来、江戸時代から現在までの水道管の展示などが行われており、揚水ポンプ体験コーナーも設けられている。

揚水ポンプ場利用の展示場
足羽の揚水ポンプ機

・参照:福井市水道記念館 | 福井市文化遺産 http://fukuisan.jp/ja/list/p001013.html
・参照:福井市水道記念館(旧足羽揚水ポンプ場) 文化遺産オンラインhttps://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/146734
・参照: 4K映像 ふくい足もと遺産「水道記念館 」https://www.youtube.com/watch?v=MPjMW0oLp_g

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♣ 大阪市水道記念館

大阪府大阪市東淀川区柴島1丁目3−1
HP: https://suido-kinenkan.jp/

大阪市水道記念館

  → (大阪市)水道記念館は、大阪市の水道通水100周年記念として、柴島浄水場の旧「第1配水ポンプ場」を利用して1995年に開館した水道博物館。大阪市の水道の歴史や水道のしくみ、水道水源環境に関する展示を多角的に行っている。かつては琵琶湖・淀川水系の淡水魚、貝類などを多く飼育した水族館も併設していた。
 館内には、水道ろ過ンロール、水道局の歴史スロープ、送水ポンプの歴史、江戸時代のくらしと水、地下の水の道、水の使用量、水道局の取り組み、SDGsパネル、海洋プラスチック問題パネル、水道のろ過実験コーナーなどの展示コーナーがあり、総合的に「水問題」を学ことのできる場所となっている。
  大阪市の水道は、横浜、函館、長崎に次いで、日本で4番目に創設された歴史があり、日本で近代水道が普及し始めた黎明期を代表する最先端技術が投入された貴重な土木構造物が今もなお現存している。

地下の水の道
送水ポンプの歴史

・参照:大阪市水道局:水道施設の紹介https://www.city.osaka.lg.jp/suido/page/0000611598.html
・参照:大阪市水道局:おいしい水のあゆみ~大阪市水道局の歴史~ https://www.city.osaka.lg.jp/suido/page/0000182230.html

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♣ 桐生市水道山記念館(旧配水事務所)

所在地:群馬県桐生市堤町1丁目5番7号
HP: https://www.city.kiryu.lg.jp/shisetsu/bunka/1002921.

桐生市の水道山記念館(旧配水事務所)

  → 水道山記念館は、元は桐生市の配水事務所として1932年に水道山(小曾根山)の高区配水池に隣接して建設されたが、1986年に改修工事が行われ「水道山記念館」となり、現在、展示室・会議室として利用されている施設。
  桐生市では、1922年より水道敷設の調査が開始され、1927年に渡良瀬川左岸一帯を水源地とすることに決定。水道山(小曾根山・金毘羅山)に高区・低区配水池が新設され、高区からは山手方面に、低区から平地の市街地に通水することとし、1932年4月には給水開始されている。旧配水事務所は1997年に国の登録有形文化財に指定されている。

・参照:水道山記念館(旧配水事務所)( 文化遺産オンライン) https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/176556
・参照:水道山記念館 – Wikipedia

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♣ 愛知県下水道科学館

所在地:愛知県稲沢市平和町須ケ谷長田295-3
HP: https://eppy.jp/

愛知県下水道科学館

  → 愛知県下水道科学館は愛知県稲沢市にある下水道に関する学習・広報施設。「メタウォーター下水道科学館あいち」の愛称で知られる。2000年に日光川上流浄化センターと平和処理場に隣接して開館した施設で、愛知県が設置し愛知水と緑の公社とアクティオ株式会社の共同体である「A&A下水道科学館」により管理されている。(愛知県の)下水道のことを解り易く紹介するとともに、水環境についても体験しながら学ぶことが出来る施設である。館内には3,000冊以上の蔵書をもつ図書コーナーや水に関する3D映像「水のシアター」があり、館外には遊具や芝生広場のほかにビオトープも設置されている。

・参照:愛知県下水道科学館 – Wikipedia
・参照:メタウォーター下水道科学館なごや ( 名古屋コンシェルジュ)https://www.nagoya-info.jp/spot/detail/221/

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♣ 琵琶湖疏水記念館

所在地:京都市左京区南禅寺草川町17 Tel. 075-752-2530
HP: https://biwakososui-museum.city.kyoto.lg.jp/

琵琶湖疏水記念館

  → 琵琶湖疏水記念館は、琵琶湖疏水の竣工100周年を記念して1989年8月に開館した水道博物館。京都の近代化に果たした琵琶湖疏水の役割やその先駆性などを詳しく紹介している。 館の1階は「琵琶湖疎水の計画と建設」をテーマに疎水の計画と建設の経過を紹介。疎水建設計画に用いた図面や工事に使用された動議などを展示している。地階は「琵琶湖疎水が果たした役割、「京都三大事業の実施」(第2琵琶湖疏水の建設・上水道の布設・道路拡築及び市電の敷設)に関する展示や岡崎地域一帯のジオラマが展示されている。

第1展示室:測量図など資料
第3展示室:時代と疎水
ペルトン式水車

 屋外には、御所水道45°鉄管、B1階屋外には、琵琶湖疏水を活用した水力発電に使われたペルトン式水車とスタンレー式発電機等を展示。屋外テラスでは、疏水噴水越しに岡崎疏水を望む景色も楽しめるのも特徴となっている。

❖ 琵琶湖疎水の概要と歴史

琵琶湖疎水概念図

  琵琶湖から京都へと水を運ぶ「琵琶湖疏水」は、滋賀県大津市観音寺から京都府京都市伏見区堀詰町までの全長約20kmの「第1疏水」、第1疏水の北側を全線トンネルで並行する全長約7.4kmの「第2疏水」、京都市左京区の蹴上付近から分岐し北白川に至る全長約3.3kmの「疏水分線」などから成っている。明治期の竣工以来、今なお“現役”で活躍している人工の運河である。この水路の完成により、京都は豊富な水を得ることができるようになった。この水資源を上水道として利用するため、市は日本初の「急速ろ過」方式を採用した蹴上浄水場が完成させ、明治45年(1912)に、蹴上浄水場から水道水の供給が開始された。

旧御所水道ポンプ室
第一疎水第1トンネル
疎水第一トンネル入口に掲げられた伊藤博文の扁額

 

田邉朔郎
蹴上浄水場ろ過場の基礎工事(明治43)

  当時、京都は東京遷都によって人口は約3分の1が減少したばかりか、都市機能が失われつつあったが、京都府知事北垣国道が、明治14(1881)年、琵琶湖から引いた水路開拓取り組み再生を図る。北垣はこの水路により京都への物資の往来を盛んにし新しい産業を興そうと計画したのである。京都府の年間予算の2倍という莫大な工事費を要した前代未聞の大事業であった。また、このため工部大学校を卒業したばかり田邉朔郎を工事責任者に登用、島田道生による精密な測量図を用いて、明治18(1885)年に工事を開始する。工事は延べ400万人の作業員が動員され、日本で初めての竪坑を利用したトンネル掘削工法を採用するなど技術的な工夫も施された。そして、工事中、湧き出る大量の地下水など多くの困難にあったが、約5年の難工事の末、明治23(1890)年に第1疏水を完成させる。この頃の日本は、大規模な土木工事は外国人技師の設計監督に委ねるのが普通であったが、この琵琶湖疏水の建設は、設計から施工まですべてを日本人の手で担ったという点で最初の事例となっている。

琵琶湖疎水建設工事の図(琵琶湖疎水記念館)

   この第1疏水の完成によって、衰退した京都のまちは復興の道を力強く歩み始める。第1疏水から送られる水は、水車動力や舟運、かんがい、防火、庭園用水など、多くの目的に利用されたが、最も人々の暮らしを変えたのは、当時の最先端技術であった水力発電であったという。そして、明治24(1891)年に蹴上で日本最初の一般供給用水力発電所が稼働する。まちに電気が送られ、電灯を灯し機械を動かす動力に利用されるという成果も上げている。

<蹴上浄水場からの安全な水道水の供給>

完成した蹴上浄水場ろ過場内部(明治45年)

  明治20年代後半ともなると、第1疏水の流量では毎年増大する電力の需要が満たせなくなったほか、コレラや腸チフスなどの伝染病が蔓延、地下水に頼っていた飲料水が質・量ともに問題になり始めた。そのため、田邉朔郎の進言を受けた初代京都市長 内貴甚三郎は、第2疏水建設の構想を打ち立てる。これが京都に近代水道を打ち立てることにつながる。
 この構想は、京都市長西郷菊次郎へと引き継がれ、「京都市三大事業」(第2琵琶湖疏水の建設・上水道の布設・道路拡築及び市電の敷設)の実現に向う。第2疏水はその事業の中核となり、明治41(1908)年に着工、明治45(1912)年3月に完成を得る。この第2疏水の流量は毎秒15.3㎥、全長約7.4kmで、蹴上で第1疏水に合流することでより豊富な水を得ることができるようになった。また、第2疏水と同時に日本初の「急速ろ過」方式の蹴上浄水場が完成、明治45(1912)年4月には、蹴上浄水場から水道水の供給が開始されている。 水道創設当時、京都市の人口約50万人のうち給水人口は約4万人で、普及率は8%程度であったが。その後、利用者と水の使用量の増大に対応するため、大正の終わりから平成にかけて8期にわたる拡張事業を実施している。

・参照:琵琶湖疏水記念館 | 京都ミュージアム探訪 https://www.kyoto-museums.jp/museum/east/556/
・参照:琵琶湖疏水記念館の 見どころ(日本遺産 琵琶湖疏水)https://biwakososui.city.kyoto.lg.jp/place/detail/34
・参照:琵琶湖疏水とは (日本遺産 琵琶湖疏水)https://biwakososui.city.kyoto.lg.jp/story/
・参照:琵琶湖疏水 – Wikipedia
・参照:琵琶湖疏水記念館(京都観光Navi) https://ja.kyoto.travel/tourism/single01.php?category_id=11&tourism_id=776
・参照:京都市水道|写真|デジタルアーカイブ|目録・デジタルアーカイブ|琵琶湖疏水記念館 https://biwakososui-museum.city.kyoto.lg.jp/archives/ar/photo/kyoto/

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♣ 神戸市水の科学博物館 (2020年休館・閉館)

所在地:兵庫県神戸市兵庫区楠谷町37番1号

旧神戸市水の科学博物館

  → 神戸市水の科学博物館は、神戸市水道給水開始90周年を記念した「水」をテーマとする科学館。館内には、3D映像と噴水を融合させた劇場「ハイブリッド3Dシアター」や「水のサーカス」、「アクアカッター(高水圧切断機)」、「アクアサロン(図書室)」などがあり、楽しみながら水の科学や水の重要性について理解を深めることができる。科学館となっている白亜の館は「奥平野浄水場・旧急速濾過場上屋」(1917年竣工)の建物であり、その風格ある外観は、戦前の都市政策における水道事業の重要性を示すものとなっている。また、館内にある阪神・淡路大震災の被災水道管は、2018年に「阪神・淡路大震災による被災構造物群」の一部として土木学会選奨土木遺産にも選ばれている。しかし、神戸市は新型コロナウイルスの感染の影響を受けて、2020年9月末日休館(閉館)とした。ただ、科学館の建物は国の登録有形文化財になっており、市は別の用途での活用を検討するとしている。
  ちなみに、この奥平野浄水場は神戸市水道創設時の浄水場で、1900年(明治33年)頃には、付近の布引貯水池(布引ダム)、烏原貯水池などの水源を浄化し市内への給水を行っていたもの。また、神戸市北区の千苅ダム(1919年)から、30km以上の神戸水道送水管の終着点でもあった。

・参考:神戸・水の科学博物館、30年の歴史に幕 新型コロナの感染防止困難(神戸新聞NEXT)https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/202009/0013722737.shtml
・参考:水道歴史遺産を水の科学ミュージアムに(機関誌『水の文化』│ミツカン 水の文化センター)https://www.mizu.gr.jp/kikanshi/no21/06.html
・参照:神戸市水の科学博物館 – Wikipedia

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♣ 姫路市水道資料館「水の館」

所在地:兵庫県姫路市豊富町豊富1849 姫路市水道局甲山浄水場内
HP: https://www.city.himeji.lg.jp/kurashi/0000001926.html

神戸市水の科学博物館

 → 姫路市の水道資料館「水の館」は、水をテーマに1996年に設立された水道博物館。飲み水の歴史やこれを支える浄水技術のあり方を紹介し、姫路の水道の足跡や将来のあり方を示す展示館となっている。外観は水を入れる容器をイメージした円筒形を二つ繋いだユニークな形をしており、館内は三つの展示室と会議室から構成され、ている。各展示室では、クイズやゲーム、実験装置などで楽しみながら生活と水のかかわりを学習できるようになっている。第一展示室はAqua World(アクアワールド)で水の力や安らぎをテーマにした展示室、第二展示室ではWater Adventure(ウォーターアドベンチャー)と題しで水道の歴史、水道局の仕事や事業を紹介、第三展示室はWater Communication(ウォーターコミュニケーション)~水との対話~となっており、水道の歴史、水道局の仕事や事業を紹介するコーナーとなっている。中でも、吹き抜け天井が全面ガラス張りとなっている第一展示室の雰囲気は上を流れる水により水中にいるような感覚を醸し出しているという。現代の姫路の水道システムと共に、江戸時代など水道がなかった時代の歴史展示も魅力的である。

第3展示室水の秘密
姫路市水道の仕組み
Aqua World展示

・参照:甲山浄水場・水の館(姫路市水道資料館) | 観光スポット | ひめのみちhttps://www.himeji-kanko.jp/spot/116/
・参照:路市施設紹介「水道資料館・水の館」youtube:https://www.youtube.com/watch?v=DGQbnaRjH-w

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♣ 米子市水道記念館

所在地:鳥取県米子市車尾南二丁目8番1号
HP: https://www.city.yonago.lg.jp/8633.htm

米子市水道記念館

 → 米子市制60周年記念事業の一環として1987年に設立・開館した水道記念館。記念館となった建物は1926年に竣工し1965年まで「車尾中央ポンプ場上屋及び監視室」として利用されてきたモノである。その後、施設は米子市水道の創設当時をしのぶ歴史的な建造物として保存されていたが、1987年11月に水道記念館としてリニューアルオープンした。  このロマネスク風のモダンな建築であったポンプ場は、1998年、鳥取県の「県民の建物100選」に選ばれ、2001年には登録有形文化財として登録された貴重な建造物となっている。
  館内には、米子の水道のあゆみがパネルや写真で紹介されており、昭和20年代から30年代に使用されていた水位計や塩素滅菌機などの展示、古くから米子地方に伝わる水にまつわる民話の紹介、水道に関するVTR観賞コーナー、2000年10月に発生した鳥取県西部地震で被災した水道管の展示など、水道の歴史や仕組みが幅広く紹介されている。

取水のパネル展示
使用していた機器展示

・参照:米子市水道記念館 – Wikipedia
・参照:米子市の水道/米子市ホームペー  https://www.city.yonago.lg.jp/16792.htm
・参照:国登録有形文化財 旧米子市水源地旧ポンプ室、記念碑、水神社/米子市ホームページ https://www.city.yonago.lg.jp/36439.htm

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♣ 岡山市水道記念館

所在地:岡山県岡山市北区三野1-2-1 (三野浄水場構内)
HP: https://www.water.okayama.jp/soshiki/kikaku_somu/kinenkan/index.html

岡山市水道記念館

  → 岡山市水道記念館は通水80周年を記念して1985年に開館、2024年にリニューアルオープンした水道博物館。岡山市の水道は、明治38年(1905年)、全国で8番目に整備されたが、この水道記念館施設は、創設当時、動力室・送水ポンプ室だったものを活用して作られ、水の大切さや水道事業について楽しく学べる体験型の施設として利用されている。記念館の建物は2005年には国の登録有形文化財に登録された歴史的建造物となっている。
 館内には、水の旅、歴史年表、浄水場ツアー、水道局紹介、ミライコネクト、魔法の蛇口、ポンプアップ、ダム検索などの展示・体験コーナーなどがあり、体験しながら水道について学べる工夫がなされている。

水の旅展示
水道の歴史年表
くらしを支える水道局

・参照:岡山市水道記念館(岡山市の観光情報サイト OKAYAMA KANKO .net)https://okayama-kanko.net/sightseeing/spot/592/
・参照:岡山市水道記念館 展示内容/岡山市水道局 https://www.water.okayama.jp/soshiki/kikaku_somu/kinenkan/1458.html

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♣ 熊本市水道記念館(旧八景水谷送水場)

所在地:熊本県熊本市八景水谷1-7-3
HP: https://www.kumamoto-waterworks.jp/waterworks_article/1485/

熊本市水道記念館

  → 熊本市水道記念館は、1974年、熊本市の水道創設50周年を機に、旧八景水谷水源地第二送水ポンプ室を場所として開館した水道博物館。1992年、同市内に「水の科学館」がオープンしたため、一時閉館となったが、2004年水道創設80周年の記念事業の1つとして補修を行いリニューアルして再開した。記念館となった同送水ポンプ室は、1924年の上水道創設から1967年までの43年間、八景水谷水源地から立田山配水池へ送水するためポンプ室として使用されていた施設である。外観は、レンガ壁と上部のモルタル壁の取り合わせや寄棟屋根四方に反曲線を配するなどの組み合わせに大正時代の建築様式がうかがえる。1997年には文化庁の登録有形文化財として登録されている。
  館内には、創設当時の歴史資料、送水ポンプ、水道工具、熊本市の水道歴史年表、立田山配水池の説明などの展示がなされている。ただ、水道記念館は、八景水谷送水場内にあるため施設の安全確保の面から常時開放は行われていない。

送水場内部
送水ポンプ

・参照:熊本市水道記念館(旧八景水谷貯水池ポンプ場) 文化遺産オンラインhttps://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/113257
・参照:熊本市水道記念館 | 九州ヘリテージ フィールドノート
http://blog.kyushu-heritage.jp/?eid=953242
・参照:八景水谷送水場・立田山配水池 | 熊本市上下水道局 https://www.kumamoto-waterworks.jp/waterworks_article/3086
・参照:八景水谷送水場水道記念館 Japan – Museums – Yelp

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♣ 熊本市「水の科学館」

所在地:熊本県熊本市北区八景水谷1丁目11−1
HP: https://www.mizunokagakukan.jp/

熊本市水の科学館入口

   → 水の科学館は熊本市水道記念館に並行して1992年に水道をテーマに開館した博物館。熊本・阿蘇地方を中心として豊かな地下水や上下水道の仕組みを展示や映像で紹介している。館内の展示は、くまもと水再発見、地下の国、大地の国、海の国といった主題を設けて、くまもとの水と食、くらしと文化、水の循環の成り立ちをわかりやすく展示・体験する水の科学館となっている。そこでは、加藤清正の治水の歴史、阿蘇山麓の水循環、上下水道局のバーチャル体験など、水に関する詳しい展示が用意されていて楽しめる空間になっている。

水の循環展示
ウオーターライフ

・参照:熊本市水の科学館 | 観光スポット (熊本県観光サイト)https://kumamoto.guide/spots/detail/12273
・参照:熊本市水の科学館 – Wikipedia
・参照:熊本市水の科学館(くまもとのおいしい水のひみつを知ろう)熊本県教育旅行サイト https://kumamoto.guide/shugaku/programs/detail/505

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(水道記念館 了)

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コンピューターと計算具の博物資料館

    ー資料館にみる計算機器の進化とコンピューターの歴史ー

はじめに

 人類は文明が成立して以来、社会的営みの一つとしてモノを数え計算するという行為を発展させてきた。当初は、手が“数え”の基準であったが、次第に石や木片などの道具を使うようになり、算木、アパガス、計算尺など数学を応用した器具も作られるようになった。そして、数字を書き記す技法が発展すると手動で操作をおこなう計算器具が生まれている。こうしたことを背景に、機械式計算機は17世紀頃、歯車式計算機の開発がはじまり、19世紀には数学理論化と物理学の発展により真空管による電子式計算機(ENIAC)が発明され、次にトランジスタ・ICによるコンピューター開発と急速に進化している。一方、日本では、長くそろばんが計算用具として使われてきた。機械式計算用具の発展をみると手動式、電動式のものから卓上電子計算機(電卓)、そしてPCへと進化し日常的に広く使われるようになっている。

 今回は、これら計算機と計算用具、コンピュータの歴史と技術を扱った博物館を紹介してみた。

❖ 資料館にみる計算機器・コンピューターの歴史は・・

 この計算機器コレクションと展示品の意義・内容について、見学した東京理科大学近代科学資料館展示を参照しつつ解説してみる。
 ・参考:https://igsforum.com/visit-rikadai-kagaku-haku/
 ・参考:キース・ヒューストン「計算用具の歴史―石、そろばんから電卓までー」(原書房)
 ・参考:ハーマン・H・ゴールドスタイン「計算機の歴史」(共立出版)

<古代からの計算道具・機器>

中国の古そろばん

  資料館には、先史時代からの「数える」道具類が数多く陳列されている。この中には、石や木、わらを使って数を数える道具類、古代の「算木」呼ばれる計算道具などがみられる。また、古くから使われた「そろばん」の展示があり、原初期から近代まで広く使われた上下段付きの「そろばん」まで、古今東西のそろばんが数多くそろえてある。中でも、中国のそろばんの歴史を示すものや日本の近代以降広く使われた各種そろばんの展示は見応えがある。これらを見ていると、人類にとって「計算」という作業が文明の形成にとって如何に大切であり、工夫を凝らして道具づくりをしてきたかがよくわかる。

ワラの数え道具
算木
ネピアの計算棒

<近世・近代以降の計算機器>

アリスモメーター(1820)

  近世以降、開発された計算道具は多種多様であるが、資料館には機械式の計算機と計算尺、アリスモメーターなどが展示されている。この中には、パスカルの計算機パスカリーヌ、17世紀に発明された「ライプニッツ計算機」のレプリカ、ドール・フェルトのコンプとメーター (1887)もみられる。日本では、「和算」に使われた「算木」のほか、そろばんなど近代の計算機器の開発が盛んに行われていたことも展示で示されている。明治以降をみると、西欧の計算機技術が導入されるようになり、日本独自の計算機も生み出されていった。明治36年(1903)、矢部良一が製作した「自働算盤」(「パテント・ヤズ・アリスモメートル」がその第一号となっている。

パスカルのPascaline,
コンプトメーター
矢部良一の自働算盤

  一方、日本では長い間「そろばん」が最もポプラーな計算器具として使われていたが、1950年代以降になると機械式の計算機も広く使われるようになる。このうち最も広く使われたのが「タイガー式計算機」。資料館の機械式計算機のコーナーには、このタイガー式計算機の歴代モデルが展示してある。そのほか、東芝の20-TC卓上計算機も見える。 また外国モデルの機械式計算機も数多く展示されていて、国ごとの特色がよくわかる構成になっている。このころ電動式の機械計算機も出現しているが、このうち「モンロー式計算機」が有名であった。その頃の値段で数十万円もしたというから非常に高価なものであったとされる。また、日本では、1950年代、カシオがリレースイッチを使った電気式計算機を開発しており、この貴重な初期モデル「 Casio 14-A」も展示してあった。これが日本における電気子式計算機開発の先駆となっている。一方、世界では1940年ごろから、リレー式計算機や真空管方式/トランジスタ方式の電子計算機、つまりコンピュータが開発され始める。

初期のタイガー計算機
モンロー電動計算機
カシオのリレー式計算機14A

 <「計算」に革命を与えた電卓の普及>

シャープのCS-10A (1964)

  1960年代になると、真空管に替わった半導体の技術により電子式の「計算機」、いわゆる「電卓」が普及してくる。このうちでは、国内初の電卓であるシャープの「Compet CS-10」がよく知られる。また、ソニーがソバック(Sobax)を発売している。この頃、東芝やパナソニックなど電気メーカーがオフィス用の卓上型電子計算機も数多く開発してブームになっており、オフィスでの計算業務が急速に機械化されていった。特に、LSIを利用した電卓の発明は小型計算機のコスト削減と軽量化を果たし普及に拍車をかけた。

キャノーラ 130
カシオミニ
カード電卓

この先鞭を付けたのはカシオの「カシオミニ」であった。カシオやシャープなどの電気メーカーは計算器具を急速に小型化して価格を引き下げ、「電卓」を「そろばん」に変えて数計算の主役に引き上げていった。このことは展示でもよく示されている。この間、多様な「電卓」が開発されたが、初期の比較的重量のあるものからカードサイズの「電卓」まで、時代の流れにそって、どのように電卓が進化してきたかがよくわかる。

・参照:電卓(電子式卓上計算機)の歴史(東京理科大学生涯学習センター「コンピュータの歴史」講演資料)dentaku-museum.com/1-exb/special/rikadai/rikadai.html#1
・参照:電卓博物館(シャープ) http://www.dentaku-museum.com/calc/calc/1-sharp/1-sharpd/sharpd.html

<大型電子計算機コンピュータの展開とPC>

最初のコンピュータ“ENIAC”

 一方、これに並行して急速に発展していったのが大型電子計算機コンピュータ(メインフレーム)である。複雑な科学計算、工学計算には大型のメインフレーム・コンピュータが必須であった。世界で初めてプログラム言語によって計算を行うコンピュータが開発されたのは、1940年代で、1946年にペンシルバニア大学で開発された最初のコンピュータが“ENIAC”である。続いて1949年にプログラム内蔵式コンピュータEDSACが生まれている。 1950年代に入ると商用コンピュータも出現している。

真空管式計数電子計算機FUJIC

 日本においても黎明期のコンピュータはEDSACに倣って作られたもので、1950年代末から1960年代にかけて,日本の大学,国立研究所,コンピュータメーカなどでも研究用に開発も進んでいる。理科大科学資料館では、これら初期のコンピュータの展示はスペースの制約で少ないが、1950年代に真空管を使った富士通のFACOMコンピュータが展示されている。この時代のコンピューターには真空管が使われており、現在に比べると形状も大型で能力も格段に低かった。また、資料館には大阪大学で使っていたという機械式では珍しい航空機開発のための積分計算機の復元モデルも展示されていた。一方、国立科学博物館では、日本で最初に稼働した真空管式計数電子計算機FUJIC(富士フィルム1956年)が展示されている。

ETL Mark III トランジスタ式計算機

  一方、1960年代から1970年代にかけての大きな変化は、半導体・トランジスタを使用したオフィス・コンピュータの出現と発展である。このはしりはETL Mark III トランジスタ式計算機(電気試験所1956年)である。海外メーカーであるIBMも勿論、1964年には富士通,沖電気,日本電気が共同で大型コンピュータFONTACを開発、日立製作所では科学技術計算用の大型汎用コンピュータHITAC 5020を1964年開発している。これらの成果や米国との技術提携により,日本のコンピュータメーカーは小型超能力の第3世代のコンピュータ開発に移り、新シリーズを発表している。NECはハネウェルと提携してNEACシリーズ2200を,日立はRCAと提携してHITAC 8000シリーズなどが、その例である。

・参照:誕生と発展の歴史-コンピュータ博物館(IPDJコンピュータ博物館) https://museum.ipsj.or.jp/computer/dawn/history.html
・参照:ETL Mark III トランジスタ式計算機(IPSJコンピュータ博物館)https://museum.ipsj.or.jp/computer/dawn/0011.html

<大型コンピュータからパソコンへ>

東京理科大のPC展示場

 しかし、コンピュータでは、ムーアの法則にもあるとおり大型からパーソナルコンピュータ(PC)への推移は早かった。資料館には、こういったPC関係の展示は豊富であった。IBMの初期PCからアップルのPCモデル、東芝のダイナブックなどが各種陳列されていて、その普及と発展を見ることができる。(展示写真参照)

(注)上記記述は筆者が2019年に訪問した時の展示品レビューであるが、これら展示品の殆どは現在東京理科大学野田キャンパスに移されている。

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♣ 東京理科大学近代科学資料館

所在地:東京都新宿区神楽坂1-3 Tel. 03-5228-8224
HP: https://www.tus.ac.jp/info/setubi/museum/index.html  

東京理科大学近代科学資料館

  →  東京・飯田橋にある東京理科大学の近代科学資料館は、明治時代の洋館風校舎を模様替えし1991年に設立されたもので、各種科学機器、計算機、コンピューター機器などコレクションをもつ日本でも有数の科学展示博物館である。近年、計算機、コンピューター機器については所蔵が野田キャンパスに移されている。2019年当時、訪問した際には、資料館はまだ飯田橋校舎内にあり、スペースはそれほど広くないものの、古代の原初的な計算器具から現代の電子計算機に至る多様な計算用具が時代別に豊富に展示してあって、「計算」のしくみと計算機器の歴史がよくわかる内容であったと記憶している。

♣ 東京理科大学なるほど科学体験館-コンピュータ博物館

(東京理科大学近代科学資料館付属施設)
所在地:千葉県野田市山崎2641 東京理科大学野田キャンパス
HP: https://museum.ipsj.or.jp/satellite/MathSci_Experience_Center.html

東京理科大学野田キャンパス

  → ここでの展示品は、かつて神楽坂の近代科学資料館にあった所蔵品を東京理科大学付属施設として移転し、多くの計算機資料がここに移され展示されている。「なるほど科学体験館」は数学教具をさわって実験して学習することができる体験館として開設されたものだが、身近な科学の展示物とともに計算機の歴史のコーナーが設けられている。そろばんなど計算のための道具から始まって,タイガー計算器などの機械式計算機や電動式計算機,大型の機械式微分解析機,そしてマイコン,パソコンへと歴史の流れにそって展示がされている。これらは、神楽坂キャンパスに手展示されていたものだが、9号館では,FACOM 201パラメトロン計算機など大型計算機が展示されている。See: 東京理科大学近代科学資料館

計算機の歴史コーナー
FACOM201展示

・参照:東京理科大学なるほど科学体験館(コンピュータ博物館)https://museum.ipsj.or.jp/satellite/MathSci_Experience_Center.htm
・参照: IPSJコンピュータ博物館https://museum.ipsj.or.jp/satellite/MathSci_Experience_Center.html

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♣ 樫尾俊雄発明記念館ー電卓と時計の展示室ー

所在地:東京都世田谷区成城4-19-10
HP: https://www.kashiotoshio.org/
・参考:https://igsforum.com/visit-kashio-toshio-memorial-hall-rjj/

樫尾俊雄発明記念館

 → カシオ記念館は創業者の一人樫尾俊雄氏が住居兼仕事場として使っていた自宅を記念館として改造し一般に開放したもの。それだけに、カシオ創立者の開発に関わった時の息吹や雰囲気が伝わってくる暖かみがある施設である。2012年に現在のかたちで開館した。カシオの製品群とこれらの開発にいたる歴史に改めて思いをめぐらすことができる。展示部屋は4つに分かれていて、創業期の頃のカシオ計算機展示、電卓と時計の展示室、カシオの楽器展示コーナー、樫尾氏の仕事部屋の部屋割りとなっている。

記念館内部
カシオ製品の年別展示

 計算機の部屋には、会社カシオの発展の契機となった「カシオ14A計算機」の初号機の現物が展示されている。1970年代に製作されたこの計算機はまだ運用できる状態に保たれている。故障して動かなくなっていたものを関係者が修復し動かすようにして展示したという動体展示である。目の前で数十年前のリレー式計算機が音を立ててスムースに動いている姿は感動的である。その後、計算機自体は、超積載半導体(LSI)、液晶などの開発で「電卓」となりすべての計算機能が、一枚の板状のものに詰め込まれるようになったが、原点はこのような構造であったのかと実感できる。 

<電卓の展示:数の部屋>

カシオの電卓類展示

 1970年代以降、エレクトニクスの発展により電子式の計算機が飛躍的に普及するが、カシオはこの技術開発の先頭をきり、シャープなどとの「電卓戦争」と呼ばれる開発競争を展開、この分野の主要メーカーとしての地位を獲得していく。この中で特質されるのが「カシオミニ」で数十万台の売り上げるヒットであった。これが電卓戦争の契機となり、当初数十万円した計算機が後には一万円以下の普及商品となる基を作ったのである。このカシオの電卓開発の模様は、計算機コーナーの年次別に整理された電卓製品の展示物によく示されている。記念館の展示では、時計、楽器なども見どころの一つであるが、ここでは時計のみを取り上げた。

<カシオの創業と展開>

創業者4兄弟
カシオのリレー式計算機 14-A

  カシオ”の正式社名は「カシオ計算機株式会社」で、基になったのは1946年に創立された小さな「樫尾製作所」である。この製作所は、創業者の子息四兄弟(樫尾忠雄・俊雄・和雄・幸雄)によって発展をとげ、電子分野の技術ベンチャー企業として現在の地位を確立した。 
 その基となったのは、先に紹介した日本初の「リレー式計算機」の開発、その後の超小型電卓、電子式腕時計、電子楽器分野など幅広い商品部への進出であった。また、この成功のカギの一つは技術開発力の斬新さといわれており、事業の発展を家族が一体となって成し遂げてきたという点である。この開発過程での俊雄の貢献は大きく、没後、樫尾俊雄の自宅が、カシオの商品と開発のエピオードと共に展示する記念館になっていることも納得できる。

・参照:カシオの歴史 https://www.casio.co.jp/company/history/
・参照:日本の創業者列伝 ー 樫尾俊雄とは https://www.sophiat.com/biography/content_jp_great/
・参照:CASIOの礎を築いた希代の発明家・樫尾俊雄 https://emira-t.jp/ejinden/1775/https://emira-t.jp/eq/10096

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♣ 国立科学博物館 理工電子資料館 計算機・コンピュータコレクション

 所在地:東京都台東区上野公園 7-20 Tel. 050-5541-8600
HP: https://www.kahaku.go.jp/exhibitions/vm/past_parmanent/rikou/

国立科学博物館 

  → 国立科学博物館理工電子資料館には、歴史的な計算機・計算用具、コンピューターが収蔵されており、インターネット上で詳細展示を見ることができる。

 また、同科学博物館の「科学技術の歩み」コーナーには、産業技術史としての機械式計算機、電子計算機の現物展示があり、機械式計算機や日本で開発された手回し式の計算機や計算尺、日本での国産コンピューター、電卓とパソコンの詳しい現物展示がなされている。 このうち、機械式計算機では、九元連立方程式求解機、ケルビン式潮侯推算機、日本のタイガー計算機と高速自動計算機、そして、コンピューターでは、日本初の大型リレー式計算機ETL-MARK II、真空鑑識計数型計算機FUJIC、鉄道座席予約システムMARS-101などが解説付きで展示されている。また、電卓・PC関連展示では、ビジコン社の初期電卓(1971)、マイコンPCTK-80(1976)などが見られる。

(See: 理工電子資料館: 計算機・コンピュータ https://www.kahaku.go.jp/exhibitions/vm/past_parmanent/rikou/computer/computer-index.html

理工電子資料館: 計算機・コンピュータ例示
リレー式計算機ETL-MARK II

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♣ 統計数理研究所 計算機展示室

所在地:東京都立川市緑町10番地の3
HP: https://www.ism.ac.jp/ism-tour/

統計数理研究所外観

  → 統計数理研究所は、大学共同利用機関としての役割を有し多くの統計数理の研究者を有する統計研究の中核的存在となっている機関。この中に多様なコンピュータを所蔵し展示している計算機展示室がある。ここでは交流アトリウムが用意されていて、物理乱数装置(情報処理技術遺産)をはじめ、そろばんや計算尺から、1980年代のパソコン、さらに2010年代のスパコンのシステムボードまで、本体や周辺装置,部品が詳細な解説とともに保存・展示されていて,半世紀以上にわたる科学技術用コンピュータの歴史を見てとることができる。ちなみに、1990年前後には多数のコンピュータベンチャー企業が生まれ,ワークステーションや並列コンピュータを生産しているが、そのとき製造された機器の多くは現在多くは失われてしまっている。本展示室にはクボタ・コンピュータのTITANなど,貴重な資料が残されている.また展示室に隣接した区域には研究所現用のスーパーコンピュータも運用されており,過去から現在,将来に向けた博物館となっている。

スーパーコンピューターICE-X
各種電子計算機の展示

  これらのうち、研究所が例示している展示品としては、音響カプラ付携帯端末(1974)、HITACHIアナログ計算パッチボード(1974)、視聴覚的情報検索システム(1980)、OS CP/M-80 V2.2 CP/M-68K(1983)、アナログ計算機 EAI1000(1987)、TITANパラレル演算装置(1991)、CRAY ORIGIN 2000(1998)などがある。
 また、インターネット上では、1950年代から現在までの年代別のメインフレーム・スパコンの変遷、統計数理研究所の特殊用途計算機器の変遷が紹介されていて参考になる。

(See: https://www.ism.ac.jp/ism-tour/pdf/nenpyou1950_2010_0318.pdf
・参照:情報・システム研究機構 統計数理研究所 計算機展示室(IPSJコンピュータ博物館)https://museum.ipsj.or.jp/satellite/ism.html
・参照:統計数理研究所 – Wikipedia

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♣ 総務省統計局・統計博物館

所在地:東京都新宿区若松町19-1    Tel. 03-5273-1187
HP: https://www.stat.go.jp/museum/
https://igsforum.com/wp-admin/post.php?post=13211&action=edit
・参考:https://igsforum.com/2023/07/28/visit-toukei-m/

総務省統計局・統計博物館

 → 統計博物館は総務省統計局(第2庁舎)に併設された広報展示施設で、明治初期からの統計資料、国勢調査の記録、古い統計集計機など日本の統計の歴史や重要事項について学べる公的資料博物館。館内には、統計の歴史や明治期の偉人と統計との関わり、戦後日本の統計制度の再建などの歴史をパネル等で紹介されているほか、明治初期からの統計に関する貴重な文献や国勢調査の記録資料・調査用品、日本初の統計集計機や入力カード用の穿孔機などの歴史的な機器が展示されている。

亀の子型穿孔機
川口式電気集計機
複式自動分類集計機


  中でも貴重な実物歴史資料としては、明治期に統計調査結果の集計に使われた『川口式電気集計機』と「亀の子型穿孔機」は珍しい展示である。これは、穿孔カードを読み取って分類集計する当時としては画期的なもので、「明治37年人口動態統計調査」にも使用されている。当時の情報処理技術レベルを知る上で貴重な情報処理技術遺産である。そのほか、昭和5年国勢調査の集計に使用した「複式自動分類集計機」、昭和30年国勢調査の集計に使用した「電子管式分類機」、「マーチャント計算機」(1925)、「ダルトン計算機」、「タイガー電動式計算機」(1928)など電子計算機以前の集計機器が陳列展示されている。

・参照:統計局 – Wikipedia
・参照:統計資料館 – 新宿区若松町 – しんじゅくノート[新宿区] https://shinjuku.mypl.net/shop/00000307288/
・参照:統計がどれだけ重要か学べる省庁ミュージアム『統計博物館』(新宿区)https://chihirog.com/stat-museum/

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♣ 大阪大学真空管計算機 コンピュータ博物館

所在地:大阪府豊中市待兼山町1-20 大阪大学総合学術博物館 Tel.06-6850-6284
HP: https://www.museum.osaka-u.ac.jp/

大阪大学総合学術博物館

 → 大阪大学総合学術博物館内にあるコンピュータの黎明期の常設展示。大阪大学では第2次世界大戦の後、真空管式の電子計算機の開発に取り組んでいた。数学を専門としていた大阪大学工学部の城憲三(1904-1982)は計算機の重要性を早くから認識し、その研究を行っていたが、大戦中にアメリカで開発された電子計算機ENIACの情報が公開されると、すぐさま電子計算機の研究に着手。このコーナーでは、さまざまな機械式計算機とともに、1950年に城が試作したENIAC型10進演算装置、1950年代に本格的に開発に取り組んだ大阪大学真空管計算機を展示している。

初期の真空管電子計算機
ENIAC型演算装置

・参照:大阪大学真空管計算機-コンピュータ博物館(IPSJ)https://museum.ipsj.or.jp/heritage/handai-shinkukan.html
・参照:大阪大学総合学術博物館(HH cross TOWNS WEB版)https://towns.hhcross.hankyu-hanshin.jp/spot/1481/

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♣ 東北大学サイバーサイエンスセンター 分散コンピュータ博物館 

所在地:宮城県仙台市青葉区荒巻字青葉6番3号 Tel. 022-795-3407
HP: https://www.cc.tohoku.ac.jp/museum/

 

東北大学サイバーサイエンスセンター

 →  東北大学サイバーサイエンスセンターは全国の大学等全国共同利用施設で、最新鋭のスーパーコンピュータや学内ネットワークの中核設備を設置している施設。センターの1階にはコンピュータの歴史の展示室が設けられており、コンピュータ技術の発展を広く知ってもらうため黎明期に東北大学と日本電気が共同開発した科学技術用パラメトロン計算機と歴代のコンピュータ、その部品や装置が展示されている。 ハードウェアの主な展示品には、パラメトロン計算機SENAC-1(演算ユニット,電源ユニット)、汎用コンピュータACOSシステム900、並列コンピュータTX-7/AzusAスーパーコンピュータSX-2N、スーパーコンピュータAoba、地球シミュレータ(2ノード)、スーパーコンピュータSX-ACE、汎用コンピュータACOS 3900/10、磁気ディスク装置など。

コンピュータ展示室
スパーコンピュータAoba

・参照:東北大学サイバーサイエンスセンター展示室-コンピュータ博物館(IPSJ) https://museum.ipsj.or.jp/satellite/tohokudai.html

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♣ 京都コンピュータ学院資料館(KCG資料館) 

所在地:京都市南区西九条寺ノ前町10-5
HP: https://www.kcg.ac.jp/museum/computer/index.html

KCG資料館外観

  → 京都コンピュータ学院は1963年に設立された日本最初のコンピュータ教育機関である。創立以来,教育実習に使用した歴代の汎用コンピュータ,パソコン,周辺機器などを長く学内に保管してきたが、この技術者育成に活用された機械を次世代に継承しようと1998年に開設したのがKCG資料館(コンピュータ・ミュージアム)。小型コンピュータTOSBAC1100をはじめ,1970年代初頭の,当時としては画期的な国産コンピュータTOSBAC-3400,1970年代末から1980年代にかけて世界中で活用されたIBM370,UNIVAC1100やUNISYS2200の各シリーズ,また,SHARP MZをはじめとする歴代のパソコンなどを,当時の資料とともに公開している。 この資料館の収蔵品は、一般社団法人情報処理学会により「情報処理技術遺産」と認定されており、また,KCG資料館は「分散コンピュータ博物館」の第一号として,同学会より認定されている。

PCの歴史を示す各種展示
SHARP MZ
カードパンチ機

・参照:京都コンピュータ学院KCG資料館紹介(IPSJ) https://museum.ipsj.or.jp/satellite/kyoto_kcg.html
・参照:[プレスリリース]2008年度情報処理技術遺産および分散コンピュータ博物館認定式-(情報処理学会) https://www.ipsj.or.jp/release/heritage2008.html

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♣ 北陸先端科学技術大学院大学 記号処理計算機コレクション

所在地:石川県能美市旭台1-1 Tel.0761-51-1031
HP: https://www.jaist.ac.jp/index.html (JAIST)

JAISTキャンパス

  → 北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)には1980年代に日本電信電話(NTT)が開発したLISPマシンのELISなど多数の記号処理計算機が保存され,JAIST記号処理計算機コレクションとして展示が行われている。1970年代後半の電電公社時代に、NTT武蔵野電気通信研究所はLISPマシンの研究に着手し,プロトタイプを試作した.民営化されたNTTでは1980年代後半にELISワークステーションの実用化を行い,NTT-ITによりELIS-8100およびELIS-8200が発売された.コレクションには,これらのELISの試作機から商用機までの種々のモデル部品および関連資料などが保存され、さらにICOTのPSIなども保存されている。一部の機器については動態展示も試みられており、2010年8月にはJAIST創立20周年記念行事の一環としてELIS復活祭が開催され、ELISを中心とした展示および実演が行われた。JAIST記号処理計算機コレクションは情報科学研究棟内にあり,主な保存・展示品は次の通り。また、共同研究施設としてスーパーコンピューター「KAGAYAKI」が稼働している。・LISプロトタイプ: Hydrogen,VX-2000、 ELIS製品:ELIS-8100シリーズ,ELIS-8200シリーズ、
・ELISボード: ELIS/VMEボード,ELIS/PC CPUボード,ELIS/PCフロントエンド、
・ELIS VLSI: ELIS VLSIチップウエーファ,ELIS VLSIチップ
・他:CELIS,TAO/SILENT,PSI(ICOT),お茶の水5号(東大・スケーラブル並列計算機)

ELIS 8100シリーズなど
ELIS試作機Hydrogen
「KAGAYAKI」

・参考&引用:引用北陸先端科学技術大学院大学 JAIST記号処理計算機コレクション-コンピュータ博物館(IPSJ) https://museum.ipsj.or.jp/satellite/hokurikusentandai.html

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♣ 東京農工大学情報工学科 西村コンピュータコレクション 

所在地:東京都府中市晴見町3-8-1  Tel.043-388-7448
HP: http://www.cs.tuat.ac.jp/study/lab/

東京農工大学

  → 東京農工大学(TUAT)は、明治時代から続く伝統を持つ農学と工学、その融合領域を専門とする国立大学。このうち情報工学科は、情報工学の広範な研究分野(計算機システム系、数理知能系、情報メディア系)を網羅する。このうち、計算機システム系の「西村コレクション」は,数理情報工学科(電子情報工学科)に在職していた西村恕彦が,教育用の資料として個人的に収集したものである。コレクションは1960年前後のものが中心で、両手で持てるくらいの大きさの部品やマニュアル類が網羅されている。また、教育に使ったタイガー計算器をはじめ、多種の機械式計算機、ミニコンやパソコンも収蔵されている。収蔵品は情報工学科の会議室,実験室・演習室等に展示・保管されている。

TAC ブラウン管記憶装置
33ビット遅延線レジスタ HITAC5020F

・参照:東京農工大学情報工学科西村コンピュータコレクション(IPSJ) https://museum.ipsj.or.jp/satellite/noukoudai.html

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♣ 科学技術継承財団 「マイコン博物館」

所在地:東京都青梅市仲町295 青梅プラザ(科学技術継承財団)
HP: https://scitech.or.jp/micommuseum/

マイコン博物のあるビル

  → マイコン博物館は、個人用計算機、個人用情報処理機器を収蔵・展示するミニ博物館。数多くの歴史的に貴重な個人用コンピュータを収集・展示を行っている。1970年代からのマイコン革命の中で、コンピュータメーカー、家電メーカー各社が独自アーキテクチャを持ったパソコン・マイコンを発売したが、これらのうち、今では稀少となっているこれら貴重な機器を収集・収蔵し、可能なかぎり動態展示を行っている。計算技術の歴史を示す計算尺・手回し式計算機・電動計算機・初期の電卓も収蔵。見学には事前の利用予約が必要であるので注意が必要。

館内展示
館内PC展示

・参照:科学技術継承財団 「マイコン博物館」と「夢の図書館」(IPSJ)
https://museum.ipsj.or.jp/satellite/gijyutsu.html

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♣ 電卓博物館(インターネット博物館)

See: http://www.dentaku-museum.com/

初期の電卓SharpCS-10A

  → 電卓博物館は、電卓愛好家による私設の運営のバーチャルサイト。昔の電卓を中心に計算用具全般の情報をインターネットで公開している。電卓(電子式卓上計算機)の歴史的な変遷や珍しい機種を展示・紹介する。カシオ計算機やシャープなど、日本のメーカーがリードしてきた電卓の発展を知ることができる。サイトは、ヴィンテージ・デスクトップ電卓の部屋、ヴィンテージ・携帯型/ポケット電卓の部屋、液晶タイプを中心としたポケット電卓の部屋、電卓以外の計算用具の部屋となっている。現物は見ることができないが、ここで紹介されている電卓コレクションの一部は、2019年まで東京理科大学近代科学資料館に委託展示されていた。

カシオMIni
初の液晶電卓Sharp EL-805

・参照:https://weekly.ascii.jp/elem/000/002/609/2609304/
・参照:http://www.dentaku-museum.com/2-ref/data/musium/scienceuniversity/scienceuniversity.html
・参照:大崎 眞一郎「電卓のデザイン」(太田出版)

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<参考> 分散コンピュータ博物館-コンピュータ博物館 (ipsj.or.jp)

所在地:東京都千代田区神田小川町3丁目2-1 (情報処理学会事務局)
HP: https://museum.ipsj.or.jp/satellite/
See: https://www.ipsj.or.jp/index.html (情報処理学会)

情報処理学会事務局ビル

 → 分散コンピュータ博物館は情報処理学会が運営しているインターネット博物館。会員団体の各地にあるコンピュータ資料館の収蔵内容を紹介している。2009年に日本のコンピュータに関する重要な研究開発成果や顕著な影響を与えたコンピュータ技術・製品などを認定する認定制度が発足しているが、これら関連技術を次世代に継承していくことを目的として運営が開始されている。情報処理学会のメッセージでは次のように趣旨を述べているので参考になる。

(例示)NTT技術史料館(情報処理技術遺産登録
情報処理学会認定書

「我が国にはコンピュータ専門の博物館がありませんが、規模は小さいながら、貴重な資料を蒐集、展示している組織・施設は多数あります。その努力に感謝すると共に、より多くの方々にその存在を知っていただき、利用してもらえるようそれらを情報処理学会の分散コンピュータ博物館として認定する制度を発足しました。情報処理学会のコンピュータ博物館はバーチャルですが、これらの分散博物館では実物が見られますので、先人の創意工夫や苦労を実感できるでしょう。分散博物館は原則として誰でも見学できますが、見学に必要な手続などは博物館ごとに異なります。見学希望の際は、事前に各博物館にご確認下さい。」

・参照:分散コンピュータ博物館 – Wikipedia

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(機械式計算機、コンピューター以前の計算機)

♣ 計算尺資料館

HP: http://www.keisanjyaku.com/sliderules.htm
HP: http://www.keisanjyaku.com/(計算尺愛好会)

  → 計算尺愛好会(旧名泥沼愛好会)によるインターネットミュージアム。HOPE No.530  HEMMI No.P135K 復刻尺 No.301A 自動制御工学用 特殊計算尺研究所 バネ計算尺など各種計算尺などが幅白く紹介されている。

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♣ 日本そろばん資料館 (全国珠算教育連盟)

所在地:東京都台東区下谷2丁目17-4 Tel. 03-3875-6636
HP: https://www.soroban.or.jp/howto/areko世界に広がるそろばんre/museum/

全国珠算教育連盟

 → 国内外の珠算及び珠算教育に関する文献・資料・古そろばん等の収集および保存、展示をしている博物館。館内には歴史的にも貴重な古そろばんや和算書ほか珠算等に関する書籍、その他そろばんに関連した資料を数多く所蔵している。中でも、日本最古のそろばん「四兵衛重勝拝領算盤」は珍しい・このように資料館は、そろばんが日本の伝統文化の一つであることの認識を深めることを目指して全国珠算教育連盟が設立している。所蔵する資料から、そろばんのルーツと変遷、和算との融合、公教育との歩み、算法や指導法など、歴史的な流れの中で、そろばんがどのように期待され、どのように評価されてきたのかを学ぶことができる。展示は、「そろばんで培うチカラ」、「いろいろなそろばん」、「世界に広がるそろばん」となっていて、それぞれの歴史を語るそろばんが並べられている。

そろばん展示室
四兵衛重勝拝領算盤

・参考:日本そろばん資料館記事 https://soroban-museum.note.jp/
・参照:日本そろばん資料館についてhttps://www.soroban.or.jp/museum/about/
・参照:日本最古のそろばん「四兵衛重勝拝領算盤」について(日本そろばん資料館)https://soroban-museum.note.jp/n/n28bdec88091f

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♣ 白井そろばん博物館

所在地:千葉県白井市復1459−12 Tel. 047-492-8890
HP: https://soroban-muse.com/

白井そろばん博物
珍しい展示品

  → 珍しいそろばんを展示する常設そろばん博物館。世界中から集めたそろばんや関連資料を約2,8000点、江戸時代から現代の算盤までのそろばん、算盤と和算関係書籍、絵画およびそろばんグッズなどを展示している「手作りそろばん教室」など各種イベントも随時開催している。

・参照:白井そろばん博物館(ちば観光ナビ)https://maruchiba.jp/spot/detail_10069.html
・参照:白井そろばん博物館 (アイエムインターネットミュージアム)https://www.museum.or.jp/museum/16340

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♣ 大垣そろばん資料館

所在地:大阪府豊中市服部西町2丁目7-20
See: https://map.yahoo.co.jp/v3/place/hi6mc1VW1u6

大垣珠算塾兼そろばん資料館

 → 珠算塾を主宰する大垣憲造氏の運営する私設のそろばん博物館。氏は珠算塾を運営する一方、四〇年以上にわたって世界と歴史のそろばんを収集してきたが、この膨大なそろばんを展示品として公開しているのがこの大垣そろばん資料館。内外の歴史的な珍しいそろばん1000点(展示は400点)のほか、江戸期の和算書、集散に関する書籍や雑誌5000点を収蔵している。
・参照:そろばんが映す民衆史 大垣憲造(日本経済新聞)https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUD0831T0Y4A100C2000000/
・参照:大垣そろばん資料館に行ってきました https://www.amagi-soroban.com/?p=1848

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♣ 雲州そろばん伝統産業会館

所在地:島根県仁多郡奥出雲町横田992-2  Tel. 0854-52-0369
See: https://www.kankou-shimane.com/destination/21069

雲州そろばん伝統産業会館

  → 奥出雲は、日本一のそろばん「雲州そろばん」の生産地として知られているが、この産業会館は、この伝統を受け継ぎ広めるため設立されたそろばん資料館。そろばんの歴史、技術開発と改良、伝統技術と工具、名工と伝統工芸師の作品と紹介を行っている。その由来は、江戸時代の文化文政(1804~1829)ころ、旧仁多町亀嵩の大工村上吉五郎が、当時有名だった「芸州塩屋小八作」のそろばんをまね、これを改良して作り始めたのが起源とされる。播州系の箱式そろばんは球(たま)の形が不均等であったが、吉五郎は珠を梅財、桁を赤樫(かし)でつくり、珠の形を均一するため足踏みろくろを考案して製作して成功する。そして、後に、これが元となり、明治10年(1877)に第一回帝国勧業博覧会に出品され一躍有名になったとされる。雲州そろばんは、黒檀、樺、柘などを原材料とした玉や枠作りに特徴があり、竹を素材とした軸作りなど、原材料から製品まで200近くの工程を経て生産され、頑丈で使い易いそろばんとして定評がある。(See: https://www.kankou-shimane.com/destination/21069 より)

制作中の算盤
雲州常作算盤
(明治)

・参照:雲州そろばん伝統産業会館(そろばん資料館)(しまね観光ナビ) https://www.kankou-shimane.com/destination/21069
・参照:そろばんコレクション|株式会社雲州堂 https://www.unshudo.co.jp/story

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♣ 小野市伝統産業会館そろばん博物館

所在地:兵庫県小野市王子町806-1 Tel. 0794-62-3121
HP: http://densan.onocci.or.jp/sorobanmuseum/

小野市そろばん博物館

 →  久保田算盤店を経営していた久保田輝雄氏がそろばんの持つ「新たな可能性探求」に着目し、自らのアイデアで様々なそろばんを製作する一方、全国のそろばん収集家との交流も深める中、店舗の一部を利用し「小野そろばん博物館」を開設し、古いそろばん、歴代名工の逸品、名人が使用していた道具類などを展示していた。氏の没後、これらが小野市伝統産業会館に寄贈され、小野市伝統産業会館そろばん博物館となった。ここでは、小野市伝統産業の製品と共に、暮らしに結びついた多種多様なそろばん、海外のそろばん、素材・形の珍しいバラエティに富んだそろばんなどが豊富に展示されている。

・参照:小野市伝統産業会館 | 小野市 観光ナビhttps://ono-navi.jp/spot/177/
・参照: 日本各地のそろばんミュージアム (いしど式まとめ) https://www.ishido-soroban.com/matome/1163/

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(計算機 了)

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電気の博物館  Part2 原子力発電施設 (博物館紹介)

  第二部 原子力発電所のもつ社会課題と現状を伝える博物資料館の紹介

はじめに

 今年2026年1月、東京電力の柏崎原子力発電所6号機が15年ぶりに再稼働を果たした。また、各地の原発も稼働を求める動きが加速している。現在のように電力需要が急増する中で、やむを得ない選択と受け取られてはいるが、依然として原発安全への懸念と住民の反対も強い上、再稼働に関わる技術上の課題も多い。今回は、こういった原子力発電所問題の現状と課題伝える博物資料館を取り上げてみた。 ちなみに、2011年3月以前には日本には54基の原発があり、日本で使う電力の30%前後を原子力で賄っていたという。しかし。東日本大震災で、東京電力の福島第1原子力発電所が重大事故を起こしたことで、日本における原子力発電の在り方は大きく変わっている。
 2013年、政府は原発に対する新規制基準を施行、地震や津波に備え、従来よりも厳しい安全基準をクリアすることを求めた。また、原発が立地する自治体では、再稼働か否かが首長選挙の争点となったり、住民から運転差し止めの訴訟が相次いで提起されたりしている。巨額のコストを掛けて安全対策をしても、再稼働にはいくつものハードルが待ち受けている。

 2018年7月時点で新基準にパスして再稼働にこぎ着けているのは、大飯(関西電力)、高浜(関西電力)、玄海(九州電力)、川内(九州電力)、伊方(四国電力)の5発電所の9基。西日本エリアに集中しており、事故を起こした福島第1原発とはタイプが異なる「加圧水型」である。また、福島第1と同じ「沸騰水型」では、柏崎刈羽(東京電力)の6・7号機、東海第2発電所(日本原子力発電)、女川(東北電力)が新基準に合格している。ただ、福島第1と同型であることや、特に東日本では震災の記憶が強く残っていることから、地元住民・自治体の合意を得ることは容易ではなく、再稼働の目途は立っていない。
 こういった状況を踏まえ、今回の博物館紹介では現在の原発の稼働状況、課題を示すと共に、各電力会社による原子力発電所の運営する資料館、広報・展示施設を紹介することとする。
 ・参照と引用:日本の原子力発電所マップ https://www.nippon.com/ja/features/h00238/ 

  

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❖ 現在の原子力発電所の稼働状況

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♣ 原子力PRセンター「とまりん館」(北海道電力)

 所在地:北海道古宇郡泊村大字堀株村古川45番地1 TEL 0135-75-3001
 HP: https://www.hepco.co.jp/corporate/nextgeneration/tomarin/index.html 

「とまりん館」の外観

 → 北海道電力が1991年に原子力発電への理解と親しみを持ってもらおうと設立した原子力PRセンター(原子力科学博物施設)。センターには「原子力展示」、西積丹の自然や歴史などを紹介する「地域展示」、科学の不思議を体験できる「科学展示」の3コーナーが設けられている。このうち、原子力展示コーナーには、原子力発電への理解を深めるために泊発電所3号機をモデルとした原子炉や蒸気発生器の模型を使って原子炉発電の仕組みが体験コーナー、タッチ式モニターを使った「発電の仕組み」や「安全管理」に関するクイズもある。また、泊発電所に関するバーチャルサイトも設けられていて、リアルに原発の仕組みがわかる構成になっている。(See: https://www.hepco.co.jp/tomari-virtual/index.html
 ちなみに、泊原子力発電所は、現在、1号機(1989年6月営業運転開始)、2号機(1991年4月営業運転開始)、3号機(2009年12月営業運転開始)が運転を続けており、その発電設備容量(出力)は207万KWで、北海道の電気の約40%を賄う重要な電源となっている。

原子炉格納容器
タービン建屋
中央制御室

・参照:泊発電所の概要(北海道電力)https://www.hepco.co.jp/energy/atomic/about/index.html
・参照:泊発電所バーチャルサイトhttps://www.hepco.co.jp/tomari-virtual/index.html
・参照:泊発電所 – Wikipedia
・参照:泊原子力発電所 (泊村公式ホームページ)https://www.vill.tomari.hokkaido.jp/sangyoshigoto/energy/furusato/ene3.html?cat=/sangyoshigoto/energy/furusato/

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♣ 女川原子力PRセンターと女川原子力発電所(東北電力)

 所在地:宮城県牡鹿郡女川町塚浜字前田123  Tel. 0225-53-3410
 HP: https://www.tohoku-epco.co.jp/pr/miyagi/onagawa.html

女川原子力PRセンター

  → 女川原子力PRセンターは、原子力発電のしくみ、発電所安全性の取り組み、放射線やエネルギーなどについて体験的に学ぶ施設として設立された。原子炉1/2模型、バーチャル映像、パネル展示等により原子力発電の様子や女川原子力発電所の役割などを詳しく学ぶことが出来る。
 女川原子力発電所は、太平洋に面する三陸海岸の南部、女川湾の南側湾口部の三陸リアス式海岸を見下ろす高台に位置しており、東北電力の保有する原子力発電所としては、最も早い時期に建設された発電所である。東京電力とは電力融通を行い(特に夏)、関東地方の電力需要のバックアップ機能も併せ持っている。原子炉1号機は既に廃炉工程に入っており、3号機を対象にプルサーマル計画の実施も検討されている。
 2011年3月の東日本大震災では、震源から最も近く、1号機と3号機が通常運転中、2号機も原子炉起動中であったが、3基とも幸い設計通り自動冷温停止して無事であった。

女川原子力発電所遠景
女川原発の歴史展示
原子炉模型

・参照:女川原子力発電所(東北電力ホームページ)https://www.tohoku-epco.co.jp/electr/genshi/safety/onagawa/introduction.html
・参照:女川原子力発電所 – Wikipedia

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♣ 東通原子力発電所PR館 「トントゥビレッジ」(東北電力)

 所在地:青森県下北郡東通村大字小田野沢字見知川山1-809  Tel. 0175-48-2777
 HP: https://www.tonttu-village.jp/

「トントゥビレッジ」建物

 →「トントゥビレッジ」は、青森県下北半島にある東通原子力発電所のPR館。原子力発電の仕組みやエネルギーについて学べる施設であるが、観光を兼ねたテーマパークとなっている。館内は展示だけでなく身体が動かせるすべり台や遊べるスペースも設けられている。また、植物の観察や昆虫なども楽しむことが出来、展望室からは発電所や太平洋までもが一望できる。
 なお、東通原子力発電所は、東北電力と東京電力ホールディングスの2社が敷地を保有しているが、1号機は2011年の地震以降停止中で安全対策工事中、東京電力の1・2号機は着工後、福島第一原発事故の影響で本格工事を見合わせており現在は稼働していない。

館内遊園地
原発のしくみ展示
原発展示パネル

・参照:東通原子力発電所PR施設“トントゥビレッジ (子供とお出かけ情報「いこーよ」)https://iko-yo.net/facilities/29629
・参照:東通原子力発電所 – Wikipedia
・参照:東通原子力発電所 リアルタイムデータ | 東北電力 HP: https://www.tohoku-epco.co.jp/electr/genshi/safety/higashi/realtime.html

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♣ 六ヶ所原燃PRセンター(日本原燃)

 所在地:青森県上北郡六ヶ所村大字尾駮字上尾駮2-42 Tel. 0175-72-3101
 HP: https://6prc.jp/guide/
 HP: https://6energypark.com/visit/6prc.html

六ヶ所原燃PRセンター外観

  → 六ケ所原燃PRセンターは、ウラン濃縮工場、低レベル放射性廃棄物埋設センター、再処理工場などの「原子燃料サイクル施設」を紹介する施設。工場模型や映像、パネルで、その活動を紹介するとともに、原子燃料サイクルに関係の深い原子力・放射線についてのコーナーも用意し解説を行っている。六ヶ所再処理工場は、日本原燃が所有する核燃料の再処理工場で、その中から核燃料のウランとプルトニウムを取り出す再処理工場。青森県上北郡六ヶ所村弥栄平地区に建設が進められている。2006年より実際に使用済み核燃料を使ったアクティブ試験を行っている。ラ・アーグ再処理工場での実機訓練など、核燃料サイクル事業で先行するフランスから技術協力を受けて運営。1997年竣工予定で1993年に着工したが、様々なトラブルが相次ぎ竣工は26回延期している。また、2024年には27回目の延期を行い、2026年度中の完成をめざす方向で調整しているという。

燃料サイクル展示
再処理工場シーン

・参照:日本原燃サイクル情報センター(青森県) https://cic-aomori.jp/
・参照:六ケ所げんねん企画株式会社 https://gnkkk.jp/
・参照:六ヶ所再処理工場 – Wikipedia

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♣ 東海原子力館・東海テラパーク(日本原子力発電東海第二発電所)

 所在地:茨城県那珂郡東海村白方1-1 Tel. 029-287-1252
 HP: https://www.japc.co.jp/gendenkan/tokai/index.html

東海テラパーク入口

 → 東海テラパーク(東海原子力館)は、茨城県東海村にある日本原子力発電が運営する東海第二発電所の付帯施設。原子力発電の仕組みや安全性を模型、映像、VRなどを通して広報を目的として設立された。なお、この東海テラパークは規模を縮小したため、代替施設として東海村中心部に別館を開設している。本体の東海第二発電所は首都圏にある唯一の原子力発電所であり、日本初の百万kW級の軽水炉発電所であった。2011年の東日本大震災時には原子炉が自動停止し、福島第一原子力発電所事故のような深刻な原子力事故には至らなかったという。震災以降は発電を休止している。稼働していた時期、東海第二発電所の発電電力は東京電力と東北電力に売電供給されていた。

東海第二発電所
テラパーク館内
沈殿槽

・参照:東海テラパーク(別館)(日本原子力発電株式会社)https://www.japc.co.jp/gendenkan/tokai/index.html
・参照:東海第二発電所 | 日本原子力発電株式会社https://www.japc.co.jp/plant/tokai/dai2top.html
・参照:東海第二発電所 – Wikipedia
・東海テラパーク(南流山通信)http://www.minami-nagareyama.org/gallery/ibaragi/terrapark.htm

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♣ 東京電力 廃炉資料館(福島第二原子力発電所)

所在地:福島県双葉郡富岡町中央三丁目58番地 Tel. 0120-502-957
HP: https://www.tepco.co.jp/fukushima_hq/decommissioning_ac/
・参照:https://mainichi.jp/articles/20180728/k00/00m/040/103000c

東京電力 廃炉資料館

  → 1911年3月に起きた東日本大震災の大津波を引き金としておきた福島の原発事故の記憶と記録・反省と教訓、廃炉現場の最新状況等を発信するために東京電力が設立した資料館。原発事故に関わる豊富な展示などから、事故当時の状況、事故の教訓や廃炉進捗状況について詳しく知ることができる。事故発生時の様子、現在の原子炉の様子をCGや実際の映像を交えながら疑似体験できる資料館となっている。館内はプロローグ、記憶と記録、廃炉現場の姿、情報スペースの4つの展示ゾーンからなっている。具体的には以下のような構成で展示が行われている。

資料館内部
資料館展示

<展示内容>

*ゾーン1 :プロローグ 
*ゾーン2: 記憶と記録・反省と教訓 ―原子力事故を振り返り、反省と教訓を伝える展示ー
  ☞ 展示は、3.11・時のオブジェ、シアターホール、原子力発電とは!?、福島第一事故の対応経過、1~4号機の事象、その時中央制御室では、福島第二の対応、反省と教訓、3.11から今、福島原子力事故時系列となっている。
*ゾーン3: 廃炉現場の姿 ―廃炉事業の全容と最新の現場の状況の展示―
  ☞ 展示では、エフ・キューブ〈F・CUBE〉、福島第一で働くひとびと、廃炉への取り組みゲート、汚染水・処理水対策、燃料取り出し・燃料デブリ取り出し、労働環境改善、廃棄物処理、技術開発と研究施設の紹介、福島第一・中長期ロードマップ、廃炉現場のロボット、福島第二原子力発電所の安全への取り組み、世界の廃炉対応となっている。
*ゾーン4: 情報スペース ―福島復興への取り組み、原子力や放射線等の情報の展示―
  ☞ 展示では、復興連携ギャラリー、原子力情報コーナー、放射線情報・コミュニケーションスペーとなっている。
  なお、ユーチューブで廃炉資料館をバーチャルで見学することも出来るようだ。

・参照:東京電力廃炉資料館―施設紹介― https://www.tepco.co.jp/fukushima_hq/decommissioning_ac/facilities-j.html
・参照:東京電力廃炉資料館へようこそ(YouTube) https://www.youtube.com/watch?v=nN-YRdCXqRo
・参照:施設紹介「東京電力・廃炉資料館」(福島県ホープツーリズム)https://www.hopetourism.jp/facility.html?id=40・参照:廃炉プロジェクト|福島への責任|東京電力ホールディングス株式会社https://www.tepco.co.jp/decommission/

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♣ 福島第一原子力発電所 サービスホール・原子力情報コーナー(東京電力)

所在地:福島県双葉郡大熊町大字夫沢字北原22
HP: https://www.tepco.co.jp/nu/f1-np/nu_corner/index-j.html

原子力情報コーナー

 → この原子力発電所サービスホールは、原子力発電の仕組みや安全対策、廃炉の現状に関する資料展示施設として開設されたもの。同所内には「原子力情報コーナー」があり、福島第一原子力発電の関連文書が公開されていて見学や情報収集の拠点となっている。原子炉の模型(1/5サイズ)や実際の廃炉作業の様子を紹介する展示があり、福島第一原発の仕組みや現在の取り組みを発信している。 ちなみに、福島第一原子力発電所は1971年3月に1号機の運転が開始され、以降1979年までに6号機まで順次運転が行われた。しかし、2011年3月11日、東日本大震災に起因する炉心溶融や建屋爆発などが発生して史上最悪の重大事故となった。これを受け、事故を起こした1 – 4号機が翌年4月に廃止、定期点検中で比較的被害も少なかった5・6号機も再稼働することなく2014年1月に廃止された。現在は全ての原子炉において廃炉作業が続けられている。

事故前と事故後の原発サイト
現在の福島第一原子力発電所

・参照:福島第ー原子力発電所の廃止措置等の進捗状況(  1 FOR ALL JAPAN) https://1f-all.jp/information/general/20260121_01/
・参照:福島第一原子力発電所 – Wikipedia

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♣ 柏崎刈羽原子力発電所サービスホール(東京電力)

所在地:新潟県刈羽郡刈羽村大字刈羽4236-1  Tel. 0120-34-4053
HP: https://www.tepco.co.jp/niigata_hq/communication/s_hall/index-j.html

柏崎刈羽原子力発電所サービスホール

  → 柏崎刈羽原子力発電所サービスホールは、東京電力が運営する柏崎刈羽原発の広報・展示施設。展示では5分の1の原子炉模型、6・7号機中央制御室の大型モニター、3D立体映像などで原子力発電技術の内容について詳しく紹介している。ホールには展示館(エコロンの森)があり、原子力発電のしくみや発電所の安全対策などの解説がなされている。

五分の一原子炉模型
発電所安全対策ジオラマ
柏崎刈羽原子力発電所

 柏崎刈羽原子力発電所についてみると、1号機から7号機までの7基の原子炉があり、合計出力は821万2千kWの日本最大の原子力発電所である。1997年に7号機が営業運転を開始したことで、カナダのブルース原子力発電所の出力を抜き、世界最大の原子力発電所となっている。発電された電気は、新新潟幹線および南新潟幹線の2系統を通じ、各々現行50万V送電により首都圏に電力が送電されている。 2011年の福島原発の事故後、」2014年、同柏崎刈羽原子力発電所は1〜7号機全てが定期検査および新規制基準適合性審査中を理由に停止している状況。しかし、同発電所は、2025年12月に再稼働の地元同意を得て、6号機が2026年1月に再稼働(臨界到達)開始した。しかし、直後の1月22日、制御棒の警報発生により操作を中断、原因調査と点検のため同日に計画を停止している。

・参照:サービスホールに行ってきました!(東京電力ホールディングス)https://www.tepco.co.jp/niigata_hq/learningmore/leaflet/nakata/watashikk/hall/
・参照:柏崎刈羽原子力発電所 – Wikipedia

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♣ 浜岡原子力館と浜岡原子力発電所(中部電力) 

所在地:静岡県御前崎市佐倉5561
HP: https://www.chuden.co.jp/hamaoka-pr/

浜岡原子力館外観

 → 浜岡原子力館は、中部電力の浜岡原子力発電所に併設された広報・PR施設で、原子力発電や環境とエネルギーなどを模型や映像、体験型展示を通して親しく学ぶことができる。施設内はオムニマックスシアターを含め、大きく地球・エネルギー、原子力のしくみ、安全対策、原燃サイクルなどA – Gの7つに分けられ、原子力発電について学ぶことができる。また、子供も楽しみながら原子力発電について学べるプレイランドも設置されている。

浜岡3号機 30分の1模型
実物大原子炉模型

浜岡原子力発電所

 浜岡原子力発電所は、中部電力唯一の原子力発電所。1号機から5号機まで5つの発電設備があるが、1号機と2号機は2009年1月に運転を終了している。この発電所は、東宝が製作した1984年の怪獣映画『ゴジラ』の作中、ゴジラに破壊される「井浜原子力発電所」が浜岡原子力発電所がモデルとなったことでも知られる。・参照:浜岡原子力発電所について(浜岡原子力発電所)https://www.chuden.co.jp/energy/nuclear/hamaoka/
・参照:浜岡原子力発電所 – Wikipedia

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♣ 北陸電力アリス館志賀と志賀原子力発電所(北陸電力)

所在地:石川県羽咋郡志賀町赤住ヌ部21番地 Tel. 0767-32-4321
HP: https://www.rikuden.co.jp/alice/
HP: https://www.rikuden.co.jp/outline1/ 

北陸電力アリス館志賀

  → アリス館志賀は、石北陸電力の志賀原子力発電所内に併設する形で1994年に開設された原子力発電の展示・PR施設。名称は『不思議の国のアリス』から採用したもので、アリスの登場人物が原子力発電や志賀原子力発電所、エネルギー問題などについて分かりやすく説明する形式をとっている。施設内は幾つかのゾーンに分かれており、そのうち「アリスの館」では、志賀原子力発電所の概要や特徴、「アリスの森」では原子力発電の必要性・メリット、「アリスの広場」では原子力発電の制御構造と安全性、「アリスの花園」ではクイズ形式で放射線、「アオムシ博士の青空教室」ではクイズ形式で放射線についてやさしく解説している。とかく難しい原子力の世界を子ども達にも親しみやすく知ってもらおうと工夫したところに特色があるといえよう。

アリス館志賀入口
原子力内部の模型
志賀原子力発電所

 なお、志賀原子力発電所は、1993年に1号機が完成・運転をはじめた比較的新しい原子力発電所である。北陸電力では1957年頃から原発の取り組みをはじめたが、設置場所の選定、住民の反対などにより大幅に遅れた1990年代になって運用をはじめている。2003年には2号機が設置されたが、様々なトラブル発生、福島原発事故などによって、2011年度以降、1号機、2号機とも発電は行っていない。初の名称は「能登原子力発電所」であったが、後に「志賀原子力発電所」に改めている。

・参照:能登半島地震に伴う志賀原子力発電所の設備状況(志賀原子力発電所の紹介) 北陸電力株式会社https://www.rikuden.co.jp/outline1/shika_noto.html
・参照:子どもと一緒に電気やエネルギーについて学べる「アリス館志賀」(志賀町 Discover Noto) https://discover-noto.com/11510/
・参照:「アリス館志賀」のリニューアルhttps://www.rikuden.co.jp/press/attach/99120901.pdf
・参照:志賀原子力発電所 – Wikipedia

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♣ 能登原子力センター( 能登原子力センター)

所在地:石川県羽咋郡志賀町安部屋亥34−1 Tel. 0767-32-3511
HP: https://noto-gen.or.jp/

能登原子力センター

  → 能登原子力センターは、原子力や放射線、エネルギーなど、原子力にまつわる様々な情報を学ぶ情報科学館。センター1階は、クイズやゲームを通して五感で原子力を学べるコーナー、2階はくつろぎの空間として原子力関係図書コーナーなどがある。館内の展示内容をみると、「あともすラボ」で原子、原子核、放射線、核燃料サイクル、原子力発電の原理など基礎的な知識、「たんけんステーション」では原子力発電所の仕組みや安全性について紹介、「エネルギー・電気コーナー」ではエネルギーや電気などの科学基礎を模型で分かりやすく紹介、「しらべるサロン」には図書コーナーが備えられている。 なお、 原子力やエネルギーについて学べる情報科学館「能登原子力センター」のYouTubeチャンネルが設けられているので参考になる。

館内の展示回廊
館内の原子炉模型

・参照:公益財団法人 能登原子力センター – YouTube https://www.youtube.com/channel/UCQ9RV7Q4IsfCUtAftP6pl5A

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♣ 福井県原子力の科学館「あっとほうむ」

所在地:福井県敦賀市吉河37-1  Tel. 0770-23-1710
HP: https://www.athome.tsuruga.fukui.jp/

福井県原子力の科学館「あっとほうむ」

  → 「あっとほうむ」は、電気やエネルギー、原子力について学ぶことの出来る“学習遊園地”型の学習用施設。館内には、科学の広場、サイエンスラボ、ニューエナジー・ハイキング、ミックスパークなどがあり、ゲームやクイズに挑戦しつつ、エネルギーや科学、原子力や環境など、8つの展示ゾーンがあり、見学を通じてさまざまな知識を得ることができる参加体験型の施設となっている。また、一般見学・学習のほか、専門的役割として原子力環境監視センターが併設されていて、福井県内にある敦賀発電所・ふげん、もんじゅ、美浜発電所、大飯発電所、高浜発電所の観測データ、活動状況、安全性についてのモニタリングを行っているのも特色。なお、福井県には、1970年に運転を開始した日本原子力発電㈱敦賀原子力発電所 1号機を始めとして、現在、15基(廃止措置中を含む)の原子力発電施設が、敦賀市、美浜町、高浜町、おおい町の4市町に立地し活動している。

館内ロビー
放射能などの説明

・参照:展示館ガイド「原子力の科学館あっとほうむ」(福井原子力センター) https://www.athome.tsuruga.fukui.jp/floormap
・参照:原子力の科学館「あっとほうむ」 (福井ミュージアムズ) https://fukui-archive.com/museums/article-910/
・参照:福井県原子力環境監視センターhttps://www.houshasen.tsuruga.fukui.jp/
・参照:原子力の科学館「あっとほうむ」(子供とお出かけ情報「いこーよ」)https://iko-yo.net/facilities/23604

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♣ 敦賀原子力発電所(日本原子力発電)

所在地:福井県敦賀市明神町1 Tel.  0770-26-9006
HP: https://www.japc.co.jp/gendenkan/tsuruga/index.html

敦賀原子力発電所

→ 敦賀発電所は、日本原子力発電が運営する原子力発電所で、福井県の敦賀半島東側の浦底湾に面して建設されている。通称は「げんでん敦賀」、福井県で初めて開設された発電所である。発電所の1号機は日本最初の軽水炉で、商用炉として東海発電所に続く2番目の商用発電施設である。近くには、日本原子力研究開発機構の新型転換炉「ふげん」(廃炉)、20km圏内には、日本原子力研究開発機構の高速増殖炉「もんじゅ」や関西電力の美浜発電所もある。
 また敦賀発電所は、日本で唯一沸騰水型軽水炉と加圧水型軽水炉の形式が異なる2種類の原子炉を運用している発電所でもあるのが特色。敦賀発電所で発電された電力は、関西・中部・北陸の各電力会社へ売電されている。日本最古の軽水炉と知られる敦賀1号炉は大阪万博の開会式の日に営業運転を開始し、万博会場へ初送電したことでも知られる。
発電所近くにPR施設「敦賀原子力館」が設置されており、敦賀発電所のしくみや発電所周辺の自然環境などについて模型や映像を使ってわかりやすくご紹介している。

・参照:敦賀発電所 – Wikipedia
・参照:敦賀原子力館(中部広域観光ポータルサイト)https://go-centraljapan.jp/ja/industry/detail_133.html

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♣ 美浜原子力発電所と同PRセンター(関西電力) 

所在地:福井県三方郡美浜町丹生 Tel. 0770-39-1210
HP: https://www.kepco.co.jp/corporate/profile/community/mihama/(美浜原子力発電所)
HP:https://www.kepco.co.jp/corporate/profile/community/pr/mihama/index.html (PRセンター)

美浜原子力発電所

 → 美浜発電所は、若狭湾に面する敦賀半島の西部に日本の電力会社として初めて建設された関西電力の原子力発電所。1号機及び2号機は廃炉作業中で、3号機は40年超えた原発として福島事故後、新規制基準のもとで再稼働している。この美浜発電所は関西電力初の原子力発電所で、日本初の加圧水型軽水炉(PWR)として。1970年、の大阪万博博覧会に「原子の灯」をともした。しかし、2004年には、冷却系の復水系配管破裂により放射線の漏洩はなかったものの5名が死亡するなどの事故も起こっている。福島原発事故後の2011年には可搬式の発電機、空冷式の発電機の搬入がされ、海抜32メートルの位置に同様の設備を設置することも検討中という。

美浜原子力PRセンター

 なお、発電所に向かう丹生大橋の入り口に、発電所のPR施設「美浜原子力PRセンター」が設置されている。ここでは、1/25模型で原子力発電所が再現されており、原子力発電のしくみやエネルギーについて学ぶことができる。また、特殊映像(AR技術)を使って地震・津波などに対する安全性向上対策、高経年化対策などを見ることができる。

・参照:美浜発電所「パイオニアとして(事業概要・関西電力)https://www.kepco.co.jp/energy_supply/supply/ichiisenshin/thought/message2.html
・参照:美浜発電所 – Wikipedia

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♣ 島根原子力発電所と島根原子力館(中国電力)

所在地:島根県松江市鹿島町佐陀本郷2955 
HP: https://www.energia.co.jp/atom_info/shimane/index.html (島根原子力発電所)
HP: https://www.energia.co.jp/atom/atom14.html(島根原子力館

島根原子力発電所

 → 島根発電所は、1974年に営業運転をはじめた中国電力の原子力発電所。日本の電力会社が設置する原子力発電所としては、美浜発電所、福島第一原子力発電所に続いて全国で3番目に開設された原子力発電所である。中でも島根発電所1号機は日立製作所が全面的に受け持って建設された国産第1号の原子炉とされる。沸騰水型軽水炉を採用しており中国電力で唯一の原子力発電所である。2011年、原子力規制委員会は新規制基準を導入したが、中国電力はこれに対応するため、安全対策を強化、2024年まで運転停止している。なお、島根原子力発電所は、日本で唯一、県庁所在地に立地する原子力発電所であることでも知られる。

島根原子力館
館内展示

 発電所に隣接する島根原子力館は海抜150mの高さにあり、島根原子力発電所や深田運動公園はもちろん、日本海や宍道湖などの素晴らしい眺めを一望することができまるロケションにある。施設内は「原子力発電コーナー」や「発電チャレンジコーナー」「燃料サイクルコーナー」「安全対策コーナー」などに分かれていて、「原子力発電コーナー」では島根原子力発電所2号機の原子炉格納容器の一部を実物大で再現した模型を展示。直径51mmの鉄筋を手に取り重さを体感できる。

・参照:島根原子力発電所の現況https://www.pref.shimane.lg.jp/bousai_info/bousai/bousai/genshiryoku/simagen.data/Chapter3-7-22.pdf
・参照:松井 康真がゆく原子力最前線 ~第3回島根原子力発電所3号機 完成間近!(日立製作所)https://www.hitachi.co.jp/products/energy/portal/highlights/case_038.html
・参照:島根原子力発電所 – Wikipedia

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♣ 伊方原子力発電所と伊方ビジターズハウス(四国電力)

所在地:愛媛県西宇和郡伊方町九町字コチワキ3-204  Tel. 0894-39-1399
HP: https://www.yonden.co.jp/energy/atom/ikata/ 伊方原子力発電所
HP:https://www.yonden.co.jp/energy/atom/tour/ikata_visitorshouse.html 伊方ビジターズハウス

伊方原子力発電所

  → 伊方発電所、四国島最西部の佐田岬半島付け根付に位置した四国電力の原子力発電所。1号機(初号機)は1972年に原子炉設置許可を受け、1977年9月に運転を開始している。2017年に運転40年目を迎え、新規制基準適合のための対策や安全対策を検討していたが、運転期間延長を見送り、2016年5月に廃止、2号機も2018年5月に廃止を決めている。一方、3号機については、2015年7月に国の安全審査に合格し、2016年8月再稼働している。 一方、伊方原発の間近に、長大な活断層帯(中央構造線断層帯)を伴った中央構造線があり、海底の活断層が将来大地震を引き起こす危険があることが伊方原発訴訟にて原告から訴えられている。これに対し、四国電力側は、断層地震などを調査による安全確保、津波対策、冷却式非常用発電装置などを強調している。

伊方ビジターズハウス
ビジターズハウス館内
原子炉模型

 また、鋳型原発に隣接して「伊方ビジターズハウス」が開設されており、原子炉の縮小模型や解説モニターを使った原子力発電の仕組みの開設などが試みられている。館内には、実物の6分の1の模型の原子炉格納容器、タービン・発電機、中央正誤室、使用済燃料プール、使用済燃料乾式貯蔵施設等を見学できるほか、伊方発電所における安全対策の全体像を見ることができる。

・参照:伊方発電所 – Wikipedia
・参照:伊方ビジターズハウス(PR館)(四国電力)https://www.yonden.co.jp/energy/atom/tour/ikata_visitorshouse.html
・参照:伊方ビジターズハウス・四国のおすすめスポット(ツーリズム四国)https://shikoku-tourism.com/spot/11635
・参照:愛媛県原子力センター https://www.pref.ehime.jp/page/7223.html

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♣ 玄海エネルギーパーク(玄海PRセンター)と玄海原子力発電所

所在地:佐賀県東松浦郡玄海町今村字浅湖4112-1 Tel. 0955-52-6409
HP: https://www.kyuden.co.jp/company/school/pavilion/enepark.html

玄海原子力発電所

  → 玄海原子力発電所に隣接して作られた原子力とエネルギー問題を主題とするテーマパーク。広大な敷地の中に、「玄海PRセンター」「サイエンス館」「九州ふるさと館」などエネルギーをテーマにした興味深い施設が並んでいる。このうち、玄海PRセンターは文字通り玄海原発の広報施設、サイエンス館は原子力発電の仕組みを解説する原子炉シアター、シュミレーションゲームなどがあり、楽しみながら原子炉について学ぶことが出来る。高さ13メートルの実物大原子炉模型や大迫力の原子力発電のしくみを開設する原子炉シアターも魅力の一つ。九州ふるさと館では九州の芸能や工芸のほか、発電所の廃熱を利用して栽培されている200種類の植物なども見どころとなっている。

原子炉模型
発電のしくみ展示
訓練シュミレーター展示
玄海原子力発電所

 玄海原子力発電所は、九州電力で最大の発電所であり、九州7県で使用される電力供給量の3割以上を発電し、3号機は2009年から日本初のプルサーマル発電を実施している。しかし、玄海原発の2,3号機は福島原発事故後、停止、再稼働予定は現在も未定である

・参照:玄海エネルギーパー・パンフレットhttps://www.kyuden.co.jp/var/rev0/0510/8152/genkai_energy_wa.pdf
・参照:玄海エネルギーパーク (アイエム[インターネットミュージアム]https://www.museum.or.jp/museum/7101
・参照:玄海原子力発電所 – Wikipedia

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♣ 川内原子力発電所展示館(九州電力) 

所在地:鹿児島県薩摩川内市久見崎町字小平1758-1 Tel. 0996-27-3506
HP: https://www.kyuden.co.jp/company/school/pavilion/sendai.html

川内原子力発電所展示館

 → 川内原子力発電所展示館は、川内原発建設に伴って1980年に九州電力が開設した広報施設。原子力発電所全体の模型や実物大の原子炉模型などが展示されており、原子力発電の仕組みなどを学ぶことができる。高さ12mの実物大原子炉模型や安全対策の展示が特徴で原子力の仕組みを視覚的に理解できる。2階の展望室からは隣接する発電所を見渡せる。

館内展示
川内発電所全体模型

   

なお、川内原子力発電所は鹿児島県川内市にある加圧水型の原子力発電所で、九州電力としては玄海原子力発電所に次ぐ2か所目の原子力発電所。1984年に営業運転を開始している。2011年、東日本大震災後の最初の定期点検で1・2号機は運転停止したが、2013年に国が定めた新規制基準に基づく審査を経て、2015年に再稼働している。

川内原子力発電所

・参照:川内原子力発電所展示館(Harada Office Weblog) https://haradaoffice.biz/sendai-nuclear-power-plant/
・参照:川内原子力発電所 – Wikipedia
・参照:川内原子力発電所展示館のクチコミ一覧(じゃらんnet)https://www.jalan.net/kankou/spt_46202cc3290031069/kuchikomi/

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♣ 原子力科学館(茨城原子力協議会)

所在地:茨城県那珂郡東海村村松225-2 Tel. 029-282-3111
HP: http://ibagen.or.jp/gk_toha/

茨城原子力協議会 原子力科学館

  → 原子力科学館は、日本で最初に原子力の火が灯った歴史を持つ「東海村」にある原子力に関する総合展示館。原子の構造、放射線の性質、原子力発電の仕組みを模型や実験装置で学部ことが出来る。茨城原子力協議会によって運営されており、社会的に中立で科学的な立場で、放射線・原子力と社会との関わりを開設している。霧箱による放射線観測や、別館ではJCO臨界事故の記録展示も行われている。

  展示内容は、原子の原理を知る「アトミックトラベル-原子の力-」、放射線の性質・作用を学ぶ「ラジエーションボックス-放射線の正体-」、自然界の放射線を語る「ネイチャータウン-自然界の放射線-」、原子力技術の社会での利用を考える「テックストリート-人と放射線・原子力の利用-」、原子力の課題と未来の姿を発信する「ボイスフィールド-未来の私たち-」などとなっている。

ネイチャータウン -自然界の放射線-
ラジエーションボックス-放射線の正体-

・参照:原子力施設の展示館https://www.vill.tokai.ibaraki.jp/section/gensiryoku/03kengaku/kengaku.htm
・参照:原子力科学館(茨城県博物館協会)http://ibaraki-museums.jp/category/sci/27/

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♣ 幌延深地層研究センター ゆめ地創館(日本原子力研究開発機構)

所在地:北海道天塩郡幌延町字北進432番地2  Tel. 01632-5-2772
HP: https://www.jaea.go.jp/04/horonobe/yumechisoukan/

幌延深地層研究センター

  → ゆめ地創館では、日本原子力研究開発機構の幌延深地層研究センターで行われている高レベル放射性廃棄物の地層処分技術に関する研究開発などについて分かりやすく紹介する研究展示施設。館内では、「高レベル放射性廃棄物って何?」「地層処分ってどんな方法なの?」「どうして地層処分なの?」といった研究の背景についての説明や、調査研究が行われている地下施設の紹介、また地下の様子など、様々な内容について展示している。また、地上50mの展望タワーや地下500mの世界への移動を模擬体験できるエレベータ、地下350mにある調査坑道を3Dで探検できるコンテンツなどもあり楽しめる。

館内施設
研究のための地下坑道(施設見学会)

・参照:館内案内|幌延深地層研究センター ゆめ地創館 https://www.jaea.go.jp/04/horonobe/yumechisoukan/hall.html
・参照:深地層研究センターとは?https://www.town.horonobe.lg.jp/www4/section/soumu/public/le009f000001v31u-att/le009f000001v35j.pdf

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♣ 楢葉遠隔技術開発センター(日本原子力研究開発機構)

所在地:福島県双葉郡楢葉町大字山田岡字仲丸1-22 Tel. 0240-26-1040)
HP: https://naraha.jaea.go.jp/

楢葉遠隔技術開発センター

  → 楢葉遠隔技術開発センター(NARREC)は、東京電力ホールディングス株式会社福島第一原子力発電所の廃炉と、福島の復興という使命を深く胸に刻みつつ、遠隔操作ロボット、リモートセンシング、バーチャルリアリティといった最先端のDX技術を活用した研究開発に取り組んでいる施設。高濃度に放射性物質で汚染された廃炉作業においては、立ち入りが困難な場所が多く存在していることから遠隔技術は不可欠。 これを踏まえ、ここでは開発した技術によって作業員の被ばくを最小限に抑え、安全で効果的な廃炉を実現することを目指している。

センター内施設
研究管理棟 VR室
廃炉作業ロボット

・参照:遠隔技術で一歩先行く廃炉を(楢葉遠隔技術開発センター)について~https://www.youtube.com/watch?v=gojfHT0O7kA
・参照:見学・お問い合わせ|日本原子力研究開発機構 福島廃炉安全工学研究所https://fukushima.jaea.go.jp/visit/decommissioning.htm
・参照:楢葉遠隔技術開発センターパンフレット https://naraha.jaea.go.jp/pamphlet/pdf/naraha_01.pdf

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♣ むつ科学技術館(日本原子力研究開発機構) 

所在地:青森県むつ市関根北関根693 Tel. 0175-25-2091
HP: https://msm720.jaea.go.jp/

むつ科学技術館 

  → むつ科学技術館は、日本初の原子力船「むつ」の軌跡を伝える総合科学技術館。同船の原子炉室や関連機器が実物展示されており、参加体験型の展示で科学の仕組みを学部ことが出来る。原子力による推進力や科学の不思議を体感できる貴重なスポットとして知られる。建物は原子力船「むつ」の特徴ある形状をしており、展示では「自然の不思議な世界」「先端科学技術紹介コーナー」「原子炉室展示室」などで構成され、科学実験工作も実施。館内にはプロペラ、タービンなどが展示されている。

原子炉室展示室を含む船内
原子力船「むつ」の模型

・参照:むつ科学技術館(青森県観光情報サイト)https://aomori-tourism.com/spot/detail_156.html
・参照:【つながる旅行記#33】むつ科学技術館で「みらい」を考える https://note.com/tuki15ikiro/n/n8662cc543bd7
・参照:むつ科学技術館 – Wikipedia

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(原子力発電所関係施設 了)

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社会のインフラ・電気の博物館 Part1(博物館紹介)

 

  第一部 電気一般と水力、火力など発電・電力開発の歴史を示す博物館の紹介 

♥ はじめに

  電気は産業発展や人々の生活に欠かせない基本的な社会インフラで、動力、照明、家電、情報通信などあらゆる面で現代社会の基盤をなしている。この電気利用の歴史は、明治初期にアーク灯を点灯したことから始まり、東京電灯社の設立で本格的な電力事業が展開され、大正・昭和初期に電灯や電車が普及、戦後の高度経済成長期にテレビ、洗濯機、冷蔵庫などの家電が一般家庭に普及、現代は情報通信技術(IT)と家電の進化で生活に不可欠な存在となっている。今回は、この電気の技術発展と利用形態、電力開発・発電の歴史を示す電気・電力施設の博物館を紹介してみることとした。現在の電力事情、エネルギー問題の将来などを考える上でも参考になるだろう。なお、原子力発電施設(多くはPR施設)については Part2 で扱う。ここでは主要な火力、水力、地熱発電などの博物館施設を紹介している。

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(電気一般の博物資料館)

♣ 電気の史料館(東京電力) 

電気の史料館外観

(一般見学休止中) 

所在地:神奈川県横浜市鶴見区江ヶ崎町4-1
HP: https://www.tepco.co.jp/shiryokan/floor/index-j.html
・参照:電気の史料館バーチャルツアー|東京電力 https://www.tepco.co.jp/shiryokan/virtualtour/index.html

 → 電気の史料館は東京電力の電力関係資料の展示を行う科学館。2011年3月東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所事故を受けて、東京電力における広報自粛に伴い2011年3月以降、休館中(再開未定)となっている。しかし、2023年からは展示物のYouTube動画の公開、2024年から館内バーチャルツアーを公開しており展示の内容は知ることが出来る。

皇居正門飾電灯
信濃川発電所水車発電機
鬼怒川線送電鉄塔

 バーチャルの展示コーナーでは、プロローグに続いて、電気の科学、電力供給の誕生と発展、水力発電と長距離送電、広域供給網の形成、電気と社会、電力ネットワーク、発電所の大容量化、電源の多様化、原子力発電の歩みといった構成になっている。 主な展示物としては、エジソン式直流発電機、皇居正門石橋飾電灯、信濃川発電所立軸フランシス水車発電機、鬼怒川線送電鉄塔(バンザイ鉄塔)、千葉火力発電所1号タービン発電機、20世紀初頭の電気自動車など、庶民の生活用具から、送電線鉄塔や、発電所設備など約700点があり、電気の歴史、社会と電気、電気の科学と技術の発展が実感できる。
 庶民の生活用具から、送電線の鉄塔や、発電所のタービンまで様々な電気に関するものが展示されている。

・参照:電気の史料館 https://ogino.c.ooco.jp/gijutu/eshiryo.htm
・参照:電気の史料館 – Wikipedia

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♣ 科学技術館(デンキファクトリー)

所在地:東京都千代田区北の丸公園2番1号 
HP: https://www.jsf.or.jp/exhibit/floor/3rd/c/

科学技術館外観

 → 科学技術館は現代の科学技術や産業技術について体験しながら学べる参加型の施設として1964年に産業界と連携して設立された博物館。一般市民、特に子どもたちの科学への興味関心を深めることを目的としている。このうち、電気については「デンキファクトリー」コーナーがあり、電気の性質やモーター、発電機の仕組みなどを実際に体験できる。発電・送電・利用の各段階を見える形で体験できる装置、電気の性質や電磁石、スピーカー、アーク放電の様子、エネルギーの大きさを体感できるアトラクションなどを通じて日常生活であたりまえのように使っている電気への理解を深めることが出来る。

デンキファクトリー
デンキの体験展示

・参照:科学技術館 – Wikipedia
・参照:遊びながら学べる「科学技術館」(Concent) https://www.concent-f.jp/energy/column_53

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♣ でんきの科学館(中部電力)

所在地:愛知県名古屋市中区栄二丁目
HP: https://www.chuden.co.jp/e-museum/

でんきの科学館(中部電力)

  → 中部電力が運営する電気に関する科学館。 館内には、6つの展示室とシアターがあり、展示室のほか、電気を使った実験も行われている。1986年に完成した「電気文化会館」の1 – 4Fに開館、2006年に開館20周年を迎えリニューアルオープンした。館内には、6つの展示室とシアターがあり、「電気の発見」、サイエンスプラザ、「電気の旅」、地球とエネルギーなどの展示コーナーがある。また、「おもしろ実験」や「サイエンスショー」、「オームシアター」、季節ごとのイベントやサイエンスツアー、「学習ひろば」、「でんき資料室」などが整備されている。

デンキの発見 展示
電気の旅 展示

・参照:でんきの科学館について(中部電力)https://www.chuden.co.jp/e-museum/about/
・参照:でんきの科学館―写真と動画(公式(@denkimuseum_official)Instagram https://www.instagram.com/denkimuseum_official/
・参照:でんきの科学館 – Wikipedia

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♣ 電気通信大学のUECコミュニケーションミュージアム

所在地:東京都調布市調布ケ丘一丁目5番地1
HP: https://www.uec.ac.jp/about/facilities/museum.html

電気通信大学ミュージアム

  → UECミュージアムは、無線通信機器やコンピュータなど電気通信大学の教育研究に関連する歴史的機器や資料を収集・保存・展示する大学博物館。火花放電を利用した初期の無線機に始まって、第二次世界大戦で使われた軍用無線機、大型の海上無線機、テレビ局用の大型アナログ送信機など無線通信や放送の歴史を作ってきた機器を展示。フレミングが20世紀初頭に発明した最初期の2極管から、第二次世界大戦当時に使われていた国内外の軍用管、オーディオ管、撮像管/受像管、マイクロ波管など、多くの真空管を展示している。

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♣ ワンダー・ラボ(エネルギー科学館」

旧所在地:富山市牛島町18-7アーバンプレイス(閉館)
HP: https://www.rikuden.co.jp/wonder/

旧ワンダー・ラボ

 → 北陸電力の同館は1996年開館し「創造性豊かな科学する心を育む」を理念として長い間運営され、全国の実験名人や館員による科学実験・工作教室やイベントの開催等を行ってきたが、惜しまれながら2023年2月に閉館した。26年間の累計来館者は約350万人を数える人気の博物館であった。「ウィズコロナにおけるデジタル化の流れの中、従来の科学館の取組みに一旦終止符を打ち、デジタル活用による新しいカタチの活動に移行していく」としている。

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♣ 中電ふれあいホール(中部電力)

所在地:鳥取県鳥取市片原1丁目201 Tel. 0857-22-0354
HP: https://www.energia.co.jp/area/tottori/entry/262.html
・参考: https://www.energia.co.jp/corp/miraisouzou/visit.html

中電ふれあいホール

  → 中電ふれあいホールは,鳥取の地域情報や中部電力事業の情報を発信するとともに地域交流と憩いの場を提供することを目指して設立した施設。館内の展示では、中部電力の「安定供給への取り組み」「くらしの電気」「環境・エネルギー」の3部で構成。そのほか,地元産品・民芸品も展示している。

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♣ 九州エネルギー館

所在地:福岡県福岡市中央区薬院4丁目13-55
HP: https://www.kyuden.co.jp/company/school/mirai/manabook/enekanmemories.html

九州エネルギー館

  → 九州エネルギー館は1971年に開館した電気科学館の後身として、1982年九州電力創業30年周年事業の一環として開館。しかし、2014年惜しまれながら2014年3月に閉館。国内初の総合的なエネルギー専門展示館として、「地域の人々にエネルギーを考える広場を提供すること」をコンセプトに設立され、32年間で約714万人が見学に来訪。九州エネルギー館は。エネ館(エネかん)と愛称でも呼ばれ、かつて九州電力が運営していたエネルギー学習施設であった。併設して「あかりの館」が開設されていた。
・参照:九州エネルギー館 – Wikipedia

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(水力発電の博物資料館)

♣ 三居沢電気百年館(東北電力)

所在地:宮城県仙台市青葉区荒巻字三居沢16 Tel. 022-261-5935
HP: https://www.tohoku-epco.co.jp/pr/miyagi/sankyozawa.html

三居沢電気百年館

  → 三居沢電気百年館は電気の歴史や発電所を支えてきた広瀬川の豊かな自然を紹介する電気の博物館。1988年に東北で初めて電気が点灯してから100周年を記念して建設された。現在稼働中の三居沢発電所に隣接している。 三居沢発電所は、宮城県仙台市青葉区荒巻字三居沢にある水力発電所である。1888年(明治21年)、宮城紡績会社によって設立され、現在は東北電力が管理・運用を行っている。記録に残る日本で最初の水力発電所として位置づけられる。また、日本で最初のカルシウムカーバイド製造地でもある。1999年には発電所建屋が登録有形文化財に登録された。2008年には同発電所の機器・資料が日本機械学会の機械遺産第26号に制定、さらに2009年経済産業省が定める「近代化産業遺産群」の一つとして認定されている。

現在も使われている発電所建屋
三居沢の水力発電機


  三居沢電気百年館では、稼働中の発電機を見学できる。初期の5kW直流発電機と同型モデルの復元品、上棟式で使われた棟札、ベルナール・ビュフェ作のリトグラフ「三居沢発電所」など発電所に関連する物品が展示されている

電気百年間の歴史展示
初期の5kW直流発電機

・参照:三居沢電気百年館パンフ https://www.tohoku-epco.co.jp/pr/pdf/sankyozawa.pdf
・参照:三居沢発電所 – Wikipedia
・参照:機械遺産Mechanical Engineering Heritage https://www.jsme.or.jp/kikaiisan/heritage_026_jp.html
・参照:日本の水力発電発祥の地!
「三居沢発電所」(Concent)https://www.concent-f.jp/energy/entori_09

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♣ 黒部川電気記念館 (関西電力)

所在地:富山県黒部市黒部峡谷口11 Tel.0765-62-1334  
HP: https://www.kepco.co.jp/sp/corporate/profile/community/pr/kurobe/index.html

黒部川電気記念館

 → 黒部川電気記念館は、富山県黒部市の宇奈月温泉郷に所在する関西電力の博物館。黒部川水系の電源開発が一段落したことを記念し、黒部川の自然や電源開発などをテーマとした博物館として、1987年に開館した。建物は1922年日本電力の事務所をモデルとしたアルペン風の建築物で富山県建築賞を受賞している。
 入口横に黒部峡谷鉄道の開業当初に使用されていた電気機関車EB5が静態保存されているほか、館内には縮尺60分の1の黒部ダムの模型、黒部川の電源開発や世紀の大工事として語り継がれる「黒四建設工事」などがグラフィックや映像により紹介されている。
 2022年の全面改修工事ため、2023年3月下旬まで休館していたが、同年3月31日にリニューアルオープンしている。

記念館の展示コーナー
黒部開発の記録
黒部のジオラマ

・参考:関西電力のPR施設|関西電力  https://www.kepco.co.jp/brand/pr/
・参照:黒部川電気記念館 – Wikipedia

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♣ 新成羽川発電所PRホール(中国電力)

所在地:岡山県高梁市備中町平川3446-2
HP: https://www.energia.co.jp/area/okayama/entry/270.html

(現在休館中)

新成羽川ダム

  → 新成羽川ダムは、岡山県の高梁川水系成羽川に建設されたダム。高梁川は岡山三大河川の1つで、河口部は水島臨海工業地域等があり工業生産が盛んな地域であるが、対応できるだけの電力供給のための整備は遅れていた。このため中国電力は新規電源開発地点として成羽川中流部を選定、1963年から「新成羽川発電所建設計画」として3ヶ所の発電専用ダムを建設する計画を立て、その根幹施設が新成羽川ダムであった。ダムの型式は全国に12基しか存在しない重力式アーチダム、堤高は103.0mと日本最大規模の重力式アーチダムである。発電所である新成羽川発電所は下流に建設された田原ダム(重力式コンクリートダム・41.0m)との間で自流混合式揚水発電を行い、認可出力は303,000kWと当時としては西日本最大の水力発電所であった。完成以降、備中地域の電力需要に大きく貢献をしている。

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(火力発電所関係博物資料館)

♣ 柳井発電所エネルギアランド(中国電力)

所在地:山口県柳井市柳井字宮本塩浜1578-8 Tel. 0820-23-6848
HP: https://www.energia.co.jp/area/yamaguchi/entry/322.html

柳井発電所エネルギアランド

  → 柳井発電所は中国地方最大級のLNG火力発電所。施設内にエネルギーについて体験しながら学ぶコーナー「エネルギアランド」がある。巨大なLNG(液化天然ガス)タンクの並ぶ発電所構内や制御室などを専門スタッフの案内で見学できる。柳井発電所は1992年1号系列が運転を開始、2号系列までが建設された。環境負荷の少ない天然ガスを使用しガスタービンと蒸気タービンを組み合わせた、高効率コンバインドサイクル発電方式を採用している。た。2号系列では1,300℃級ガスタービンを採用、日本初の改良型コンバインドサイクル発電方式が採用されている。

参照:中国電力株式会社 柳井発電所 エネルギアランド | 柳井市観光協会
参照:柳井発電所 – Wikipedia

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♣ 三隅発電所ふれあいホール(中国電力)

所在地:島根県浜田市三隅町岡見1810 中国電力三隅発電所内 Tel.  0855-32-3690
HP: https://www.energia.co.jp/area/shimane/entry/10392.html

三隅発電所ふれあいホール外観

 → ふれあいホールは、2022年に全面リニューアルしてオープン。火力発電やエネルギーミックス、カーボンニュートラルについて学べる展示が充実。3面の大型スクリーンを使った迫力ある映像やタッチパネルを活用した体験型コンテンツなど楽しみながら学ぶことができる。ちなみに、三隅発電所は最先端のクリーンコール・テクノロジーで環境負荷低減に向き合う国内最大級の石炭火力発電所(発電出力は200万kW)で、石炭と木質バイオマスを燃料とする火力発電所として知られる。

・参照:三隅発電所ふれあいホール(Webメディア「HAMORUWA」https://www.energia.co.jp/tokusetu_site/hamoruwa/aha_ene/misumi/index.htm
・参照:中国電力、「三隅発電所ふれあいホール」をリニューアルオープン(日本経済新聞 )https://www.nikkei.com/article/DGXZRSP631126_S2A420C2000000/

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♣ 坂出発電所PR館(四国電力)

所在地:香川県坂出市番の州町2 Tel. 0877-46-3995
HP: https://www.yonden.co.jp/cnt_kids/teacher/sisetu.html
HP: https://www.yonden.co.jp/cnt_karyokulive/sakaide.html

坂出発電所全容

  → 2023年にリニューアルオープンした四国電力板出発電所のPR館。発電に関するさまざまな展示が行われている。構内一周や中央制御室といった施設見学も可能。発電のしくみや、電気が家庭に届くまでの流れなど大人も子どもも楽しく学べる展示が多く見られる。
・参照:エネルギーと電気のはなし(四国電力)  https://www.yonden.co.jp/cnt_kids/img/teacher/shiryo-energy_2025.pdf

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♣ 具志川火力発電所・電気科学館(沖縄電力)

所在地:沖縄県うるま市宇堅657 Tel. 080-8959-3220
HP: https://www.okiden.co.jp/livelihood/pr/

具志川火力発電所

 → 電気科学館では、「電気」と「暮らし」を中心として展示がなされている。エネルギーの定義や活用に関すること、具志川火力発電所の環境保全への取り組み、石炭のクリーンエネルギーとしての活用等について楽しく学べる施設となっている。沖縄県うるま市にある具志川火力発電所は、石炭を燃料とする最大出力15万6千キロワットの発電機が2機を備えている。日本で二番目に大きい風力発電機や石炭をストックしておくための貯炭場などスケールは巨大。石炭灰を有効利用するなど環境調和型発電所を目指している。
・参照:沖縄電力具志川火力発電所視察 https://www.jewa-hp.jp/topics/okinawa02.html

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(主な地熱発電所資料館(PR館・展示館)

♣ 八丁原発電所展示館(九電みらいエナジー)

所在地;大分県玖珠郡九重町大字湯坪字八丁原 Tel. 601 0973-79-2853
HP: https://www.q-mirai.co.jp/renewables/hachobaru/application/

八丁原発電所展示館

 → 地下から取り出した蒸気を利用して電気をつくる日本最大の地熱発電所。映像で地熱発電の仕組みなどを学んだ後、現地スタッフのあんないにより発電所の中を見ることができる。地熱の力で湧き上がる蒸気やタービンが回転する音を体感することができる。

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♣ 松川地熱発電所 PR施設 松川地熱館

所在地:岩手県八幡平市松尾寄木 Tel. 022-722-6510(東北自然エネルギー本店総務部)
HP: https://www.tousec.co.jp/geothermal_museum.html

松川地熱発電所

  → 1966年に運転を開始した日本で最初の商用地熱発電所である松川地熱発電所のPR施設。 地熱発電の仕組みをビデオ・パネルで解説、実際に使用された蒸気タービン等を展示している。外からは、松川地熱発電所の巨大な冷却塔を眺めることができる。
 ・参照:東北自然エネルギー株式会社 https://www.tousec.co.jp/index.html

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♣ 柳津西山地熱発電所 PR館

所在地:福島県河沼郡柳津町黒沢 080-8603-9841
HP: https://www.tousec.co.jp/yanaizunishiyama_pr.html

柳津西山地熱発電所

  → 柳津西山地熱発電所は1995年に運転を開始した最大出力は30,000kWの地熱発電所。地熱発電の仕組みを学べる施設としてPR館が併設されている。なかなか知る機会のない地熱発電の仕組み、地下深くからのエネルギー開発について学ぶことができる。

・参照:柳津西山地熱発電所PR館(福島県ホームページ)  https://www.pref.fukushima.lg.jp/site/infra/yanaizunishiyama.html

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♣ 山川発電所展示室(九電みらいエナジー)

所在地:鹿児島県指宿市山川小川2303  Tel. 0993-35-3326
HP: https://www.q-mirai.co.jp/renewables/yamagawa/application/

山川発電所遠景

 → 展示室で映像により地熱発電の仕組みなどを学んだ後、現地スタッフが発電所の中を案内している。発電所見学では、地熱の力で湧き上がる蒸気やタービンが回転する音を体感できる。山川発電所は最長2100mの深さから地熱を取り出し、3万キロワットの電気をつくっている地熱の発電所。地熱発電所は山間地に作られることが多いが、山川発電所は周囲を畑地に囲まれた平坦地に位置するという特色がある。

・参照:山川発電所展示室(鹿児島県観光サイト かごしまの旅) https://www.kagoshima-kankou.com/guide/51500

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(風力発電)

♣ 竜飛ウインドパーク

所在地;青森県東津軽郡外ヶ浜町(竜飛崎)
・参考:青森エネルギーウォッチングhttps://www.ies.or.jp/publicity_j/mini/64.pdf 

竜飛ウインドパーク

  → 東北電力がNEDO(新エネルギー産業技術総合開発機構)と共同で設置した風力発電実証研究設備。設置当時は国内最大規模の集合型風力発電基地であった。現在はほとんどの風車が撤去されており、ホテル竜飛のそばに建つ1基が残るのみである。展示館では、「風と科学」「風とエネルギー」などをテーマに展示していた。(現在は閉鎖されている!?)

・参照:鹿島紀行第7回 竜飛岬 https://www.kajima.co.jp/news/digest/jul_2004/kajimakiko/index-j.htm
・参照:竜飛ウィンドパーク – Wikipedia
・参照:竜飛ウィンドパーク展示館~閉鎖された博物館に潜入( | MAX CARTERの見聞 https://maxcarter.aaa-plaza.net/archives/890


♣ 能代市の風力発電関連施設

能代の風力発電サイト

所在地:秋田県能代市元町14-40(NPO法人能代観光協会)Tel. 0185-88-8802
HP: https://wa.city.noshiro.lg.jp/local/2222/

  → 洋上風力発電所も見学できる!大規模洋上風力発電所がある能代市の風力発電関連施設. (見学施設)

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<参考> その他の見学可能な全国の風力発電所

❖ 二見くるりん風の丘パーク 

場所:愛媛県西宇和郡伊方町  
 See: https://www.iyokannet.jp/spot/3523

❖ 郡山布引風の高原 福島県郡山市

場所:福島県郡山市湖南町赤津字馬頭原
See: https://www.kanko-koriyama.gr.jp/tourism/detail1-0-12.html
  → 苗代湖の南に位置する標高約1,000mの高原で、磐梯山や猪苗代湖が一望できる絶好のロケーション。日本最大級の風力発電所である33基の巨大風車の下、夏はヒマワリが咲き誇る。

❖ 阿蘇にしはらウインドファーム 
場所:熊本県阿蘇郡西原村俵山地区
 See: https://www.vill.nishihara.kumamoto.jp/kiji003698/index.html
  → 九州最大級の風力発電施設「阿蘇にしはらウインドファーム」は、新エネルギーの学習施設として、多くの観光客で賑わう。天気のいい日は有明海や島原まで望むことができる。

❖ 毎床風車公園展望所 
場所:鹿児島県出水郡長島町川床4508−1
 See: https://ezax.co.jp/maitoko-husya/

参照:全国 風力発電 子供の遊び場・お出かけスポット

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(太陽光発電ほかリニューアブル・エナジー施設)

❖ 太陽光発電 | リニューアブル・ジャパン株式会社の施設
 HP: https://www.rn-j.com/business/solar/
  → 稼働済リニューアブル・ジャパン社保有発電所所在図 8国内合計 377.3MW)

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(その他の電気関係博物資料館)

♣ あかりの館|公益財団法人 蘭島文化振興財団

所在地:福岡県福岡市中央区薬院4丁目13-55
HP: http://www.shimokamagari.jp/facility/akari.html

  → 「あかりの館」は、あかりの歴史をテーマに、発火道具・焚き火のあかり・油のあかり・ろうそくのあかり・石油のあかり・電気のあかりというように、人類の歴史とともに歩んできた燈火の歴史を一目瞭然に理解できるようにそれぞれの用途毎にショーケースに陳列されている。何百点もある陳列品の殆どが民間からの寄贈によるものだそうで、中にはいくらお金を出しても買うことの出来ない貴重な品が目白押しである。  開館以来、1階の原始時代の松明から近代の電球まであらゆる照明具を展示する「あかりの歴史」のコーナーで知られていた。2階の明治時代のランプを展示した「ランプサロン」は、2003年の改装で、かつての1階と2階の展示は全て2階の「あかりコレクション」に統合された。

旧あかりの館 外観
あかりのコレクション

 しかし、2014年に九州エネルギー館と共に閉館。閉館後、灯火具のコレクションは福岡市博物館に寄贈され、2016年には福岡市博物館で展示されている。

 ・参考:博物館のご案内 | 日本のあかり博物館 https://nihonnoakari.or.jp/about/
 ・参照:アイちゃんのあかりを訪ねてーあかりの館(岩崎電気)https://www.iwasaki.co.jp/lighting/eyeroom/eye/01_fukuoka/

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(原子力発電の博物資料館)→ Part 2

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生活エネルギー・ガスの博物館(博物館紹介)

   ―市民生活のスタイルを変えたガス事業の歴史を語るー 

明治のガス灯風景

ガス利用の歴史は、18世紀末ヨーロッパでの石炭ガス照明から始まり、日本では1872年(明治5年)横浜でのガス灯点灯が近代化の象徴としてスタートした。その後、ガス熱による調理器具やストーブに利用が拡大(ガスレンジなど)して生活インフラとして定着。そして、ガスそのものも天然ガスやLPガスへの転換を経て、現代の生活に欠かせないエネルギー源へと進化している。家庭用として普及は大正時代で、最初、富裕層の間で利用が進み、岩谷産業が1953年に家庭用LPガスの全国販売を開始したことで、一般家庭にも広く普及するようになった。
 今やガスは、調理・給湯・暖房など日常生活に不可欠なエネルギー供給網(インフラ)の一つで、都市ガスとLPガス(プロパンガス)の2種類があり、都市ガスはガス管で、LPガスはボンベで供給され、どこでも誰でも使える利点があり、災害時にも強いという特徴を持っている。近年は環境負荷低減や新エネルギーへの転換も進み注目される燃料源である。
  ここでは、このような生活エネルギーの展開を示す、ガス供給の仕組みと歴史を示す博物館を紹介してみる。

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♣ ガスミュージアム(東京ガス)  


所在地:東京都小平市大沼町4-31-25  Tel.042-342-1715
HP: https://www.gasmuseum.jp/
 ・参考:東京・小平の東京ガス「ガスミュージアム」を訪ねる   https://igsforum.com/visit-gas-museum-in-kodaira-tokyo-j/

ガスミュージアム外観

 → 明治初期、東京に出現した「ガスの街灯」は社会に驚きをもって迎えられた。江戸時代、夜間の灯火といえば暗い行灯か提灯しか知らなかった人々にとって、西欧化・文明開化の「光」と感じたに相違ない。それから150年、ガスは燃料、エネルギー源として、今や日常生活に欠かせないものになっている。
  このガスミュージアムは歴史的な赤煉瓦の建物二棟の中に設置されている。一つがガス灯の展示「ガス灯館」、他が多様な家庭用ガス器具、各種ガス設備の展示「くらし館」である。また、屋外の広場には明治期に使われたガス街灯が並べられている。前者には、記念物として明治時代使われた多彩なガス灯が展示され、後者には明治から大正、昭和に使われた様々なガスストーブ、ガス調理器具、そして工業用タービンの見本などの実物が多く展示してある。時代が進むにつれて灯火、家庭暖房・調理の形がどのように変化してきたかを知ることが出来る。産業遺産に指定されているものも多くあり、非常に貴重な産業博物館といえるだろう。

❖「ガス灯館」の主な展示物 

ガス灯館内部の展示

 「ガス灯館」展示では、明治の初期に日本で初めて輸入され使用された珍しい「ガス灯照明具」が多数陳列されている。鹿鳴館で飾られた「上向腕ガスランプ」、「英国製分銅伸縮ガスランプ」、花火のようにみえる「花ガス灯」、明治中期の洋館で使われた「壁掛式ガラス製腕ガスランプ」など多数が点灯した姿でみられる。また、19世紀にフランスでつくられた天使像が掲げる大型のガス・シャンデリアも珍しい展示物となっている。明治期に多く描かれたガス灯に関わる「錦絵」もガス灯のもたらした社会的インパクトをよく表している。

ガス灯「花火」(明治初期)
鹿鳴館で使われたガス灯
ガス灯に驚く人々の錦絵

❖「くらし館」の主な展示

時代ごとのガス器具が並ぶ展示

  明治期に隆盛を極めたガス灯であるが、時代が移ると、次第にエジソン発明になる電灯照明に主役が移っていく。こういった中で、ガス事業は次第に灯火から熱源利用へと変化して行く。この変化を体現させてくれるのが「くらし館」である。ここでは、ガス燃焼器具が日本でどのよう形で受容され、器具の多様化と普及、技術の発展が家庭生活をどのように変化させてきたかが実感できる。
  古い時代の器具展示からみると、1902年に登場した日本式の「ガスかまど」、「ガスアイロン」、英国から輸入された「コルンビア二口七輪」(1904)などが貴重な展示。暖房器具では「裸火ガスストーブ」(英国製・1900s)、日本独自の珍しい「ガス火鉢」などある。 時代が進むと、ガス器具はより広く使われるようになり、次第に便利な日用器具へと変化していく。例えば、昭和初期の風呂用の「はやわきガス釜」、家庭用「かに型ストーブ」、「卓上コンロ」など、また、高度成長時代以降になると、各種ガス冷蔵庫、ガス自動炊飯器、ガスストーブ、ガス風呂釜など今日つながる形に変化している様子が展示からわかる。しかし、後から生まれた電気家庭用製品との競合も生じていることも指摘されてていて興味深い。

最初のガス ストーブ
かに型ストーブ
時代ごとに変化するガス調理器具

❖ 東京ガスの歴史背景とガス事業の発展

<事業体としての東京ガス会社成立と発展>

高島
渋沢
銀座にガス灯設置

  日本で初めてガス灯設置事業がはじまったのは1872年、横浜で高島嘉右衛門という実業家が手がけたものであるという。(余談だが、この高島は、「高島易断」の創始者でも知られる) その後、1874年銀座にガス街灯が点灯、1876年に東京府瓦斯局が生まれ、これを払い下げることで1885年「東京瓦斯会社」が設立された。明治の社会近代化、産業近代化にとって重要な社会インフラの一つとして認識した渋沢栄一、浅野総一郎らによって創立されたものであった。設立当時の中心はガス灯事業で、英国人アンリ・ブレランという英国技師が設計して東京・金杉橋に工場を作り瓦斯を配送して、京橋、銀座にガス灯をともしたと伝えられる。

<ガスの生産工場の拡大と縮小へ>

東京府瓦斯局全景 (明治11年)

 ともあれ、東京瓦斯会社は、当時盛んに作られていた瓦斯関連企業、例えば千代田ガスなどを合併しつつ大きく業績を伸ばしていった。しかし、当初、同会社の本業はガス器具の開発ではなく供給網の整備と資源開発であった。東京瓦斯は、都市ガス用にガス源供給のため千住、深川、川崎、豊洲、鶴見など各地にガス工場を作るが、いずれも石炭燃焼によるガス生産方式にとどまっていた。戦後になるとガス精製の原料は石油に替わり、また液化天然ガス(LNG)と変わる時代に直面、これらガス生産工場は次々に閉鎖され新たな対応を迫られる。(「ガスミュージアム」は往事閉鎖された工場ないしは事務所を移設したもので、明治大正時期に建てられた歴史的な建築物である。ちなみに「ガス灯館」は本郷にあった東京ガス本郷出張所(1909年建設)、「くらし館」は千住工場(1912年建設)の赤煉瓦の歴史的建築物であった。)

石炭からガス製造
石油からガス精製
LPGの輸入へ

 一方、東京ガス(東京瓦斯会社)のガス器具生産は、明治時代に初のガス器具特許品「ガスかまど」を開発したことからはじまっている。そして、1910年代からガスストーブ、ガス炊飯器、七輪など多様な製品を生み出していった。特に、お米を主食とする日本人に合わせたガス器具開発は画期的であったと伝えられる。(くらし館」参照)
 しかし、戦後、調理器具、台所用品の主力は次第に電気に代わっていく中、給湯器、ガスコンロ、食洗機は好調であったが、調理器具、台所器具は次第に電気製品にかわっていった。

<生鮮市場となった東京ガス工場跡地>

豊洲市場と変わった東京ガス跡地
千住工場跡

 こういった中、ガス生産には、都市ガス普及以来、80年以上にわたって石炭を燃焼して精製していたが、燃料は石油に変わり、またLPGとして直接海外から輸入されるようになった1990年代、次々とガス生産工場は閉鎖されていく。東京ガスでも、主力ガス工場の一つであった豊洲工場は1997年に閉鎖され、工場を含む広いエリアは東京湾ウオーターフロント・臨海副都心として東京都へ売却され移管されていった。そして、2000年代になると、狭隘となった東京築地市場の移転先に決まり、2019年には都の手で新たな豊洲市場としてオープンしている。 現在は、この広大な跡地は、市場のほか緑の公園、商業施設などが整備されて新都市景観をなしている。また、地域内に「ガスってなーに」という子供向けの科学博物館が建てられ、僅かに東京ガスの跡地であったことを示している。

・参照:Gas Museum (Tokyo Gas) HP:  https://www.gasmuseum.jp/
・参照:東京ガスの歴史:https://www.gasmuseum.jp/about/history/
・参照:「⽇本のエネルギー、150年の歴史」資源エネルギー庁    https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/history1meiji.html
・参照:「ガスとくらしのモノがたり」GAS MUSEUM がす資料館
・参照:「東京ガスの歴史とガスのあるくらし」(高橋豊)<講演録>(2006 Oct.19)
・参照:ガス業界の歴史 https://denryoku-gas.jp/info/gas/history-of-industry
・参照:ガス事業の歴史を振り返る https://pps-net.org/column/32143 ・参照:日本ガス協会 HP: https://www.gas.or.jp/

❖ 家庭用燃料のプロパンと岩谷産業(参考)

岩谷の家庭用プロパン

  プロパンガス(LPガス)は、可燃性ガスを液化させてガスボンベで供給し、ガスコンロや給湯器などに使う家庭用エネルギーげである。都市ガスより料金が高めな傾向があるものの配管などの工事も必要なく手軽に利用できることから広く普及している。
  日本では、ドイツの飛行船「ツェッペリン伯号」が、1929年、寄港し燃料として使われたのが初めての使用例といわれる。戦後、1950年代、家庭用燃料としての利用がはじまる。1953年、岩谷直治が「マルヰプロパン」として家庭用プロパンガスの全国販売を開始したのが普及のはじまりで、これ以降、一般家庭にもプロパンガス利用が進み、日常生活に溶け込むようになった。1964年、東京でオリンピックが開催された際、開会式の聖火台の燃料にマルヰプロパンが使われている。いまでは、プロパンガス」は生活になくてはならない燃料インフラの一つであることは間違いない。

・参照:プロパンガスの歴史|会社情報|岩谷産業https://www.iwatani.co.jp/jpn/company/history/lpg/
・参照:プロパンガスとは(プロパンガス料金消費者協会) https://www.propane-npo.com/useful/whatispropanegas.html

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♣ がすてなーに・ガスの科学館(東京ガス) 

所在地:東京都江東区豊洲6-1-1  TEL:03-3534-1111
HP: https://www.gas-kagakukan.com/ 

ガスの科学館(東京ガス)

 → ガスの科学館は、豊洲に開設されたガスの役割や特長を紹介する体験・参加型の科学館である。1986年、東京ガスが創立100周年を記念して豊洲工場敷地内に設立したもの。館内は7つのゾーンで構成され、(ガスを)発見する、理解する、体験する、学習する、実感する、触れ合う、楽しむ、となっている。“暮らしを支えるエネルギー・ガス”の役割や地球環境問題を楽しみながら理解出来る施設となっている。

館内展示コーナー
ガスバルーン展示

・参照:がすてなーに:子供とお出かけ情報「いこーよ」https://iko-yo.net/facilities/102
・参照:「がすてなーに ガスの科学館」(「ニュース」 東京ガス)https://www.tokyo-gas.co.jp/news/press/20190925-01.html

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♣ ガスエネルギー館(東邦ガス)

所在地:愛知県東海市新宝町507−2 ガスエネルギー館  Tel. 052-603-2527
HP: https://www.tohogas.co.jp/gas-enekan/      

東邦jガス工場

 → ガスエネルギー館は東邦ガスが1985年にオープンした展示施設で、同社の研究施設も併設している。 「地球温暖化とエネルギー」をテーマに、見てふれて、楽しく学べる様々な体験型の展示を行っている。身近なところからエネルギー問題や環境について考えるきっかけづくりの場として提供している。館内には、ワイドパノラマシアター、実験ラボ、温暖化テラリウムなどがある。

館内の展示
館内展示

・参照:東邦ガス ガスエネルギー館 | 東海市観光協会https://www.tokaikanko.com/study/industrial/tohogas/
・参照:ガスエネルギー館 – Wikipedia

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♣ ガス科学館(大阪ガス) 

所在地:大阪府高石市高砂3丁目1番地(泉北製造所 第二工場内) Tel. 072-268-0071
HP: https://www.osakagas.co.jp/company/gasscience/index.html 

ガス科学館(大阪ガス) 

 → ガス科学館はガスを中心としたエネルギーと地球環境をテーマにした体験型の博物館。大阪ガスの主力工場の敷地内に1982年に開設された。館内ではパネル展示や映像、実験のほか、タブレットを用いたクイズの回答などにより天然ガス秘密、気体や炎の性質など学び科学の不思議を体験できる。

館内展示コーナー

・参照:大阪ガス ガス科学館:近畿エリア | おでかけガイド:JRおでかけネットhttps://guide.jr-odekake.net/spot/268
・参照:ガス科学館 | 美術館・博物館 | アイエム[インターネットミュージアム]https://www.museum.or.jp/museum/5386

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(ガスの博物館 了)

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空と航空機の博物館(博物館紹介)

   ー「空」へのあこがれと航空機の歴史をみるー

はじめに

 「空」へのあこがれは昔から人の心をとらえ空を飛ぶことは人類の夢であった。ルネッサンスのヨーロッパではレオナルド・ダビンチが「飛行機状」のものを設計、20世紀初めにはライト兄弟が動力による飛行機を発明、日本では、明治後期に代々木練兵場で航空機の試験飛行が行われている。これらの歴史を踏まえ、日本でも航空飛行への関心は深く、これまで数多くの博物館が設立されてきた。これら航空博物館では航空機の実物展示や体験を通じて、空を飛ぶ仕組みや技術の進化、航空産業の歴史を学ぶことができると人気が高い。
  この博物館紹介では、日本の主要な航空博物館を取り上げ、その展示からみた航空機発展の姿、展示内容、設立の背景などについて紹介している。特に、戦中戦後の航空機開発の歴史、その運用ついて詳しく触れることにした。

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♣ 所沢航空発祥記念館

所在地:埼玉県所沢市並木1-13 所沢航空記念公園内 04-2996-2225
HP: https://tam-web.jsf.or.jp/
・参考:所沢の「航空発祥記念博物館」を訪ねる https://igsforum.com/visit-tokorozawa-aviation-museum-in-tokyo-j/

 → この航空発祥記念館は、日本初の飛行実験を記念し、1993年、「所沢航空公園」内に設けられ博物館。記念館には、これまで日本が開発・導入してきた各所の航空機に実物、あるいはレプリカが多数展示されており、日本の航空産業の歴史をみる上でも充実した施設だといってよい。また、世界の飛行技術の発展、日本の航空史の展開、所沢飛行場の沿革、各種航空施設の概要などが詳しい解説されているほか、飛行施設のシミュレーターなども用意されていて一般の人も楽しめる。屋外には国内初の民間機YS-11などの実物が展示されているほか、航空公園内には、航空関係のモニュメント、緑地、スポーツ・文化施設なども整備されている。

❖ 航空記念館の展示

展示ホールの航空機展示

  航空機の展示を見ると、一階展示ホールには、航空機展示の「駐機場」、飛行機の歴史を語る「格納庫」、飛行科学を解説する「研究室」、大型映像館があり、二階には、所沢飛行場の歴史を示すパネル、飛行管制室の再現展示があるほか、飛行シミュレーター体験も出来るようになっている。
  まず、航空機の実物展示では、日本で開発した「川崎KAL」、米国のレシプロ練習機「T-34メンター」、軽飛行機の「スチンソンL-5E」、航空自衛隊の中等練習機「富士T-1B」、「H-19 」、軍用ヘリコプター「H-21B- V-44」など約14機がみられる。エントランスホールには1910年代に日本が制作した「会式⼀号機」のレプリカ、そして、二階には、日本で唯一の現存保4存機体である「九一式戦闘機」(航空遺産認定1号)が歴史遺産として陳列されている。

会式⼀号機
九一式戦闘機
川崎KAL
H-21B- V-44
アンリ・ファルマン機と徳川大尉

  これらは、いずれもが日本の航空機史を示す貴重な展示品である。さらに、展示コーナーの一角には、1911年に日本で初飛行を果たした徳川大尉の肖像があり、搭乗した二翼の「アンリ・ファルマン機」が陳列してあって日本の航空史の幕開けを告げる展示となっている。また、フランスのニューポール社が代制作し、1920年代、日本が練習機として使用していた「ニューポール81E2機」の実物大レプリカの展示も見られる。 館内の「研究」コーナーにある飛行機の歴史・技術、飛行の原理の実験装置も面白い展示である。

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(日本航空機開発の歴史)

 ここで、航空発祥記念館の展示を参照しつつ日本航空機開発の歴史をみてみる。

❖ 展示から見る日本航空機史の黎明

  「空」へのあこがれは昔から人の心をとらえ空を飛ぶことは人類の夢であったたようだ。16世紀にはレオナルド・ダビンチが「飛行機状」のものを設計、18世紀には、フランスのモンゴルフィエ兄弟が熱気球による公開実験、その後、ドイツのリリエンタールがグライダーを制作・実験を繰り返している。そして、アメリカのライト兄弟が、1903年世界で初めて動力による飛行機を発明して航空機時代の幕開けを告げたのはよく知られるところ。 日本でも大空飛行の夢は強かった。。明治初期島津源造が気球をあげたとの記録があるほか、二宮忠八が、1893年、鳥状の飛行体を作り飛行を成功させている。このプロトタイプ模型が、博物館に模型の形で展示されていて興味深い。 しかし、日本では、1910年、東京・代々木練兵場で徳川好敏大尉が試験飛行を行い、その後、所沢飛行場において「アンリ・ファルマン機」(フランス製)で日本初飛行を成功させたことが本格的な航空機の導入の契機とされている。

日本初飛行の碑
((現・代々木公園))
徳川大尉の初飛行(1910)

このことから、館内の展示室には、同練習飛行の模型が展示されており、また、会場フロアにはファアマン機の実物復元機がモニュメントとして設置されている。 これ以降、第一次世界大戦で航空機が大きな戦略道具と認識されるにしたがい、日本も、米英から多くの軍用機、偵察機を導入するとともに自らの航空機開発に挑むことになる。この様子は、館内に展示された各種の航空機の実物・レプリカにもよく反映されている。このうち注目すべきは、欧米の技術を活用しつつ自己開発した「会式⼀号機」(1911)、「九一式戦闘機」(1927)などと思われる。しかし、圧倒的多数は輸入による軍用機で、民間機は少なく且つ技術的にもはるかに劣る時代が長く続いた。

❖ 展示から見える太平洋戦争前後の航空機開発

零式艦上戦闘機
三式戦闘機の製造現場

  1930年代になると、政府は軍用機の戦略重要性から国内メーカーの育成に力を入れ始める。 この中で、中島飛行機(現在の富士重工・スバル)、三菱造船(後に三菱航空機、現在の三菱重工)、川崎航空機(現在の川崎重工)などが航空機メーカーとして参入、機体やエンジンの開発を開始する。ただ当時はエンジニアも少なく技術的にも蓄積が少ないことから、欧米のライセンス生産や技術支援によるところが多かったといわれる。 しかし、太平洋戦争を踏まえて軍部による重点的な航空機開発がはかられる中で、上記のメーカーの技術力・生産力は飛躍的に向上、各種の優秀な艦載機や戦闘機などが大量に生み出されるようになる。零式艦上戦闘機(いわゆる“ゼロ戦”)はその代表例とされている。記念館には、これらのうち「九一式戦闘機」(複葉の甲式四型戦闘機、1931年、中島飛行機製作)の実機が展示されており、重要航空遺産に指定されている。 戦中、軍用機を中心に一時ピークに達した日本の航空機開発の一端を知ることの出来る展示である。

❖ 展示から見る戦後の航空機産業の展開

  1945年の日本の敗戦は航空機産業の壊滅をもたらした。飛行機工場、飛行場の全滅状態に加えて、占領軍は日本の軍事力再生を恐れて、航空機の製作、研究、運航などすべてを禁じる措置をとった。航空機開発が実際に解禁されたのは1957年である。この期間の空白と技術的立ち後れは抗しがたく、日本企業は、防衛庁向けに米国製航空機のライセンス生産に細々と携わるに過ぎなかった。加えて、航空機産業はすでに大型航空機化、機種の多様化、ジェット機対応の時代に入っており、技術のキャッチアップは容易ではなかった。また、軍用機のみに傾注してきた戦前の技術体系は、シフトした民間航空機需要に応えることは難しかったことも事実である。

T-1A中等練習機

 記念館に展示されている導入された戦後の軍用機、民間機の内容を見ても、このことがうなずける。例えば、自衛隊に配備された軍用ヘリコプターUH-1 Iroquois、”H-21B” V-44、などのほか、英国製の T-34 Mentorなど多数が見られるがほとんどが米英製である。この中にあって、富士重工が製作した自衛隊の「T-1A中等練習機」は、戦後初の実用国産航空機且つ初のジェット機でもあり、展示場にはその使用エンジンとともに展示されていて目を引く。また、防衛庁へのPS-1飛行艇、C-1輸送機開発などを通じて航空機の自主開発が進んでいたのも事実である。

旅客機「YS-11」

  一方、経験のなかった民間用旅客飛行機の開発は当初非常に難しかったと思われる。しかし、民間航空機の需要増大を見込んだ政府は、1960年代、日本航空機製造(日航製、NAMC)を設立、この企業を軸として戦前の航空機メーカーと技術者を総動員して新しい民間旅客航空機の製作を模索する。これが戦後に初めて日本のメーカーが開発した旅客機のプロジェクト「YS-11」である。1962年に一号機が完成、全日空が受注して運用も開始された。その後、YS-11は1973年までに180機あまりが生産された。トラブルにも見舞われながらも唯一の国産旅客機として一定期間役割を果たし運航された。航空記念館のある航空公園の一角にはこのYS-11機の実機が展示してある。航空機製作の技術的難しさと国際競争の厳しさを示すものだが、日本の民間航空機製作への挑戦のモニュメントとして記録される展示となっている。

❖  展示から見えた最近の航空機産業の取り組み

三菱のMRJ
ホンダのHondajet

  当初の計画通りには運ばなかったものの、YS-11生産や輸送機C-1などの国産技術の開発は大きな社会的役割を果たした。例えば、富士重工はF-3エンジンを搭載したT-4練習機を生産し、川崎重工はターボエンジン搭載のCX輸送機投入に成功している。一方、民間機部門では世界の状況には追いつくことが出来ず、各種のライセンス生産、国際共同プロジェクト参加という形で開発に携わることが続いた。しかし、近年、これまでの技術的蓄積を生かして、国際競争力のある中型旅客機への取り組みがはじまった。三菱重工のMRJ(三菱スペースジェット)やホンダビジネスジェットなどのプロジェクトがこれに当たるだろう。(このうち、ホンダビジネスジェットは2022年までに200機以上生産され快調だが、MRJは2023年2月に開発中止となっている。航空機開発の難しさを示した形である)。

・参照:⽇本の航空機産業 https://ja.wikipedia.org/wiki/⽇本の航空機産業
・参照:日本の航空機一覧 https://ja.wikipedia.org/wiki/⽇本製航空機の一覧
・参照:航空の先駆者たちhttps://www.uniphoto.co.jp/special/sky
・参照:日本の航空機工業50年の歩みhttp://www.sjac.or.jp/data/walking_of_50_years/index.html
・参照:中島⾶⾏機の栄光  https://gazoo.com/article/car_history/141017_1.htm
・参照:零式艦上戦闘機 https://ja.wikipedia.org/wiki/零式艦上戦闘
・参照:初の国産旅客機「YS-11」は、どう生まれたか https://toyokeizai.net/articles/-/100217
報道写真・ストック写真 | Uniphoto Press ユニフォトプレス 

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♣ 航空科学博物館

所在地:千葉県山武郡芝山町岩山111-3 0479-78-0557
HP: http://www.aeromuseum.or.jp/ 

B777の機首展示’
航空科学博物館の外観

 → 成田国際空港に隣接して1969年に設立された航空専門博物館。博物館には、屋内展示場と体験館、屋外展示場の三つで構成されており、飛行機の実物や模型、シミュレーター、解説パネルや映像を通してわかりやすく解説・展示がなされている。 このうち、中央棟となっている屋内展示場にはボーイング747の実物パーツ(主翼の一部、エンジン、客室輪切り、貨物コンテナ)、実物大の客室モックアップ、成田国際空港の模型などが展示されており、中央にはボーイング747-400試作機の模型があり、シミュレーターで実際に操縦することが出来る。

屋内展示場の様子
ボーイング機のエンジン
実物大客室展示

   体験館の1階はホール、2階はシミュレーター室になっており、ここではボーイング737MAXのコクピットとボーイング777の機長席計器操作が体験出来るという。また、中央棟と体験館の間に、ボーイング747-200機首部分の実物も展示されている。 屋外展示場では、YS-11試作1号機 試作機をはじめとして、これまで運用されてきた各種航空機、トーイングトラクターなどが展示されている。主なものを挙げると、セスナ 195( 元朝日新聞社「朝風」)、シコルスキー S-62A(元海上保安庁機)、ビーチ 33 ボナンザ(元航空大学校訓練機)、エアロコマンダー680(元アジア航測社有機)などである。

屋外展示場
YS-11試作1号機 試作機

また、屋外展示場の近く芝山町には、成田空港問題の歴史を後世に伝える常設展示施設として、2011年に開館した「成田空港 空と大地の歴史館」が設けられている。

❖ 成田空港 空と大地の歴史館

所在地:千葉県山武郡芝山町岩山 Tel. 0479-78-2501 

空と大地の歴史館外見

  1968年に開港した成田国際空港をめぐっては、地域住民の間に反対運動が起こり、「成田・三里塚闘争」という形で当時の大きな社会問題となった。地元の有力者により、この悲劇的な闘争記録と顛末を後世に残そうと「歴史館」として開設したもの。館内は、空港のはじまり、70年前後の社会、流血の日々、成田開港、長く思い日々、円卓会議、地域にさす光、などとなっていて、1960年代から2000年にいたる開港反対闘争の経過、地元社会の変容、空港開港とその後の経過を、年代を追って反対運動の資料、記録、写真などで丁寧に展示している。航空博物館を訪問する機会に是非立ち寄ってみたい記念資料館である。

成田闘争の記録展示
反空港の闘争ヘル隊
成田闘争の顛末と年譜

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♣ 青森県立三沢航空科学館

所在地:青森県三沢市北山158  0176-50-7777
HP: https://www.kokukagaku.jp/

三沢航空科学館

   → 三沢市が設置した「三沢市大空ひろば」の一角にある航空博物館。青森県が航空史に果たしてきた役割を「大空」と「飛翔」をテーマ広く情報発信する目的で2003年に開設された。館内の1階には日本エアコミューターが使用していたYS-11機が現役時代そのままに展示があるほか、初の太平洋無着陸横断飛行を成し遂げた「ミス・ビードル号」のレプリカなどの記念機もみられる。2階は航空科学体験のフロア、3階には展望デッキがあり三沢飛行場を一望できる。屋外には実物のF-16戦闘機、T-2「ブルーインパルス」なども展示されている。 なお、航空科学館設立の背景としては、三沢のもつ歴史的な環境(旧日本海軍の基地、戦後の米軍・自衛隊の駐留、太平洋横断初飛行)を生かし、日本海側で唯一の航空博物館として航空文化の振興と教育・観光の拠点にしたいとの思いがあったとみられる。

館内の展示スペース
ミス・ビードル号

 ちなみに、三沢は、初の国産輸送機となった「YS-11」の設計者である木村秀政ゆかりの地であり、日本初の民間飛行士・白戸榮之助の出身地でもあることから飛行機の町としても知られ、三沢は航空自衛隊と米空軍が共同使用する航空作戦基地で、民間航空も共用する軍民共用飛行場(三沢空港)としても運用されてきている。三沢基地は、もともとは1938年、旧日本海軍が建設した三沢基地であったが、終戦後、1945年に米陸軍に接収され、1972年に米海軍西太平洋航空隊傘下となり、1958年、自衛隊の北部航空方面隊司令部が発足して共同使用を開始してきた経過がある。 このため、三沢航空科学館は、軍用機を中心に歴史的な航空機が多く展示されているという特色がある。

展望デッキから見た展示航空機
ブルーインパルスT-2
空軍の「F-16A

・参照:航空科学館設置の背景 https://www.kokukagaku.jp/01_museum/0112_background.html
・参照:青森県立三沢航空科学館について(青森県立三沢航空科学館)https://kokukagaku.jp/overview/3490/
・参照:三沢基地の概要 (三沢市ウェブサイト -Misawa City-)https://www.city.misawa.lg.jp/index.cfm/12,23017,53,227,html
・参照:個人WEBサイト(Die Letzte Kampfgruppe)三沢航空科学館見学記録 ② http://kampfgebiet.server-shared.com/index_militar_17-2.html

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♣ 東京都立産業技術高等専門学校荒川キャンパス 科学技術展示館

所在地:東京都荒川区南千住8-17-1  03-3801-2144
HP: https://www.metro-cit.ac.jp/community/pavilion.html

荒川キャンパス 科学技術展示館

 → 都立産業技術高等専門学校の科学技術展示館には、前身である東京都立航空工業高等専門学校時代から教材として使用されてきた歴史的価値が高い各種工学機器類が展示・保存されており、特に、航空機関係の展示物では日本でも有数のコレクションを誇っている。 ちなみに、日本航空協会から”戦後航空再開時の国産航空機群”として重要航空遺産の認定を受けている。現在も、館内には高等専門学校の学生たちへの授業などで、実際に教材として使われている飛行機が展示されていて、、航空産業界の人材育成の場であることを実感できる。 主な展示品として飛行機(9機)、ヘリコプター(5機)、航空用ピストンエンジン(9台)、航空用タービンエンジン(5台)などがある。

所蔵展示の航空機
東洋航空TT-10練習機
飛行整備j訓練

・参照:実物の航空機が見られる博物館&資料館11選(じゃらんニュース)https://www.jalan.net/news/article/609277/#04
・参照:東京都立産業技術高等専門学校 科学技術展示館(のりもの博物館)https://www.transport-pf.or.jp/norimono/museum/tskak/
・参照:都立産業技術高等専門学校(荒川キャンパス)科学技術展示館(用廃機ハンターが行く)https://wrecks.hatenablog.com/entry/2021/07/03/110508

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♣ 石川県立航空プラザ

所在地:石川県小松市安宅新町丙92番地(小松空港前)0761-23-4811
HP: http://www.pref.ishikawa.lg.jp/aviation/

石川県立航空プラザ外観

   → 1995年に石川県の小松飛行場の北側に開設された日本海側では唯一の航空博物館。屋外および航空プラザ1階にはヘリコプター、航空自衛隊の戦闘機、パラグライダーなど飛行機実機が常設展示されている。また、YS-11や航空管制シミュレーターも体験することができる。2階には航空機の歴史や構造について模型などの展示が行われている。2019年まで使用された旧政府専用機(ボーイング747)の貴賓室も、防衛省が無償貸与する方式で展示されている。館内の主な展示としては、 F-104JスターファイターとT-33A(航空自衛隊)、ピラタス PC-6、ドルニエDo-28A、OH-6J(陸上自衛隊、ヘリコプター)。屋外にはHSS-2B 対潜ヘリコプター(海上自衛隊)、KM-2(海上自衛隊)、T-2ブルーインパルスなどがみられる。

館内の航空機展示
旧政府専用機の貴賓室

・参照:航空プラザ|小松市まちづくり市民財団https://komatsu-ccf.x0.com/culture/aviation_plaza/
・参照:石川県立航空プラザ – Wikipedia
・参照:旧政府専用機の貴賓室公開 石川県立航空プラザ – 日本経済新聞https://www.nikkei.com/article/DGXMZO60087700Y0A600C2910E00/

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♣ 岐阜かかみがはら航空宇宙博物館

所在地:岐阜県各務原市下切町5丁目1番地 058-386-8500
HP: http://www.sorahaku.net/

かかみがはら航空宇宙博物館外観

 → 岐阜県に1996年開設された通称が空宙博(そらはく)と呼ばれる航空と宇宙の両方の展示を行っている専門博物館。このうち「航空エリア」では、人類の航空技術開発の歴史と逸話を紹介しており、本物の飛行機やヘリコプター、探査機の実物大模型など50機以上を展示し、実機展示数は国内最多を誇っている。館内には、所在地各務原で生産され世界で唯一現存する実機「飛燕」(二型)や同地で初飛行を行った十二試艦上戦闘機「零戦試作機」の実物大模型などが展示されていて珍しい。周辺には日本最古の飛行場で航空自衛隊の飛行開発実験団が所在している「岐阜基地」や、日本では数少ない航空機製造工場である川崎重工業岐阜工場が反対側にあり、「飛行機の街・各務原」の中心となっている。 ちなみに、「宇宙戦艦ヤマト」や「銀河鉄道999」の作者である松本零士が開館時から2021年(まで名誉館長を務めている。

館内の航空機展示場
十二試艦上戦闘機
「飛燕」(二型)

 館内の展示構成をみると、1階の展示エリアでは、航空機と航空機産業の始まり、戦前・戦中の航空機開発、戦後の航空機開発、航空機のしくみ、となっており、それぞれのテーマに応じた航空機の展示・解説が行われている。
 まず、「航空機と航空機産業の始まり」では、ライト兄弟のライトフライヤー(模型)、各務原で量産された最初の飛行機の乙式一型偵察機(模型)、「戦前・戦中の航空機開発」では、ハンス・グラーデ1910年型単葉機(1/1模型)、三式戦闘機二型「飛燕」、十二試艦上戦闘機(1/1模型)がある。

ライトフライヤー
乙式一型偵察機
十二試艦上戦闘機(模型)

  「戦後の航空機開発」コーナーには、KAL-1 、T-33A ジェット練習機、F-104J 要撃戦闘機、T-1B 練習機、FA-200改 STOL実験機、低騒音STOL実験機「飛鳥」など20機以上の実機が開発年代ごと展示されている。「最後の航空機のしくみ」では、飛行機の飛ぶしくみの解説、旅客機や小型ジェット機の操縦などの体験ができる。また、屋外展示では、日本航空機製造 YS-11A-500R、救難飛行艇US-1A、P-2J対潜哨戒機、川崎 V107-Aヘリコプターなどがある。
(宇宙関係エリアでは、各種ロケット、宇宙衛星などの展示があるが、ここでは割愛している。)

KAL-1
F-104J 要撃戦闘機
STOL実験機「飛鳥」

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♣ 航空自衛隊浜松広報館「エアーパーク」

所在地:静岡県浜松市西区西山町無番地 航空自衛隊浜松広報館(エアーパーク)053-472-1121
HP: https://www.mod.go.jp/asdf/airpark/

航空自衛隊浜松広報館gaikann

  →  浜松広報館は1999年にオープンした航空自衛隊初の博物館形式の広報施設。ここでは、自衛隊が運用している戦闘機、練習機、ヘリコプターやその装備品など広く展示している。航空自衛隊のパイロットのフライトスーツ及びヘルメットなどを体験試着もできるという。また、航空機のフライト・シミュレーターや全天周シアター、ブルーインパルスコーナーなどの設置もあり、航空自衛隊の活動や活動してきた航空機の概要を知ることが出来る。 展示機種・装備品としては、第三世代ジェット戦闘機F-1 (90-8225)、全天候要撃機F-86D セイバー(84-8104)、ブルーインパルスF-86F (02-7960) 、 ジコルスキーSS、アンサルド SVA9複葉機 (13146)、地対空誘導弾ナイキJ、旧日本軍零式艦上戦闘機52型など多数が展示公開されている。

館内展示航空機
ヘリなど対応航空機
最新戦闘機F-1

・参照:浜松広報館 – Wikipedia
・参照:https://www.transport-pf.or.jp/norimono/museum/khke/

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♣ 静岡理工科大学 静岡航空資料館

所在地:静岡県牧之原市坂口2053-1  Tel. 0548-29-1515
HP: https://sist-net.ac.jp/about-group/shizuoka-aviation-museum/

静岡理工科大学 静岡航空資料館

 → この静岡航空資料館は、もともとは静岡理工科大学・理工学部(航空工学コース)の学生研修向けに整備を始めた施設であったが、企業のバックアップもあり有力な航空資料館となった博物館。「見て・学んで・体験して」をテーマに、航空に関する歴史を一般に伝えようと2013年に大学によって設立された。展示品としては、セスナ等の実機をはじめ、旧交通科学博物館より貸与された歴代の航空機用エンジンや航空機模型、航空保安大学校から譲渡された航空管制実習装置、株式会社タミヤから寄贈された航空機プラモデル約100機などがあり、フライトシミュレーターも体験できる。コレクションの中には、太平洋戦争のゼロ戦に搭載されていたハー45型誉エンジン(栄エンジンの後継のエンジン)もあり、唯一日本に残っている貴重なエンジンとなっている。

セスナ等多数の航空機展示
航空管制実習装置
ハー45型誉エンジン

・参照:静岡理工科大学 静岡航空資料館https://www.transport-pf.or.jp/norimono/museum/sks/
・参照:航空の歴史についてく学べる静岡航空資料館(牧之原市静岡新聞アットエス)https://www.at-s.com/life/article/ats/1475668.html
・参照:インターネット航空雑誌ヒコーキ雲(静岡理工科大学静岡航空資料館)http://hikokikumo.net/a4541-1-SizuokaRikokaUniver.htm
・参照:https://ameblo.jp/alleyoop-fujieda/entry-12484141900.html

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♣ あいち航空ミュージアム

所在地:愛知県西春日井郡豊山町大字豊場(県営名古屋空港内)Tel. 0568-39-0283
HP: https://aichi-mof.com

あいち航空ミュージアム外観

→ 県営名古屋空港内にある航空機をテーマとしたミュージアム。名古屋空港で初飛行したYS-11や三菱ビジネスジェット機MU-300、現行のT-4ブルーインパルスなどの実機展示を間近で見ることができる。また、愛知県の航空機産業の歴史と発展の映像、パイロットや整備士の「職業体験」、航空機の飛ぶ仕組みを学べる「サイエンスラボ」など体験プログラムも充実している。
 展示を見ると、1階展示場には、愛知県ゆかりの機体7機を展示のほか、MH2000の分解展示や航空機の部品の多様性を学ぶ「“飛行”の解剖図鑑」、大画面スクリーンによる遊覧飛行シミュレーションシアター「フライングボックス」などがある。また、2階 展示場では、日本の航空史に名を残した名機100種の1/25スケールの精密模型、愛知県の航空機産業の歴史と発展を大画面の3Dシアターで紹介する「オリエンテーションシアター」、上記「サイエンスラボ」がある。

航空機展示場
YS-11
MU-300

  ちなみに、愛知県は国際戦略総合特区「アジアNo.1航空宇宙産業クラスター形成特区」の指定を受けて、航空宇宙産業の育成・振興に取り組んでおり、、名古屋飛行場周辺には古くから三菱重工業名古屋航空宇宙システム製作所(名航)が立地するほか、三菱航空機の組立工場を新たに建設するなど、航空機の開発・生産拠点となっている。あいち航空ミュージアムは、この一環として2017年に設立された。

・参照:https://www.transport-pf.or.jp/norimono/museum/akm/
・参照:あいち航空ミュージアム(空宙博ウェブサイト)https://www.sorahaku.net/about/cooperate/aichi/
・参照:あいち航空ミュージアム – Wikipedia

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♣ 航空館boon

愛知県西春日井郡豊山町大字青山字神明120-1 Tel. 0568-29-0036
HP: http://www.robotics-handbook.net/museum/kokukan-boon/index.htm

航空館boon建物
航空機展示

  → 愛知県が設置し豊山町が運営する航空機資料館。古屋空港航空宇宙館から移設した三菱MU-2A(3号機1963年製)と中日新聞社より提供を受けたヘリコプター「あさづる」(川崎ニューズ式369HS型)の展示のほか、飛行の原理を学ぶ展示、飛行機製造に関するパネル、飛行機用エンジンの進歩に関する実物展示、ハングライダーなども展示されている。近くにJAXA名古屋空港飛行研究拠点があり関連展示が館内に設けられている。また、「名古屋空以降の歴史とこれから」というパネル設置もある。
 ・参照:豊山町公式ウェブサイト https://www.town.toyoyama.lg.jp/

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♣ SKY MUSEUM(日本航空株式会社)

所在地:東京都大田区羽田空港3-5-1 JALメインテナンスセンター1
HP: https://www.jal.com/ja/kengaku/

JAL SKY MUSEUM

  → ミュージアムでは社会貢献活動の一環として航空機の格納庫見学、飛行機の仕組みを解説する航空教室を設けているほか、展示エリアではJALの史料を公開、JALのユニフォームデザイン、機内誌、飛行機の型式などを通じて日本航空の歴史を見ることができる。見学のハイライトは格納庫で、メンテナンスチェックを行う巨大な飛行機を間近で見ることができる。
 ・参照:見学プラン|JAL SKY MUSEUM|JAL企業サイトhttps://www.jal.com/ja/kengaku/info/

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♣ 日本航空安全啓発センター

所在地:東京都大田区羽田空港3丁目5−1
HP: https://www.jal.com/ja/safety/center/

日本航空安全啓発センター入口

  → 1985年、御巣鷹山に墜落したJAL123便の事故の教訓に安全運航の重要性を再確認する場として、2006年に設けられた日本航空の安全啓発センター。展示室と資料室2つの部屋から構成されている。展示室では、当該事故の直接原因とされる後部圧力隔壁や後部胴体をはじめとする残存機体、コックピット・ボイスレコーダー、遺品、乗客の遺書、新聞報道や現場写真を展示すると共に、事故の状況をVTRで再現、資料室では、世界の主な事故や教訓に基づいた改善を示す「航空安全の歩み」、「被害の拡大を防いだ事例」などが展示されている。

損傷機体の展示

・参考(見学)予約に際してのご案内 https://spc.jal.com/original_page.php?id=1
・参考:日本航空安全啓発センター – Wikipedia
・参考:失敗体験施設名鑑 https://www.shippai.org/shippai/exhibit/index.php

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♣ ANAブルーハンガーツア(機体工場見学)

東京都大田区羽田空港3-5-5 03-6700-2222
https://www.anahd.co.jp/group/tour/ana-blue-hangar/

ANAブルーハンガー

 → 日ごろ見ることのできないANAグループの整備部門を見学するツアー。飛行機の大きさや音、におい、振動など、その迫力を間近に体感しながら、働く整備士の姿を見ることができる。新たなエリアとして体験型見学施設が加わり、実物大の垂直尾翼のほか、実際の工具や部品に触れることができるコーナーなどもある。
 ・参照:ANA Blue Hangar Tour(子供とお出かけ情報「いこーよ」)https://iko-yo.net/facilities/354
 ・参照:工場見学に行ってきました(神奈川産業振興センター)https://www.kipc.or.jp/blog/ana/

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♣ フライト・オブ・ドリームズ(愛知県)

所在地:愛知県常滑市セントレア1-1 Tel. 0569-38-1195
HP: https://www.centrair.jp/flight-of-dreams/

フライト・オブ・ドリームズ

  → ボーイング787実機の展示をメインとし施設で、ボーイング創業の街シアトルをテーマとした複合商業施設の一部として設けられている。1階フライトパークでは、楽しく航空や空港に触れることができ、フライトシュミレーターも体験できる。2015年に飛行試験機としての役目を果たしたボーイング787初号機(ZA001)がセントレアに寄贈され、2018年10月にオープンした。

館内展示
ボーイング787

・参照:フライト・オブ・ドリームズ(のりもの博物館)https://www.transport-pf.or.jp/norimono/museum/fod/

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♣ ドローンミュージアム&パークみの(ドローン博物館)

所在地:岐阜県美濃市曽代117-14 Tel. 0575-38-9025
HP: https://roboz.co.jp/service/museum/

ドローンミュージアム外観

  → 2021年にオープンしたドローン専門の博物館。大小様々なドローンや産業活用されている高性能なドローン、ハイスピードで飛ぶレース用ドローンなど100台以上のドローンが展示されている。館内では、室内ドローン操縦体験やプログラミングドローン操縦体験、ハイスピードで飛ぶレースドローンを体感できる体験教室も実施している。

各種ドローンの展示
展示ドローン

・参照:ドローンミュージアム&パークみの(のりもの博物館)https://www.transport-pf.or.jp/norimono/museum/dmp/
・参考:株式会社ROBOZ https://roboz.co.jp/

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♣ ミツ精機株式会社「翼の広場」(兵庫県)

所在地:兵庫県淡路市下河合301番地 Tel. 0799-85-1133
HP: https://www.mitsu.co.jp/about/#link-02 

ミツ精機株式会社

  →「翼の広場」はミツ精機本社内に設けられた自衛隊航空機などの展示施設。航空機部品製作における品質向上、航空科学教育の普及、航空思想の向上を目的として一般にも公開している。

展示場の外観図
T-1B ジェット戦闘機

・参照「翼の広場」展示機の紹介https://www.mitsu.co.jp/wp-content/uploads/2025/02/9934675680a92d9125003e3cd45e95a0.pdf

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♣ 鹿屋航空基地史料館(鹿児島県)

所在地:鹿児島県鹿屋市西原三丁目11番2号
HP:https://www.mod.go.jp/msdf/kanoya/toukatu/HPzairyou/1-8siryoukann/1-8siryoukann.html

鹿屋航空基地史料館

  → この自衛隊の史料館は、愛称「鹿屋スカイミュージアム」で知られる航空機の展示施設。1973年に開館し、93年に「新史料館」としてリニューアルオープンした。日本海軍・鹿屋航空基地時代から現代の海上自衛隊に至るまでの写真や文献、実機(復元)等を展示している。資料館2階フロアは、旧海軍時代の「海軍精神」、「実力の養成~海軍航空隊の発展~」、「海軍航空兵力の興亡~航空用兵思想の変遷」、「特攻作戦」などのテーマ別展示コーナーとなっており、垂水市浜平の海岸で引き揚げられた「零式艦上戦闘機52型丙」の展示もみられる。また、一階フロアでは現在の海上自衛隊の装備が展示されおり、過去・現在の自衛隊の姿が紹介されている。屋外展示もあり、過去に装備されていた二式大型飛行艇(大日本帝国海軍)、US-1A(海上自衛隊)、P-2J(海上自衛隊)などの実物もみられる。

零戦の展示
零戦コックピット
二式大型飛行艇

・参照:海上自衛隊鹿屋航空基地史料館(かのやファン倶楽部)https://www.kanoya.in/sightseeing/kokukichishiryokan/
・参照:鹿屋航空基地史料館 – Wikipedia

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♣ 知覧特攻平和会館

所在地:鹿児島県南九州市知覧町郡17881番地
HP: https://www.chiran-tokkou.jp/ 

 知覧特攻平和会館外観

 → 特攻平和会館は、太平洋戦争末期の知覧基地から飛び立った「特別攻撃隊」(特攻隊)に関係した各種資料、展示物を収集・紹介し、且つ恒久平和を祈念する目的で建設された博物館施設。平和会館には、写真、遺書などの遺品約4,500点、特攻隊員の遺影1,036点などが展示されている。また特攻で使用された戦闘機の実機、兵舎(三角兵舎)、飛行学校の正門なども展示物となっている。また、知覧特攻平和会館が建てられている場所とその周辺は、知覧平和公園として今は整備されている。

開館のロビー展示場
出撃特攻機の展示

     

  航空機についてみると、(1)零式艦上戦闘機五二型、(2)四式戦闘機「疾風」I型甲、(3)一式戦闘機「隼」II零式艦上戦闘機五二型Iのレプリカ型などが展示されている。前者は、甑島沖約500mに沈んでいたものを引き上げ修復したもので損傷が大きい。(2)は、唯一原型を留めた機体で、戦前、成長を遂げた航空機産業の歩みを物語る近代化産業遺産群」として近代化産業遺産に認定されている。

海中から引き上げられた
零式艦上戦闘機
四式戦闘機「疾風」
一式戦闘機「隼」

 これら飛行機及び関係資料の展示は、先の戦争末期、「特攻」という形で亡くなった多くの若い命の鎮魂とともに悲惨な戦時の記憶をとどめるものとなっている。

❖ 知覧飛行場と特攻隊基地の歴史

知覧飛行場跡

  知覧平和記念館のある場所は、元は太平洋戦争以前、福岡県「大刀洗陸軍飛行学校」の知覧分教所(知覧教育隊)の所在地であった。1941年、日本陸軍の知覧飛行場が完成してからは飛行学校分教所として飛行操縦を教育する場となり、少年飛行兵等の訓練に使われるようになった。しかし、戦局悪化により沖縄が戦場になると、参謀本部は特攻隊の編成を発令したことで九州の南端にある知覧飛行場は、特攻隊出撃基地ととなり、第二十振武隊を皮切りに特攻出撃の最前線となっていった。知覧を含む九州の各航空基地から出撃した特攻機は当初こそアメリカ軍に大きな損害を与えたが、米軍は対策を講じ次第に日本軍機は打ち落とされるようになっていった。それでも日本側は無謀な「体当たり攻撃」を継続して多くの若者を死に追いやる結果となった。知覧基地が本土最南端だったということもあり最も多く、全特攻戦死者1, 036名のうち、439名、全員の半数近くが知覧から出撃している。特攻に参加した隊員は20歳前後の若い隊員が多く、少年飛行兵や学徒出陣の士官らが全国から集められていた。そして、1945年8月の終戦後、12月には米海兵隊が進駐、知覧基地内にあった武器や残された特攻機は破壊処分が行われている。

知覧からの出撃地図
特攻隊員が暮らした三角兵舎
特攻基地`指揮所」跡

  その後、1950年代、地元民や元特攻隊の関係者などから、戦死者慰霊のため記念碑を作るべきとの声が上がり、1955年9月、陸軍航空隊知覧飛行場跡地に「特攻平和観音堂」が建立された。そして、基地跡地に作られた運動公園に休憩所を新築、その2階を特攻隊員の遺品や遺書を展示する「知覧特攻遺品館」として整備が進んだ。1987年になるお「知覧特攻遺品館」が手狭となったこともあり、知覧町が5億円の予算を投じて「知覧特攻平和会館」を建設、老朽化した「特攻平和観音堂」も2004年に改築され、隣接する運動公園は含めて「知覧平和公園」となった。

・参照:知覧特攻平和会館 | 航空特攻作戦の概要https://www.chiran-tokkou.jp/summary.html
・参照:知覧特攻平和会館 – Wikipedia

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♣ 筑前町立大刀洗平和記念館

所在地:福岡県朝倉郡筑前町高田2561-1 Tel. 0946-23-1227
HP: http://tachiarai-heiwa.jp/

大刀洗平和記念館外観

  → 大刀洗平和記念館は、福岡県筑前町に開設された戦争歴史資料館。旧日本陸軍戦闘機、旧日本海軍零式艦上戦闘機をはじめ、太平洋戦争中の資料約1,800点が展示されている。知覧町には知覧特攻平和会館があるにもかかわらず、本校の大刀洗陸軍飛行場跡には何もなかったことを憂い1987年に開館されたもの。当初は、元で建設業を営んでいた渕上宗重が甘木鉄道太刀洗駅の旧駅舎を利用して開設された。その後、町立の博物館として設置されることになり、2009年、新たに筑前町立大刀洗平和記念館として開館している。

旧航空教育隊正門
収蔵航空機の展示場
零式艦上戦闘機

  展示されている博多湾から引き上げられた九七式戦闘機、旧海軍の零式艦上戦闘機三二型は、現存する世界唯一の実機となっている。この他にMH2000が保存展示されているほか、(ゴジラ-1.0の撮影のために製作された震電の実物大模型もみられる。また、1945年3月に襲った太刀洗大空襲の資料や犠牲者の遺影も展示されている。周辺には、旧第五航空教育隊正門、旧飛行第四連隊(飛行学校)正門、監的壕、掩体壕、太刀洗航空機製作所跡、平和の碑などがある。

・参照:戦跡マップ – 大刀洗平和記念館http://tachiarai-heiwa.jp/warmap/
・参照:筑前町立大刀洗平和記念館(福岡県の観光「クロスロードふくおか」)https://www.crossroadfukuoka.jp/spot/10057
・参照:筑前町立大刀洗平和記念館 – Wikipedia

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(了)

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海と船の博物館 (2) ―和船の世界―(博物館紹介)

  ー日本の伝統船―弁才船と廻船の歴史をみるー

はじめに

  日本は四方を海に囲まれ、大小の河川がくまなく国土に広がっていることから、物資、人の移動には船を利用することが多かった。特に、大量の荷物を運ぶのに船は有利であったため、中世以来、内航を中心に大きく海運が発展した。江戸時代には米、味噌、酒、昆布などが地方から江戸や大坂に船で往復する「廻船」によって支えられている。これらを担ったのは日本古来の「和船」(特に弁才船)であった。ここでは、日本の伝統的な船の形であるここでは「和船の世界」を紹介してみる。

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(日本の伝統船・和船の歴史と資料館)

♣ 佐渡国小木民俗博物館・千石船展示館 

所在地:新潟県佐渡市宿根木270−2 TEL 0259-86-2604
HP: https://shukunegi.com/spot/ogiminzokuhakubutsukan/

小木民俗博物館・千石船展示館 

   → 佐渡の生活文化や民俗を広く紹介するため設立された博物館。1920年建築の旧宿根木小学校舎活用して民俗学者宮本常一の提案・指導によって開設されている。南佐渡の漁撈用具、船大工用具及び磯舟など佐渡の漁具や民具などを中心に展示している。中でも、江戸時代に日本海の海運で活躍した「弁才船(千石船)」が原寸大で復元されており、日本の船の歴史をみる上でも貴重な展示品となっている。この復元船は「白山丸」と名付けられており、全長約24メートル、船幅約7メートルの木造製の大型商業船である。160年前に佐渡の宿根木で建造されたとされる「幸栄丸」の図面を基に1998年復元された。地元宿根木集落の住民が町おこしを目的に全国から船大工を招き建造されたものであるという。復元船の由来は宿根木集落にある白山神社にちなんでいる。

校舎そのまま展示場
船具などの展示
復元展示の白山丸

☆ 千石船(弁才船)とは

実物大の復元千石船(弁才船)

   → 弁才船は中世末期(安土桃山時代)から江戸時代・明治にかけて日本での国内海運に広く使われた大型木造帆船である。江戸時代後期には1000石積が主流となったため、千石船と呼ばれるようになった。北は北海道、日本海沿岸や瀬戸内海など活動した北前船、菱垣廻船、樽廻船の大型船舶は殆どが弁才船で、江戸時代中頃以降、国内海運の主力となっている。江戸幕府は500石以上の船を禁止したが(大船建造の禁)、大阪、江戸を結ぶ物資輸送が重要になるにつれ、商船については例外として許可され、内海・沿岸航海用に1000石以上の大型船(弁才船)が活躍するようになった。18世紀中期の1000石積の弁才船は全長29メートル、幅7.5メートル、15人乗りで24反帆、積載重量約150トンであったという。19世紀初期には菱垣廻船が1000石積、後期では樽廻船が1400石から1800石積が一般的になっている。この大型弁才船の普及と航海技術の進化で、江戸後期の天保年間には、大坂から江戸までは平均で12日、最短では6日と大幅に短縮されている。これにより稼働率は向上し、年平均4往復から8回へと倍増、船型の拡大も併せて江戸などでの大量消費を支えたとされる。しかし、これら和船弁才船は、明治時代以降、西洋船の導入で次第に姿を消すことになる。

特徴的な巨大な艪
千石船の内観
千石船の船室

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♣ 加賀市北前船の里資料館 

石川県加賀市橋立町イ乙1-1 Tel. 0761-75-1250
HP: https://www.city.kaga.ishikawa.jp/section/kitamae/

北前船
北前船の里資料(旧酒谷邸)

 → 北前船の里資料館は、石川県加賀市加賀橋立の一角に所在する和船資料館。資料館では、「北前船」に関する様々な資料を公開している。「北前船」は、江戸時代に大阪と蝦夷地を日本海回りで往来した廻船(商船)のことを指し、日本海沿岸を通り関門海峡を抜けて大阪にいたる航路をとり、米や酒、塩、砂糖、紙、木綿など特産物を大消費地に届ける役割を果たした。資料館のある橋立は多くの北前船主を輩出し巨万の富を築いたといわれる。酒谷長兵衛はそのうちの一人で、資料館はこの長兵衛の建てた広大な屋敷をそのまま残して設立された。北前船の活躍した当時の航海用具や珍しい船絵馬などが豊富に展示されている。

資料館の酒谷邸内
展示された遠眼鏡と和磁石

・参照:旧酒谷長兵衛家住宅(加賀市)https://www.isitabi.com/kaga/sakaya.html
・参照:北前船とは?その歴史と加賀橋立北前船を観光!https://www.hot-ishikawa.jp/blog/detail_415.html
・参考:荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間~北前船寄港地・船主集落~(日本遺産ポータルサイト)https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/stories/story039/culturalproperties/

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♣ 北前船主の館・右近家 

所在地:福井県南条郡南越前町東大道船主通り Tel. 0778-47-8002 (南越前町役場)
HP: https://www.minamiechizen.com/kitamaebune/peripheral.html

北前船主の館・右近家

 → 「北前船主の館・右近家」は南越前町にある町立の資料館。元北前船主の右近権左衛門家の旧宅等を改修して1989年に開館、同家から寄託された北前船の資料等を展示している。かつて北前船で賑わった東大道船主通りの面影や暮らし、北前船に関わる貴重な資料を残す歴史資料館となっている。また、高台には越前海岸を一望できる「旧右近家住宅 西洋館」、2015年に国の重要文化財に指定された「北前船主 中村家」、中村家の船頭もつとめた「中村家の分家」、海側の長屋門が特徴の「北前船主 刀禰家」などが、東大道船主通り周辺に点在している。

館内展示
北前船の模型展示

・参照:北前船主の館・右近家 – Wikipedia

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♣ みちのく北方漁船博物館

所在地:青森市沖館2-2-1 
HP: https://www.spf.org/opri/newsletter/79_2.html

北前船「みちのく丸」

 → みちのく北方漁船博物館は、1999年に開館した漁船の博物館。しかし、2014年に閉館となり、現在は、青森市が施設の買い取りを行い、改修工事等ののち、2015年に「あおもり北のまほろば歴史館」の一部として展示活動を続けている。ちなみに。博物館は、みちのく銀行(本店青森市)が中心となり北日本漁船文化の継承を目的に、同銀行が収集してきた和船111隻のほか、中国のジャンク船、ベトナム船、タイ船など、総計130隻、さらに、日本の漁具・船具なども展示している。和船のうち67隻(ムダマハギ型木造漁船)は民俗学的に貴重として国の重要有形民俗文化財に指定されている。

漁船類展示
ムダマハギ型木造漁船

・参照:みちのく北方漁船博物館 – Wikipedia
・参照:和船収蔵数日本一を誇る「みちのく北方漁船博物館」(笹川平和財団)https://www.spf.org/opri/newsletter/79_2.html

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(参考)

♣ あおもり北のまほろば歴史館 (旧「みちのく北方漁船博物館」)

所在地:青森県青森市沖館2-2-1 Tel. 017-763-5519
HP: https://kitanomahoroba.jp/

あおもり北のまほろば歴史館

 →「あおもり北のまほろば歴史館」は、2015年にオープンした青森市の新しい社会教育施設。青森市を中心とした郷土の歴史や民俗を総合的に紹介する展示施設となっている。建物は「旧みちのく北方漁船博物館」を活用している。歴史館の展示資料は全部で約900点、そのうち、約700点が旧青森市歴史民俗展示館「稽古館」(2006年に閉館)の資料、約70点が旧みちのく北方漁船博物館の資料、そのほか、発掘調査資料等などが展示されている。 歴史館の展示についてみると、展示は「縄文時代から近代の歩み」、「津軽海峡沿岸のムダマハギ型漁船と漁業」、「昔の生活用具/昔の農業の様子」、「近現代の青森」、「青森市の発展と景観」など9つのコーナーで構成されている。漁船関係では、重要有形民俗文化財「ムダマハギ型漁船コレクション」、最後の青森市の発展では、青森市の合併のあゆみや青函連絡船の歴史も紹介している。

まほろば歴史館内
民芸品展示

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♣ 風待ち舘(北前船) 

所在地:青森県西津軽郡深浦町深浦字浜町272-1 Tel. 0173-74-3553
HP: http://www.fukaura.jp/kazemachikan/index.html

風待ち舘(北前船) 

  → 青森県にある行合岬と入前崎に囲まれた深浦の歴史と北前船を紹介している資料館。北前船の模型や船絵馬、古い海路図などを展示している。特に、全長7.5mの北前船のレプリカは見応えがある。深浦は関西と北海道を結ぶ北前船の風待ち湊として栄えた町であった。「風待ち」とは、船が航海のために追い風を待つことで、かつて船乗りたちが順風を待つために港で停泊していたことから、風待ち港という地名も多く残っている。特に、北前船の行き来する日本海沿岸は雨や風が激しくなったとき船が避難する湾や入江が多くあり、「風待ち港」と呼ばれていた。深浦もその一つであった。

北前船模型
北前船関係展示物

・参照:船乗りたちが風を待った西国無双の港(北前船 KITAMAE 公式サイト)https://www.kitamae-bune.com/about/main/

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♣ 銭屋五兵衛記念館 

所在地:石川県金沢市金石本町口55 Tel. 076-267-7744
HP: https://www.zenigo.jp/ 

銭屋五兵衛記念館 

 → 銭屋五兵衛記念館は、北前船で財をなし「海の百万石」と謳われた豪商銭屋五兵衛に関する博物館。併設して銭屋の本宅の一部を移築した「銭五の館」(金沢市普正寺町参字85-1)がある。両者は、銭屋五兵衛の人物像、偉業についての資料収集、保存、情報提供を目的に1997年に開館している。  館内の展示は、①五兵衛生い立ちの背景、②海の豪商銭五、③五兵衛の晩年、④銭五の思い出、からなり、銭屋五兵衛の波乱万丈の生涯を、シアターや北前船の模型、銭屋商圏マップ検索装置などで学ぶことが出来る。また、館内には、旧銭屋本宅から移築・整備した茶室「拾翠園」もある。

館内案内シアター
北前船展示もある展示室

☆ 銭屋五兵衛の人物像

銭屋五兵衛像
銭五の館

 銭屋五兵衛は安永2年(1773)加賀国宮腰(現在金沢市金石町)に生まれた。銭屋は六代前の吉右衛門から両替商を営んでいたが、祖父の代から五兵衛を名乗り、金融業、醤油醸造業を営んでいた。五兵衛は17歳で家督を継ぎ、新たに呉服、古着商、木材商、海産物、米穀の問屋なども営んでいた。五兵衛が北前船を使って海運業に本格的に乗り出すのは、50歳代後半からで、その後約20年間に江戸時代を代表する大海運業者となっている。加賀藩の金融にも関わる御用金の仕事も行っている。晩年、河北潟干拓事業に着手するが死魚中毒事故の中傷による咎罪により嘉永5年(1852)獄中で80歳の生涯を終えている。

・参照:石川県銭屋五兵衛記念館(学芸員のつぶやきNo.17 濱岡伸也)https://www.waterfront.or.jp/portmuseum/topics/view/659
・参照:石川県銭屋五兵衛記念館 – Wikipedia

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♣ 高田屋顕彰館・歴史文化資料館

所在地:兵庫県洲本市五色町都志1087ウェルネスパーク五色・高田屋嘉兵衛公園内 Tel. 0799-33-0354
HP: https://www.takataya.jp/nanohana/nanohana.htm

高田屋顕彰館・歴史文化資料館

 → 高田屋顕彰館・歴史文化資料館は、故郷・兵庫県洲本市に開設された海商高田屋嘉兵衛をテーマとする博物館、1995年に開館された。司馬遼太郎の小説「菜の花の沖」にちなんで「菜の花ホール」の別称がある。彼の顕彰を目的として五色町(現洲本市)が開設した高田屋嘉兵衛公園内に立地されている。ここでは嘉兵衛が建造した辰悦丸の模型、菱垣廻船、樽廻船、北前船、安宅船などの船模型、船磁石、船箪笥などの民具のほか、高田屋の経営文書、日露外交文書、「ゴローニン事件」関係資料などが展示されている。

顕彰館内の展示
ゴローニン事件の交渉図
嘉兵衛の和磁石

☆ 高田屋嘉兵衛の生涯と事績

高田屋嘉兵衛
廻船で活躍する嘉兵衛

  → 高田屋嘉兵衛は、江戸時代後期の廻船業者・海商。兵庫津に出て船乗りになり、後に廻船商人として蝦夷地・箱館(函館)に進出した。国後島・択捉島間の航路を開拓、漁場運営と廻船業で巨額の財を築き、箱館の発展にも貢献している。ロシアと日本の紛争「ゴローニン事件」の解決に尽力したことでも知られる。 嘉兵衛は淡路国津名郡都志本村(現在の兵庫県洲本市五色町都志)に生まれ、22歳の時、兵庫津の堺屋喜兵衛の下で働きはじめる。ここで船乗り修行の末、嘉兵衛は船の進路を指揮する表仕(航海長)、沖船頭(雇われ船頭)と出世して、1792年(寛政4年)には兵庫西出町に居を構えるまでになった。そして、寛政7年、兵庫の船問屋和泉屋伊兵衛のもとで沖船頭として活躍。 

辰悦丸模型
嘉兵衛の蝦夷地航海経路図

 翌年、当時としては最大級となる千五百石積み(千石船)の「辰悦丸」を手に入れ、自身で海運業を開始して高田屋を設立。寛政9年には兄弟と力を合わせ初めて蝦夷地まで商売の手を広げている。兵庫津で酒、塩、木綿などを仕入れて酒田に運び、酒田で米を購入して箱館に運んで売り、箱館では魚、昆布、魚肥を仕入れて上方で売るという典型的な北前船航路で大きな成果を上げている。また、国後島と択捉島間の航路を開拓したことで幕府から「蝦夷地定雇船頭」にも任じられている。

濾紙切手にもなった「ゴローニン事件」

 ともあれ、高田屋嘉兵衛の名を高めたのは、日露間の外交紛争であった「ゴローニン事件」の解決であった。事件の発端となったのは、1804 年、ロシア使節レザノフが長崎に来航し幕府に通商を求めたが失敗したことにあった。 この腹いせにレザノフは部下のフヴォストフらに命じてサハリンやエトロフ島の日本人居住地を襲撃させた(文化露寇「フヴォストフ事件」)。日本側は驚愕して兵を動員して厳戒態勢を取るなか、ロシア艦船ディアナ号のゴローニン艦長が、偶然、クナシリ島で上陸し日本側警備隊に拿捕されるという事件が起こる。その翌年、ディアナ号の副艦長リコルドはクナシリを再訪、艦長の消息を聞き出そうと、偶然近くを通りかかった嘉兵衛の船を捕らえてカムチャツカに連行抑留した。囚われの嘉兵衛とリコルドは船乗り同士、同じ部屋で、「一冬中に二人だけの 言葉をつくって」交渉を行い、互いの信頼の下で嘉兵衛を両国の仲介役として、遂にゴローニン釈放にいたる和解を成し遂げた。 

  嘉兵衛は外国帰りのためしばらく罪人扱いされたが、文化11年(1814年)、兵庫の本店に戻っている。その後、体調を崩し養生のため淡路島に帰ることとなる。淡路島に帰った後も、灌漑用水工事を行い、都志港・塩尾港の整備に寄付をするなど地元のために財を投じている。嘉兵衛が作った高田屋は弟・金兵衛が跡を継ぎ、文政4年(1821年)に蝦夷地が松前藩に返された後、松前藩の御用商人となり箱館に本店を移している。

・参照:高田屋嘉兵衛についてhttps://www.takataya.jp/nanohana/kahe_abstract/kahe.htm
・参照:高田屋嘉兵衛と北前船https://da.lib.kobe-u.ac.jp/da/kernel/81005787/81005787.pdf

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♣ 函館高田屋嘉兵衛資料館

所在地:北海道函館市末広町13-22  Tel. 138-27-5226
HP: https://www.hakobura.jp/spots/535

嘉兵衛の銅像
高田屋嘉兵衛資料館

 → 函館のベイエリアの一角に建つ高田屋嘉兵衛資料館は、私設の資料展示館として1986年に開館され、箱館・大坂を航路としていた北前船にまつわる品々を中心に、約500点が展示されている。豪商・高田屋嘉兵衛は、私財を投じて箱館の基盤整備事業を実施し造船所も建設したことで知られるが、資料館はその関連資料と北前船にまつわる資料を展示している。資料館は、1903年に建造された1号館と、1923年に建造された2号館の2棟があり、高田屋造船所の跡地とされる場所に開設された。1号館には、高田屋の半纏、嘉兵衛が箱館に初来航したときの北前船・辰悦丸の復元模型、当時の函館を描いた巨大な絵図、コンブを採取する道具などが並んでいる。2号館には、羅針盤や船額、船箪笥や炊事道具といった北前船で使われていた日用品などが展示されている。幕末に製造されたストーブの復元品もみられる。

・参照:箱館高田屋嘉兵衛資料館( はこぶら) https://www.hakobura.jp/spots/535
・参照:高田屋嘉兵衛資料館( 株式会社池見石油店)https://ikemi-net.com/takadaya-museum

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♣ 北淡海・丸子船の館 

所在地:滋賀県長浜市西浅井町大浦1098番地の4 Tel. 0749-89-0281
HP: http://www.koti.jp/marco/

北淡海・丸子船の館 

 → 丸子船は中世末期から近世にかけて琵琶湖で旅客や物資の輸送に使われた琵琶湖独自の構造を持つ和船を指す。この和船の復元船の展示のほか、船内で使用されていた滑車や船釘などの部品や民具、琵琶湖水運に関する古文書などが展示されている。琵琶湖の環境や用途に合わせて独自の発達を遂げた帆走の木造船で、同時代の輸送船を代表する沿岸海洋用の弁才船と比べると船幅は狭く喫水は極めて浅いものであった。また、船体脇にオモギと呼ばれる丸太を半割りにしたような部材を用いる独特な構造や、ヘイタと呼ばれる短冊状に成形した板を桶のように曲面状に剥ぎ合わせた船首構造、船首にダテカスガイと呼ばれる短冊状の銅板を貼り付ける装飾などを持つのが特徴とされる。

丸子船の展示
展示された古文書

☆ 琵琶湖水運と丸子船の歴史

当時の琵琶湖水運地図
航行する丸子船を記す古文書

  琵琶湖は古くから京阪神への水源であると同時に重要な交通の要衝であった。日本海で取れた海産物を始め、北国諸藩から多くの物資を敦賀で陸揚げし、深坂峠を越えて塩津港へ、再び船積みして湖上を大津・堅田まで運び、陸揚げして京都、大坂へと運んだ記録がある。このルートの中で、琵琶湖水運は最も重要で、南北の物資輸送の中心は大津、塩津であった。 この琵琶湖の水運は中世までは主に「堅田衆」が掌握していたといわれる。この湖上水運に使われたのが丸子船で、最盛期の江戸時代前期から中期には琵琶湖全体で大きいもので500石積みの船が1300隻以上も浮かんでいたといわれる。

・参照:滋賀県立琵琶湖博物館B展示室https://www.biwahaku.jp/exhibition/b.html
・参照:北淡海・丸子船の館(奥びわ湖を楽しむ観光情報サイト)https://kitabiwako.jp/spot/spot_732
・参照:丸子船 – Wikipedia

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♣ 戸田造船郷土史料博物館(沼津市)

所在地:静岡県沼津市戸田2710-1 Tel. 0558-94-2384
HP: https://www.city.numazu.shizuoka.jp/kurashi/shisetsu/zosen/index.htm

戸田造船郷土史料博物館

  → 戸田造船郷土資料博物館は、明治百年記念事業の一環としてとして1969年に設立されたもの。安政東海地震による津波で大破して宮島村(現・富士市)沖で沈没したロシア軍艦ディアナ号とその代船ヘダ号、エフィム・プチャーチン提督に関する資料が保存展示されている。資料館設立の契機は、「戸田村の洋式帆船建造地1ヶ所及艦長プチャーチン等の関係遺品45点」が静岡県指定史跡となったことであった。これにより地元の戸田で保存展示施設の建設の機運が高まり、民間企業や住民からの寄付などを元に博物館が開設されることになった。ここでは幕末にロシア人と戸田の船大工の協力によって建造された日本初の本格的洋式帆船「ヘダ号」の造船資料や日露友好の歴史など貴重な資料を紹介している。2000年にはロシア大使館から戸田村に対して、「ディアナ号」や「ヘダ号」に関する歴史的外交資料も贈呈されている。

ヘダ号などを展示する館内
プチャーチン関係資料の展示

・参照:沼津市戸田造船郷土資料博物館 – Wikipedia

☆ ディアナ号とヘダ号

ディアナ号遭難の図
プチャーチン

  → 「ディアナ号」はプチャーチン提督が、1853年、日露和親条約締結交渉のため下田に来航し、宮島村(現:富士市)沖で沈没してしまったロシアの軍帆船。「ヘダ号」は、その代船としてロシア将校の指導と日本の船大工によって建造された日本で初めての西洋帆船である。 このディアナ号の座礁とヘダ号建造の経過は、日本とロシアの友好に大きく役立っただけでなく、日本における西洋船の造船技術導入と応用、操船技術の修得にも役立った。その後、徳川幕府は、このヘダ号を改良して「君沢型」帆船と呼び、数隻を建造して日本沿岸に配備したとされる。君沢形は、日本の洋式船建造技術の導入に非常に大きな役割を果たしたと海軍伝習所を指揮した勝海舟も述べている。そして、君沢形の建造に携わった船大工たちは、習得した技術を生かして日本各地での洋式船建造に活躍した。例えば、上田寅吉は、長崎海軍伝習所に入学し、1862年には榎本武揚らとオランダへ留学、明治維新後、横須賀造船所の初代工長として維新後初の国産軍艦「清輝」の建造を指揮している。また、高崎伝蔵は長州藩に招聘され、長州の尾崎小右衛門とともに、君沢形と同規模のスクーナー式軍艦「丙辰丸」を建造している。

上田寅吉
船舶模型「スクーナー型帆船 「君沢形」1/50」

 この「ヘダ号」の模型や資料などは、艦長プチャーチン等の関係遺品45点と共に戸田造船郷土資料博物館に展示されている。

・参照:日本最初の洋式船「戸田号」の建造とロシア人との友好(笹川平和財団)https://www.spf.org/opri/newsletter/221_3.html
・参照:ヘダ号再建プロジェクト https://hedagou.com/project/
・参照:「ディアナ号の軌跡」日露友好150周年記念特別展報告書(日本財団図書館)https://nippon.zaidan.info/seikabutsu/2004/00561/contents/0020.htm
・参照:君沢形 – Wikipedia

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♣ 江東区中川船番所資料館 

所在地:東京都江東区大島9-1-15 Tel. 03-3636-9091
HP: https://www.kcf.or.jp/nakagawa/

中川船番所資料館外観 

  → 中川船番所資料館は、江戸時代に設置されていた中川船番所を再現し、水運や江東の歴史に関する資料を収集、展示する資料館。江戸時代、各地から江戸府内に船で物資を運び込むため開削された水路・小名木川を通る運搬船の取り締まりを行ったのが中川番所であった。寛文元(1661)年に、小名木川の隅田川口に「深川口人改之御番所」が設けられたが、後に、中川・小名木川・船堀川の交差する中川口に移転し「中川番所」となっている。この番所跡に復元して建てられた資料館では、番所の一部を再現したジオラマや江戸からの水運の歴史、郷土の歴史や文化を紹介する博物施設となっている。ここでは当時の江戸への物資のどのように船で運び込まれていたのか、どのように管理されていたのかを展示を通して知ることができる。

再現された中川番所
荷船検閲姿の再現

・参照:江東区のスポット紹介・中川船番所資料館(江東区) https://www.city.koto.lg.jp/spot/nakagawahunaban.html

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♣ 浦安市郷土博物館 船の展示室「海を駆ける」

所在地:千葉県浦安市猫実一丁目2番7号 Tel. 047-305-4300
HP: https://www.city.urayasu.lg.jp/kanko/kyodo/1002076.html

浦安市郷土博物館

  → 船の展示室では、漁師の魂(船)と伝統技術の神髄にふれることのできる実物コレクションを見ることができる。浦安の海で活躍した数種類の木造船、櫓やぐらや櫂かい、エンジンと船を製造するのに使用した舟大工道具などの展示がなされている。このうち、船大工道具展示では、千葉県の有形民俗文化財に指定されている632点の船大工道具を、「計測する・線を引く」、「接合する」、「水をとめる」、「固定する」、「加工する」、「道具を修理する」の6つに分類して紹介している。

船運の再現
漁船大工用具等の展示

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(了)

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