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♣ 航空・宇宙開発の博物館(A)

♣ 航空・宇宙事業に関する博物館  航空交通、宇宙開発などに関わる産業の歴史。技術。現状に対する博物館、資料館を紹介 ・航空科学博物館  (http://www.aeromuseum.or.jp/)                             千葉県山武郡芝山町岩山111-3  Tel.0479-78-0557 → 日本最初の航空専門の博物館。YS-11試作1号機、ボーイングの実物パーツ、成田空港の模型などを展示。最近の航空機技術の進展を知ることができる。 ・所沢航空発祥記念館   (https://tam-web.jsf.or.jp/)                           埼玉県所沢市並木1丁目13 所沢航空記念公園内  Tel.04-2996-2225 → 「日本の航空発祥の地」である所沢飛行場の跡地に開設された航空機博物館。日本の航空のあゆみのほか飛行の原理を実験や装置で体験できる。九一式戦闘機、富士T-1B練習機、会式一号機など歴史的な航空機を数多く展示。 ・成田空港 空と大地の歴史館  (https://www.rekishidensho.jp/)                         ・あいち航空ミュージアム  (https://aichi-mof.com/)                           ・筑波海軍航空隊記念館   (https://p-ibaraki.com/tsukuba)                                茨城県笠間市旭町654(県立こころの医療センター敷地内)  Tel.0296-73-5777 → 特攻の舞台となった旧筑波海軍特攻隊史跡という貴重な文化遺産。 ・青森県立三沢航空科学館  (https://kokukagaku.jp/)                          ・日本航空安全啓発センター  (https://www.jal.com/ja/safety/center/)                                 ・日本航空館(埼玉スバル)  (https://www.saitama-subaru.co.jp/airlines/)                        ・地図と測量の科学館(国土地理院)(茨城つくば)  (https://www.gsi.go.jp/MUSEUM/)                        ・三菱重工大江時計台航空史料室  (https://www.mhi.com/jp/company/aboutmhi/museum/nagoya)                               愛知県名古屋市港区大江町2-15  Tel. → 三菱重工の航空機技術の黎明期の一次史料・所蔵品等を中心に航空機の実物を含む多くの技術資料類を展示。零式艦上戦闘機(零戦)」、日本初のロケットエンジンを搭載した局地戦闘機「秋水」の復元機も展示している。 ・古典航空機電脳博物館  (https://www.ne.jp/asahi/airplane/museum/index.html)              … Continue reading

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♣ 鉄道事業に関する博物館(A)

♣ 鉄道技術と鉄道事業に関する博物館  明治5年、日本が鉄道が開設して以来、鉄道は日本の物流、人流を支えるインフラ事業として日本の近代化に貢献してきた。また、西欧から吸収された蒸気機関車、車両製造技術は日本の機械製作技術の発展に大きき寄与した。この展開過程を示す辰同博物館は、最も人気のある展示施設として全国に展開されている。ここでは、主要な鉄道博物館の歴史展示、体験施設を紹介している。(数が多いため省略したものも多くある。別な鉄道博物館資料も参照して欲しい) (鉄道技術の黎明期を記す鉄道歴史施設) ・旧新橋停車場鉄道歴史展示室(史跡)  (https://www.ejrcf.or.jp/shinbashi/facilities.html)                                   東京都港区東新橋1-5-3  Tel.03-3572-1872 → 日本の鉄道開業の地である汐留の歴史とともに、明治期に日本の近代化を牽引した鉄道の発展と影響を紹介している。発掘された旧新橋停車場駅舎やプラットホームの石積み、往時の構内平面図等も展示。 ・博物館明治村 鉄道寮新橋工場(機械館)(史跡)  (https://www.meijimura.com/sight/)                                   愛知県犬山市字内山1番地  Tel.0568-67-0314 → 旧新橋停車場構内に建てた工場施設の移設。旋盤、木工、鍛冶、鋳物などが設置されていた。欧米の鉄道技術、機械工業技術の吸収をはかる研修の場でもあった。日本の機械加工、“ものづくり”の原点展示でもある。 (JRの運営する鉄道博物館) ・鉄道博物館(大宮)  (https://www.railway-museum.jp/about/)                          埼玉県さいたま市大宮区大成町3丁目47番  Tel.048-651-0088 → JR東日本創立20周年記念で設立された本格的な鉄道博物館。歴史車両、鉄道システム、最新の鉄道技術について紹介展示。鉄道ものづくり産業史を物語る「歴史博物館」ともなっている。見どころは、明治4年年製造の1号機関車(150形蒸気機関車)、明治13製造の弁慶号機関車、初代御料車、新幹線車両など。 ・京都鉄道博物館    (https://www.kyotorailwaymuseum.jp/)                                京都市下京区観喜寺町  Tel.0570-080-462 → JR西日本の鉄道博物館。「地域と歩む鉄道文化拠点」を目指している。 ・九州鉄道記念館    (http://www.k-rhm.jp/)                        福岡県北九州市門司区清滝2丁目3番29号  Tel.093-322-1006 → JR九州の鉄道博物館。九州で運行された歴代機関車のほか、明治時代に九州で製作された車両なども展示。 ・リニア・鉄道館  (JR東海)  (https://museum.jr-central.co.jp/)                     名古屋市港区金城ふ頭3-2-2  Tel.052-389-6100 → JR東海が運営する鉄道博物館。JRが計画中の超電導リニアをはじめ歴代の鉄道車両を展示。 ・山梨県立リニア見学センター    (https://www.linear-museum.pref.yamanashi.jp/)                           山梨県都留市小形山2381  … Continue reading

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♣ 自動車の博物館 (A)

♣ 自動車生産に関するものづくり博物館   日本の代表的な機械産業 自動車産業の発展に関する企業博物館を紹介。主要メーカーの企業発展と共に、日本の自動車産業の歴史、技術、生産力、“ものづくり文化”を伝える展示施設、資料館を取り上げる。 (自動車の製作技術に関する博物館)  ・トヨタ産業技術記念館(自動車館)  (https://www.tcmit.org/research/car/)                     愛知県名古屋市西区則武新町4-1-35  Tel.052-551-6115 → トヨタの自動車づくりをさまざまな角度から展示。自動車事業創業期、車両開発の展開、開発技術、生産技術、そして創設者の紹介から構成されている。本物の機械とカットモデルも多く自動車の仕組みや動きを再現。 ・トヨタ博物館  (https://toyota-automobile-museum.jp/)                    愛知県長久手市横道41-100  Tel.0561-63-5151 → 世界の自動車とクルマ文化の歴史をご紹介。自動車誕生から現代までの歴史を日米欧の代表的な車両で多数展示。 ・本田宗一郎ものづくり伝承館  (https://honda-densyokan.com/)                       静岡県浜松市天竜区二俣町二俣1112  Tel.053-477-4664 → ホンダの古典車両と共に、本田宗一郎の“ものづくり”の歴史や哲学、生き方を図書や写真で展示。 ・ホンダ・コレクションオンホール  (https://global.honda/jp/collection-hall/)                  栃木県芳賀郡茂木町桧山120-1  Tel.0285-64-0341 → 創業期からのホンダの製品や活動の歴史を展示。栃木県茂木町の「もてぎモビリティリゾー」に設置されている。 ・日産エンジンミュージアム  (https://www.nissan-global.com/JP/PLANT/YOKOHAMA/)                                   神奈川県横浜市神奈川区宝町2  Tel.045-461-7090 →自動車のエンジンにスポットをあて日産の技術開発の足跡を紹介。開発注のエンジンも実物で展示。 ・三菱オートギャラリー  (https://www.mitsubishi-motors.com/jp/sustainability/contribution/society/factory/autogallery.html)                                愛知県岡崎市橋目町字中新切1番地  Tel.0564-31-3100 → 三菱自動車の誇る名車、歴史的な車種、モータースポーツで活躍した用競技車などを展示。 ・マツダミュージアム  (https://www.mazda.com/ja/about/museum/)                                  広島県安芸郡府中町新地3−1  Tel. 082-252-5050 → 最初のオート三輪『マツダ号』から現在に至る歴代の車種を展示。マツダの誇るロータリーエンジンもみどころ。 ・スバルビジターセンター(スバル)   … Continue reading

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♣ 造船と重工業の博物館(A)

♣ 造船と重工業部門のものづくり博物館   かつての造船王国日本を支えた有力産業である造船、重機械工業主要メーカーの起源をなす歴史的施設の紹介、また、現在の重工業メーカーの現在の取り組み、発展の歴史を示す史料館などを紹介  (黎明期の造船と工業機械の歴史史跡) ・三菱重工業長崎造船所史料館(世界遺産)  (https://www.at-nagasaki.jp/spot/151)                          長崎県長崎市飽の浦町1-1  Tel.095-828-4134 → 日本の産業近代化に造船が果たした役割を伝える貴重な史料館。内部には、幕府が購入した日本最古の竪削盤、日本初の国産蒸気タービン、船舶用ガスエンジンなどを展示。長崎造船所の歴史と日本の重工業発展のあゆみを伝える。 ・三菱重工業下関造船所史料館  (https://www.mhi.com/jp/company/aboutmhi/museum/shimonoseki)                       山口県下関市彦島江の浦町六丁目16番1号  Tel.083-266-2111 → 下関造船所のルーツ、船の変遷、船の製造過程など時代とともに変遷する建造船の歴史ついて紹介。 ・ヴェルニー記念館(史跡)(横須賀)  (https://www.cocoyoko.net/spot/verny.html)                           → 幕末の「横須賀製鉄所」建設に貢献のあった仏技師ヴェルニーの功績記念館。造船大型ハンマーなども展示。 ・戸田造船郷土資料博物館(史跡)   (https://www.city.numazu.shizuoka.jp/kurashi/shisetsu/zosen/)                                 静岡県沼津市戸田2710-1  Tel.0558-94-2384 → 幕末、ロシア船ディアナ号が座礁した際に、代船として日本初の西洋型帆船ヘダ号を建造した歴史を記念する史料館。その後、これに関わった船大工が各地でその技術を伝え、日本の近代造船の建造に大きく貢献したとされる。 (造船、重工業の発展を示す博物館) ・三菱みなとみらい技術館 (三菱重工) (https://www.mhi.com/jp/company/aboutmhi/museum/minatomirai)     横浜市西区みなとみらい三丁目3番1号  Tel.045-200-7351 → 三菱の造船、自動車、鉄道、電力、海洋開発、航空宇宙などの事業全体を紹介する技術博物館。環境エネルギー、深海探索船、航空機・ロケット、交通システムを体系的に展示。「しんかい6500」、H-IIA及びH-IIBエンジンなどは必見。 ・IHIものづくり館 アイミューズ  (https://www.ihi.co.jp/i-muse/)                   東京都江東区 豊洲3丁目1−1(豊洲IHIビル1階)  Tel.03-6204-7032 → IHIの歴史と沿革や事業を紹介。明治期の船舶、機関車や橋梁、四国大橋、LNG船、新しくは宇宙開発関連機器など産業・社会インフラ、エネルギー環境関係のプロジェクトを展示。日本の重工業産業の大きな流れを確認できる。 ・石川島資料館―石川島からIHIへー(東京)  (https://www.ihi.co.jp/shiryoukan/)      

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♣ 金属加工のものづくりを伝える博物館館(A)

♣ 金属加工の“ものづくり”を伝える博物館) 精製された鋳鉄などを加工して、日用品、機器などに使われる製品を作り出す日本伝統の“ものづくり”の技法や発展の歴史、産地形成などの背景を示す資料を例示. (金属加工のものうづくり技術を伝える資料館) ・燕市産業史料館  (http://tsubame-shiryoukan.jp/index.html) 新潟県燕市大曲4330番地1  Tel.0256-63-7666 → 地場産業として金属加工、特に金属洋食器の生産で知られ燕市で培われた“ものづくり”の技術と歴史を紹介する貴重な史料館。江戸の和釘から現在の洋食器の燕ブランドとして確立するまでを、職人の技と技術の発展の観点から紹介。 ・鯖江めがね博物館(めがねミュージアム)  (https://www.megane.gr.jp/museum/) 福井県鯖江市新横江2-3-4 めがね会館  Tel. 0778-42-8311 → めがね作りの手仕事のルーツと機械化、“ものづくり”のスピリットを伝える展示を行う。 ・奥州市伝統産業会館 南部鉄器館   (https://iwatetabi.jp/spot/detail.spn.php?spot_id=1009 ) 岩手県奥州市水沢大手町1丁目1番地  Tel.0197-23-3333 ・フェザーミュージアム  (https://www.feather-museum.com/)                                     大阪府大阪市北区大淀南三丁目3番70号  Tel. 0575-22-1923 → カミソリと精密刃物を展示する「切る」をコンセプトにしたフェザー社の博物館。 ・関鍛冶伝承館  (https://www.city.seki.lg.jp/kanko/0000001558.html)                  岐阜県関市南春日町9番地1  Tel.0575-23-7704 → 関市産業振興センターとして関に伝わる鍛冶の技を映像・資料・展示により紹介する施設。 ・関刃物ミュージアム(刃物屋三秀)(岐阜県)  (https://www.hamonoyasan.com/sekihamonomuseum/)                             ・堺刃物伝統産業会館(堺刃物ミュージアム)  (https://www.sakaihamono.or.jp/museum01.html)                                   大阪府堺市堺区材木町西1丁1番30号  Tel. 072-233-0118 ・ナイフ博物館(G・SAKAI)(岐阜県・関市)  (https://www.gsakai.co.jp/)·                     岐阜県関市志津野2081番地  Tel … Continue reading

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♣ 製鉄技術と金属鉱山開発の博物館)(A)

♣ 製鉄技術と金属加工の博物館(鉄と金属のものづくり)                            日本の製造業の根幹となった製鉄のあゆみ、近代産業形成期に大きな役割を果たした鉱山開発、現代の“ものづくり”の基礎となった鍛冶技術、金属加工の歴史発展を示す博物館を紹介。特に、伝来の鍛冶、鋳物産業、金属加工の技術展開を取り上げる。 また、日本の製造業の根幹となる製鉄業の成り立ちと現代のものづくりの基本となる鉄加工技術を示す博物館を紹介する。 (たたら製鉄と鍛冶技術の博物館) ・和鋼博物館  (http://www.wakou-museum.gr.jp/)                                 島根県安来市安来町1058  Tel. 0854-23-2500 → 日本の伝統的製鉄法の「たたら」に関する総合博物館。    「たたら製鉄」により作られた鋼が鍛冶職人よって加工され、鉄器や日本刀にみられるような日本的な「モノづくり」の技法が形成されていく様子を示す。 ・菅谷たたら山内-鉄の歴史博物館・伝承館(鉄の歴史村)  (http://www.tetsunorekishimura.or.jp/sdk) 島根県雲南市吉田町吉田892番地1  Tel.0854-74-0311 → たたら製鉄の歴史や技術・人々が使っていた道具の展示、生活と鉄の関わりをみることが出来る。 ・大板山たたら製鉄遺跡)  (https://www.hagishi.com/search/detail.php?d=1100190)                                     萩市大字紫福10257-11  Tel.0838-25-3380 ・国友鉄砲ミュージアム(史跡)  (https://kunitomo-teppo.jp/)                        滋賀長浜市国友町職0749-62-1250  Tel.0749-62-1250 → 国友の鉄砲鍛冶が西欧の銃を見本に造り上げた火縄銃の展示博物館。当時の鍛造技術の高さを示すものだ。この技術基盤は近代的な機械加工の導入にも役立った。この意味でも展示は参考になる。 ・種子島鉄砲博物館(史跡)(鹿児島県)  (https://www.kagobura.net/shop/shop.shtml?s=3519)                                   鹿児児島島県県西之表市市西之表  Tel.0997-23-3215 ・刀剣博物館(刀剣保存協会)  (https://www.touken.or.jp/museum/ 東京都墨田区横網1-12-9  Tel.03-6284-1000 →日本の刀鍛冶の技術を伝える貴重な刀剣類、刀装を所蔵公開。「たたら」と玉鋼の製作、作刀工程についても解説。 ・鉄の展示館(刀剣鍛冶)(長野県)  (https://www.tetsu-museum.info/)             (製鉄の歴史を示す史跡・世界遺産) ・伊豆の「韮山反射炉跡」(世界遺産)  … Continue reading

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日本の史跡と産業博物館紹介

ここでは産業別の博物館、資料館、産業史跡を紹介。

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公文書と絵図に見る明治日本の鉄道開業 (part 2)

― 公文書から見た日本の明治の鉄道開設の経過ー明治鉄道創生記 (2)―  明治日本の鉄道経過について、前回、文書・絵図から背景を素描してみたが。第二部では、この根拠となっている国立公文書館の公文録、大政類典、国立国会図書館の所蔵の「日本鉄道史」の内容を紹介すると共に、明治鉄道開設に貢献した人々を探ってみた。これらを参照するにつけ、歴史の証人たる公文書の重要性を改めて認識した。 ♣ 明治日本の鉄道開設に貢献した人々  ここでは、日本初の鉄道建設に尽力した人物について、主立った働きをしたと考えられる11名をレビューしてみた。 ・大隈重信出身は佐賀藩士、幕末には尊王派として活動する一方、外国交渉で手段を発揮。明治初期に参与、大蔵大輔として活躍した。鉄道建設については、明治2年、伊藤博文と共に英国公使パークスと協議して日本初の鉄道開設の道を開いた。明治10年代には、憲政改革に関与して立憲改進党を結成、後に、外務大臣、内閣総理大臣として政界でも活躍。早稲田大学を設立したことでもしられる。 ・伊藤博文長州藩出身の政治家で、幕末、吉田松陰の「松下村塾」に学んだ後、藩の命により英国に留学。明治維新に活躍した「長州ファイブ」の一人に数えられる。鉄道建設では、大隈と共に英国公使パークスとの交渉に加わり鉄道開設に道を開いた。明治期全般にわたって常に政権の中枢にあり、明治憲法の草案作成にも当たっている。日本初代の総理大臣でもある。 ・井上勝長州藩士出身。江戸末期に藩校明倫館、蕃書調所で航海術を学んだ後、藩命で伊藤、山尾などと共に英国に留学、帰国後は鉄道技術者として活躍した。特に、明治期の鉄道建設推進に当たっては、行政・実務の中心的な役割を果たし「鉄道の父」とも呼ばれる。日本初の鉄道、新橋横浜間の工事に当たっては、英国から派遣された鉄道技術者モレルを助けて明治5年無事開通を成功させた。その後、鉄道寮鉄道頭となり、神戸 – 大阪間、大阪 – 京都間の鉄道も開通させ全国的な鉄道網の拡大に寄与している。また、「工技生養成所」を設立して鉄道技術者養成にも大きく貢献した。 ・ハリー・スミス・パークス( Harry Smith Parkes)幕末から明治初期にかけ18年間駐日英国公使を務め、日本の政治動向深く関わり、また外交問題でも大きな役割を果たした。鉄道建設では、日本初の鉄道建設を大隈重信、伊藤博文に進言し実現に結びつけている。また、建設実現のための借款をレイに(レイ借款)、技術者としてモレルの派遣を取り決めるなど、鉄道建設に関わる政策面での貢献は大きい。 ・エドモンド・モレル (Edmund Morel)イギリスの鉄道技術者で、明治初期、御雇外国人として日本初の鉄道建設に貢献した。特に、新橋・横浜間の建設工事では、日本人を指導しつつ短期間で工事を完成させ、開通に導くなど日本の鉄道の礎を築いたことで知られる。不幸なことに開通前に結核で死去してしまうが、その後は井上勝など日本人技術者が引き継いで完成させた。また、当初鉄製の予定だった「枕木」を国産の木製に変更するなど、日本の実情に即した提案を行ったことでも知られる。また、日本の地形にあった「狭軌」軌間を採用を提案したのも彼といわれる。(「狭軌」軌間について、井上勝は、後に、「先見の明がなかった」と述べたが、当時の財政力、地形の点からやむを得なかったとの評価となっている) ・リチャード・ヴィカーズ・ボイル(Richard Vicars Boyle)英国の土木技術者で、明治初期、建築師⻑(エドモンド・モレルの後任)として⽇本に滞在、日本鉄道建設に貢献した。特に、英国技術者、日本技術者と共に明治期の鉄道建設を進めた功績は大きい。また、ボイルは新橋横浜間以外の路線拡大について、東京・京都を結ぶ幹線として中⼭道幹線建設を提言、東京・高崎間の測量調査も行っている。後に、幹線建設は東海道線に変更されたが、中山道のうち東京・高崎間は明治18年に開通している。 ・山尾庸三 長州藩士で、文久3年(1863)、伊藤、井上などと共に長州藩の命を受け英国に留学。グラスゴーのネピア造船所 技術研修を受けた後帰国。、横須賀製鉄所の後モレルの提案を受けて、明治3年、工部省の設立に尽力、工学寮と測量司の長に就任し日本の鉄道開設に行政面で大きく関わる。その後、後に東京大学工学部につながる技術者養成機関の「工学校」創設した。 ・小野友五郎 江戸時代末期から明治時代にかけての日本の数学者・海軍軍人・財務官僚として活躍。幕府の海軍伝習所の後、築地の軍艦操練所教授方となり、測量・航海術の専門家として「咸臨丸」の遣米使節に勝海舟と共に参加。鉄道建設では、新橋横浜間の鉄道建設測量を始め、中山道、東海道などの地形測量に大きく貢献している。数学の普及に力を尽くしたほか、東京天文台の創設にも関わっている。 ・高島嘉右衛門 幕末から明治に架けて活躍した横浜の実業家で、外国人向けの商品販売、材木商、建設業などで成功、その後、横浜の埋め立て事業を手がけ横浜の発展に寄与している。明治の鉄道建設では、大隈に依頼され線路短縮のための横浜港埋め立ての事業を請け負った。日本初の私鉄「日本鉄道」の創始にも関与。高島は「高島易断」の創始者としても有名。 ・田中久重 江戸時代後期から明治にかけての技術者、発明家。九州久留米の出身で、佐賀藩主鍋島直正の「精煉方」に着任し、国産では日本初の蒸気機関車及び蒸気船の模型を製造している。また、製鉄では反射炉の設計と大砲製造にも関わっている。この鉄道模型は、後の鉄道蒸気機関車製造の嚆矢となった。田中は、後の芝浦製作所(後の東芝の重電部門)の創業者ともなっている。 ♣ 明治日本の鉄道開設に関連した「公文録」  「公文録」は、明治元年から明治18年(1885)までの、太政官が各省との間で授受した文書を、年次別・機関別に編纂した総冊数4000冊を超える資料群。平成10年(1998)に国の重要文化財に指定されている。 鉄道関係については、明治政府の鉄道開設決定以降の明治2年から明治6年まで約150点が収録されている。以下のその一部。 <鉄道開設決定にいたる経過文書>  東京横浜ノ間鉄道製作ノ儀申⽴ 明治02年11⽉  (鉄道開設決定の廟議をへて、外国への借款、工事開始への決定を示した公文録。この鉄道開設に重要な役割を果たした大隈重信、伊藤博文の署名がみえる)  東京横浜ノ間鉄道建築⽶⼈ホルトメント⼩笠原壱岐約束ノ儀ニ付同公使ヘ論駁伺 明治03年06⽉ (江戸時代末期、徳川幕府はと米国との間で鉄道開設請負の契約書を交わしていたが、明治政府はこれを破棄し、英国と「自国管轄方式」による建設を行うことを決定した。その際、米国の契約違反の抗議に対し、政府は江戸幕府との「契約」は前政権によるもので無効として「破棄」を通告した。これはその根拠となった「論駁」の文書。明治政府の鉄道建設決定については外交面で紆余曲折があったことが分かる。米国との関係はその一つであったといわれる。) ♣ 明治日本の鉄道開設に関連した「公文録」  「公文録」は、明治元年から明治18年(1885)までの、太政官が各省との間で授受した文書を、年次別・機関別に編纂した総冊数4000冊を超える資料群。平成10年(1998)に国の重要文化財に指定されている。 鉄道関係については、明治政府の鉄道開設決定以降の明治2年から明治6年まで約150点が収録されている。以下のその一部。 <鉄道開設決定にいたる経過文書>  … Continue reading

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公文書と絵図に見る明治日本の鉄道開業(part 1)

いかにして日本の鉄道は開設に至ったかー明治鉄道創生記ー  明治5年(1872) 10月15日(198、日本ではじめての鉄道が新橋横浜間に開設された。今から150年前のことである。この鉄道開通を記念して国を挙げての開業式が行われ、これを見物しようと沿道には大勢の群衆集まり、レール上を爆走する蒸気機関車に驚きの声を上げていたと伝えられている。  これは英国ではじめて鉄道が運行されてから約30年後のことであった。当時、明治政府にとって鉄道建設は先進西欧文明の象徴として、また、国の統一と産業振興、近代日本社会を築く上で最も重要な国家事業として認識されていた。しかし、蒸気機関はじめ機械技術の面で立ち後れていた日本は、鉄道全てを外国に頼るしかなく、鉄道建設は危ういスタートであった。しかし、それから約一世紀半、日本は、今や全国27000キロに及ぶ鉄道網を持つ、世界でも先進的な鉄道王国の一つに躍進している。  この嚆矢となった明治の鉄道開業はどんな背景の基にどのような経過で実現に至ったのか、といった疑問を以前から持っていた。 そして、今回国立公文書館のボランティアとなったことから、研修プログラムで「明治鉄道開業」をテーマにした展示資料調査を試みることにしたのである。以下は、この準備に使った資料の概要。 (提示のポイント) 江戸時代における鉄道知識と技術挑戦(鉄道建設への序曲) 公文書に見る鉄道開業決定への道 公文書に見る新橋横浜間の鉄道開設に至る経過 文書と絵図に見る鉄道開業式 各種文書に見る鉄道開設への反響 新橋横浜線以降の鉄道網の拡大 日本の鉄道建設に貢献した人々 +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ ♣ 鉄道建設への序曲―江戸時代における鉄道知識と技術挑戦―  江戸時代の末期、長崎出島の「風説書」から情報をえていた蘭学者の間では「鉄道」の存在は早くから知られていたが、実際にこれを見たものはなく、あくまで文書上の知識であった。 こういった中で、日本にはじめて鉄道機関車の実物を紹介したのは、ロシアのプチャーチンである。嘉永6年(1853年)プーチンは長崎に寄港し、小型の蒸気機関車模型を関係者に展示してみせている。 また、1854年には、米国のペリー提督が日米修好条約促進のため江戸湾に来港、江戸幕府に機関車模型を持参し、横浜で実際に線路を走らせてみせた。陸上の運送手段としては人馬しかなかった当時にあって、幕府の役人は鉄道の持つ強力な輸送力に驚き、且つ、彼我の機械技術の差に危機感をおぼえたといわれる。 一方、九州の佐賀藩では、1855年に、プーチンから紹介された蒸気機関車を参考に簡単な鉄道機関車模型を完成させている。  さらに、ペリーの模型展示の後、江戸幕府の有力者も鉄道の威力に注目し、鉄道を開設する必要を説くものも増えていったという。こうした中、西欧諸国、特に、フランス、アメリカ、イギリスは、自国の影響力拡大をねらって江戸幕府に鉄道の開設の働きかけを強めている。 中でも、アメリカは、1867年、江戸横浜間の鉄道をアメリカ側の資金で建設することも提案した。しかし、この提案直後、江戸幕府は崩壊し計画はついに実現されることはなかった。   ♣ 公文書に見る鉄道開設への道  明治政府の手で再び鉄道開設の動きが始まったのは明治2年、1869年のことである。鉄道計画に特に熱心だったのは大隈重信、伊藤博文であったといわれる。 両者は同年英国公使パークスと接触し具体的な鉄道計画を協議する。この結果、同明治2年12月廟議で鉄道の敷設計画を決定することになる。 内容は、東京都と京都を結ぶ幹線鉄道建設で、先行して東京横浜間を結ぶ支線を建設することであった。 資金は英国の起債により調達、建設資材技術は英国の全面的協力を受けることに決まった。 このため、主任技師を英国から受け入れることとなり、英国人技師エドモンド・モレルが派遣されてくる。鉄道誘致に熱心だった大隈は、佐賀藩時代から蒸気機関車の威力を知っていたし、伊藤は、萩藩から英国に留学したことがあり、実際に鉄道を見聞きしている。また、後に日本の鉄道建設を担うことになる井上勝も同時期留学していて、計画推進に大きく貢献した。 ただ、政府部内には鉄道建設に反対のものも多く障害は大きかったようである。 この経過については、公文書、鉄道省「鉄道史」に詳しい。   かくして、モレルの技術指導のもと明治3年には東京横浜間での鉄道建設が始まった。最初の課題は、測量とルート決定であった。品川周辺の沿岸ルートは、薩摩藩などの藩邸が多くあり、陸軍側にも反対が強かったことから用地収用が難航、海の中を通る困難なルートを選択せざるを得なかった。また、横浜側においても同様に難しい点があり、やはり海上のルートとなった。 このことは、「公文録」付図「新橋横浜間鉄道之図」の地図を見ると明らかである。   次の課題は測量と六郷川架橋であった。これについては、日本には経験がないことから英国技師が直接携わることになった。このとき架けられた「木橋」の写真が今も残っている。 明治3年に始まった測量については、モレルの指導のもとに日本人が参加、また、海の中を通る築堤には江戸時代の土木技術が生かされたといわれる。 ともあれ、主任技師のモレルは日本の事情をよく理解し、これに合わせた工法をとって日本人の技術者を育てたとの評価が高い。ところが、建設半ばでモレルの急死という事態が発生、井上勝はじめ日本人技術者がよく難事業を引き継ぎ、明治5年、ついに新橋横浜間の鉄道開通を成功させることが出来た。  右は神奈川付近の建設⾵景を移した写真。現在の横浜駅付近にあった⼊江を埋め⽴てて線路が敷かれたことがわかる。埋⽴地の造成は、横浜の財界人⾼島嘉右衛⾨が請け負って工事が行われたといわれる。なお、敷設工事は六郷川(現在の多摩川)を境に東京、両端から行われ、東京は汐留、横浜は野毛浦海岸から着工されていた。   また駅舎については、新橋駅(現在の汐留)、横浜駅が完成、出発駅となった新橋駅には「機関車修復所」(鉄道寮新橋工場)が設けられ、修理を通じた日本の機械技術修得の場となったことはよく知られている。また、明治村には、この「修復所」が復元され、「機械館」として明治の機械類の展示場となっている。また、旧新橋停車場跡は、現在復元が進み測量のため打ち込まれた「第一杭」の場所に鉄道発祥を印す「0哩標」そして、開業当時に使われたレールが同箇所に敷説されている。 ♣ 公文書に見る鉄道開業式―日本の鉄道の幕開けー  かくして、明治5年、線路工事は完了し、6月12日には仮開業、10月14日には正式開業となり、盛大な開業式が挙行された。この模様は、各種の公文書に記録されているほか、著名な絵師による錦絵が多数残されている。この開業式は、国家的な大事業の完成を祝うものとして、出発駅の新橋では、明治天皇がお召し列車に乗車して横浜まで往復したほか、政府の高官、各国大使、財界人も多数乗車している様子が錦絵などに描かれている。また、海外での関心も高く、登場の様子が写真入りで詳しく報じられた。  これらによると、明治天皇は井上勝らと三号車に乗車し、4号車以下に西郷隆盛、大隈重信、板垣退助、山形有朋など主立った明治の指導者の名が連なっている。 この開業式がいかに明治政府にとって重要なイベントであったことが分かる。なお、横浜桜木町駅(当初の横浜駅)に開業記念パネルがあり、乗車名簿、開業式当時の様子などが展示されている。なお、この鉄道開業式を記念して、10月14日は、後に「鉄道記念日」として長く記録されることになった。この乗車の様子は桜木町駅のパネルに記念の乗客リスト掲載されている。 開業時の列⾞本数は⽇9往復、全線所要時間は53分、表定速度は32.8km/hであったという。 ⾞輌はすべてイギリスから輸⼊され、蒸気機関⾞10両は⾞軸配置1Bのタンク機関⾞であった。(この一号機関車は現在大宮の「鉄道博物館に展示されている) また、レール幅は1,067 mmの狭軌を採用している。  その後、東京横浜間に次いで鉄道工事が進められていた京阪神地区も工事の進展が見られ、明治7年(1874) 5月には大阪神戸間も開通している。明治10年には京都まで延伸された。また、北海道最初の鉄道である官営幌内鉄道も、明治13年(1880年)完成している。   一方、当初の鉄道の営業成績も順調であったことから、民間の手による鉄道建設構想も進められ、1881年には半官半民の「日本鉄道」が設立され鉄道路線の拡充がはかられた。こうして新橋横浜間で始まった鉄道建設は、短い間に関東中部、関西、山陽、九州と次々に広がり交通網が徐々に整備されることになった。これについては、前述の「鉄道史」に詳しく述べられている。 ♣ 各種文書に見る鉄道開設への反響  また、鉄道の開設は、人々の経済社会生活を大きく変えるきっかけになった。 まず、鉄道によって物資、人流の動きが革新的に高まったことで貿易・商品流通が円滑になり鉱工業の発展につながったこと、広域的な人の移動が可能になったこと、情報通信の飛躍的な発展を促したこと、分権的な藩支配から全国的な政治統合を促したこと、などが上げられている。人々の生活様式では、「定時法」の採用を促し全国的な時間統一のきっかけとなったことも大きい。   また、鉄道建設の経験は技術的な発展にも大きく貢献していたと指摘も多い。最初の鉄道は、車両もレールも鉄橋も外国製、機関車の運転もダイヤの作成もお雇い外国人が行ったが、日本人は外国に学びながら徐々に技術力を蓄えていった。特に、明治10年に鉄道局長に就任した井上勝は、「鉄道寮新橋工場」のほか⼤阪に「⼯技⽣養成所」を設⽴し、日本人技術者による鉄道建設・運営の自立化を図る。一方、工部省には「工部大学校」が開設(1887年)され、鉄道のほか機械、土木の幅広い技術者を養成するなど日本の技術教育の中心(後の東京大学工学部)に育っていく。  ともあれ、明治初期の鉄道開設は、その後の日本の経済社会の近代化、生活様式の変化、科学技術の発展に大きな影響を与えたことは確かである。日本の初の鉄道誕生から150年、振り返って明治期の鉄道開設の意義を考えてみることは重要だと考えている。 (明治日本の鉄道開業Part 1 end) part 2 … Continue reading

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年末年始のこと初め TESTTEST 憲法原文

憲法は国の基本を定める重要文書で、原文は国の重要文化財である  天皇の御名御璽が付された原本自体は「御署名原本」と呼ばれ、国立公文書館が取り扱う史料の中でも特に重要とされ、その原本は館内の特別な場所に厳重に保管されている。 添付写真は、両憲法原文の一部及びその原文等が使用されていた貴重文書の保存箱。 昭和46年(1971)11月、これら署名原本は皇居内にあった内閣総理大臣官房総務課の貴重書庫からを国立公文書館に移管された。明治19年から昭和45年分まで計93箱であったことが記録されている。 http://www.archives.go.jp/exhibition/digital/koubunshonosekai/contents/39.html 公文書に示されている明治・帝国憲法文書の制定に向けての動き 文書には制定にいたる様々な動きが反映されている  ―徳川領国支配から太政官制度、内閣制度への移行文書― 慶応4(1868)年閏4月「政体書」に基づく官制改革のちに太政官制と呼ばれる政府機構が成立。 太政官制は明治4(1871)年7月の太政官職制など数度の改革を経つつ、明治18(1885)年12月の内閣制度樹立まで続いた。 徳川政治から明治維新体制の基本を示す「五箇条の御誓文」 体制類典第一編「五箇条の御誓文」文書 太00013 明治元年(1868)3月14日 http://www.archives.go.jp/ayumi/kobetsu/m01_1868_02.html 太政官職制を定めた「政体書」と「太政官職制沿革」原文 太政官職制沿革原文(明治4年)国会図書館デジタルコレクション https://www.ndl.go.jp/modern/cha1/description04.html 明治憲政改革の促進を促した「民選議院設立建白書」 板垣退助等8名が、明治6(1873)年、政府に提出した国会開設を求めた建白書。 「天下ノ公議ヲ張ルハ民撰議院ヲ立ルニ在ル而已」と記されている。 明治6年末、征韓論に破れて下野した元参議板垣退助、後藤象二郎、江藤新平、副島種臣等8名は、翌7年1月に政府の左院宛に民撰議院設立建白書を提出。有司専制を廃し、「民撰議院」を設立し速やかに天下の公議を張るべきと主張している。この建白書は新聞に掲載され、議院設立の時期などをめぐり論争が展開され、後の自由民権運動に大きな影響を与えた。 「民選議院設立建白書」 (国立公文書館「公文書に見る日本の歩み」 http://www.archives.go.jp/ayumi/kobetsu/m07_1874_01.html 元老院、大審院の設立を定めた詔「立憲政体樹立の詔」 明治8年の1月から2月にかけて大阪で大久保・木戸・板垣が会談を重ね、漸進的に立憲政体に向かっていくこととで合意。(「大阪会議」)。その合意を踏まえて発せられたのが「立憲政体樹立の詔」。この「詔:により、元老院

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