「食と農」の博物館 (3) お菓子の世界(博物館紹介)

ー 生活の中のお菓子文化の役割と歴史を探るー 

お菓子は日本の社会生活の中で重要な食事文化を形成している。このセクションでは日本で生まれた各種菓子の形成とルーツを訪ねると共に生活の中でどのような役割を果たしているか、その特徴は何か、歴史的な観点から見てみる。特に、京菓子の魅力と歴史をおってみることにした。

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♣ 江崎記念館(江崎グリコ)                   

所在地:大阪市西淀川区歌島4-6-5  Tel.06-6477-8257
HP: (https://www.glico.com/jp/enjoy/experience/ezakikinenkan/

江崎記念館の建物

 → グリコの創業の歴史や創業時から現在まで受け継がれている菓子作りの技術や創意工夫をみることができる記念館。館内ではVRを活用しており、栄養菓子「グリコ」を試作やハート形ローラー、真空釜の実像がみられるほか、主力商品、歴代道頓堀グリコネオンのジオラマ、創業者・江崎利一が生前使用した思い出の品々愛用していた机・椅子などの展示もある。創業の歴史をみると、1919 年、カキの煮汁に多量のグリコーゲンが含まれることを確かめた江崎利一は、グリコーゲンを活用した食品の商品化に着手したと伝えられる。やがて生まれたのが「栄養菓子グリコ」であった。

江崎利一
1920年代のグリコの広告
1940年代の大阪工場

1922 年には大阪の三越で赤い箱の栄養菓子「グリコ」を販売を開始する。戦時中、工場の焼失などがあったが、ビスケット製造からスタートして、「ビスコ」の製造を再開。次いで「グリコ」も復活。復興後「アーモンドチョコレート」「プリッツ」「ジャイアントコーン」「ポッキー」などの超ロングセラー商品を次々に生み出している。消費背活が豊かになるにしたがって、デザート類へのニーズが高まると、「プッチンプリン」を筆頭に、「カフェオーレ」「パナップ」「セブンティーンアイス」を誕生させている。記念館では、食品、菓子メーカーの成長を確認することができる。
 ・参考:江崎グリコ(Glico) 沿革 https://www.glico.com/jp/company/about/history/
 ・参考:江崎記念館 | Yahoo!トラベルhttps://travel.yahoo.co.jp/kanko/spot-00017026/

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♣ グリコピア神戸(江崎グリコ)  ()                 

所在地:兵庫県神戸市西区高塚台7丁目1番  Tel.078-991-3693
HP: https://www.glico.com/jp/enjoy/experience/glicopia/kobe/

グリコピア神戸

 → 家族向けの商品紹介と工場見学を組み合わせた観光博物館。普段は見学することができない貴重なビスコ工場内をスマートフォンやパソコンからご見学できる。ポッキーやプリッツの製造工程を近くで見学できるだけではなく、最新鋭の機械で作られた商品がお店に並ぶまでをわかりやすく説明してくれる。グリコの歴史や歴代のおもちゃも展示している。同様の施設は、千葉、埼玉などにもある。

館内の展示
主な商品の展示

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♣ 森永エンゼルミュージアム 

所在地:神奈川県横浜市鶴見区下末吉2丁目1−1  Tel. 0120-560-162
HP: https://www.morinaga.co.jp/factory/tsurumi/

森永エンゼルミュージアム

 → 家族向けの商品紹介と工場見学を盛り込んだ観光ミュージアム。森永製菓の歴史やお菓子の製造工程の映像、工場見学で体験できる。展示コーナーでは、森永の商品の特徴や、技術、製法、美味のひみつをご紹介する。製造ラインの見学では、小枝、ハイチュウプレミアムなどのお菓子の製造・包装ラインの一部を窓越しに見学できる。
 参考:【森永エンゼルミュージアム MORIUM(モリウム)&工場見学】サニー・けあサポートhttps://sanny-care.com/2024/05/17/morinaga-2024/

館内の展示スペース
企業の年譜と商品展示

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♣ 京菓子資料館(京菓子司 俵屋吉富)                 

所在地:京都市上京区室町通上立売上ル室町頭町285-1  Tel.075-432-927
HP: https://kyogashi.co.jp/shiryoukan/)

京菓子資料館

 →「俵屋吉富は」江戸時代から続く京都の老舗京菓子店。この京菓子司展が1978年日本の和菓子文化を後世に伝えようと開設したのが「京菓子資料館」。常設展示として、「和菓子のあゆみ」を公開しており、古代から続く木の実や果物といった「果子」、奈良時代に遣唐使によりもたらされたと言われる「唐菓子」、鎌倉時代に禅とともに伝来した「点心」、安土桃山時代から江戸時代初期にかけて布教や貿易を目的に渡来したポルトガル人・スペイン人によりもたらされた「南蛮菓子」、そして江戸時代以降に使用される砂糖や寒天といった「原材料の革新」などを受けて繁栄した「京菓子」の系譜を、歴史を追いながら資料や絵図、菓子見本などを用い詳しく紹介している。

資料館展示コーナー
江戸時代の菓子の図案帳と再現菓子
京菓子の最高峰といわれる「糖芸菓子」

・参照:京菓子資料館|#むすびhttps://www.kyoto.coop/musubi/cat346/post_125/
・参照: ことりっぷ(京菓子資料館)https://co-trip.jp/spot/1873?tab=3

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♣ 菓子資料室・ 虎屋文庫 

所在地:東京都港区元赤坂1-5-8 虎屋第2ビル3階・4階     03-3408-4125
HP: https://www.toraya-group.co.jp/corporate/bunko)

→ 虎屋文庫は和菓子文化の伝承と創造の一翼を担うことを目的として設立された和菓子の資料室。宮中の御用を勤めてきた虎屋グループの菓子見本帳や古文書、古器物などを虎屋文庫でとして保存・整理している。一般公開はされていないが機関誌などとして発信。
 ちなみに、「とらや」(虎屋)は、室町時代後期に京都で創業し、後陽成天皇在位中から御所の御用を勤めて以降、皇室御用達の製菓業となった。これまで約480年の歴史を持つが、明治時代になって東京に本店を移した。特に羊羹の製造販売で知られ、「とらやの羊羹」として広くその名を知られている。

虎屋文庫開設
「虎屋文庫」の数々

<参考資料としてー虎屋の歴史ー>

黒川光正
空襲で焼失した工場 (1945)
新築した赤坂「表町店」(1932)

 → 虎屋文庫第一回記事「とらや、東京へ」で虎屋の発展を概略次のように紹介している。 室町時代に創業して以来、京都で御所御用を勤めを続けてきたが、12代店主・黒川光正は、明治2年(1869)の東京遷都に伴い新天地・東京へ進出する決意を固める。京都店はそのままにして、庶兄・光保が出張所を設けて新しく御所御用を開始。そして、明治12年、光正は本格的な上京を決め、京橋区元数奇屋町(現在の中央区銀座)に「虎屋東京店」を開店する。同年9月には、赤坂区赤坂表(現在の港区元赤坂)に移転、ここに初めて赤坂の地で商いを始めることになった。その後、戦時の空襲、戦後の混乱などの不幸を経験したが、御用を続けながら広く一般に羊羹はじめ、数々の菓子類を一般に提供し現在に至っている。
・参照:虎屋赤坂店のあゆみhttps://www.toraya-group.co.jp/corporate/history-of-akasaka-shop


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♣ 成田羊羹資料館

所在地:千葉県成田市上町500  Tel.0476-22-2266
HP:  (https://nagomi-yoneya.co.jp/youkanshiryoukan/)

成田羊羹資料館

 → 成田羊羹資料館)は、成田市上町にある「米屋株式会社」の企業博物館。米屋の歴史と羊羹にまつわる展示を行っている。常設展示は、羊羹全体の歴史と米屋(よねや)の発展、創業者の物語り、米屋で過去に使っていた道具や広告の展示も行っている。ちなみに、米屋は、成田山新勝寺の精進料理「栗羹」にヒントを得て、日本ではじめて芝栗を練り込んだ栗羊羹を考案して商売をはじめた会社である。その後、米屋本舗として和洋菓子、カップ入り製品(水ようかん、ゼリー)などに手を広げて製造・販売を行っている。

作業部屋の様子
羊羹の歴史展示
昔の羊羹作り用具

・参考:米屋創業者 諸岡長蔵https://nagomi-yoneya.co.jp/history/sougyousha/

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♣ 村岡総本舗 羊葵資料館            

所在地:佐賀県小城市小城町861  Tel.0952-72-2131
HP: http://www.m-youkansiryoukan.jp/

村岡総本舗羊葵資料館

 → この羊葵資料館は、小城羊羹の老舗で知られる村岡総本舗によって昭和59年に開設された羊羹専門の博物館。昭和16年に建てられた煉瓦造りの砂糖蔵を改装して作られている。資料館の内部は一階が休憩室、二階が展示室となっています。羊羹の製法や歴史をビデオ・パネル・写真などで紹介するとともに、時代とともに変わってきた道具、砂糖、豆、寒天などの原材料や包装・レッテルなどの展示品が並び、羊羹の歴史と文化が集められている。

羊羹資料館の内部展示
昔の羊羹作りの作業場

・参考:小城羊羹初祖 村岡総本舗https://muraoka-sohonpo.co.jp/company
・参考:羊羹資料館|小城羊羹の歴史| http://www.m-youkansiryoukan.jp/history.htm
・参考:羊羹資料館|シュガーロード|http://www.m-youkansiryoukan.jp/sugerroad.htm

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♣ 氷砂糖資料館(中日本氷糖)               

所在地:岐阜県海津市南濃町津屋2812-100  Tel. 052-661-0113
HP: (https://nakahyo.co.jp/csr/museum/

氷砂糖資料館

 → 中日本氷糖が創業100周年を記念して、佐藤と氷砂糖に関する知識を広めることを目指して開設した資料館。館内では、砂糖の歴史、砂糖の消費と健康、氷砂糖との出会い、世界の氷砂糖、氷砂糖ができるまで、暮らしの中の氷砂糖といったテーマで展示がなされている。

製糖工場
世界の氷砂糖展示


・参考:砂糖のことなんでも学べる博物館「氷砂糖資料館」https://bqspot.com/tokai/gifu/295

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♣ コンペイトウミュージアム(大阪糖菓) 

コンペイトウミュージアム

所在地:大阪府八尾市若林町2-88  Tel.072-948-1339
HP: https://konpeitou.jp/

金平糖作り体験

→ ポルトガルからやってきた南蛮渡来のお菓子「コンペイトウ」。ここでは、この大阪糖の菓菓子の歴史や文化を学ぶことができ、オリジナルの金平糖作りが体験できる。日本の伝統菓子として世界中で人気のアニメなどに登場し、コンペイトウの魅力外国人からも人気を集めているという。

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(お菓子の博物館 了)

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「食と農」の博物館 (2) 食文化の歴史とくらし(博物館紹介)

    ―日本の食品産業と食文化の歴史とみるー

(作成作業中)

  今回のセクションでは、日本の食文化がどのように形成され発展してきたかを、農業技術発展、食品技術の発展、食品開発の観点から展示する博物館を紹介している。また、これら施設は各地に伝わる多様な食品、食材、菓子の特徴、メーカーの活躍を“ものづくり”のこだわりを詳しく示している。今回、これらを農業開発、家庭用一般食品、水産加工、発酵食品、酒造(洋酒、日本酒)などの観点から、どのように生まれ発展してきたかを各地にある資料館・博物館から眺めてみることとした。食品関係の博物施設は多様であり、かつ数も非常に多い。このコーナーではできるだけ沢山の施設を取り上げたが、漏れたものも多々あるのは了解許して欲しい。 
 第二回は、家庭用食品の博物館を紹介しつつ、日本の食文化の発展と歴史、食品産業の現状をみることとする。

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♣ 食とくらしの小さな博物館(味の素) 

所在地:東京都港区高輪3丁目13番地65号  Tel.03-5488-7305
HP: (https://www.ajinomoto.co.jp/kfb/museum/)  
・参考:味の素「食とくらしの小さな博物館」を訪問:https://igsforum.com/2023/03/26/ajinomoto-museum/

博物館の入口

 → この「食とくらし博物館」は、味の素グループの創業以来100年の足跡をたどりながら、日本の食文化変遷と同社の加工食品、調味料の進化を展示している食文化博物館である。当初、味の素社の研修施設としてつくられたものだったが、その後、一般向けに開放し、公共の博物資料館となった。 館では、小さな施設ながら、創業の歴史、開発した商品紹介のほか、日本人の食生活の変化を伝える展示を広く行っていて貴重である。そこには、創業者が「うまみ」成分を見いだして商品事業化していく様子、味の素が歴史を彩ってきた調味料の数々、開発してきた食品商品群が実物や写真で詳しく紹介されていて興味深い。展示施設は三つの展示コーナーからなっており、最初は味の素の歴史と商品を示す主展示、第二は日本の食事文化の展示、第三は食品ライブラリーである。

館内の展示場スペース
事業の展開を示す展示

  最初の主展示室では、味の素創業の歴史を示す写真、映像を展示しながら味の素100年の商品群の紹介を行っている。また、時代毎の人々の暮らしと食卓風景を描写しているのも興味深い。第二の「食文化展示室」では、企画展示として、味の素が所蔵する錦絵や当時の料理レプリカを公開、江戸時代の食文化を代表する季節毎の名物料理を紹介するなどテーマ毎に入れ替えて展示している。 第三の「食の文化ライブラリー」は「食」に関する専門図書館で、蔵書は約40,000冊を数え、江戸~昭和の料理書を中心とした貴重書も2,000冊以上あり、食に関する映像資料も多数所蔵している。味の素社の歴史や日本の食文化の歴史を知るには最適の施設であろう。

<多様な商品展示>

 また、商品展示では、事業多様化と商品群紹介が大きなテーマとなっている。味の素は、社名を「味の素株式会社」と改めて、新しい消費市場動向に合わせた新製品の投入、調味料以外の事業多様化も進めていったが、展示ではその過程がよくわかる。例えば、販売政略では、1951年に容器を瓶詰めスタイルから「ふりかけ式」へ変更、1958年には、傘下に「日本コンソメ株式会社」(後のクノール食品)を設立してスープ市場へ進出、1960年には「アジシオ」、1962年には総合調味料「ハイミー」を発売している。さらに1968年に「味の素KKマヨネーズ」、1970年、マーガリン「マリーナ」、和風調味料「ほんだし」など新商品の投入が相次いだ。

味の素の食品展示
歴代商品の展示

 特に大きいのは、1972年頃からの冷凍食品市場への参入。1972年以降の「エビシュウマイ」、同時期の「(冷凍)ギョウザ」などが例である。そのほか「ハンバーグ」、「エビグラタン」「麻婆豆腐」といったものも試行錯誤で製作された。

味の素の冷凍食品
新しい冷凍食品見本

この冷凍食品は、1980年代以降の電子レンジの普及と共に大きな市場として注目されていたものであった。展示された味の素の商品群をよく見ると、そのまま日本の食材・調味料・食品の代表的なものといってよく、日本の食生活と社会変化を感じさせるものとなっている。

 ○ → また、博物館で紹介されている、味の素の創業と発展は日本の食品産業展開の一つの姿といってよく、興味あふれる展示内容である。ここでは、鈴木三郎助が、「うま味」成分を発見した科学者池田早苗と組んで、味の素を創業し、食品企業として発展していく姿を参考資料として、以下に簡単に触れておく。

♥ 参考資料:「食とくらし博物館」でみる味の素の創業と発展

<昆布とヨードから始まった「味の素」の創業>

初期の味の素工場(当時鈴木製薬所)
鈴木三郎助と池田菊苗

 「味の素」の創業は1909年(明治42年)とされるが、1907年創業者である鈴木三郎助が「鈴木製薬所」を設立し、“ヨード事業”を開始したことが起源とされる。また、科学者池田菊苗が“昆布だし”成分がグルタミン酸という「うま味」であることを発見し、鈴木が同氏と共同で商品化を進めたことが味の素社の発展へとつながっていくのであるが、この経過は博物館の展示コーナーに設けられた映像資料で詳しく紹介されている。
 しかし事業には大きな困難が伴ったようだ。まず、生産技術面では、有毒塩素ガスの処理、腐食を防ぐ加工用容器に開発が必要なった。多く試行錯誤を経て最後は容器として地元の「常滑焼」甕が選ばれた。博物館には、当時の苦労を偲ぶため工場の常滑焼の甕(道明寺甕)が現在も展示されている。

<味の素の先進的な役割> 

グルタミン酸の特許証
味の素の新聞広告

 近年、日本の和食が独自の味文化の認識と健康志向よって世界的な認知度が高まっているようだ。この中でいろんな食品メーカーが活躍しているが、味の素は、その豊富な商品群と積極的な市場開発において代表的な存在だったと思える。展示された味の素の商品群は、そのまま日本の食材・調味料・食品開発の代表的なものといってよいだろう。戦後日本の社会生活、生活スタイルが形成される中で、日本の “食品文化”の核「和風のだし」“うまみ“が果たしてきた大きな役割、その技術発展が多くの独自の食品群をうみだしていることがよく認識できる「食とくらしの博物館」である。

 ・参照:https://igsforum.com/2023/03/26/ajinomoto-museum/より
 ・参考:食とくらしの小さな博物館―知る・楽しむー 味の素 株式会社    https://www.ajinomoto.co.jp/kfb/museum/
 ・参考:社史・沿革 | グループ企業情報 「味の素グループの100年史」 https://www.ajinomoto.co.jp/company/jp/aboutus/history/

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♣ 味の素グループうま味体験館 

所在地:神奈川県川崎市川崎区鈴木町3番4号  Tel.0120-003-476
HP:(https://www.ajinomoto.co.jp/kfb/kengaku/kawasaki/tour_umami.html 

味の素うま味体験館

→ 体験館では、“うま味”調味料「味の素」の歴史展示、“うま味”食材の紹介、「味の素」の原料・製造工程の見学などの事業を行っている。これらを通じて「おいしく食べて健康づくり」という志を広げ、うま味を発見した日本人科学者の紹介、“うま味”食材への知識を広げることを目的としている。

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♣ たばこと塩の博物館          

所在地東京都墨田区横川1丁目16−3  Tel.03-3622-8801
HP: https://www.tabashio.jp/

たばこと塩の博物館

 → 「たばこ」と「塩」の歴史と文化、製法の変遷を中心としつつ、幅広い社会テーマを取り上げて展示する博物館。日本専売公社(現・日本たばこ産業株式会社)により、1978渋谷公園通りに設立。その後、2015年に墨田区横川の現地に移転し、新改装して再開館している。
 たばこは、アメリカ大陸の古代文明のなかで、儀式用の植物として人類に利用されたことを文化的な起源とし、16世紀以降、嗜好品として世界中に広まり、各地に特色ある文化が形成している。日本へは、16世紀末に伝来し、江戸時代を通して庶民文化にとけこみ、独自のたばこ文化が生まれた。一方、塩は、生命の糧として、人類と深い関わりをもっているが、日本では岩塩等の内陸の塩資源に恵まれず、縄文時代以来、海水を原料として濃い塩水を作り、それを煮つめるという独自の製塩技術が発達させてきた。

日本のたばこの歴代ポスター展示
中東のパイプたばこ器

 これらを背景として、「たばこと塩の博物館」では、たばこと塩に関する資料の収集、調査・研究を行い、その歴史と文化を広く紹介している。また、たばこと塩を中心としつつ、幅広いテーマを取り上げて多彩な特別展を開催しているのが特徴。
 世界の塩展示コーナーでは、世界の塩資源として、海水の成分、世界の塩資源の分布などを紹介、珍しい岩塩彫刻も展示している。日本の塩コーナーでは、古代の塩焼き、各地の塩の揚浜、流下式塩田、現在の製塩をテーマに展示している。

岩塩彫刻(聖キンガ像の祭壇)
日本の塩田を表わした模型
塩田塩の煮詰め精製道具

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♣ 赤穂市立歴史博物館〔塩づくり〕 

所在地:兵庫県赤穂市上仮屋916番地の1  Tel.0791-43-4600
HP: http://www.ako-rekishi.jp/salt/

赤穂市立歴史博物館

 → 赤穂地方は古くから塩の産地として栄えてきた。なかでも江戸時代には入浜塩田による製塩法が完成され、その技術は瀬戸内地方を中心に広く伝わった。ここでは、赤穂流の入浜塩田の特色や技術、また赤穂塩の流通などについて、製塩用具(国指定重要有形民俗文化財)、入浜塩田模型、塩廻船模型などで説明している。特に、製塩用具は、今日では見られない塩づくりの技術や作業の過酷さを教えてくれる。

製塩作業をする人
製塩の道具類

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♣ 坂出市塩業資料館(塩づくり) 

所在地:香川県坂出市大屋冨町1777-12  Tel.0877-44-5036
HP: https://www.city.sakaide.lg.jp/soshiki/bunkashinkou/engyou-musium.html

坂出市塩業資料館
塩作りをする人

 → 人間にとって必須である「塩づくり」の過程を紹介する資料館。坂出市は,塩作りにより発展してきている。その塩作りの歴史・文献などを保存,展示している資料館。塩田製塩時代の坂出の塩づくりのれきしをみることができる。

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♣ カップヌードルミュージアム横浜(安藤百福発明記念館) 

所在地:神奈川県横浜市中区新港2-3-4  Tel.045-345-0918
HP: https://www.cupnoodles-museum.jp/ja/yokohama/       

カップヌードルミュージアム横浜

→ 世界初のインスタントラーメンを発明し、世界の食文化を革新した日清食品創業者・安藤百福の生涯を紹介すると共に、同社の多彩なカップヌードルを一堂に展示・紹介している。館内では、自分でデザインした「カップヌードル」「チキンラーメン」を作る「マイカップ ヌードル ファクトリー」、アジアのナイトマーケットをイメージした世界中8か国の麺料理を味わうことができる「ヌードル・バザール」などのアトラクションが用意されている。また、展示ではインスタントラーメン ヒストリーキューブ、日清食品の創業者安藤百福の半生を描いた百福シアター、百福の研究小屋も必見である。

世界のカップヌードル展示
ヌードルハウス
百福の研究小屋

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♣ カップヌードルミュージアム大阪(安藤百福発明記念館) 

所在地:大阪府池田市満寿美町8-25  Tel.072-752-3484
HP: (https://www.cupnoodles-museum.jp/ja/osaka_ikeda/

安藤百福記念館
安藤百福

 → この記念館は、新しい食文化となったインスタントラーメンの歴史を通じて発明・発見の大切さを伝えるミュージアムとなっている。展示では、チキンラーメンが誕生した研究小屋を忠実に再現。生活感あふれる昭和レトロな小屋にラーメンが天日干ししてある様子や台所用具など発明の苦労とワクワク感を伝える内容となっている。

百福の研究小屋
開発に使った用具類

この経過を見ると、大阪・池田市の自宅裏庭に建てた小屋で、“お湯があれば、家庭ですぐ食べられるラーメン”の開発を1950年代に始めた安藤百福、1日平均4時間という短い睡眠時間で丸1年間休みもなく、たった1人で研究を続ける様子が描かれている。また、世界に広めるためのカギは食習慣の壁を越えることにあると気づき、知恵と革新的な発想を結集した「カップヌードル」を発明する。これにより日本で生まれたインスタントラーメンは世界食となっていく過程も必見である。2000年代に開発が始まった無重力状態でも食べるための宇宙食ラーメン「スペース・ラム」の成功も興味深い。

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♣ 酪農と乳の歴史館(雪印メグミルク)                

所在地:北海道札幌市東区苗穂町6丁目1番1 号9 Tel.011-704-232
HP: https://www.meg-snow.com/fun/factory/sapporo/   

酪農と乳の歴史館

 → 北海道を代表する乳業メーカー「雪印メグミルク」の企業ミュージアムで、雪印乳業の創業50周年記念事業として1977年に開館。館内では、乳製品の製造機器や工場の1/30模型、バターチャーン、創業時使用した製造機など約850点の展示品が並んでいる。創業以来の歴史を物語る重要な文献や貴重な資料、実際に使用されていた乳製品の製造機械を展示している。隣接する札幌工場で牛乳が作られている過程も見られる。

雪印の歴史を展示
主力商品の展示

・参考:https://www.visit-hokkaido.jp/spot/detail_10077.html
・参考:北海道デジタルミュージアムhttps://hokkaido-digital-museum.jp/facility/megmilk-snow-brand-museum/

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♣ カゴメ記念館〔トマト加工品〕 

所在地:愛知県東海市荒尾町東屋敷108番地  Tel.052-603-1161
HP: https://www.kagome.co.jp/company/
・参考:カゴメの歴史https://www.kagome.co.jp/company/about/history/
・参考:(http://japannavi.co.jp/chita/sightseeing/all/00153.html?mode=sp)

 → カゴメ社を創業した蟹江一太郎の創業時の想いやカゴメの商品や歴史を示す記念館。明治41年に日本で初めてトマトケチャップとウスターソースを売り出したカゴメのj事業発展を時系列で展示、貴重な資料や当時使っていた道具などがみられる。

 カゴメの歴史は、1899年(明治32年)に一太郎が西洋野菜の栽培に着手した頃から始まる。1906年には、東海市荒尾町西屋敷に工場を建設してトマトソースの本格的生産に入った。西洋料理の普及に伴って需要は拡大、1917年、カゴメ印の商品登録、1933にはトマトジュースを発売して成功している。戦後は、各地に工場を建設して消費ブームにのって売り上げを伸ばし、野菜ジュース、ケチャップなどの生産で全国ブランドを確立している。近年では、全国8ケ所に直営農園を所有しており、そこで作られたトマトは、スーパーでも販売されるという農産企業の面も持つ[5]。このうち農園と工場がある長野県諏訪郡富士見町には、隣接地にテーマパーク「カゴメ野菜生活ファーム富士見」も開設している。「現在、自然を、おいしく、楽しく」をブランド・ステートメントとする会社として、各種の食品を市場に投入している。

蟹江一太郎像
・参考:カゴメの歴史https://www.kagome.co.jp/company/about/history/


 近年では、全国8ケ所に直営農園を所有しており、そこで作られたトマトは、スーパーでも販売されるという農産企業の面も持つ[5]。このうち農園と工場がある長野県諏訪郡富士見町には、隣接地にテーマパーク「カゴメ野菜生活ファーム富士見」も開設している。「現在、自然を、おいしく、楽しく」をブランド・ステートメントとする会社として、各種の食品を市場に投入している。・参照:カゴメ – Wikipedia


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♣ スパイス展示館(S&B)

所在地:東京都板橋区宮本町 38-8 Tel. 03-3558-5531 (一般には非公開)
HP: https://www.sbfoods.co.jp/sbsoken/tenjikan

スパイス展示館の建物

 → エスビー食品グループ従業員を対象に設立した研修施設兼展示館。スパイスやハーブの未来を考えエスビー食品の歴史と伝統・創業者の想いを伝承するため設けられたという。創業から100年間の企業・商品の変遷や商品開発エピソードの展示、スパイス&ハーブ基礎情報や香り体験コンテンツなどの施設を備えている。残念ながら一般非公開。
・参考:非公開の社員向け施設「スパイス展示館」に潜入|@DIME アットダイムhttps://dime.jp/genre/1542242/

館内モニュメント
S&Bの社歴展示
歴代の商品展示

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♣ 製粉ミュージアム(日清製粉)            

所在地:群馬県館林市 栄町6-1  Tel.0276-71-2000
HP: https://www.nisshin.com/museum/main.html

製粉ミュージアムの本館建物

 → 日清製粉グループの世界的にも珍しい製粉をテーマにしたミュージアム。本館と新館があり、新館では、最新の製粉技術をわかりやすく解説、小麦や小麦粉に関する様々な知識を学ぶことができる。本館では、時代を追って日清製粉の創業の歩みを紹介、建物は創業期より事務所として使われていたもので、近代産業遺産にも指定されている。ここでは明治の機械製粉黎明期の様子から最新の製粉テクノロジーまで、製粉にまつわる幅広い知識を集約紹介している。

新館展示スペース

  新館展示の中身をみると、企業歴史ギャラリー、正田貞一郎ギャラリー、創業期ロール機、アーカイブがあり、新館では、新旧ロール機展示、製粉工場パノラマシアター、製粉技術のいま、小麦研究所、大型プロジェクター映像が備えられている。
 ちなみに、日清製粉は群馬県館林市で日本初の機械製粉を行った「館林製粉株式会社」を前身とする企業。製粉分野では日本国内最大であり、ニップン、昭和産業、日東富士製粉とともに製粉大手4社を構成している。ミュージアムでは、この日清製粉の創業から事業発展の過程を展示で詳しく紹介している。この経過も興味深い。また、

<日清製粉の創業と展開>

正田貞一郎
館林製粉開業式(1901年)

 → 日清製粉の創業者は正田貞一郎氏で、生家正田家は群馬県館林の米穀商と醤油醸造を経営する裕福な家柄であった。明治になり、正田家の事業を引き継いだ貞一郎は、これまでとは別の事業を起こすことを決意、地元で産出される小麦の将来性に着目して製粉業を興すことにした。それまでの製粉業界では「水車」を用いた製粉が主流であったが、貞一郎は「動力機械」を活用する近代的な製粉事業を開始する。こうして、1900年(明治33年)に「館林製粉株式会社」が誕生する。機械式製粉業には莫大な資金を必要としたが、正田家の財力を背景に対外援助も得てなんとか事業を開始できたという。翌年、小麦粉の原料は、佐野・石岡・土浦・水戸などの周辺産地から買い付けを実施、完成した小麦粉は「製麺用」として供給している。当時の麺需要の増大、要東武鉄道の開通もあり市場を事業は順調に滑り出したとされる。

創業期に使われたロール機
創業に使われた事務室
初期の工場

 一方、市場を全国に広げることを目指して、当時営業不調となっていた製粉会社「旧日清製粉」を合併、1908年には、企業合併を図り社名を館林製粉から「日清製粉」と改めている。また、当初から建設を進めていた横浜工場が完成、1909年には需要拡大も受け生産能力は900万バーレルに引き上げられている。また、1918年には、横浜工場内に化学研究所を開設、 化学研究の一環でグルテン検出する方法を開発したほか、原料小麦の調査も進めるなどして品質向上を図っている。そして、1919年には横浜工場内で食パンの量産を開始、「東京製パン株式会社」も設立している。これにより事業の基礎が出来上がったことになる。ミュージアムの歴史ゾーンでは、これら創業から事業の基礎を築くまでの過程を、数々の書類、装備機械、年譜などで詳しく展示解説している。
  また、製粉ミュージアムのある館林には、日清製粉事業の基盤となった正田醤油と正田家成立の記念館「正田醤油記念館が」があり、これについてもここで触れておく。

・参考:特別企画展「正田貞一郎展」https://www.nisshin.com/museum/teiichiro_shoda/
・参考:館林が発祥!日清製粉「製粉ミュージアム」タイムズクラブhttps://www.timesclub.jp/sp/tanomachi_ex/gunma/tatebayashi/001.html
・参考:製粉ミュージアム- ふじ・ふじブログhttps://fujisannoblog.com/post-10933/
・参考:日清製粉 – Wikipedia

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♣ 正田醤油正田記念館

所在地:群馬県館林市栄町3-1  Tel. 0276-74-8100
HP: https://www.shoda.co.jp/facility/kinenkan

・参考:正田醤油正田記念館 文化遺産オンラインhttps://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/139578
・参考:正田醤油株式会社| 施設案内 |正田記念館見学 https://www.shoda.co.jp/facility/kinenkan

正田記念館

 → 正田記念館は、嘉永6年(1853年)に居宅・店舗として2代正田文右衛門が創建した建物を記念館としたもの。明治6年(1873年)、江戸時代から続く米穀商「米文」を3代正田文右衛門が引継ぎ、将来性あるとみた醤油醸造業へと転身、正田醤油として発展させた。以来、建物は(1986年まで本社屋として使用され、現在は登録有形文化財に指定されている。「正田記念館」では、正田家300年の家系図に始まり、創業当時の醸造道具や昭和初期のポスターなど、江戸時代から明治、大正、昭和にかけての記念品を数多く陳列、正田300年の歴史を詳しく記録している。

正田文右衛門(三代)
記念館の展示室
歴代の醤油道具

 この記念館は、同時に、現日清製粉の創業者である日清製粉の創業者正田貞一郎氏の生まれた正田家のルーツを示すものとなっている。ちなみに、正田貞一郎氏は上皇后となった美智子様の祖父に当たる。

・参照:https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20231030/se1/00m/020/003000d
・参照:里沼(SATO-NUMA)|日本遺産ポータルサイトhttps://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/stories/story070/
・参照::会社概要・沿革 正田醤油株式会社https://www.shoda.co.jp/corpo/profile

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♣ 世界食文化博物館(日本食研)    

所在地:愛媛県今治市富田新港1丁目3番地  Tel.0898-47-2281
HP: https://www.nihonshokken.co.jp/factory-tour.htm

→ 日本食研ホールディングス(株)の愛媛本社敷地内にある食をテーマにした博物館。KO宮殿工場、世界食文化博物館、日本食研歴史館、日本食研商品展示館の4か所からなり、工場見学とセットになった見学施設となっている。宮殿食文化博物館(「KO宮殿工場」)は、オーストリアの首都ウィーンにあるベルベデーレ宮殿をモチーフにして作られた豪華なもの。日本食研の調味料の製造工程も見学できる。主な展示品としては、中世ヨーロッパを代表するパプスブルグ家の宮延晩餐会料理の再現模型、三大香辛料原木の模型、世界24カ国王室御用達品、世界61カ国602種類の調味料、世界99カ国196種類の料理模型、世界の食事道具250点などがある。  ちなみに、日本食研は、1971年に大沢一彦現会長ら6名で畜産加工研究所として創業した会社。業務用のたれの出荷量では国内シェア約50%でトップの売上を誇っている。

宮殿食文化博物館
世界食文化博物館
日本食研歴史館


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♣ UCCコーヒー博物館 

 所在地: 神戸市中央区港島中町6丁目6-2  Tel.078-302-8880
HP: https://www.ucc.co.jp/museum/

イスラム寺院を模したUCC博物館

 → 日本で唯一のコーヒーのみをテーマにした博物館。UCC上島珈琲が神戸ポートアイランド博覧会に出展した施設を基に「UCCコーヒー博物館」として1981年に開設した。その後、コーヒー文化発祥のイスラム教のモスクを模した外観に変更、コーヒー学の確立とコーヒー文化の普及を目的に掲げて1987年にリニューアルオープンした。コーヒーを起源、栽培、流通、加工、文化、情報の6つのテーマに分け、わかりやすく展示している。 特別展示室では「 UCCヒストリー」コーナーもあり、上島珈琲の沿革も記されている。また博物館に併設されている喫茶室「コーヒーロード」ではターキッシュ・コーヒーなど、日本ではここでしか味わえない珍しいコーヒーも提供している。
 ちなみに、博物館を運営するUCC上島珈琲(呼称のUCCは”Ueshima Coffee Co.,Ltd.”の頭文字に由来)は神戸市に本社を置くコーヒーを中心とした飲料・食品メーカー。この背景は次のようである。

コーヒーの栽培展示
コーヒーの鑑定作業展示
コーヒーの焙煎展示

<UCC上島珈琲の沿革>

上島忠雄
上島珈琲株式会社設立(1951)

   UCC上島珈琲は、上島忠雄が、1933年にコーヒーを中心とした食品飲料を扱う上島商店を創業したのがはじまり。1951年に「上島珈琲株式会社」を創立、1958年にはUCCコーヒーショップ」を1号店博多に開店している。発足以来、レギュラーコーヒーのみを扱ってきたが、1969年に世界初のミルク入り缶コーヒー「UCCコーヒーミルク入り」を発売したことで、その名を知られるようになった。1970年には、日本で初めて真空包装レギュラーコーヒーの製造を開始している。現在、自社のコーヒー農園を各地に展開しており、1981年にジャマイカでブルーマウンテンの農園を開設。1989年にはハワイ島でコナコーヒーの農園を開設させた。他にも1995年にはインドネシアスマトラ島でマンデリンの農園を開設するなど、世界的規模でコーヒーを扱っている。

缶コーヒー
真空包装コーヒー
ジャマイカのコーヒーの農園
UCC大阪綜合工場

・参照UCC上島珈琲株式会社 | 沿革https://www.ucc.co.jp/company/history/
・参照:UCCコーヒー博物館 – Wikipedia
・参照:UCCコーヒー博物館とは?| Coffeemecca https://coffeemecca.jp/business/13644

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♣ あずきミュージアム    

所在地:兵庫県姫路市阿保甲611番地の1  Tel.079-282-2380
HP: (https://www.gozasoro.co.jp/azukimuseum)

あずきミュージアム外観

 → 地元で「回転焼の老舗」として知られる和菓子メーカー御座候が、アメの主原料であるアズキの文化の伝承と創造活動の拠点とすべく2009年に開設した企業博物館。「あずき文化」を伝えるため、アズキの原産地である照葉樹林帯をイメージした里山庭園と一体で設計されていて興味深い。外壁をアズキ色に施された博物館の内部は、各階に跨って展示室が配置され、吹き抜けの展示室に置かれた実物10倍大の模型「10倍アズキ」を中心に、同心円状の回遊動線が設けられている。 この博物館は、2013年、日本展示学会賞作品賞を受賞している。

あずきの王様「エリモショウズ」の模型
様々なあずき
あずきの加工工場

・参照:あずきミュージアム – Wikipedia
・参考:世界初の「あずきミュージアム」へ出かけようhttps://article.yahoo.co.jp/detail/e84038fb631691f5e1a9d24e850e742669a35390

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♣ ふじのくに茶の都ミュージアム(旧:お茶の郷博物館)     

所在地:静岡県島田市金谷富士見町3053番地  Tel. 0547-46-5588
HP:https://tea-museum.jp

 → 世界と日本のお茶の世界を紹介する珍しい「お茶」の博物館。多彩で豊かなお茶の世界を再現している。常設展では、お茶の起源と世界へのお茶の広がりや日本及び静岡のお茶について展示、お茶の産業、文化、歴史、民俗などを実物資料だけでなく映像や実演によって分かりやすく紹介している。世界のお茶、日本のお茶の幕開け、茶の都しずおかのあゆみ、茶の都しずおかの誇り、お茶の新時代といったテーマでの展示である。このほか企画展の展示もあり2024年では「絵画資料からみるお茶」が催された。

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♣ 茨城県きのこ博士館(那珂市)  )          

所在地:茨城県那珂市戸4603  Tel.029-297-0198
HP: (https://www.ibaraki.biz/kinoko.html

きのこ博士館外観

 → 「きのこ」や「植物」たちがつくる「不思議なふしぎな森の世界」を再現する珍しい植物博物館園。きのこや山菜、うるし、竹などの種類や形態はもちろん、人との係わりから森林の役割まで、楽しみながら学べる施設として平成10年に開館した。幻想的な雰囲気の楽しめる館内には、8つの展示室があり、映像や模型などで「きのこ」についてわかりやすく展示してある。

多彩なキノコが見える展示
キノコ模型

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♣ 壱番屋記念館(カレーチェーン)

第1号店と「壱番屋記念館」

所在地:愛知県清須市西枇杷島町末広31  Tel. 0586-76-7545

→ 国内に1200店、海外に200店を数えるカレー専門チェーン店で知られる「CoCo一番館」の創設と発展の歴史を伝える記念館。歴代のユニフォーム、主要店舗の写真などを展示。写真はリニューアルされた後の第1号店の西枇杷島店、右隣に「壱番屋記念館」
・参照:(https://www.ichibanya.co.jp/comp/fresh/assets/include/break-commemoration.html) 

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♣ 宇治・上林記念館(お茶)

宇治茶師の長屋門

所在地:宇治市宇治妙楽38番地  Tel.0774-22-2509
HP: (https://www.shunsho.co.jp/facilities/

 → 宇治茶の知られる老舗「上林春松家」に伝わる歴史資料を公開するお茶の記念館。禁裡・幕府や大名家に茶を運んだ呂宋壺や豊臣秀吉の書状などを展示している。四百五十年の歴史を誇る上林春松家は「御物御茶師」として幕府御用のお茶を作るための茶園管理、製造・精製、そして御物茶壺に葉茶(碾茶)を詰める茶詰めという仕事に従事。この歴史を刻む数々の品を所蔵している。

幕府拝領の茶壺
宇治・上林記念館の内部

・参照:上林春松本店https://www.shunsho.co.jp/chashi/
・参照:上林春松本店https://www.shunsho.co.jp/facilities/

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♣ 胡麻の郷  (ごま製品)         

所在地:岐阜県不破郡関ヶ原町玉1668-10  Tel.0584-43-0073
HP: https://www.shinsei-ip.ne.jp/goma/museum.html
・参考:岐阜の旅ガイドhttps://www.kankou-gifu.jp/spot/detail_6132.html 

胡麻の郷資料館
館内展示

→ 胡麻の郷は、胡麻製品の製造工場に併設したテーマパークで、家族連れの見学、観光博物館。胡麻の歴史や起源、製法、世界の“ごま文化”など胡麻に関する情報を提供している。ゴマを使った食品やお菓子などを豊富にそろえた展示もある。

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♣ 男爵資料館(食品・ジャガイモ)     

所在地:北海道北斗市当別4丁目3-1  Tel.0138-75-2894
HP: https://www.northerncross.co.jp/bunkashigen/parts/846.html)

男爵資料館

 →「男爵いも」の生みの親「川田龍吉男爵」の農場跡地を利用した資料館。1900年代アメリカ農場風景が感じられる西洋式木製のサイロや牛舎などの建物を利用している。
 館内には新しもの好きなハイカラ男爵川田が明治~大正時代に欧米より取り寄せた珍しい品々を約5,000点展示している。1910年代の米国製トラクター、グレンドリル、中でも日本最古の車「ロコモビル蒸気自動車」(日本で当館だけが所有)は非常に貴重なものといわれる。

資料館内部
河田の蒐集資料展示
ロコモビル

<男爵いもの誕生> 

川田龍吉
男爵薯発祥の地 碑

 日本銀行総裁川田小一郎(男爵)の長男だった川田龍吉は、明治39年、函館ドック会社専務取締役として北海道へ渡った後、ドックの仕事のかたわら、七飯村(現七飯町)に10数町歩の農地を買い農場を開設した。ここで様々な品種の馬鈴薯を試作したが、米国「バーバンク種苗会社」より輸入した「アイリッシュ・コブラー」が早熟かつ病害虫に強い品種であることを確認、その普及を図った。これが後に「男爵」と名づけられ、北海道はもとより日本全国で責重な品種となり「男爵薯」の誕生となった。
 ・参照:川田 龍吉〜函館ゆかりの人物伝 https://www.zaidan-hakodate.com/jimbutsu/02_ka/02-kawada.html
・参照:ジャガイモ博物館、記念碑,川田男爵 https://potato-museum.jrt.gr.jp/album.html

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♣ 揖保乃糸・そうめんの里         

所在地:兵庫県たつの市神岡町奥村56番地  Tel..0791-65-9000
HP: https://www.ibonoito.or.jp

揖保乃糸・そうめんの里

→ 播磨を代表する伝統産業手延べそうめん「揖保乃糸」のの歴史を学びながら、そうめんの味わいや製造工程を体験できる。明治期のそうめん造りの様子を描いたエントランスの模型やシアターで製造工程を見学できる。

そうめん作業の展示
館内の展示場

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(水産物、水産加工品などの資料館)

♣ 水産振興資料館(豊海おさかなミュージアム) ) 

所在地:東京都中央区豊海町5番1号 豊海センタービル7階  Tel.03-3533-8111
HP: (https://lib.suisan-shinkou.or.jp/shiryokan/

おさかなミュージアム入口

→ 東京水産振興会が60年以上の事業のなかで蓄積してきた膨大な水産関連資料の一部を閲覧できる。魚や漁業、海に関する映像や情報を紹介する常設展と、月に1回程度入れ替えを行って旬の魚などを紹介する特別展示、食育セミナーやイベントを通じて水産の情報や魅力を発信している。Web版解説ノートも提供されており魚に関する情報提供を広くおこなっている。

館内展示風景
おさかな探検展示
魚食の振興展示

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♣ ニッスイ・パイオニア館 

所在地:北九州市戸畑区銀座2-6-7 ニッスイ戸畑ビル1F  Tel.093-541-4151
HP: (https://www.gururich-kitaq.com/spot/nissui-pioneer-museum)       

ニッスイ・パイオニア館

 → トロール漁船から始まったニッスイと戸畑港の歴史を記す博物資料館で、1911年の創業から100年を機に開設された。水産に関連する装舵輪、無線設備、航海灯、漁網など多数展示している。「ニッスイ」と言えば、冷凍食品で有名だが、水産資源の有効活用をめざし様々な事業に取り組んでおり、その歴史的資料や企業理念などを詳しく紹介している。「歴史展示室」にある世界の有用魚種350種を網羅した「日本水産漁譜」は、海洋生物を微細にわたり正確に描き着色したもので必見。「船の展示室」には、船員の訓練用操船シュミレーターが設置され、船の操縦も体験できる。

館内の展示場
漁船などの館内展示

          

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♣ サーモンミュージアム(マルハニチロ)

所在地:函館市五稜郭町37番8号  Tel.0138-23-5480
HP:   (https://www.maruha-nichiro.co.jp/salmon/)      

マルハニチ本社

 → マルハニチロは、1880年に創業した遠洋漁業・捕鯨・水産加工大手のマルハ(旧・大洋漁業)と1906年に創業の北洋漁業・水産加工大手のニチロ(旧・日魯漁業)を起源とし、2014年に両者が合併して誕生した水産加工会社。このマルハニチロが開設した「鮭の漁業」、「鮭と食」、「鮭と文化」、「鮭と環境」など鮭漁業に関するバーチャル博物館。サケマス図鑑、サケと食、サケと文化、サケの漁業、サケと環境などの資料を提供している。サケと食では、サケの加工、食材、栄養、ごちそうレシピなどの有用情報が盛られている。サケの漁業(サケ漁の歴史)では、古代からの鮭漁業の変遷が解説されていて興味深い。

Web上のサケマス図鑑
流し網漁業の船団
さけ定置網漁の様子

 

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♣ 鈴廣かまぼこ博物館  (小田原)

所在地:神奈川県小田原市風祭245 Tel. 0120-07-4547
HP: https://www.kamaboko.com/museum/)       

かまぼこ博物館

 → 鈴廣かまぼこ博物館は、かまぼこの歴史や特色、素材や栄養のことなど学べる博物館。「かまぼこ手づくり体験教室」をはじめ、ガラス越しにかまぼこ職人たちの熟練の技を見られる「見る工場」、かまぼこの歴史・栄養について学べる「かまぼこ百科」、「かまぼこの科学」などの展示のほか、「かまぼこ板絵美術館」でかまぼこ板をキャンバスにしたユニークなアート作品も展示している。

かまぼこ工場
かまぼこ製作

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(家庭食品の博物館 了)

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「食と農」の博物館(1) 農業技術の歴史と機構(博物館紹介)

    ―日本の農業発展と食文化の歴史と進化を占うー(1) 技術と農具ー 

 このセクションでは、日本の食文化がどのように形成され発展してきたかを、農業技術発展、食品技術の発展、食品開発の観点から展示する博物館を紹介している。また、各地に伝わる多様な食品、食材、菓子の特徴、メーカーの活躍などを“ものづくり”のこだわりが示されている。これを農業開発、家庭用一般食品、水産加工、発酵食品、酒造(洋酒、日本酒)などが日本でどのように生まれ発展してきたかを、各地にある資料館・博物館から眺めてみることにした。これら博物史料施設は多様であり、かつ数も非常に多い。この紹介コーナーではできるだけ沢山の施設を取り上げたが、漏れたものも多々あると思う。他のデータなどで補って欲しい。 第一回は「食」を支える農業技術の発展と機構

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 第一回「食」を支える農業技術の歴史と機構

(農総研、農協の博物館)

♣  農研機構の「食と農の科学館」)       

所在地:茨城県つくば市観音台3-1-1   Tel.029-838-8980
HP: https://www.naro.go.jp/tarh/
・参考:つくばの農研機構「食と農の科学館」を訪問https://igsforum.com/2023/04/29/shokuto-noh-kagakum-jj-pt01/

食と農の科学館入り口

→ 農研機構(NATO)の提供する博物館で、日本の食と農業に関連した新品種の紹介など新しい研究成果や技術を説明した包括的な研究資料館となっている。館内には研究成果を紹介するエリアと農業技術発達資料館の2つのエリアがあり、前者では、高付加価値を持つ農産物や食品の研究、後者では、日本でこれまで実際に使われ工夫されてきた農具、機械類を紹介している。

館内展示スペース

 展示は、日本の農村農業の抱える全般的課題、今後の農業あり方、省力化機械化、生産性向上などの課題を農業技術開発研究の点から検討する構成となっている。日本で蓄積されてきた水田畑作の技術力の活用と新技術の開発、土地生産性、労働生産性の向上のための工夫、高品質作物の生産促進を促す技術開発が主要なテーマである。具体的には、米、多様な穀物、野菜、果実などの高品質で安定的な生産技術、品種改良、病虫害防御、農業生産の省力化などに結びつく研究成果の紹介が中心となっている。 ここでは豊富な実験資料と研究成果の紹介など、日本の農業に関する現状と将来をみていく中で欠かせない情報を提供している。

食パン用米「ゆめちから」
トマトの「食物工場」
農場使用のドローン
各地の土壌分析
海外向けの新種果物

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なお、農研機構(NARO:国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構)は、農林水産各分野の専門研究センターのほか、北海道、東北、中日本、西日本、九州沖縄の各地域に農業研究センターを設立している。

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♣ 国際農林水産業研究センター(国際農研)

所在地:茨城県つくば市大わし1-1 Tel. 029-838-6313

国際農研の活動

HP: https://www.jircas.go.jp/ja

→ 国際農研は、開発途上地域などの農林水産業に関する技術向上、試験研究の推進、国内外の資料の収集・整理と分析結果の提供などを行う研究センター。農林水産省熱帯農業研究センター(TARC)を経て、2001年、国際農林水産業研究センターとして設立している。沖縄県石垣市に熱帯・島嶼研究拠点を設けている。

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♣ 農協記念館(北海道)

農協記念館外(士幌町)

所在地:北海道河東郡士幌町字士幌225番地20 
TEL/01564-5-3511
HP: https://www.ja-shihoro.or.jp/hall/

→ 北海道士幌町農協の歴史や事業を紹介すると共に、士幌農業を築いた太田寛一氏の業績を伝える記念館。士幌町農業協同組合創立60周年記念事業の一環として建設、農業研修や加工実習等を通じて、士幌の農業と農協活動を紹介している。

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♣ 秋田県立農業科学館

所在地:秋田県大仙市内小友字中沢171-4
HP: http://www.obako.or.jp/sun-agrin/

農業科学館全景

 → 秋田県の農業に関する知識を広めることを目的として1997年に設立、地池で築き上げてきた農業・林業・農山村生活・民俗に理解を深めることができる。第一展示室では、江戸時代から昭和30年代までの秋田県農業の変遷と稲作機械化以前の農山村の姿を展示、いて学ぶことができます。第二展示室: は農業と科学、食や農、県内農業の新しい情報などを提供、熱帯温室もあり、200種類の熱帯・亜熱帯植物が植栽されている。

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♣ 水原ふるさと農業歴史資料館(阿賀野市)

所在地:新潟県阿賀野市外城町10-5  Tel. 0250-63-1722
HP: https://www.city.agano.niigata.jp/soshiki/shokokankoka/kanko/4/2233.html

農業歴史資料館

 → この農業歴史資料館では、昔の農具、民具、出土品など農業関連の資料を提示するほか、農家の居間を再現、また併設している水原代官所に関する資料や当時のまちの歴史資料を展示している。

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♣ 庄内米歴史資料館 (JA全農山形)

所在地:山形県山形市七日町三丁目1番16号
HP; https://www.zennoh-yamagata.or.jp/topics/p-0362

庄内米歴史資料
資料館内展示

→ この資料館は、明治26年頃、米の保存と集積を目的に酒田米穀取引所の倉庫(山居倉庫)の1棟を改装し、米、特に庄内米にの資料や農具などが保存展示したもの。国指定史跡となった米どころ庄内のシンボルともなっている。

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(大学の農業博物館)

♣ 東京農業大学・食と農の博物館

所在地: 東京都世田谷区上用賀2-4-28  TEL:03-5477-4033
HP: https://www.nodai.ac.jp/campus/facilities/syokutonou/

東京農大世田谷キャンパス

 → 東京・世田谷の東京農業大学のキャンパスに設けられた「食と農」を題材とした博物館。東京農大は、前身を含めると130年の長い歴史を誇る農業関係の総合大学。それだけに、博物館は豊富な内容の農学標本と展示品を所蔵している。常設展示では、鶏の剥製標本、稲の標本、農具、酒造具や酒器、材木標本、日本の古民家再現展示などのほか、珍しいものでは、農大卒業生OBの酒造器紹介、各地の農産食品展示、二母性マウスなどの展示が見られる。また、日本における農学発展の歴史を刻む東京農大の歴史展示も興味深い展示である。隣接地には「バイオリウム」と名付けられた熱帯動植物園も設けられている。農業の歴史と農産品に関心のある人には訪ねる価値のある博物館の一つであろう。

復元された農家
米作り作業の模型
古い農具展示

<展示にみる江戸と明治の農学発展>

宮崎安貞
「農業全書」

 → 農業科学の歴史をみると、江戸時代から「本草学」という形の植物・薬学、農法知識は相当幅広く広がっていた。ちなみに、貝原益軒は『大和本草』を著して日本の動植物、農産物の分類・解説を行い、宮崎安貞は著書「農業全書」によって、穀物、野菜などの栽培方法、家畜飼育方法などの農業技術の普及に努めている。しかし、科学的な知識に基づく「農学」が日本に根付いたのは明治以降のことであった。北海道に招致されたクラーク博士の「札幌農学校」はこの嚆矢。

横井時敬
榎本武揚

   これと前後して、1878年(明治11年)、明治政府は東京に駒場農学校(後の東京大学農学部)を設置して、農学に関する総合教育・研究を開始している。 民間では、1891年、北海道開拓に関わった榎本武揚が「徳川育英会育英黌」農業科を設置、現在の東京農業大学農学教育の基礎を築いている。この初期の学長が横井時敬で実践教育を主導した農学教育の先駆者と見なされている。このように明治初期の明治政府にとって、生糸、茶などの輸出振興と食糧増産は、最も重要な政策課題の一つで、西洋技術を応用した農業振興(勘農政策)、農業教育が非常に重視された。こういった中で、明治に起源をもつ東京農業大学が農学教育の大きな役割を担い、現在でものその伝統は生きているようだ。

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♣ 東京大学 生態調和農学機構 農場博物館

所在地:東京都西東京市緑町1丁目1
HP:  https://www.isas.a.u-tokyo.ac.jp/museum/index.html

 → 農場博物館では、常設展示として農場が駒場にあった時代(1878~1935年)、農場で実際に使われた農機具や標本などとして収集された農機具・実験機器を展示している(駒場農学校コレクション)。いずれも、文化財的価値のある図解や書籍を中心に、「農業」・「食」の原点をテーマとした展示がなされている。ちなみに、農場本場は、1935年、駒場の地から現在の西東京市へと移り、2010年の組織改編によって附属生態調和農学機構の耕地および緑地フィールドへと名称変更している。博物館の母体となる農学校は、駒場農学校、東京農林学校、帝国大学農科大学附属、東京帝国大学農科大学附属、東京帝国大学農学部附属、東京大学農学部附属、東京大学大学院農学生命科学研究科附属へと変遷してきている。これらを通じ、大学機構は常に日本の農業科学の研究、実践において先進的な役割を担ってきたと見ることができる。(東大農場の歴史年表参照(https://www.isas.a.u-tokyo.ac.jp/museum/collections/komaba.html

コレクション(1)駒場農学校
コレクション(2)Bolensトラクタ –

コレクション(3) -獨逸農事圖解

・展示物:コレクション -駒場農学校 -農場博物館コレクション -Bolensトラクタ -農場博物館コレクション -獨逸農事圖解 -農場博物館コレクション -教草 -農場博物館展示 -トロッコ -農場博物館

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♣ 宮崎大学農学部 附属農業博物館

所在地:宮崎市学園木花台西1-1 宮崎大学木花キャンパス内 Tel. 0985-58-2898
HP: https://www.miyazaki-u.ac.jp/museum/

宮崎大学農学部
宮崎の農業 展示

 → 博物館は、本館のものと分館のもの分かれており、本館では、農・林・畜・水産業に関した資料、最新の研究とその成果を紹介、分館では、視聴覚機材を備えた講義室、実験室がある。常設展示として、宮崎の土壌、森のめぐみ、稲作の起源、宮崎の農業全般の展示があり、宮崎大学農学部の前身である宮崎高等農林学校から今日の農学部にいたるまでの歴史資料が紹介されている。

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♣ 農業教育資料館(岩手大学)

所在地:盛岡市上田3丁目18-8  Tel. 019-621-667
HP: https://www.iwate-u.ac.jp/academics/facility/hmae.html

農業教育資料館の建物

→ 明治35年に創立された盛岡高等農林学校本館に設けられた教育資料館(国の重要文化財)。創立当時の教育研究に使われた実験器具、教材用標本、幻灯機用スライドや図譜類、その他の歴史的資料が展示紹介されている。特に、寒冷地東北での農業、凶冷対策などの研究成果は注目されている。また、岩手大学農学部は宮沢賢治との縁も深く、宮沢の記念品も展示する「宮沢賢治センター」も設けられている。

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♣ 北海道大学植物園(北海道大学北方生物圏フィールド科学センター植物園)

所在地:北海道札幌市中央区北3条西8丁目  Tel. 011-221-0066
HP: https://www.hokudai.ac.jp/fsc/bg/

クラーク
農学校時代の植物園の姿

 → 植物園では、高山植物など北海道の自生植物を中心に約4000種類の植物が育成されている。そのほか博物館や北方民族資料室では、北海道の開拓や先住民族の生活・文化に関する貴重な資料を見ることができる。この植物園の歴史は、1877(明治10)年に、札幌農学校教頭W.S.クラークが植物学教育には植物園が必要であると進言したことに始まる。その後、植物園用地(現在地)が札幌農学校に移管され、初代園長となる宮部金吾が設計し、1886(明治19)年に開園した日本で2番目に古い植物園である。冷温帯種を主とした植物の分類・記載、標本・遺伝子資源の研究には欠かせない植物園となっている。

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(農業機械器具の歴史博物館)

♣ 農研機構「農業技術発達資料館」
    ―農業機械黎明期の機械と史料の博物館―

所在地:茨城県つくば市観音台3-1-1 (食と農の科学館内)
HP: https://www.naro.go.jp/tarh/floor/museum.html

・参考:「農業技術発展資料館」の見学https://igsforum.com/2023/05/06/nohgyotech-nogu-m-jj/
・参考:機械遺産:https://www.jsme.or.jp/kikaiisan/heritage_063_jp.html

農業技術発達資料館」

→ 資料館は、「食と農の科学館」の付設資料館として設立されたもの。先史以来、「米」は、日本人にとってなくてはならない主要食糧で社会的「富」の象徴であった。また、稲作をどのように進めるかは、常に経済・社会の基本テーマでもあった。この「資料館」見学は、このことを自覚させてくれる。水田耕作を中心とする米つくりは、田作り耕作、播種、施肥、刈取り、脱穀といった複数の工程から成り立っている。また、必要な用具(農機具)も多種多様で、この善し悪しが米の収穫、品質、生産力と作業効率に大きく影響する。このため、農具については古来より様々な智惠と工夫、発明がなされてきた。農業技術発達資料館は、この農具の発展を中心に、日本の稲作の発展、農業技術進歩の歴史を紹介している。

古代の農具
江戸時代の水車など
明治初期の農家
明治の農具
昭和のトラクターなど

 

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   古代の稲作と農具の改良、中世の土地制度と農業形態、江戸期の農業経営と農機具の革新、明治以降の新しい農業技術の導入と農機具の役割、昭和期の農機具の機械化、戦後期の農業経営と農機具の変化と時代をおって解説展示が行われている。また、資料館では、農業機具の実物展示のほか、明治以降の近代的農業の形成に大きな役割を果たした「農業試験所」の歴史にも触れていて興味深い。

<「農業試験所」の歴史と「農研機構」> 

旧農事試験場本館(創立当時)
澤野淳

 → 農業技術資料館の一部には、明治期に創設された「農業試験所」の歴史に関するパネル展示も用意されていて、日本の近代農業構築に関わる多くの事例と足跡を知ることができる。
 展示解説によれば、農業に関する試験研究が日本で組織的に行われるようになったのは明治時代以降であるとされる。明治政府は近代国家を目指した重要政策の一環として、海外から農業の専門家を招聘するとともに、多数の種子・農具の導入・試作・試験するための“農事試験研究施設”を設置した。このうち最も初期に設けられたもののひとつが、北海道開拓使によって1871年に札幌市に設立された「札幌官園」と「札幌農学校」。その後、相次いで「内藤新宿農事試験場」(東京新宿、1874)、「三田育種場」(東京三田、1877)、「駒場農学校」(東京・駒場、1878)、「播州葡萄園」(兵庫県、1880)が設立され、農業技術開発や試験、近代的な農学教育などが開始される。また、農商務省の「農事試験場」(東京西ヶ原、1893、初代所長澤野淳)の創立もほぼ同時期である。

農業技術研究所の碑(東京・滝野川)
東京大学農学部

 その後、北海道の「札幌農学校」は北海道大学、東京の「駒場農学校」は東京大学農学部に発展し、1893年創立の「東京農学校」(東京飯田橋)は東京農業大学へと発展、農業技術の研究、教育の中心となっていく。 また、国立の農業研究機関である「農事試験場」は、農業総合研究機構の基となる「農業技術研究所」となり、農業の実際面への応用のための農事試験と農事指導の中枢機関として発達していく。特に、品種改良,農具の開発、冷害対策などの理論面、実行面での試験研究の分野で大きく貢献している。研究の特色としては、個々の直接的な指導奨励よりももっぱら農業技術に関する基礎的な研究に重点をおいている。

農研機構
福島県農業研究センター

 そして、1948年、農業改良助長法の制定に伴い、都道府県における試験研究と普及事業の役割分担は明確化され、国の試験研究体制についても改革が進められた。その結果、国立の農業試験場については農業技術研究所、地域農業試験場の2種が設けられ、農林水産省の試験研究機関の時代を経て、2001年に国立研究開発法人、2016年に、現在の独立行政法人「国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構」(農研機構)となっている。
 現在は、前身の農業技術研究所の業務を引き継ぎつつ、都道府県、大学、企業等との連携による共同研究や技術移転活動、農業生産者や消費者への普及活動を進めているという。
 ・参照:農業技術発展資料館の見学(近代農業技術導入の嚆矢「農業試験所」の歴史と「農研機構」)https://igsforum.com/2023/05/06/nohgyotech-nogu-m-jj/

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♣ 小岩井農場「まきば園」と小岩井農場資料館

所在地:岩手県岩手郡雫石町丸谷地36-1.Tel. 019-692-5575
HP: https://www.koiwai.co.jp/makiba/dayori/2015/07/post-419.html

 → 小岩井農場は、岩手県岩手郡雫石町と滝沢市にまたがって所在する日本最大の民間総合農場。総面積は約3,000ha、そのうち約2,000haが山林、約630haが耕地で、中央部の40haを「まきば園」として一般開放している。小岩井農場資料館は小岩井農場酪農発祥の地「上丸牛舎」構内にある。資料館では小岩井農場130余年のあゆみや現在の事業、農場内の文化財や宮沢賢治とのかかわりなどが展示している。小岩井農場は「日本の20世紀遺産20選」に選定されており、農場内には重要文化財に指定された歴史的建造物も多く存在し、重要文化財の保有・保存・修復・管理と研究・公開等の業務は公益財団法人小岩井農場財団が担っている

<小岩井農場の歴史遺産>

農場開設者達

 → 明治22年に日本鉄道東北本線敷設工事視察で鉄道庁長官の井上勝は岩手を来訪した際、森林自然を鉄道敷設で失わせた償いとして、荒野となっていた網張街道周辺の地に農場を開設することを決め、三菱社社長の岩崎彌之助から出資を受け、4,000haの未利用地を購入し1891年(明治24年)に農場を創設する。農場名は、日本鉄道副社長の小野、三菱社社長の岩崎、鉄道庁長官の井上の三名の頭文字をとって「小岩井農場」と名付けられた。井上が農場主、岩崎が出資者、小野が保証人にあたることになる。 

(輸入された種牡牛「S・ロメオ・フェーン号」(1924)
乳業事業開始(1901年頃)
昔の児湯賄農場の姿

その後、1899年(明治32年)に三菱のオーナー一族・岩崎家の所有となり、戦前は競走馬の育馬事業も行われた。第二次世界大戦後、GHQによる財閥解体で1947年に第一次農地解放、1950年に第二次農地解放が行われ、約1,000haが満蒙開拓引揚者等に払い下げられた。現在は、東京に本社を置く小岩井農牧株式会社の経営となり、小岩井農場の事業は、酪農事業、山林事業、環境緑化事業、観光事業、食品事業、品質保証・環境対応・技術支援分野で広く展開されている。

 小岩井農場資料館 
宮沢賢治詩碑

 この小岩井農場施設のうち建造物21棟は、2017年、重要文化財に指定されている。ついでながら、岩手県生まれの詩人・童話作家宮沢賢治は、花巻で農業指導者として活躍しながら、「風の又三郎」、「銀河鉄道の夜」などの創作活動を続け、地元岩手をモチーフとした理想郷”イーハトーブ” を舞台とした童話などのなかで、数多く小岩井農場にも触れている。小岩井牧場の上丸牛舎の近くに宮沢賢治詩碑も建てられている。

・参照:小岩井農場の歴史|小岩井農牧株式会社https://www.koiwai.co.jp/history
・参照: 小岩井農牧株式会社https://www.koiwai.co.jp/

<文化財としての小岩井農場>

重要文化財ギャラリー

 小岩井農場には、明治時代から昭和初期にかけて建設された牧畜関連の建築物がまとまって残っている。牛舎やサイロのほかに、事務所、倉庫、宿泊や職員の集会用の施設である「倶楽部」、煉瓦の躯体に土をかぶせた天然の冷蔵庫など、農場に関わる各種の建物が残っている。牛舎には大空間を確保するためにトラス架構が取り入れるなど、建築史のうえでも注目され、これらの建築群は日本の近代建築史、近代農業史を知るうえで価値が高い。これらの建物を使用しつつ保存するということが所有者である小岩井農牧の方針であり、文化庁もこうした所有者側の意向に理解を示している。牛舎では現在も牛が飼われており、現役の農場施設として使用しつつ保存するということで、文化財保存の新たな方向性を示している。

一号牛舎
旧育牛部倉庫
一号、二号サイロ

・参照:小岩井農場重要文化財ギャラリー https://koiwaizaidan.or.jp/gallery/index.html
・参照:小岩井農場 – Wikipedia

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♣ 大橋松雄農業機械歴史館(福岡九州クボタ)

所在地:福岡県久留米市田主丸町以真恵日渡1481 Tel. 0943-73-3751
HP: http://www.fukuokakyushu-kubota.co.jp/museum/

農業機械歴史館外観

 → この機械歴史館では、近代日本の農業発展を支えた農具・農機農業の歴史に関する数多くの展示を行っている。これらは、大橋松雄(元株式会社福岡クボタ会長)が、長年かけて収集してきた農具・農機具・農業機械を展示するもので、展示機械の大半が可動状態に復元整備を施されている。

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♣ 博物館「土の館」(スガノ農機)

所在地:北海道空知郡上富良野町西2線北25号 Tel. 0167-45-3055
HP: http://www.tsuchinoyakata.jp/page/page000009.html

「土の館」 本館

 →北海道の開墾に立ち向かった人々の農機具や、国内外から採取した土壌モノリス(標本)を展示している「土の館」。北海道の土壌の特色・土地改良・土づくりの苦労などを学ぶことができる。また、併設のトラクタ館は、黎明期からのトラクタを多数展示している。これらは、北海道遺産、日本機械学会の機械遺産にも認定されている。

トラクター館展示
上下反転自由プラウ 1952)
プラスチックプラウ(GY16×4 1947)

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♣ とかち農機具歴史館(帯広市)

所在地:北海道帯広市川西町基線61番地
HP: https://www.city.obihiro.hokkaido.jp/sangyo/nougyou/shisetsu/1005846.html

とかち農機具歴史館

 → 帯広・十勝地域で明治時代以降に使用された農機具を約150点展示し、農業機械の発展について理解を深める施設として、2009年に開館した歴史館。地域では、豆・ビート・いもなどの畑作物、米や亜麻などが栽培されてきたが、栽培に使用した農機具を「人力〜畜力〜機械化」といった時代の変遷が分かるように展示している。

畜力式プラウ
(明治~昭和初期)
畜力式ディスクハロー (昭和20年代~)
M. ハリス ペーサー (昭和30年代)

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♣ 井関邦三郎記念館

所在地:愛媛県宇和島市三間町務田180-1 Tel. 0895-58-1133
HP: https://www.iyokannet.jp/spot/3527

井関邦三郎記念館

 → 農機具メーカー井関農機の創設者井関邦三郎の記念館。同社が開発した農業機械のほかに、井関氏の歩みを紹介するパネルや、生家、かつての井関農具製作所復元の模型などを展示。大正15年頃の全自動籾すり機(複製)、昭和40年代のトラクター・コンバインなども展示されている。版画家畦地梅太郎の記念美術館が併設されているのも特色。

館内の展示
農機などの展示物

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♥ (参考資料):近代農業黎明期の史跡と資料館

 ここでは、近代農業形成期の史跡や資料館、農業の歴史を伝える記念館、史料館などを掲載している。

♣ 神宮農業館(伊勢神宮)

 所在地:三重県伊勢市神田久志本町1754-1 Tel. 0596-22-1700
HP: https://www.iseshima-kanko.jp/spot/1185

神宮農業館

 → 神宮農業館は1891年(明治24年)に創設された農業博物館。人間と自然の産物との関わりをテーマとした日本最初の産業博物館として知られる。「自然の産物がいかに役立つか」がテーマで、神宮御料地関係の資料や明治の農林水産業の貴重な資料などが展示されている。伊勢神宮の神宮徴古館・農業館ともに国の登録有形文化財である。

館内展示室
神宮関係農業展示物

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♣ 北海道開拓村 旧農商務省滝川種羊場機械庫

所在地:北海道札幌市厚別区厚別町小野幌50-1 Tel. 011-898-2692
HP: https://itproject.xyz/2019/11/03/kyuunousyoumusyoutakikawa/

滝川種羊場機械庫の建物

 → 滝川種羊場機械庫は北欧の建築様式を取り入れて設計された農業機械庫。 機械庫には、緬羊の飼料となる牧草の栽培に使用する大型農機具類、トラクター、耕作機械などが展示されており、そこには北海道農業開発の深い歴史が刻まれている。

機械庫の解説版
農具の展示
開拓初期の農具

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♣ 史跡・旧札幌農学校校舎(札幌市北区)

所在地:札幌市北区北9条西8丁目北海道大学構内
HP: https://www.city.sapporo.jp/kitaku/syoukai/rekishi/88sen/01_13.html

旧昆虫学教室(北海道大学内)

→ 北海道大学農学部前には、旧札幌農学校校舎である明治34(1901)年に建てられた旧昆虫学教室や、明治35(1902)年に建てられた旧図書館読書室など、農学校時代の建物が今も残っており、当時をしのぶことができる。また、現札幌時計台の建物も札幌農学校の「演舞場」であったところで史跡となっている。(国登録有形文化財)
・参照:札幌の今昔記:(https://sapporo-jouhoukan.jp/sapporo-siryoukan/lekishibunko/konjaku/hokudai/hokudai.html

開拓使仮学校跡の碑(東京・芝公園内)
札幌農学校の演武場と 北講堂
初期の札幌農学校の全景(1879年(明治12年))


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♣ 史跡・「新宿農事試験場」の跡

所在地:東京都新宿区内藤町11番地 TEL 03-3341-1461
・参考:https://fng.or.jp/shinjuku/2024/05/05/20240505-01/
・参考:新宿御苑から始まる農工大150周年(https://web.tuat.ac.jp/~museum/dm150/reference.html

明治8年に建てられた旧温室

 → 新宿御苑の「農事試験場」の跡。明治時代に入り、政府は江戸時代から続く内藤家の邸宅地と周辺地を購入、1872年(明治5年)に近代農業振興のための「内藤新宿試験場」を設立. その後、内務省の勧業寮に引き継がれる。場内には、牧畜掛、樹芸掛、農事修学所、製茶掛、農具掛、農学掛などが発足し、勧業寮新宿支庁が置かれた。目的は「内外の植物を集めて効用や栽培の良否、害虫駆除の方法などを研究し、良種子を輸入し、各府県に試験させ、民間にも提供する」ことで、国家規模での農業技術行政の取り組みの一環であった。そして、紆余曲折の後、1949年、国民公園として一般公開されることになる。苑内には、明治8年に建てられた旧温室などがある。

『内藤新宿勧農局試験場内麁絵図』
新宿農事試験場の営業案内
(明治43年)

・参照:【新宿御苑の歴史探訪】新宿御苑の歴史を辿るー近代農業技術の始まりと発展―https://fng.or.jp/shinjuku/2024/05/05/20240505-01/
・参照:施設及び歴史的背景|新宿御苑|国民公園|環境省宿試験場

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♣ 史跡:「農業技術研究発祥之地」の碑

所在地:東京都北区西ヶ原2丁目 滝野川公園内 Tel. 03-3908-9275
参照:https://note.com/kuroda0805/n/n557eb47d49c3
参照:https://840.gnpp.jp/nogyogijutsukenkyu/

農業技術研究発祥之地の石碑
澤野淳

 → 東京北区の 滝野川公園の一角に「農業技術研究発祥之地」の石碑がひっそりと建っている。そして、碑文には次のように記されている。
 「農業技術研究発祥之地明治26年4月 農商務省農事試験場が この地 東京府北豊島郡瀧ノ川村西ヶ原に創設され 我が国の農業技術研究は発祥した。爾来87年 その間 昭和25年4月 農業技術研究所 と改称される等 組織機構の 変遷はあったが「西ヶ原」は常に近代農業関係試験研究機関の母体として 多くの輝かしい業績により 農業の発展に寄与してきた。 昭和55年1月 国立試験研究期間の筑波研究学園都市への移転に伴い この地での研究を終わる。「西ヶ原」の栄光の不滅を祈念し ここに記念碑を刻む」
・参考:明治期の王子・滝野川 ~ 王子・滝野川~(このまちアーカイブス)https://smtrc.jp/town-archives/index.html

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♣ (参考資料)農業に特化した主な博物館の図

・参照:日本農業新聞ー[知りたい聞きたい伝えたい]#夏にお薦め、農の博物館は? ーhttps://www.agrinews.co.jp/society/index/250147 より

(農業技術と機構の項 了)

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印刷文化の魅力を伝える博物館(博物館紹介)

  ―日本の社会文化発展を担ってきた活版印刷の歴史をたずねるー

はじめに

 明治初期の鉄道開設や電信の整備が社会に与えた変革と同様に、活版印刷の普及が、教育文化、社会の近代化、教育政治思想の形成に与えた影響は非常に大きなものであった。大量に供給される印刷物は庶民の教育普及に役立ったし、活字新聞の普及は政治思想や社会運動の原動力となり、文学や美術に対する関心を大いに深める結果となった。 この項では、印刷技術の長い歴史と共に、「活字」印刷技術がどのように日本にもたらされのか、その技術の背景は何かなどを、関連する博物館の紹介と共に取り上げてみることとした。

♣ トッパンの「印刷博物館」

・所在地:東京都文京区水道1-3-3 TOPPAN小石川本社ビル  Tel.03-5840-2300
・HP: https://www.printing-museum.org/
・参考:トッパンの「印刷博物館」を訪ねてhttps://igsforum.com/visit-printing-museum-in-tokyo-j/

印刷博物館入り口

 → 東京・文京区小石川にある印刷大手トッパン本社内に設けられた印刷文化資料館。世界と日本の出版文化の歴史と印刷をテーマとして、古今東西の書物や活字、印刷が築いた歴史や文化、技術を体系的に文明史的なスケールで解説展示している。

館内展示

 博物館では、印刷文字や図像などを通じた表現技術の発展、印刷と社会文化とのつながりなどを幅広い視点で展示、たとえば、古代オリエントや中国古代の印刷、日本の木版印刷、グーテンベルグに始まる西洋の活版印刷、日本の近代的印刷技術の発展、現在の多様な印刷技術・文化の変遷がよく示されている。特に、総合展示室に至る回廊の壁面飾られた印刷物のレプリカは圧巻の迫力である。
(参照:prologue.pdf (printing-museum.org)

プロローグの壁画
博物館壁画の年表表示

 常設展示では、印刷をテーマとしたさまざまな展示、例えば書物や活字、機械を中心とした所蔵資料を広く公開。このうち、“世界の印刷コーナー”では、最初期の印刷から現代の情報技術に至るまでの歩み、“日本の印刷”では、様々な印刷の形成と発展の歴史を所蔵資料で解説し紹介している。また、“印刷×技術”では、「版」の存在を書体と併せて「凸、凹、平、孔」の四つの形式にわけ、それぞれの特色と発展形態を説明展示している。来館者に印刷の魅力を伝える参加型展示スペースも印刷博物館の魅力の一つという。

○ 珍しい展示物では次のようなものが見られる。
 日本最古の印刷物「百万塔陀羅尼」(764-770)、伏見版『貞観政要』(1600)、「グーテンベルク 42行聖書 原葉」(1455)、「和蘭天説」(1796)、「駿河版銅活字」)1606-1616)、「築地活字木活字」(収蔵、1869)など。

16世紀の印刷機
展示された貴重印刷物

♠ 印刷博物館にみる日本の印刷技術の歴史 

    ―独自の道をとった日本の印刷技術の歴史―

 → 印刷博物館では、活字による印刷技術の発展が大きなテーマとなっているが、日本はやや異なった印刷技術の道をたどったことに触れている。日本では、近世初期に一度活字による印刷も試みられたとされるが、やがて木版による製版印刷が中心となり独自の領域で印刷文化が発展してきている。

<活字技術の導入>

駿河版銅活字

 日本においては、仏教の法典または文書のほとんどが写本、木版によって印刷されていた。しかし、中国、朝鮮からの活字技術の受け入れを受け、徳川家康の時代、銅活字による印刷を試みて幾つかの印刷物を残している。このとき作成した金属活字が現在も残っており、重要文化財として印刷博物館に実物が展示されている(“駿河版銅活字”1607-1616)。これが日本における活字印刷の最初の応用例とされている。一方、同時代、ポルトガルのイエスズ会宣教師の手によってキリスト教伝道書が活字印刷され頒布されていたことも知られている「“きりしたん版”印刷物 1590s-)。しかし、前者は、漢字文字数が多数に及び作業も繁雑だったこと、また、後者はキリスト教禁教措置のため中止となったことなどが影響し、やがて忘れ去られることになった。

嵯枕本の「徒然草」など

 そして、日本では、以来、独自の木版による印刷が興隆することになる。こうい った中で作られたのが「嵯峨本」といわれる木活字による印刷物。これはひらがな交じりの木活字印刷による彩色を施した印刷本で「伊勢物語」や「徒然草」など優れた国文学書も含まれている。これらの本は後の国文学の興隆にもつながっていると評価され博物館ではこのうち幾つかを展示している。

<木版製版、版画美術文化の隆盛>

木版で摺られた浮世絵

 一方、活字を使わない木版印刷も江戸時代には隆盛を極める。当時、精緻に作られた浮世絵版画や錦絵などが庶民の人気を集め、専門の出版社も出現して大量に印刷刊行されている。博物館では、展示室内に「錦絵工房」を設けて木版の「彫り」や「摺り」の実演を行っているほか、浮世絵制作における多色刷り木版の実物も展示している。

草草紙本

 また、江戸時代には、人情本や世俗本なども多数発刊され庶民の読み物として普及していったほか、話題を呼ぶニュースを伝える「かわら版」といったものも庶民向けメディアとして人気を呼んだ。これらはすべて木版による印刷によって作成されたもので、江戸期の高度な木版印刷技術として定着していった。

<活字印刷への復帰>

活版の小学教科書

 しかし、明治期になり急速に近代化する社会変化の中で、従来の木版印刷では、拡大する社会情報需要や教育の普及には追いつかず、新たな活字印刷技術が必要となってきた。そして、この機をもって大量印刷の可能な金属活字による近代的印刷の導入が迫られることとなる。このときの黎明期を支えたのがオランダから活版印刷技術を学んだ本木昌造であった。かれは、江戸時代末期から明治にかけて、数の多い日本漢字を独自の方法で鉛の活字を作り、「活字摺立所」をつくり活版印刷を日本で創始した。これ以降、日本では、従来の木版による印刷方法から大きく転換し、様々な学問書、新聞、教科書、証券類が西洋活版印刷技術をベースに作られるようになる。この間の印刷革命に至る経過は、博物館展示で発刊された本、書類などによって数多く展示されている。

<日本的印刷技術のもう一つの姿>―日本の謄写印刷の普及とその社会性―

堀井
謄写版印刷用具

 印刷博物館は大手活版印刷メーカー・トッパンの博物館であるため、日本で戦後盛んに行われるようになった軽印刷、謄写印刷についてはあまり触れられていない。しかし、この印刷方式は、印刷原紙とインクがあればどこでも印刷が可能な便利なもので、学校の教材やチラシなど少部数の印刷には最も適していた。これはパラフィン、ワセリンなどを塗った蝋紙に鉄筆で文字を書き、透過した部分にインクを乗せて印刷する「ガリ版」(謄写版印刷)とよばれた印刷方式であった。この原型は、エジソンが1890年代開発した「ミメオグラフ」であったが、これを明治年代1894年に発明家堀井新治郎が改良して作ったのが「謄写版印刷機」と呼ばれるものであった。これは原理が簡単で安価な上に、漢字数の多い日本語文書が自由に作成するため急速に普及したものとされている。

(参照:https://igsforum.com/visit-printing-museum-in-tokyo-j/ 日本の印刷技術の変遷)
印刷博物館 – 現代に息づく活版印刷の話と貴重な展⽰品の数々: https://news.mynavi.jp/article/

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♣ 大日本印刷(DNP)の博物館「市谷の杜・本と活字館」

所在地:東京都新宿区市谷加賀町1-1-1  Tel.03-6386-0555
HP: https://ichigaya-letterpress.jp
・参考:大日本印刷の博物館「市谷の杜 本と活字館」を訪ねる(https://igsforum.com/dpns-print-museum-j/

「本と活字館」の建物

 →「本と活字館」は、活版印刷の老舗大日本印刷(DNP)における印刷事業の歴史資産を公  開展示すると共に、日本で活版印刷がどのような形で発展してきたかを示す歴史博物館である。館内では、文字(秀英体)のデザイン、活字の鋳造から、印刷、製本まで一連のプロセスを展示しており、印刷機が稼働する様子や活版職人が作業する姿も動態展示の形で公開している。また、参加型ワークショップやイベントなどを通じて、印刷・製本・紙加工も体験できる。

<印刷工場風景の再現>

印刷作業をする展示館の内部

 一階の展示スペースでは、かつての印刷工場の風景を再現した「印刷所」があり、文字の原図を描くところ から、活字の「母型」を彫り活字を鋳造、版を組んで印刷・製本するまでの一連の作業を実際に見ることができる。 また、ずらりと並んだ活字棚(ウマ)から、職人が多くの活字を手早く拾って「版」に納める光景がバーチャルで再現されていて、どのように活字が組まれるかがわかる。通路奥のテーブルには、印刷・製本に使う多様な用具類が、使用法の解説と共に展示されていて、印刷作業の内容も確認できる。

<活版印刷作業のプロセス展示>

印刷・製本に使う道具類を解説する装置
モニターで活版印刷を再現させることができる

 一般に活版印刷では、作字、鋳造、文選、植字、印刷、製本といった過程を経て出版物ができあがっていく。作図では文字のデザイン造り、鋳造では文字母型の鋳造製作、「文選」(活字選び)、「植字」ではできあがった活字を文章毎に綺麗に並べて版を作る作業、次はインクをつけて印刷する作業、そして本作りの「製本」といった作業が連続して行われて印刷出版物が完成する。展示では、これらが、どのような作業手順と精度、技能・技術によって成り立っているかが詳しく分かる構成となっている。

<かつての活版印刷機械の展示>

かつての食事作業

 また、一階の広い展示フロアには、かつて使われた各種印刷機械が陳列されていて、歴史的に印刷機械がどのような進化を遂げてきたかがわかる。地階は大日本印刷の歴史を紹介するフロア「記録室」、二階の体験展示があり、活版印刷による実演、そして見学者による体験印刷もできるイベントも実施されている。

・参照:https://igsforum.com/dpns-print-museum-j/

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♣ 印刷歴史館(NISSHA財団) 

所在地:京都市中京区壬生花井町3  Tel.075-823-5318
HP: (https://www.nissha-foundation.org/history_museum/)

印刷歴史館(NISSHA財団) 

 → 京都の地で印刷文化・技術の振興を目的とするNISSHA財団が設立した印刷に関する歴史館。4000年前の「楔形文字粘土板」や「百万塔無垢浄光陀羅尼経」(770年頃)、「解体新書初版本」(1774年頃)、「42行聖書」(ファクシミリ版,15c)、「木活字」(中国、11c)、「グーテンベルク印刷機」(復刻、15c)、「ゼネフェルダー石版印刷機」(19c)、「ハイデル活版印刷機」(1927年頃)などの実物など、印刷の起源から近代に至るまでの大変貴重な資料を展示している。建物自体も貴重で、1906(明治39)年に建てられた明治を代表するレンガ造り、2011年には国の登録有形文化財に登録されている。

ゼネフェルダー石版印刷機 
展示された貴重な印刷物

・参考:設立趣意 (https://www.nissha-foundation.org/about/prospectus/
・参考:The KANSAI Guide – NISSHA印刷歴史館 (https://www.the-kansai-guide.com/ja/directory/item/20767/

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♣ ミズノプリンティング・ミユージアム                 

・所在地:東京都中央区入船2丁目9番2号  Tel.03-3551-7595
・HP: https://www.mizunopritech.co.jp/mpm/
・参考:東京”ミズノ・プリンテック”の「印刷ミュージアム」を訪ねる(https://igsforum.com/visit-mizuno-printing-museum-j/

ミュージアムの展示場の様子

 → このミュージアムは、中堅印刷会社ミズノプリンティングが運営する印刷博物館、館内はやや狭いもの重要文化財となる印刷関係資料が多数収蔵されており、類例をみない貴重な私設博物館となっている。これら展示品はミズノ会長の水野雅生氏が生涯かけて収集したものである。そのうち歴史的な印刷物、印刷機械が館内に展示されている。これら所蔵資料で見ると、紀元前メソポタミア時代の「円筒印章」、律令時代の経典「「百万塔陀羅尼」、古活字を使った「日本書紀」(16世紀)、伏見版「貞観政要」(17世紀)など数多い。 中でも、日本の近代印刷の先駆をなした福澤諭吉の関係本を多く所蔵し、「学問のすゝめ」の初版本は特に貴重である。

初期の活版印刷機
福沢の「学問の済め」コレクション
週数の貴重本展示

 また、歴代初期の活版印刷機のコレクションが大きな柱の一つとなっており、コロンビアン・プレス(手引き活版印刷機 1850年製造)、古典的なアルビオンプレス(手引き活版印刷機など歴史的な手引き印刷機などが展示されている。特に貴重なのは、明治初期、平野富二が作ったといわれる国産第一号の「手引き活版印刷機」である。これは平野富二が東京の「築地活版製造所」で製作した活版印刷機で、「日本機械遺産」にも認定されている。

・参考:ミズノプリンティングミュージアムの施設紹介(https://iko-yo.net/facilities/174091
・参考:中央区まちかど展示館(https://www.chuoku-machikadotenjikan.jp/feature/special03_tenjikan02.html

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♣ アジア活版資料館(亜細亜印刷)(長野県)              

所在地:長野県長野市大字三輪荒屋1154番地 Tel. 026-243-4859
HP: https://www.asia-p.co.jp/museum

亜細亜印刷社屋
活字模型

 → デジタル化が進む印刷の中にあって、長野市にある亜細亜印刷が活版印刷の歴史的な技術遺産を残すため開設したのが「アジア活版資料館」。活版時代の手造りの工程を展示保存することによって、貴重な活版文化の遺産を後世に伝えることを目的としている。展示では、自社の機器のほか、同業者から譲り受けた、凸版印刷機や母型、紙型、鋳造機、活字箱、鉛版や版木などを展示し、活版印刷が主流だった昭和30年、40年代の書籍印刷の作業工程を追えるように再現している。

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♣ 活版ミニ博物館(中西印刷)(京都)

所在地:京都市上京区下立売小川東入る西大路町146  Tel. 075-441-3155
HP:  https://the.nacos.com/nakanishi/museum.php

植字台
タイプキーボード

 → 活版ミニ博物館は中西印刷の活版印刷をささえた機材が収集・展示されている。中西印刷は、現在、電子組版平版印刷へと移行しているが、1992年に活版印刷を廃止するとき、活字をはじめとした多くの機材を整理して展示し、印刷の技術を未来に残すこととしミニ博物館を設立している。展示では、西夏文字字母などのほか、木版時代の版木や、モノタイプなど近代活版自動化の足跡を伝えている。

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♣ 活字資料館(モトヤ・印刷機材)(大阪)           

所在地:大阪府大阪市北区紅梅町2-8 Tel. 06-6358-913
1HP: https://www.motoya.co.jp/business/katsuji.html

活字資料館入り口
活字鋳造機
ベントン彫刻機

 → → 総合印刷機材商社モトヤは大阪に「活字資料館」を開設し、創業取り組んできた鉛活字の製造や組版作業の様子をはじめ、現在も引継がれているフォントデザインの過程を展示している。19世紀のベントン彫刻機、活字鋳造機、活字母型、活字に代わる新しい組版機器など、かつての活版印刷の黄金時代を築いた印刷機械など活版印刷の歴史を記すものが多数展示されている。

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♣ 謄写技術資料館(大東化工) 

所在地:岐阜県岐阜市折立364-1(大東化工(株)本社内)  Tel.058-239-1333
HP: https://www.daito-chemical.com/museum.html 

大東化工のビル

 → 1940年代に創業して以来、謄写印刷を中心に印刷事業を展開してきた「大東加工」が設立した「謄写技術資料館」。展示では、謄写印刷技術の進化 謄写印刷機の誕生から終焉までの歴史をわかりやすく解説し、時代時代に活躍した内外の機械を紹介。また、作品コーナーでは、TVや映画の台本や機関誌など実用的なものから、芸術価値に富む謄写印刷作品まで、謄写印刷で作られた資料などを多数展示している。
 また、昭和の教室コーナーでは、謄写印刷が花形だった昭和の教室を再現して展示している。

和文タイプライタ
謄写技術史料館の展示場

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♣ ガリ版伝承館 (滋賀県)    

所在地:滋賀県東近江市蒲生岡本町663番地  Tel.050-5802-2530
HP: https://www.city.higashiomi.shiga.jp/0000000117.html

ガリ版伝承館のある建物
堀井耕造

 → 明治時代に日本で発明され普及した印刷方式「ガリ版印刷」(鉄筆と鉄板やすり、ろう原紙を使って行う簡易印刷)の歴史を紹介する資料館。ガリ版印刷の器材や作品、またビデオ鑑賞などにより、“ガリ版”印刷の背景、社会的影響、簡易印刷文化の内容を紹介している。中には、各種記念品のほか堀井耕造(二代目新治郎)の肖像がある。

・参考:山添村ガリ版物語⑤山添村は第三の‟ガリ版聖地”を名乗れhttps://yamazoe-love.com/yamazoe-as-the-hometown-of-the-hometown-for-gariban-5/

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♣ 参考資料:史跡「活版発祥の碑」と黎明期活版印刷技術の創成

 ―「新町活版所跡石碑」(長崎)、「活字発祥の碑」(東京・築地)、「京都印刷発祥之地の記念碑」(京都)―

  → 活版印刷の普及は、明治日本における社会の近代化の推進、産業振興、教育普及、政治思想形成に計り知れない影響を及ぼしてきた。この歴史的意義を強調するため、上記活版印刷発祥の記念碑が長崎、東京、名古屋の地にが建てられている。

新町活版所跡石碑
活字発祥の碑
京都印刷発祥之地の記念碑

 このうち長崎の「新町活版所跡石碑」は、明治2年、長崎通詞だった本木昌造が“活版伝習所”を設立、日本で最初に活字鋳造に成功したことにより、近代活版印刷発祥之地となっている。築地の「活字発祥の碑」は、平野富二が、明治6年に“築地活版製造所”を設立し、国産では第一号となる活版印刷機を造ったことを記念したもの。長崎の「京都印刷発祥之地の記念碑」は、明治4年、大木の援助の下で京都初の近代印刷技術による印刷所」を設立したことを顕彰するものであった。
 これらの記念碑を訪ねることにより、明治期における活版による近代印刷が如何にはじめられ発展していったかを知ることができるだろう。この経過を辿ってみよう。

<明治における活版印刷の形成と普及

本木昌造
長崎で新鋳造の「和様平仮名活字」

 幕末を経て明治期になり急速に社会の近代化が進む中で、従来の木版印刷では急増する社会情報や教育の普及には追いつくことができず、新たな活字印刷技術の普及が必要となってきた。そして、大量印刷が可能な金属活字による近代的印刷の導入が迫られることとなる。このときの黎明期を支えたのがオランダから活版印刷技術を学んだ本木昌造であった。長崎で通詞を勤めていた大木は、オランダから活版印刷技術を学び、数の多い日本漢字を独自の方法( “蝋型電胎法”という活字母型製造法)で作った鉛活字を発明する。また、これを普及させるため、1869年には「活版伝習所」の開設も行っている。ちなみに、長崎には上記の「活版印刷発祥の地の碑」があり、大木の作った活字母型のレプリカも展示されている。
・参照:本木昌造 活字復元プロジェクトの成果品 (robundo.com) http://robundo.com/salama-press-club/column/column008.html

 <平野富二と築地活版製造所> 

東京築地活版製造所
平野富二

 以降、日本は従来の木版による印刷方法から大きく転換、様々な学問書、新聞、教科書、証券類がすべて西洋活版印刷技術をベースに作られるようになった。こうした旺盛な印刷物需要に応えるべく、各地に多くの民間活版印刷所が設立される動静となる。

平野が作った活版印刷機

 まず、大木の弟子であった平野富二が東京に「東京築地活版製造所」を設立、活字類の鋳造、印刷機械類の製作を開始している(平野は石川島重工、現IHIの創業者でもあった)。また、谷口黙次が大阪で「谷口印刷所」(大阪活版所)を設立するなど、本木昌造を起点にした日本の近代活版印刷は大きく裾野を拡げる。京都では、近代印刷技術による印刷所「京都點林堂」が設立された。なお、築地活版製造所が長崎の活版製造所から引き継いで製作改良を重ねた書体は「築地体」と呼ばれ、日本で現在使われている印刷文字の源流となっている。

最近のオフセット印刷

 これ以降、大手のトッパンや大日本印刷などの印刷業界を牽引すると共に、日本各地には多くの活版印刷所がうまれ、明治に生まれた活字体を活用しつつ、明治、大正、昭和と書籍、雑誌、新聞、ポスターなど各種印刷物が情報の社会基盤を築いていくことになる。 
 しかし、今や印刷も技術革新進む中にあり、かつての活版印刷は姿を消しつつあるようだ。そして、印刷形態もオフセット、写真印刷、多色デジタル印刷など多様な形に進化している。この変化の中にあっても、活版印刷で築かれた技術的基礎は今に引き継がれていることは否めない。このことは、博物館の展示に中にもよく示されているといってよいだろう。

・参照:産業遺産からみた印刷技術の進化と社会https://igsforum.com/2022/12/02/print-tech-history-jj/

(了)

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○参考資料:

・「印刷博物館ガイドブック」(印刷博物館刊)
・印刷博物館HP:https://・www.printing-museum.org/
・「印刷博物館・プロローグ展示ゾーンのご案内」(印刷博物館パンフ)
・Stroll Tips印刷博物館: https://www.stroll-tips.com/printing-museum/
・ぷりんとぴあ | 印刷の歴史 | ⽇本印刷産業連合会: https://www.jfpi.or.jp/printpia/category_detail/id=3482
・“明治150年”記念展示 「日本の印刷の歴史」: https://www.jfpi.or.jp/printpia/topics_detail21/id=4030
・印刷の発明と歴史 【⽊版印刷・活版印刷の古代中国での発明から】http://chugokugo-script.net/rekishi/insatsu.html

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紙文化の歴史を語る博物館(博物館紹介)

はじめに

    ―情報と知識、社会文化の担い手としての紙文化をみる博物館紹介ー 

 有史以来、紙は情報と知識の伝達手段として、また、便利な生活材料として社会文化の発展に重要な役割を果たしてきた。歴史における紙技術の伝播や発展も興味深い。こういったことを実感させてくれる博物館は日本に数多い。特に、日本の伝統工芸の一つとなっている和紙は、各地の地場産業として歴史的にも多様な形で発展してきている。このセクションでは、明治以降急速に発展した印刷の受け皿となった西洋紙と共に、日本独自の和紙に関する博物資料館を中心に紹介することとする。

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♣ 東京・王子の「紙の博物館」              

所在地:東京都北区王子 1-1-3  Tel. 03-3916-2320 
HP: (https://papermuseum.jp/ja/)

紙の博物館外観

 →「紙の博物館」は、日本の洋紙発祥の地、東京・王子に開設された「紙」に関する世界有数の紙専門の博物館である。紙の製造工程、種類や用途、紙の歴史、紙の工芸品、歴史的資料や生活用品などを総合的に展示している。博物館では、世界史的な視点での「紙」の歴史とその社会文化的なインパクト、日本で独自の発展を遂げた「和紙」の歴史や製法、近年の製紙産業の成立と発展の歴史、現代の紙の多様な形態や役割などを詳しく紹介している。当初、明治初期の製紙会社「抄紙会社」(後の王子製紙)の歴史史料を展示する「製紙記念館」であったが、1998年、施設の大幅な拡張整備を行い、現在の「紙の博物館」となったもの。紙の文化的な役割、近代文明発展の担い手となっている紙の存在について、改めて知ることのできる貴重な博物館であろう。

展示コーナー
各種の紙を展示
紙の種類を開設

館内は、多様な美術品や記念資料を展示するエントランスホール、現代日本の製紙産業の現状や機械・原料・製品などを紹介する「現代の製紙産業コーナー」、紙の性質や製造過程を紹介する「紙の教室」、内外の紙の歴史、特に、和紙の技術発展について展示する「紙の歴史」コーナーとなっている。また、日本の製紙産業の成立を象徴する歴史記念物を集めた展示コーナーも設けられている。

世界初の抄紙機模型
展示室「紙の教室」

このうち最も印象的なのは、和紙の歴史を含めた「歴史展示」である。「現代の製紙産業」で見られた産業機械や紙パルプの加工工程、古紙のリサイクル、用紙以外の紙製品の多様さにも驚かされる。また、館内には、研修室や図書館なども併設されていて、紙づくりの実習もできるなど学習の場としても使用されることも多いという。

・参照:東京・王子の「紙の博物館」訪問 https://igsforum.com/visit-paper-museum-in-oji-tokyo-j/
・参考:紙の博物館 – 見どころ、アクセス & 周辺情報 | GOOD LUCK TRIP (gltjp.com)  https://www.gltjp.com/ja/directory/item/14088/

 小津史料館)

所在地:東京都中央区日本橋本町3-6-2 小津本館ビル  Tel.03-3662-1184
HP: (https://www.ozuwashi.net/archives.html

小津史料館)外観

 → 江戸時代から続く和紙の老舗・小津の様々な和紙製品の展示を行うと共に、日本の紙業に関わる文書類を展示している。和紙は1000年以上の歴史を持つ日本の誇る伝統産業工芸品の一つである。そのしなやかさと美しさ、強靱性、長期保存性から,広く文書、絵画、障子襖などの建具、工芸作品の素材として長く愛用されてきた。現在、紙需要の多くは大規模製紙業による用紙・印刷用紙に移っているが、和紙も様々なスタイルの工芸素材として好まれ、その種類と利用範囲は驚くほど広い。このことを強く印象づけてくれる資料館が小津和紙の「小津史料館」である。

展示室の内観
各種展示品

 この施設は和紙メーカー「小津商店」のショウルームを兼ねるほか、和紙の魅力、多様さ、地域産業としての重要性、和紙製法の紹介などを幅広い展示活動を行っている。また、江戸時代から続く老舗企業「小津」の成長を跡づける歴史資料も数多く見られ、魅力ある資料館となっている。展示資料の中に示された松坂商人のルーツや紙のエピソードなども魅力の一つである。

参照:東京・日本橋の「小津史料館」を訪ねる(https://igsforum.com/visit-ozu-washi-history-museum/
・参考:小津330年のあゆみ https://www.ozuwashi.net/330/
・参考:小津和紙 – Wikipedia 

♣ 越前和紙の里 (紙の文化博物館)

所在地:福井県越前市新在家町8-44  Tel. 0778-42-1363
HP: http://www.echizenwashi.jp/

紙の文化博物館外観

 → 「越前和紙の里」は、『紙の文化博物館』『卯立の工芸館』『パピルス館』を結ぶエリア全体からなる。この三つの施設はそれぞれ和紙をテーマにしており、和紙に関する知識を紹介しているほか越前和紙を作る工程や職人技の見学、紙漉きの体験もできる。「紙の文化博物館」では、越前和紙の歴史や技法、産地ならではの和紙作品を多数展示している。また、特別展では越前和紙の長い歴史を物語る古紙、道具などを展示、常設展で越前和紙の発祥や歴史について学ぶことができる。「パピルス館」では和紙づくり、「卯立の工芸館」では伝統工芸士が昔ながらの道具を使って紙を漉く様子を観察できる。

内部の展示コーナー
作品の展示
手漉き作業

 越前和紙は、福井県越前地方の岡太川流域で作られている和紙で日本三大和紙の一つ。この越前和紙は、種類、量ともに全国一位の和紙産地として知られる。主な原料は、植物の表皮の内皮である靭皮繊維で、楮(こうぞ)・三椏(みつまた)・雁皮(がんぴ)である。特徴は、生成(きなり)色の優雅な美しさと高い品質といわれる。“越前奉書”と“越前鳥の子紙”は国の重要無形文化財にも指定されている。

館内展示
越前が見の見本

・参照:越前和紙(えちぜんわし)の特徴 や歴史- KOGEI JAPANhttps://kogeijapan.com/locale/ja_JP/echizenwashi/
・参照:越前和紙 – Wikipedia

♣ 美濃和紙の里会館 (岐阜県)

所在地:岐阜県美濃市蕨生1851-3 Tel. 0575-34-8111
HP: https://www.city.mino.gifu.jp/minogami/

美濃和紙の里会館外観

 → 美濃和紙は1300年以上の歴史と伝統を誇る。繊細できめ細やかな風合いを持ち、美しく丈夫な和紙作品が特徴といわれる。丹念に漉かれる一枚一枚は優れた自然環境と卓越した職人の技をみせている。歴史をたどれば、美濃和紙が全国的に広がったのは、室町時代に美濃国守護の土岐氏が地元産業を活性化させ製糸業を保護したことが大きい。また、土岐氏と交流のある公家や僧侶が好んで美濃和紙を使用し全国に知られるようになった。江戸時代には、美濃が専売制度によって障子紙として確固たる地位を築き、高級和紙として地位づけられた。しかし、一方で西洋紙の普及で和紙全体の需要は減少したが、美濃和紙は日用品として今も広く使われている。そして、1985年には経済産業省により伝統的工芸品に指定され、現代でも手漉き和紙は美濃和紙の古くからの伝統が受け継がれている。博物館は、これを強く印象づける内容となっている。

展示スペース
美濃紙の発展と作品展示
美濃紙のインテリア

・参照:・美濃和紙(みのわし)の特徴 や歴史- KOGEI JAPAN(コウゲイジャパン)https://kogeijapan.com/locale/ja_JP/minowashi/

♣ 石州和紙会館 (島根県)

所在地:島根県浜田市三隅町古市場589 Tel. 0855- 32-4170
HP: https://www.sekishu-washikaikan.com/

石州和紙会館

 → 石州和紙(石州半紙)は島根県の西部(石見地方)の地域で漉かれている和紙、この技術伝承と普及、市場開発のため平成20年に設立されたのが石州和紙会館である。石州和紙(石州半紙)は原料に楮・三椏・雁皮の食物の靭皮繊維を使用し、補助材料としてネリに「トロロアオイ」の根の粘液を使い、竹簀や萱簀を桁にはさんで「流し漉き」により、つくられるのが特徴。かつて大阪商人は石州半紙を帳簿に用い、火災のときいち早く井戸に投げ込んで保存を図ったとも伝えられた貴重品であった。ユネスコ無形文化遺産の「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表の中に「『本美濃紙』『細川紙』とともに、日本の手漉和紙技術として『石州半紙』も記載されている。しかし、明治時代に6,000軒を超す事業所が存在していたと伝えられるが、年々減少傾向で、現在ではごく少数となっている。こうした背景を受け、この会館も開館されるなど石州和紙の普及を図っている。和紙会館の工房内では、石州和紙製造の全工程の作業ができるほか、紙漉き体験もでき、展示室では、様々な商品を一堂に展示するなど地域と密着した施設となっている。

館内の展示コーナー
石州和紙の展示
石州和紙の作品

・参照:石州和紙(せきしゅうわし)の特徴 や歴史- KOGEI JAPAN(コウゲイジャパン)https://www.pref.shimane.lg.jp/industry/syoko/sangyo/sanhin_ikusei/bussankan/
・参考:島根県物産観光館:島根県松江市殿町191島根ふるさと館内  Tel. 0852-22-5758 (https://www.pref.shimane.lg.jp/industry/syoko/sangyo/sanhin_ikusei/bussankan/
・参考:石州和紙協同組合(伝統的工芸品指定の石州和紙の製造)https://sekishu.jp/

♣ いの町紙の博物館 (土佐和紙伝統産業会館)

所在地:高知県吾川郡いの町幸町110-1  Tel. 088-893-0886
HP: https://kamihaku.com/

いの町紙の博物館

→ 伝統的工芸品「土佐和紙」の振興を図るため1985年に開館した和紙博物館。常設展示室では、和紙の歴史と文化、原料・用具などを展示、手すき実演・体験コーナー、販売コーナーも備えている。別の展示室は、文化活動の発表の場や国際的な展覧会、企画展・特別展なども開催している。
 土佐和紙は、高知県土佐市や、いの町周辺で作られている和紙で、過去には、財布や薬入れ、提灯などに使われていたが、現在ではふすまやちぎり絵、お菓子の包装など幅広い用途で使用されている。さらには、日本の書籍や世界の絵画の修正に使用されるなど国内だけでなく、海外でも評価の高い和紙となっている。土佐和紙の特徴は、種類が豊富であるということと、他の和紙と比べて薄くて丈夫であるといわれている。

館内の展示場
歴史と作品の展示

参照:土佐和紙(とさわし)の特徴 や歴史- KOGEI JAPAN https://kogeijapan.com/locale/ja_JP/tosawashi/

♣ 埼玉伝統工芸会館 (細川紙) (saitama.lg.jp)

埼玉県比企郡小川町大字小川1220  Tel. 0493-72-1220
HP: https://www.pref.saitama.lg.jp/shisetsu/hakubutsukan/012.htm

  参考 ♣ 小川町和紙体験学習センター( 和紙のふるさと小川町)
  埼玉県比企郡小川町大字小川226  Tel. 0493-72-7262
  HP: https://www.town.ogawa.saitama.jp/0000003753.html

埼玉伝統工芸会館

  → 「伝統工芸会館」は、伝統的手工芸品20産地・30品目を展示する資料館。館内には伝統的手工芸品の一つ「小川和紙」の体験ができる和紙工房があり、様々な種類の紙漉きができるほかユネスコ無形文化遺産登録の「細川紙」の実演も行っている。
和紙体験学習センター」は、1936年に和紙の研究施設として埼玉県が建設し、平成11年に埼玉県から小川町に移管されたた施設で。 現在では手漉き体験ができるほか、和紙で作成された展示物なども見学することができる。ユネスコ重要無形文化遺産に登録された 「細川紙の技術」を大切に継承するセンターでもある。

工芸館の館内
手漉き体験

 ちなみに、「細川紙」は、埼玉県のほぼ中央部、秩父郡東秩父村及び比企郡小川町で伝承されている楮(こうぞ)を原料とした伝統的な手漉き和紙で、その製作技術は、1978年、国の重要無形文化財に指定されている。歴史をたずねると、宝亀5年(744年)の正倉院文書に“武蔵紙”の記録が見られることから、1300年以上の歴史があるものと考えられている。その後、中世における状況は明らかでないが、江戸時代になると、「大河原紙」あるいは「小川紙」と呼ばれた和紙の生産が始められ、「細川紙」の名称での製作もなされている。しかし、「細川」という地名は地元にはなく、当時、紀州・高野山麓の細川村(現在の和歌山県髙野町)で漉かれていた和紙の技法があり、これを導入し“細川”という名で大消費地・江戸向けに生産がはじめられたのではないかと信じられている。

工芸館の作品展示
細川紙

・参照:細川紙 | 和紙のふるさと小川町https://www.town.ogawa.saitama.jp/0000000261.htm
・参照:細川紙 | 東秩父村観光サイト (higashichichibu.jp)   http://www.higashichichibu.jp/hosokawashi

♣ 鳥取市あおや和紙工房

所在地:鳥取県気高郡青谷町山根313   Tel. 0857-86-6060
HP: https://www.tbz.or.jp/aoya-washi/

鳥取市あおや和紙工房

  → 「あおや和紙工房」は1200年を越える歴史があるといわれる因州和紙の鳥取市の工房である。現在、書道用紙、工芸紙、染色紙などに力を注ぎ、多くの和紙愛好家や書道家に愛用されている。敷地内にはこれらの和紙を紹介する展示ギャラリー、ショップ、手漉き和紙づくりができる体験工房がある。常設展示室は、古来の和紙の製法・道具、そして和紙の現在・未来などを展示、企画展示室と体験工房では、年間を通じて様々な企画展示を行うほか個展、学園祭などの作品展示も行っている。

工房の内部展示場
因州和紙の作品

 「因州和紙」は旧因幡の国に当たる鳥取県の東部で作られている手すき和紙。特に書道や書画・水墨画に適した風合いのよい画仙用紙が有名で、全国でトップクラスの生産量を誇る。因州和紙の特徴は、天然の繊維が活かされた温かみのあるしなやかさといわれ、酸化しにくく自然な強さを持つことから実用性にも優れている。その高い品質から、「因州筆きれず」とも言われるほどである。現在は伝統的な技術を利用して立休形状のインテリア製品やパソコン用印刷紙など、時代の変化に対応した新製品を多く開発している。
 ・参照:因州和紙(いんしゅうわし)の特徴 や歴史- KOGEI JAPAN https://kogeijapan.com/locale/ja_JP/inshuwashi/

♣ 紙のさと資料館(茨城県・西ノ内紙) 

所在地:茨城県常陸大宮市舟生90 Tel. 0295-57-2252
HP: http://www.kaminosato.com

紙のさと資料館
館内展示

 → 「紙のさと資料館」は、1970年に以来、常陸大宮市舟生に店舗を構えて手漉き西ノ内紙専門店として営業している店舗であるが、同時に資料館としても活躍している。西ノ内紙は、上質な「那須楮」と、奥久慈の清らかな水により漉き出される和紙である。コウゾのみを原料として漉かれ、ミツマタやガンピなどが用いられないことに特徴がある。江戸時代には水戸藩第一の特産物となり、各方面で幅広く使われた。強靱で保存性に優れたその性質から、江戸では商人の大福帳として用いられたという。ここでは、350年の歴史をもつ西ノ内紙ができるまでのプロセスをわかりやすく紹介している。
 ・参照:西ノ内紙 – Wikipedia

♣ 烏山和紙会館・和紙の里(栃木県・福田製紙所)

所在地:栃木県那須烏山市中央2-6-8 Tel. 0287-82-2100
HP: https://www.fukudawashi.co.jp/pages/42/

烏山和紙会館

 → 烏山和紙は、国の選択無形文化財である“程村紙(ほどむらし)“で知られる手漉き和紙。和紙会館ではその和紙の展示即売を行うほか、和紙に関する資料を見ることができる。宮内庁御用として宮中における歌会始の懐紙に選ばれているほか、450年の歴史を誇る「山あげ祭り」祭り≫にも烏山和紙が使われている。
・参照:烏山和紙会館|│福田製紙所│烏山和紙会館│和紙の里│和紙│手漉き│手作り│体験│教室│販売│栃木│那須烏山│ (fukudawashi.co.jp)
・参照:烏山和紙会館 「 とちぎの農村めぐり特集 | 栃木県農政部農村振興課
参照:https://www.agrinet.pref.tochigi.lg.jp/tochigi-nouson-meguri/archives/spot_winter/karasuyama_washi

♣ 安部栄四郎記念館 (島根県)

所在地:松江市八雲町東岩坂1754  Tel. 0852-54-1745
HP: https://izumomingeishi.com/abeeishirou/

安部栄四郎
安部栄四郎記念館外観
館内展示

 → 栄四郎は生涯をかけて収集した貴重な和紙の資料や民芸品の数々を保存し公開するために、1983年、八雲村に、「安部栄四郎記念館」を設立した。また、和紙技術者の育成のためその付属施設として「手漉き和紙伝承所」も開設している。「和紙を千年先へ残す・・・」思いを育みつつ“出雲民芸紙”に触れる場所となるよう期待することが創設の趣旨であった。(記念館案内文より)
  ここでは、人間国宝・安部榮四郎が築き上げた出雲民藝紙の紹介はもちろん、民藝運動を通して出会った仲間達の作品が展示されている。柳宗悦やバーナードリーチなど多くの民藝作家の作品をはじめ、交友の深かった棟方志功の作品なども展示させている。

♣ 西宮市立伝統工芸品館(名塩和紙学習館)

所在地:兵庫県西宮市名塩2丁目10-8  :Tel. 0797-61-0880
HP: https://anian-club.jp/spot/481/

雁皮紙を作るための雁皮精選
現在も雁皮紙を作る谷徳製紙所

 → 名塩雁皮紙は、兵庫県西宮市の塩瀬町名塩地区で製造される和紙(雁皮紙)とされる。原料はガンピ(雁皮)で、これに地元で産出する泥土を混ぜて漉くのが特徴である。名塩和紙学習館は、名塩の伝統産業「紙すき」を実習・体験できる施設。展示室は、名塩紙の歴史や紙すきの工程を説明するパネル、名塩紙が使われた京都二条城のふすま絵の写真のほか、簀桁すけたや帛きぬ、簀すなど、紙すきの道具類も展示している。
 ○参考:谷徳製紙所(兵庫県西宮市名塩2-2-23​ HP: https://www.najiowashi.com/
→現在も名塩雁皮紙を製作する製紙所。最盛期には「名塩千軒」と言われるほど紙漉きが盛んだった兵庫県西宮市の北部にある紙漉きの里、名塩(なじお)。 400年の歴史を持つ名塩紙を継承するのは、今は二軒で、そのうちの一軒が谷徳製紙所。
・参照:名塩紙 | 和紙 | 兵庫県 | 日本伝統文化振興機構(JTCO)
・参照:名塩雁皮紙 – Wikipedia
・参考:人間国宝の紙・名塩雁皮紙(間似合紙)のお話 https://www.tamakirakuzando.com/sub41.html

♣ 阿波和紙伝統産業会館

住所 徳島県吉野川市山川町字川東141 Tel. 0883-42-6120
HP: http://washi.awagami.or.jp/hall/event/eventlist.php

 阿波和紙伝統産業会館

 → 阿波和紙は、徳島県吉野川市、那賀郡那賀町、三好市池田町で作られている和紙で、「流し漉き」や「溜め漉き」という技法で作られている和紙である。特徴は、手漉きならではの肌触りと、生成(きなり)の風合い、薄くても水に強くて破れにくい丈夫な紙質といわれる。また、徳島の伝統産業である藍染などの草木染を施したものや、麻や木材を混ぜて漉いたものなども多いという。幅広い用途に使われているようで、インクジェット用の和紙、針金を通したインテリア用の和紙、耐水性のある和紙などの新しい試みを取り入れた和紙の開発も盛んに行われている。この阿波和紙会館では、和紙の各種イベントや作品展、体験教室を開いて地元阿波和紙の普及に努めている。
・参照:阿波和紙の特徴 や歴史- KOGEI JAPAN https://kogeijapan.com/locale/ja_JP/awawashi/

♣ 大洲和紙会館 (天神産紙工場)

所在地:喜多郡内子町平岡甲1240-1 Tel. 0893-44-2002
HP: https://www.iyokannet.jp/spot/617

天神産紙工場

 → 「大洲和紙」は、古くは平安時代から作られてきたといわれる和紙で、書道半紙、障子紙、凧紙、色和紙などとして広く利用され、国の伝統工芸品にも指定されている。特に有名なのは書道半紙で、薄くて漉きムラが少ないため、高級で使いやすい書道半紙として現在でも重宝されている。この大洲和紙会館は天神産紙工場の施設で、阿波和紙に触れることができるほか、工場では和紙の製造工程の見学や紙漉き体験などができる。
・参照:大洲和紙の特徴 や歴史- KOGEI JAPAN https://kogeijapan.com/locale/ja_JP/ozuwashi/

♣ 五箇山和紙の里 道の駅「たいら」(五箇山)

住所 富山県東砺波郡平村東中江218  Tel. 0763-66-2403
HP: http://gokayama-washinosato.com/

五箇山和紙の里

 → 古くから五箇山の産業を支えてきた和紙づくりの伝統技法の継承と保存、復興を目的とした研究館。館内では、五箇山和紙の歴史資料をはじめ、和紙製品の販売、製造工程などの紹介や全国各地の有名和紙、パピルスをはじめとする世界の紙などを展示している。

♣ 内山手すき和紙体験の家

内山紙

所在地:長野県下高井郡木島平村穂高1143-3   Tel. 0269-82-4151
HP: https://kamisukiya.com/
  → 内山紙は長野県の奥信濃地方で作られている和紙で、手漉きの内山紙は楮(こうぞ)100%を原料とし、通気性や通光性が優れ、強靭で保温力もあることで知られる。奥信濃地方は一晩で1メートル以上の雪が積もるほどの豪雪地帯のため、冬場には「雪さらし」という技法で繊維を漂白するために、日焼けしにくく長持ちする特徴がある。かつて戸籍台帳用紙としても長く使用され、太陽光をよく通す障子紙としても高い評価を得ている和紙である。 「内山手すき和紙体験の家」のある木島平村地域は、江戸時代より「内山紙」の発祥の地であった。ここでは、冬の間の農家の副業として盛んに漉かれていたが、現在では製作する農家が少なくなってしまった。しかし、この伝統技術を伝えていこうと昭和62年に設立したのがこの施設。現在、和紙づくりの体験施設として、木島平村の有志の手によって運営されている。
 ・参照:内山紙の特徴 や歴史- KOGEI JAPAN)https://kogeijapan.com/locale/ja_JP/uchiyamagami/

♣ 小国和紙生産組合

所在地:新潟県長岡市小国町小栗山145  Tel. 0258-41-9770
HP: https://www.oguniwashi.com/
 → 雪国の新潟県長岡市小国町で300年以上の歴史をもつ手漉き和紙を製作。和紙の原料である楮(コウゾ)から自家栽培を行い、冬季間の原料加工作業では、雪国ならではの雪を活用した伝統製法で真っ白な和紙を生産している。工房見学や紙漉きなどの体験も行なっている。
 ・参考:長岡市小国で和紙作りを体験 – 新潟文化物語  https://n-story.jp/exp-report/12/
 ・参考:和紙産地をたずねて(新潟県小国町)https://www.hm2.aitai.ne.jp/~row/kikou/nigata/oguni.html

♣ 和紙工芸館(豊田市小原和紙のふるさと展示館)

所在地:愛知県豊田市永太郎町216-1
HP: https://www.aichi-now.jp/spots/detail/212/
 →「和紙工芸館」では和紙づくりを気軽に体験できます。豊田小原和紙工芸の魅力を存分に楽しむことができる美術館で、全国の和紙標本や個性豊かな和紙工芸作品、小原地区特有の美術工芸作品、そして豊田小原和紙工芸の創始者で、近代工芸の先駆者でもある藤井達吉翁の作品等を展示している。
 ・参考:小原和紙とは | 小原和紙工芸作家・加藤英治 https://horaikan-washi.art/eijikato/obarawashi
 ・参考:愛知県・小原和紙 http://www.tesukiwashi.jp/p/obara1.htm
 ・参考:和紙産地をたずねて(愛知県小原村) https://www.hm2.aitai.ne.jp/~row/kikou/obara/obara.html

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<参考資料>

*藤井達吉氏(近代工芸家)の「和紙の博物館」ブログを参照させていただいて掲載
和紙の博物館 (aitai.ne.jp) Ref: https://www.hm2.aitai.ne.jp/~row/index.html

・参考:和紙の年表
Ref. https://www.hm2.aitai.ne.jp/~row/history.html より


・参考:地図で見る全国の和紙の分布図
Ref. https://www.hm2.aitai.ne.jp/~row/washimap.html より

(和紙の項・了)

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セメント、煉瓦、石材の史跡と博物館(博物館紹介) 

はじめに

  幕末から明治維新を経て、産業と社会の近代化に乗りだした日本は、早急なインフラ整備と近代的な建造物の建設を迫られた。従来の木材を主体とした構造物以外に、耐火性と堅牢性をもった建築材料が大量に必要となったのである。そして、西欧で発達したセメント、煉瓦、石材、タイルなどを政府をあげて追求することになる。インフラの分野では、灯台、鉄道、トンネル、工場建設には大量のセメント、煉瓦が必要としたし、官庁や銀行、倉庫などの建物には耐火性の優れた煉瓦が求められた。当初、これらは輸入に頼らざるを得なかったが、徐々に国産化も進められた。明治初期の官営のセメント工場、煉瓦工場の建設などはこの努力の跡であろう。これらは後に民営化され民間産業として育っていくことにつながる。太平洋セメントや小野田セメント、そして深谷の日本煉瓦製造などの設立と発展は、その経過を示すものといえるだろう。また、日本の陶芸技術も応用した伊奈陶器などタイル製造技術の発展、古くから建築物の基礎や石壁建設として用いられた石材採掘も見逃せない。
  このセクションでは、これら企業の発展を跡づける史跡・博物施設を紹介し、日本の産業基盤整備の過程を追ってみることにした。

♣ セメント資料館(太平洋セメント)         

所在地:千葉県佐倉市大作2-4-2 Tel. 043-498-3811
HP: https://www.taiheiyo-cement.co.jp/rd/archives/index.html)

太平洋セメント中央研究所

→ 太平洋セメント中央研究所が、セメント製品の国産化に向けた努力の歴史をネット上で紹介している資料館。「セメントの基礎知識」、「セメントはじめて物語」、「セメント・コンクリート用語辞典」が掲載されている。
 このうち「はじめて物語」では、明治初期、東京深川にあった「官営(セメント)深川工場」から始まったセメント生産からはじめ、発展する過程、そして現太平洋セメントに至る企業の展開が紹介されている。

北海道北斗市の上磯工場
深川時代の工場

(セメントとは)

 石灰を主成分とする土木建築用の無機質接合剤。石灰石・粘土などを粉砕し、煆焼か焼成して作る粉末をセメントとする。水で練ったあと、疑結・硬化する現象が空気中だけで進む気硬性セメントと、水中でも硬化が進む水硬性セメントとに大別される。普通には後者のポルトランドセメントをさしコンクリートなどの原料にする。日本では、明治8年頃、工部省深川製作寮出張所(のちに深川官営工場)で、はじめて国産セメントの生産に成功している。

・参照:セメント協会資料https://www.jcassoc.or.jp/cement/1jpn/jd1.html
・参照:https://www.taiheiyo-cement.co.jp/rd/archives/story/pdf/story2.pdf
・参考:会社沿革|会社情報:太平洋セメント (taiheiyo-cement.co.jp)
・参考:セメントが出来るまで 太平洋エンジニアリング (taiheiyo-eng.co.jp)  https://www.taiheiyo-eng.co.jp/cement-process.html
・参考:太平洋セメント – Wikipedia

♣ 史跡・セメント生産発祥の碑 

所在地:東京都江東区清澄1丁目2番 太平洋セメント㈱内
HP: https://www.ko-syouren.jp/furuihp/art/08siseki-bunkazai/4-12.htm

官営深川工場の図

→ 江東区の清洲橋のたもとに江東区史跡「セメント工業発祥の地」がある。ここは日本で初めてのセメント工場があった場所、明治8年、工部省が本格的なセメント製造に成功したことを顕彰している。隅田川、仙台堀などの泥土を原料の一部として使い、試行錯誤の上、外国品と遜色のない国産のセメントを作りあげたといわれる。明治16年、創業者の一人である浅野総一郎が払い下げを受け、その後民間初のセメント工場として発展している。

  ・参照:本邦セメント工業発祥の地と116年前のコンクリート – ROOF-NET ON LINE MAGAZINE
  ・参照:セメントの歴史をたずねる https://www.jcassoc.or.jp/cement/4pdf/meiji150.pdf
  ・参照:我が国セメント産業の発祥とその遺産https://www.chemistry.or.jp/know/doc/isan017_article.pdf

♣ 旧秩父セメント資料展示室(秩父太平洋セメント) 

所在地:埼玉県秩父市大野原1800   Tel. 0494-22-1300
HP: https://www.ct-cement.co.jp/info/2024/02/643/

秩父セメント資料展示室

 → 旧秩父セメント資料展示室の一般公開が行われた(2024年2月)。資料展示室には、秩父セメントの歴史、創業を築いた方たちの紹介、今は手に入らないであろう、当時の道具や作業服などの品々が展示され、秩父の産業を支えた「セメント」の歴史を知り勉強になる内容となっている。
・参照引用:https://www.instagram.com/satoru_oha/p/C3uanPwRy6l/?img_index=1

資料室内の展示(1)
資料室内の展示(2)

♣ 旧小野田セメント・(セメント焼成)竪窯(史跡)

所在地:山口県山陽小野田市大字小野田6276番地 Tel. 0836-82-1111(市役所)
HP: https://www.city.sanyo-onoda.lg.jp/site/bunkazai/40545.html

小野田セメント徳利窯
堂広竪窯 

→ 明治16年に建造した日本最初のセメント焼成用の竪窯で、近代窯業史上最も重要とされる。これは旧小野田セメント株式会社が明治16年(1883年)に建造した最初のセメント焼成用の竪窯のひとつで、明治30年頃に焼成容量増加を目的として一部改造された。焼成部分と煙突部分からなる煉瓦構造物で、高さは、焚口底部より約18mである。日本に完存する唯一のセメント焼成用竪窯として、近代窯業史上高い価値があり、西日本における建設事業の近代化を支えた旧小野田セメント製造株式会社の中心的施設として重要とされた。竪窯は、国重要文化財。(平成16年12月10日指定)

  ・参考:旧小野田セメント製造株式会社竪窯 文化遺産オンラインhttps://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/124907
  ・参考:民間企業創業に関する記念碑 (https://www.chiba-muse.or.jp/SEKIYADO/digi-muse/kinenhi/DM-kinenhi-3enterprise.html)

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(煉瓦の博物館)

♣ 日本煉瓦史料館(日本煉瓦製造(株) 旧煉瓦製造施設)(史跡)

所在地:埼玉県深谷市上敷面字中島28番地2、同上敷面字西本郷290番地先
HP: https://www.city.fukaya.saitama.jp/shibusawa_eiichi/bunkaisan/1425344387985.html

日本煉瓦史料館

  → 明治の初め、日本は都市整備促進のため耐火性のある丈夫な建材として煉瓦が大量に必要とされた。実業家渋沢栄一らによって、この煉瓦の製造を目的として設立されたのが日本煉瓦製造会社である。この旧煉瓦製造施設を史料館として開館されたのが当日本煉瓦史料館。旧工場の敷地内には、煉瓦焼成のための大規模な煉瓦構造物であるホフマン輪窯、旧事務所、旧変電室が残っている。また、隣接して工場と深谷駅を結んでいた専用鉄道(日本で最初の専用鉄道)の軌道敷に備前渠鉄橋と煉瓦構造物も残され史跡となっている。この工場で作られた煉瓦は東京駅を初めとする東京の主要な建築に用いられたことがわかっており、日本の近代化の礎をなした施設として貴重とされる。
  ・参照:文化遺産オンラインhttps://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/147718
  ・参照:日本煉瓦史料館とホフマン輪窯http://ogino.c.ooco.jp/gijutu/hofman3.htm

史料館の内部
製造煉瓦の展示
煉瓦の刻印具

(史跡・ホフマン輪窯6号窯)

埼玉県深谷市上敷免28-11 Tel. 048-577-4501
HP: http://www.fukaya-ta.com/midokoro/hohuman/

ホフマン輪窯6号窯建屋

 →ドイツ人技師ホフマン考案の煉瓦焼成窯で、明治40年(1907)に建設され、昭和43年(1968)の操業停止まで多くの煉瓦を焼いてきた。操業中には月産65万個の製造能力を持ち、東京駅や迎賓館(旧赤坂離宮)の赤レンガもここで造られた。ホフマン輪窯は、深谷市の輪窯6号窯の他には、栃木県下都賀郡野木町、京都府舞鶴市、滋賀県近江八幡市にそれぞれ1基が現存するのみで、全国では4基しか残されていない貴重なもの。
・参考:https://ameblo.jp/chapesujp/entry-12664472913.html

ホフマン輪窯6号窯内部

史跡・専用鉄道と備前渠鉄橋)

変電所史跡

  →旧変電室は1906(明治39)年に高崎水力電気(株)から電燈を曳いた時に建設されたものでで重要文化財となっている。また、工場と深谷駅を結んでいた専用鉄道(日本で最初の専用鉄道)の備前渠鉄橋。煉瓦工場は利根川の支流小山川に面しており製造された煉瓦は、当初、舟運により小山川から利根川そして江戸川に入り東京に至るというルートをとっていたが、輸送力向上を目的として1895年(明治28年)に日本鉄道の深谷駅から工場までの約4.2kmにわたって日本初の専用鉄道が敷かれた。

避溢鉄橋
唐沢川橋梁


・参照:備前渠鉄橋 文化遺産オンラインhttps://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/196680
・参照:日本煉瓦製造 – Wikipedia

(日本煉瓦製造の煉瓦を使って建設された主な建築物)

赤煉瓦の東京駅舎

→ 東京駅(東京都千代田区)、中央本線万世橋高架橋(東京都千代田区)などの鉄道高架橋、司法省(現在の法務省旧本館、東京都千代田区)、日本銀行旧館(東京都中央区)、赤坂離宮(現在の迎賓館赤坂離宮、東京都港区)、東京大学(東京都文京区)、旧金谷レース工業鋸屋根工場(群馬県桐生市)、信越線碓氷峠の鉄道施設(群馬県安中市松井田町)、旧警視庁、旧三菱第2号館 など多数
・参照:日本煉瓦製造 – Wikipedia

♣ 旧下野煉化製造会社煉瓦窯(史跡)

栃木県下都賀郡野木町大字野木字大手箱3324番地1・3・5及び1376番地4・5
HP: https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/199329 (文化遺産オンライン)

旧下野煉化製造会社煉瓦窯

  → 旧下野煉化製造会社煉瓦窯は、栃木県下都賀郡野木町野木にある近代化遺産で、赤煉瓦の製造に用いられた設備、野木町煉瓦窯とも称する。国の重要文化財に指定されている。明治21年(1888年、赤煉瓦(レンガ)製造のために「下野煉化製造会社」が設立された。当初、赤煉瓦焼成窯は登り窯1基だけであったが、明治23年(1890年)に、時最新鋭の煉瓦窯「ホフマン式輪窯」(東窯)が完成し、続いて、明治25年には同じホフマン式の西窯が完成して赤煉瓦製造が本格的に開始された。このうち、ホフマン式の東窯が現存している。西窯は1923年の関東大震災で倒壊した。
 窯は環状トンネル型で、隔壁はないが十六区画に分かれ、順次循環・移動しながら煉瓦を焼くシステム。煉瓦造の建造物として優れており、また、建築材料である煉瓦を製造した産業遺跡の一つとしてもきわめて価値が高い。(重要文化財)

♣ 史跡・煉瓦の洞遺跡(最古の耐火煉瓦工場跡)

所在地:静岡県賀茂郡河津町梨本地区
HP: https://kankou.town.kawazu.shizuoka.jp/attraction/177/

史跡・煉瓦の洞

 → 幕末、韮山(伊豆の国市)に反射炉(鉄の溶鉱炉)を建設するにあたり、耐火煉瓦の原料に遺跡近くで採取した白土を使い煉瓦を製造。その後、明治の始めに明治政府が耐火煉瓦をここで製造している。反射炉を築くにあたって欠かせないのが銑鉄を溶かすための千数百度の高温に耐えられる耐火煉瓦。韮山反射炉に使われた耐火煉瓦は梨本村(現河津町梨本)の窯で焼いたものといわれる。
・参照:https://hurusato.i-ra.jp/e876822.html

♣ 泉南市の煉瓦遺構(1)赤煉瓦の紡績工場跡

HP:https://welcome-sennan.com/tourist-spots/brick-rui-etc

紡績工場の跡「赤煉瓦Rui」

 → 泉南市は明治時代以降煉瓦製造が盛んになり、「西園寺公望の別宅の煉瓦も焼いた」という樽井煉瓦製造所を始めとして、岡田、樽井、中小路、男里などで少なくとも4軒の煉瓦工場が操業していたといわれる。多くの煉瓦工場は取り壊されまたが、いまも煉瓦遺構がそこかしこに残り当時の繁栄ぶりを彷彿とさせる。これら煉瓦工場が作った煉瓦工場は多数あり、その一つ、大正時代に西野紋羽として創業した紡績会社の工場だった建物が、今は形を変え「赤煉瓦Rui」となってコンサートやアート展などのイベントにも活用されている。

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(煉瓦による歴史的建築物など・参考資料)

横浜赤煉瓦倉庫

・参考:横浜赤レンガ倉庫の歴史|横浜赤レンガ倉庫 (yokohama-akarenga.jp)
・参考:醸造場のレンガ遺構 | 稲美町ホームページ
      1996年に発見された醸造場のレンガ遺構
・参考:福岡市赤煉瓦文化館 ( 福岡市中央区天神/史跡  https://map.yahoo.co.jp/v2/place/UUGR0VypSd6

福岡赤煉瓦文化館

 → 明治42年(1909)、日本生命保険株式会社九州支店の社屋として建てられた赤レンガの建物。東京駅を設計した辰野金吾らの設計で、国の重要文化財に指定されている。1階はエンジニアカフェおよび喫茶室、2階は有料の会議室。大理石の玄関や照明器具、カーテンは建築当時の仕様に復元。
福岡県福岡市中央区天神1-15-30

・参考:銀座エリアの煉瓦銀座之碑 | 銀座 日本橋 築地 月島 人形町  (chuo-kanko.or.jp) 

銀座煉瓦の碑

 → 明治期に誕生した銀座煉瓦街の記念碑。明治5年(1872)、和田倉門から出火した火事が銀座一帯を焼きつくし、築地ホテル館にまで及ぶ大火になった。これを機に、時の東京府知事由利公正は不燃性の都市を建設することを主張し、銀座煉瓦街の誕生となった。明治初期に日本の文明開化のシンボルであったレンガ建築が立ち並んだことを記念して碑が立てられた。記念碑の奥にはガス灯も復元されている

・参考:材料からみた近代日本建築史 その4 日本における煉瓦建築の盛衰|建設情報クリップ|けんせつPlaza (kensetsu-plaza.com)
・参考:あらかわの史跡・文化財 煉瓦工場と荒川遊園 – Monumento(    https://ja.monumen.to/spots/4354
  →明治・大正期、荒川(現隅田川)沿いにはいくつもの煉瓦工場があった。土が煉瓦 の製造に適していたことと、船運が期待されてのことである。旭電化跡地(東尾久七丁目)付近にあった戸田・山本煉瓦工場、華蔵院(東尾久八丁目)付近にあった鈴木煉瓦工場などである。なかでも古いのが、明治五年に石神仲衛門氏が設立した煉瓦工場だという。後の広岡煉瓦工場である。

・参考:京都と大津を繋ぐ希望の水路 琵琶湖疏水|日本遺産ポータルサイト (bunka.go.jp)
・参考:煉瓦工場跡 | 見どころ | 日本遺産 琵琶湖疏水(びわこそすい) (kyoto.lg.jp)

琵琶湖疎水煉瓦工場の碑
琵琶湖疎水トンネル
(上部伊藤博文と山県有朋の扁額)

 → 第1疏水の建設に必要なレンガを製造していた工場跡地。琵琶湖疏水で使用されたレンガのほとんどは、ここで生産された。現在は、記念碑と解説板が設置されており、地下鉄御陵(みささぎ)駅で見ることができる。
 ちなみに、第1疏水によって,明治維新後。京都のまちは復興の道を力強く歩み始めた。今でも,疏水沿いを歩くと,各所の煉瓦で建造されたトンネルに当時の有力政治家たちの揮ごうによる扁額を目にできる。扁額の石に彫り込まれた文字は,琵琶湖疏水が日本における一大プロジェクトであったことを示す。

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(タイルの博物館)

♣ 世界のタイル博物館(INAXライブミュージアム施設)

所在地:愛知県常滑市奥栄町1-130  Tel. 0569-34-828
HP: https://livingculture.lixil.com/ilm/facility/tile/

世界のタイル博物館

 → タイルは建物の壁や床を覆う陶磁器製の建築材料であり、特に、装飾タイルは美術的にも工芸的にも非常に貴重なものである。INAXでは「ライブミュージアム」施設(前述)に、この「世界タイル博物館」を設けて一般に公開してきた。展示では、5500年前のメソポタミアから現代に至る各時代の代表的なタイル装飾空間を再現、常設展示室では、紀元前の古代から19世紀近代までのタイルコレクション約7000点のうち選りすぐったものを地域別(オリエント、イスラム、スペイン、オランダ、イギリス、中国、日本)にコーナーを設けて展示している。博物館展示では、タイル研究家・山本正之の寄贈した「山本コレクション」中心に「観て、学んで、発見」し、かつ「人類を魅了したタイルの美しさと装飾の心を体感して欲しい」と解説している。

館内のタイル展示
壁面に並ぶ多様なタイル
イスラム圏の装飾タイル

 展示構成は、メソポタミア・装飾壁の原点、エジプト・世界最古のタイル、イスラム・装飾の宇宙、オランダ・住まいに登場したタイル、イギリス・膨張する装飾となっている。展示では、特に、古代オリエントの作品、イスラムのタイル装飾が素晴らしい。

(参考:タイルとはー歴史と特徴―)

 → タイル(英: tile)は、一般には石や粘土からなる生地を高温で焼成し、釉薬によってデザイン性や機能性を付加した外装材、舗装材、化粧材のことを指す。現存する世界最古のタイルはエジプト第3王朝、ジェゼル王が紀元前2700年に建てたサッカラの階段ピラミッドの通路に貼られた青釉のタイルと推測されている。日本には6世紀に百済から伝来し、瓦の技術を応用して、仏教寺院の敷瓦や腰瓦に用いられたとされる。鎌倉時代から桃山時代にかけて釉薬で彩色を施した陶板が出現したものが現在のタイルに近い。名称については化粧煉瓦[3]、敷瓦、陶板、貼付け化粧瓦など様々な呼称があったが、1922年に全国タイル業者大会が東京で開催され、「タイル」へ名称統一がなされているようだ。(タイル – Wikipedia

・参照:旅モザイク(世界のタイル博物館) https://tabimosaic.com/japan-aichi-
naxtilemuseum
・参照:LIXIL文化活動(世界のタイル博物館 | )https://dev-livingculture.lixil.com/ilm/museum/
・参照:いこーよとりっぷ(常滑市の「世界のタイル博物館」へ タイルが面白くなる見どころを紹介)https://trip.iko-yo.net/specials/1904
・参考:日本のタイル100年 ー 美と用のあゆみ 日本のタイル100年 ー 美と用のあゆみ (tatemonoen.jp)  https://www.tatemonoen.jp/special/2023/20230311.php

♣ 多治見市モザイクタイルミュージアム

所在地:岐阜県多治見市笠原町2082-5 Tel.0572-43-5101
HP: https://www.mosaictile-museum.jp/

ユニークな形のミュージアム外観

→ 施釉磁器モザイクタイル発祥の地である多治見市笠原町に誕生した珍しいモザイクタイルミュージアム。博物館の外観は、タイルの原料を掘り出す「粘土山」を思わせるユニークなものになっている。ここではタイルの魅力を伝えるコレクションを基盤に、多治見で培われてきたタイルの情報や知識、技術を発信することを目指している。館内には3つの展示室があり、4階壁面には各地から集められた昭和期の銭湯の絵タイル、洗面や風呂などのモザイクタイル画、3階展示室は、多治見のモザイクタイルの製造工程や歴史がたどれるコレクションの展示が見られる。併設のギャラリーでは、タイル産業や歴史、アートなど独自のテーマを設けた企画展示も行われている。

館内展示の様子
壁面に飾られたタイル

(参考:日本のタイル製作と応用の歴史)

 多治見市のタイルミュージアムでは、2022年に企画展「日本のタイル100年 ー 美と用のあゆみー」を企画し、日本におけるタイルの導入と発展を展示作品を通して詳細に伝えている。これによれば: 

 → 幕末、開港した長崎、横浜などの外国人居留地で西洋館に装飾に“ビクトリアン・タイル”が使用されたのが日本で装飾タイルが使われた最初とされる。元来、日本は木造建築により障子や襖による仕切りが多かったためタイルが普及する背景がなかった。しかし、明治初期にドイツ人ワグネルが来日して近代窯業技術が導入され、且つ西洋風の建物が普及しはじめた明治後半頃には国産乾式硬質陶器タイル(「旭焼きタイル」)が製造されている。また、銭湯や温泉の浴槽、流し場などでのタイルの利用が一般的になったのが、大正末から昭和にかけてとされる。
  一方、この時期、官庁やホテルでは壁面に装飾タイルが飾られるようになり流行になっている。帝国ホテル旧本館、青山会館、甲子園ホテル(図5)などが好例である。昭和初期には建築陶器としてテラコッタも流行している。

展示タイル (1)
展示タイル(2)
展示タイル(3)
企画展示の内容

戦後のタイル市場は高度経済成長に伴う建築需要の増加に伴って大阪万博までの20年間、加速度的な躍進を続けている。特に内装タイルは戦後急激に流入したアメリカ文化による住宅の洋風化が進み一般家庭の浴室や台所やトイレに普及し、これら箇所の暗いイメージを明るく一変させたといわれる。  総合的に見たタイルの魅力は、それが単なる便利な建材としてだけでなく、ミュージアム展示に見られるようにタイルの美しさや存在感などが挙げられるとされる。
・参照:日本のタイル100年 ー 美と用のあゆみ  see https://www.tatemonoen.jp/special/2023/20230311.php

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(産業史跡としての採石場)

♣ 大谷石の大谷資料館― 大谷石の歴史と巨大地下空間―

所在地:栃木県宇都宮市大谷町909
HP: http://www.oya909.co.jp/

採石
大谷資料館の入口

→ 宇都宮市大谷町にある大谷石採石場跡に関する博物館。大谷資料館の地下採掘場跡は、1919年から約70年かけて 大谷石を掘り出して出来た巨大な地下空間。その広さは、2万平方メートルにもおよぶ。昔から大谷石は加工しやすさから石塀や石蔵などに多く使われてきたことが知られる。旧帝国ホテルや松が峰教会などの建材としても使われた。戦争中は地下の秘密工場として、戦後は政府米の貯蔵庫としても利用されたという。現在では、コンサートや美術展、演劇場、写真や映画のスタジオとしても注目を集めているようだ。資料館内では、大谷の地質、大谷石の採掘方法と採掘形態、大谷石地下採掘場跡(巨大地下空間)、石搬出、輸送の移り変わりなどの展示物説明などがなされている。

大谷石の採掘域
巨大空間の内部

♣ 史跡・石切山脈―前山採石場―

所在地:茨城県笠間市稲田4260-1 電話番号0296-74-2537
HP: https://www.ishikiri-sanmyaku.com/

前山採石場

  → 「石切山脈」と呼ばれる山地一帯は、東西約10km、南北約 5km、地下1.5kmに及ぶ岩石帯で、 明治32年から100年以上続いている「稲田石」の日本最大級の採掘現場である。この史跡の採石場跡を訪ねることでかつての採石の追体験をすることができる。
・参照:【公式】石切山脈観光サイト – 日本最大級の採石場を体感プレミアツアー – (ishikiri-sanmyaku.com)
・参照:「稲田石」の大峡谷?(日本経済新聞)https://www.nikkei.com/article/DGXZQODG1203X0S0A211C2000000/

♣ 鋸山天然ミュージアムーラピュタの壁

所在地:千葉県富津市金谷
HP: https://nokogiriyama.jp/

鋸山採石場跡

  → 金谷から見た鋸山はギザギザとした断崖が東西に連なり、迫力のある景観をみせている。この中の横穴は石材を求めて地層に沿い奥へと切り進みできた跡、垂直に切り取られた跡は巨大な彫刻のようにみえる。最大垂直面96m の絶壁である石切り場跡は、その壮大な景観から天空の城ラピュタを連想させる形状。この鋸山採掘場遺跡では「金谷ストーンコミュニティ」も設立され、鋸山・房州石の歴史の調査研究、鋸山保全維持のための整備・清掃活動も行われている。
 遺跡としては、索道跡、車力道跡、石のストックヤード跡、猫丁場、吹き抜け洞窟、切通し跡、観音洞窟、岩舞台、樋道跡、ラピタの壁、地獄のぞき、などがある。

石切職人(昭和40年代)
手彫トンネル
ラピュタの壁

・参照:鋸山マップ https://nokogiriyama.jp/nokogiriyama-map/
・参照:鋸山資料館 https://nokogiriyama.jp/museum/
・参照:見どころ・手彫りトンネル https://nokogiriyama.jp/viewpoint/tunnel/
・参照:石切場職人 鋸山 https://nokogiriyama.jp/viewpoint/shokunin-2/
・参照:ラピタの壁 https://nokogiriyama.jp/viewpoint/wall-of-laputa/
・参照:日本遺産候補地域「鋸山」ストーリーと主な構成文化財 | 富津市 (futtsu.lg.jp)

♣ 関東の石切場跡5選

HP: https://tripnote.jp/kanto/osusume-quarry-trace-in-kanto
 → 大谷資料館、ラピュタの壁(鋸山)、鷹取山、藪塚石切場跡が紹介されている。
参照:まるで古代遺跡!壮大な景色が楽しめる関東の石切場跡5選 (tripnote.jp)

♣ 藪塚石切り場跡―森のなかの神殿、 神秘の空間

所在地:群馬県太田市藪塚町3426−5
HP: http://altota.com/cat03/2469
・参照:森のなかの神殿!? 神秘の空間『藪塚石切り場』を探検!
・参照:藪塚石切場跡 – Wikipedia

♣ 宮谷石切場跡

所在地:福井県あわら市宮谷
参照:宮谷石切場跡へ神秘ピクニック – あわら市観光協会 (awara.info)

♣ 馬門石石切場跡

所在地:熊本県宇土市浦田町51
HP: https://www.city.uto.lg.jp/museum/article/view/39/319.html
・参照:馬門石石切場跡|宇土市公式ウェブサイト (uto.lg.jp) 

(石材 了)

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ガラスの製作技術と工芸品の博物館 (博物館紹介)

 ここでは日本のガラス製作の現状と発展の歴史を検証すると共に、各地で特色あるガラス高原品が作られた過程、独自の美術品として展示している博物館を紹介している。

♣ AGC横浜テクニカルセンター )                 

所在地:神奈川県横浜市鶴見区末広町1-1  Tel.045-503-7100

HP:https://www.agc.com/innovation/yokohama/index.html

AGC横浜テクニカルセンター

 → テクニカルセンターでは、AGC(旭硝子)の素材や技術開発の現状を紹介展示している施設。2021年に横浜市神奈川区のAGC中央研究所と統合し、名実ともにAGC株式会社の技術開発の中心拠点となっている。建材用板ガラス、車載ディスプレイ用カバーガラスの製造も行っており、研究段階から生産・出荷までが揃ったユニークな拠点でもある。

AO Gallery
館内施設

 施設内には「AO/AGC OPEN SQUARE」が設けられており、4階のAO Studio では、最先端の素材が集められていて技術や機能に触れることができる。そこではアイデアを発見してプロトタイピングして想いを形にする場であると説明されている。また、ガラスの溶ける熱量を感じられるデモの他、各種3Dプリンターを導入したAMラボ、VR/AR/MRといったデジタル機器でプロトタイピングするXRラボといった最新設備も備えている。あくまで顧客用の施設ではあるが、機会があれば訪問してみたい施設である。
参照:AGCの協創空間「AO」に、素材の可能性と出会う場( Communication Design)https://www.hakuten.co.jp/story/agc_private_exhibition

AOでの特別企画展(2023)
AO Lab.での様子

♣ 工部省品川硝子製造所(明治村)(史跡) 

史跡・品川硝子製造所
建物内部

 → 明治政府による板ガラスやガラス瓶の製造工場建屋。西欧の技術導入によるガラス国産化努力が示されている。
 ちなみに、明治政府は、明治初期、洋館建設促進などのため日本初の板ガラス製造工場「興業社」を設立。その後、工部省は、輸入に頼っていた板ガラスの国産化を積極的に進める必要から官営の「品川硝子製造所」を創設。これは硝子産業の育成と技術者の養成を目的とした模範工場であった。それまで日本では切子ガラスやジャッパン吹きとよばれるガラス製の吹竿等を使った小振りで華者な和製吹きガラスが主流で、板ガラス、食器などを大量に生産することはできなかった。 

藤山種廣
ビール瓶の出荷をする「製造所」

 この「製造所」を軸に、多くの試行錯誤を経ながら新技術の導入や優れた技術者の育成が図られ、後の日本の近代的硝子産業が育つことになった。この品川ガラス製作所で初の日本人技師となり洋式ガラスの技術を指導し、近代ガラス工芸の基礎を築いた人物として佐賀の藤山種廣が知られる。この記念すべき工業ガラス製作発祥の史跡が明治村に移設された「工部省品川硝子製造所」である。
・参照:近代ガラス工業の発祥と品川(品川歴史館解説シート)https://www.city.shinagawa.tokyo.jp/jigyo/06/historyhp/pdf/pub/kaisetsu/cs16l.pd
・参照 藤山種廣 – Wikipedia

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♣ 道後ぎやまんガラスミュージアム  

所在地:愛媛県松山市道後鷺谷町459-1  Tel.089-933-365
HP: https://www.dogo-yamanote.com/garden/museum/

道後ぎやまんガラスミュージアム外観
黄色鶴首徳利(江戸時代)

 → 道後温泉本館から徒歩3分の水と緑あふれる庭園に囲まれた美術館。 館内は赤と黒を基調にしたモダンな造りの美術館である。 道後温泉本館の象徴、振鷺閣の赤い板ガラスをはじめ、希少な江戸時代の「ぎやまん・びいどろ」や 明治・大正時代の和ガラス作品を約300点展示している。ちなみに、「びいどろ」はポルトガル語でガラスを意味する「vidro(ヴィドロ)」、ギヤマンはポルトガル語でダイヤモンドを意味する「diamante(ジアマント)」が語源とされる。種子島に漂着したポルトガル船を皮切りに、16世紀にこれらガラス製造技術が日本にも伝わり、江戸時代、長崎でガラスの製作が始まった。その後、“宙吹き”、“型吹き”、“切子”などの技法導入によりガラス工芸品(和ガラス)製作技術が発達している。明治近代化の明治6年(1873)には本格的な西洋式のガラス工場「興業社」(後の品川硝子製作所)が東京・品川に設立され、工業品としてガラスの日用器がごく普通に作られるようになり現在に至っている。この美術館では江戸の和ガラスを中心に、江戸以来の時代を通じたガラス工芸品製品が見られるという。

ギアマンの装飾作品
明治時代の作品
大正時代の作品

・参考:日本工芸堂;日本のガラス工芸の歴史「びーどろ」と「ぎやまん」の違いhttps://japanesecrafts.com/blogs/news/vidro-giyaman?srsltid=AfmBOoqiUYzXiHhHX-pIfzn1uadNroIXHydU5VujdAKGmzEkhZTvDrPp#1
・参考:「ぎやまんの歴史|道後ぎやまんガラスミュージアムhttps://www.dogo-yamanote.com/garden/museum/history.html

♣ ガラスミュージアム (黄金崎クリスタルパーク)   

所在地:静岡県賀茂郡西伊豆町宇久須2204-3  Tel.0558-55-1515
HP: https://ikoyo-nishiizu.jp/crystal/museum/

黄金崎ガラスミュージアム

 → このガラスミュージアムは現代ガラスをテーマの美術館、自然光を一部取り入れた、天井の高い常設展示室には国内外の優れた現代ガラス作品、約40点を展示している。
 ガラスと光が織りなす幻想的な空間が魅力となっている。企画展示室では、現代ガラスに焦点を当てた独自の企画展も開催している。「現代ガラス」とは、主に1960年代以降に広まった自由で独創的なガラス芸術のことを指し、アーティストが小型の熔解炉を使って、みずからの意志で自由にガラス作品をつくる「スタジオ・グラス運動」と呼ばれる活動である。

館内の展示
数々の現代ガラス作品

参考:スタジオグラスとは何? わかりやすく解説 Weblio辞書
参考:日本近現代ガラスの源流 – 富山市ガラス美術館 (toyama-glass-art-museum.jp)

♣ 富山市ガラス美術館

所在地:富山市西町5番1号 Tel. 076-461-3100
HP: https://toyama-glass-art-museum.jp/

富山市ガラス美術館

 →「ガラスの街とやま」を目指し、30年にわたり富山市が収集してきたガラス美術館所蔵の現代ガラス作品を展示している。社会の変化や次々に生み出された新しい価値観に呼応するような作品群が集まっている。富山ゆかりの20名の作家たちによる作品およそ50点をパブリック・スペースに展示。富山の地でガラス制作を学んだ作家たちは、うつわや、オブジェ、彫刻といった多様な表現により日本のみならず世界で活躍している。

神代良明 作(2021)
館内の景観
出展作品

♣ (巨大万華鏡の)三河工芸ガラス美術館  

所在地:愛知県西尾市富山町東郷5  Tel.0563-59-3334
HP: https://mikawakougei.com/

三河工芸ガラス美術館

 → 従来の美術館とは全く違ったコンセプトで作られたガラス美術館。人の手が作り出した「生」の作品が魅力で、作品と人が一体化する斬新なアプローチを試みたとする。人が入れる巨大万華鏡のある体験型ミュージアムで、 2000年ギネスに認定された世界最大級の万華鏡をはじめ、独創的なアートで知られる体感型ミュージアムとなっている。

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三川工芸ガラス美樹つっかんの巨大万華鏡のの博物館の展示場と展示作品

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♣ 磯工芸館(薩摩切子)

磯工芸館の建物

鹿児島県鹿児島市吉野町9688−24
HP: https://www.kagoshima-kankou.com/guide/12252

→薩摩切子の作品展示ギャラリーで建物は国の登録有形文化財。薩摩切子工場に隣接しており工場見学も可能。

(薩摩切子とはー歴史と特色―)

→ 切子(きりこ)はガラスの装飾加工法の名称およびこれによる製品(切子ガラス)を指している。ガラスの表面に、金属製の回転砥石を研磨剤とともに押しつけて、溝を入れたり研磨することで独特のデザインを施していく技法。代表的な日本の代表的な切子の工芸品の種類として江戸切子と薩摩切子がある。
このうち「薩摩切子」は、クリスタルガラスの深い輝きと精巧なカット技術による「ぼかし」(「薩摩ぼかし」と呼ばれるグラデーション)が特徴とされる。この「薩摩切子」の歴史をみると、江戸末期、島津藩の島津斉彬が藩の近代化事業「集成館」の一つとしてガラス工場を創設したことに始まるとされる。当時、薩摩藩は「紅」の発色に日本で初めて成功し、その美しい赤地に繊細なカットを施したガラス作品は「薩摩の紅ガラス」とよばれ、藩内外で愛好されたという。しかし、島津斉彬の急死、1863年の薩英戦争による工場の消失でガラスの製作は頓挫、「薩摩切子」は一端途絶えてしまう。それから約一世紀たった1980年代、ようやく薩摩切子復活の動きが鹿児島で始まることとなる。そこでは、江戸切子に学びつつ色ガラスをかぶせる技術を独自に開発し、新しい「薩摩切子」が再生されている。この新しいデザインが加わった「薩摩切子」は、現在、鹿児島の伝統的なガラス工芸品として人気を集め珍重されている。

現在の薩摩切子作品

・参照:薩摩切子とは(日本工芸堂):https://japanesecrafts.com/collections/satsumakiriko

♣ 薩摩切子工場 (仙巌園 – 薩摩藩 島津家別邸)

薩摩切子工場

鹿児島県鹿児島市吉野町9700-1 Tel.  099-247-1551
HP: https://www.senganen.jp/how-to-walk/adjacent-facility/shimadzu-satsuma-kiriko-glassworks/

クリスタルガラスの深い輝きと精巧なカット技術による「ぼかし」の美しさが特徴の薩摩切子の製作工程を見学できる「薩摩切子工場」。そこでは、伝統を受け継ぐ職人たちの熟練した技が示されている。切子工場は、溶けたガラスから器の型を作る「吹き場」と、グラインダーを使って模様を彫り込んでいく「カット場」、そして最後の仕上げとなる「磨き」の3つのエリアで構成されている。

切子工場の内部
切子作品
切子作品

♣ すみだ江戸切子館

所在地:東京都墨田区太平2-10-9 Tel. 03-3623-4148
HP: https://www.edokiriko.net/

すみだ江戸切子館

 → すみだ江戸切子館は、日本の伝統工芸「江戸切子」をご紹介する墨田区認定の工房ショップ。切子作家の逸品から日常に使われる器やギフトなど、数々の江戸切子の「技」の品々を常時展示販売している。ショップ内は、江戸切子の歴史、制作工程や古くから使われてきた道具類を展示しており、窓越しで職人の技を直接見学できる。

展示作品
切子製作の道具類

(江戸切り子とはー特徴と歴史―)

 → 江戸時代から受け継がれたガラスの表面に文様を施した工芸品。明治時代、ヨーロッパのカットグラス(切子)の技法を取り入れることで独自の工芸技法が確立した。江戸切子独自の文様は20種類ほどあり、日本古来から身近にある花や植物などの自然がモチーフとされる。2002(平成14)年に国の伝統的工芸品に指定。日本を代表する工芸品のひとつとして、東京都江東区・隅田区を中心に、現代の職人たちがその技術を継承している。江戸切子の魅力は、その輝きと細かい文様にあるという。
 当初は透明だった江戸切子であったが、現在のような色被せガラスが使われるようになったのは「薩摩切子」の影響だったという。薩摩藩により推進され、ガラスの着色方法を独自に開発してきた薩摩切子だったが、その技術は西南戦争前後に途絶えてしまった。しかし、薩摩切子の職人たちは、江戸へ向かい、江戸切子の職人として活躍。その技術は江戸職人に伝わり、青や赤の被せガラスの技術が定着して現在のような切子となったという。

・参照:江戸切子とは(日本工芸堂)https://japanesecrafts.com/collections/edo-kiriko?ls=ja

♣ すみだ和ガラス    (廣田硝子)

すみだ和ガラス 

所在地:東京都墨田区錦糸2-6-5  Tel.03-3623-4145
HP:  https://hirota-glass.co.jp/sumida-waglasskan/

 → 明治32年創業、東京で最も歴史がある硝子メーカーの一つ、廣田硝子株式会社の所蔵品を展示するガラス美術館。1930年代頃より以降販売していた懐かしの製造品のほか、会長 廣田達夫が自ら蒐集した和ガラスやヴィンテージガラスのほか、成形金型などの製作器具、専門書などを展示。+++++++++++

(リストのみ)

♣ 石とガラスの博物館  (https://kofu-tourism.com/spot/241)             

所在地:山梨県甲府市貢川1-1-7  Tel.055-228-7003
HP: https://kofu-tourism.com/spot/241

♣ ガラス工芸博物館               

所在地:三重県伊賀市柘植町5704-1  Tel.0595-45-6810
HP:  (https://www.bunka.pref.mie.lg.jp/matikado/da/detail?kan_id=835226

♣ 箱根ガラスの森美術館

所在地:神奈川県足柄下郡箱根町仙石原940-48 Tel. 0460-86-3111
HP: https://www.hakone-garasunomori.jp/

♣ 妖精の森ガラス美術館【岡山県・鏡野町】

所在地:岡山県苫田郡鏡野町上齋原666-5  Tel. 0868-44-7888
HP: https://fairywood.jp/

♣ 琉球ガラス村 Ryukyu Glass Village Gallery【沖縄県・糸満市】


所在地:沖縄県糸満市字福地169番地 Tel. 098-997-4784
HP: https://www.ryukyu-glass.co.jp/

♣ タキナミグラス博物館 

所在地:東京都墨田区太平1-18-19  Tel.03-3622-4141
HP:  http://www.shitamachi.net/joho/0104-1401.htm

(以上)

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日本の陶芸文化「やきもの」博物館(その2)(博物館紹介)

   ―地場の有力な伝統工芸陶器の展示資料館と窯元などー

  日本のものつくり文化を伝える伝統工芸陶器「焼きもの」の博物館・美術館は非常に数が多いため、ここでは二つにわけ紹介することした。これは、その2である。とする。その1では、全国的にも知られる有力な伝統工芸陶器の博物館・美術館、その2では、地場の「やきもの」資料館をリストと共に掲げることとしている。また、参考資料として、主な「やきもの」の産地、陶磁器の生産地の特色と背景、窯元の地域分布を取り上げている。

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(各地の地場焼物の展示資料館)

♣ 壺屋焼物博物館

所在地:沖縄県那覇市壺屋1丁目9番32号 Tel. 098-862-3761
HP: http://www.edu.city.naha.okinawa.jp/tsuboya/

壺屋焼物博物館

 →古くから沖縄の陶業の中心地として栄えた壺屋の地に建設されたヤチムン(焼物)の博物館。沖縄・壺屋の焼物に関する資料を収集保管するほか、技術的に関連の深いアジア諸国の焼物なども併せて展示している。焼物の調査研究拠点としての機能も果たしているようだ。壺屋焼の製法や技法を紹介しながら作品を展示しているのが特徴。また、博物館の建設地から発掘され、切り取ったニシヌ窯をほぼ原位置で保存・展示している。

壺屋焼物展示質
展示品

・参考:展示の概要 – 那覇市立壺屋焼物博物館 (city.naha.okinawa.jp)http://www.edu.city.naha.okinawa.jp/tsuboya/gaiyou2.html

♣ 薩摩伝承館

所在地:鹿児島県指宿市東方12131-4(指宿白水館敷地内)Tel. 0993-23-0211
HP: http://www.satsuma-denshokan.com/

薩摩伝承館の建物

 → 薩摩伝承館は、薩摩焼をはじめ薩摩由来の工芸品、美術品、薩摩と関係の深かった中国陶磁器などを一堂に展示する民間公開美術館。幕末から明治にかけての鹿児島・薩摩の歴史と文化を広く伝えるべく2008年に開館している。館内は、金襴、維新、薩摩、民窯の四つの展示室からなっており、それぞれ貴重な作品が豪華な室内外装飾と共に展示されている。中心となるのは老舗旅館「白水館」が創業以来60年かけて収集した美術品3000点、現在約400点が展示されているという。

黎明館の展示スペース
豪華な金襴の展示
薩摩焼の展示
薩摩焼の窯

(薩摩焼とは)
 →薩摩焼は、鹿児島県で生産される陶磁器、白薩摩、黒薩摩、磁器の3種類といわれる。から形成されます。白薩摩は“白もん”と呼ばれ、淡い黄色い焼き物に透明の釉薬を使い表面にひびをあしらったもので、主に装飾品や置物に使われる。黒薩摩は“黒もん”と呼ばれ鉄分の多い陶土を利用して作陶、釉薬も色味のついたものを利用している。主に焼酎を飲むときに使われる陶器となっている。薩摩焼には主原料を陶石とする磁器も存在するが、現在は流派が途絶え作られていないという。薩摩焼の産地は、主に鹿児島市、指宿市、日置市等になり、現在残っている窯場は苗代川系、龍門司系、竪野系の3つの窯場とされる。苗代川系は当初は主に“黒もん”を中心に作成していたが、現在では“白もん”を中心に制作している窯場が多い。龍門司系は“黒もん”中心で酒器を作成している窯場で、竪野系は“白もん”中心で主に贈答用の茶器等を制作しているとされる。

白もんの湯呑
黒もんの湯呑


・参照:KOGEI JAPAN:薩摩焼の特徴 や歴史-https://kogeijapan.com/locale/ja_JP/satsumayaki/より
・参照:日本のやきもの/薩摩焼  https://www.ceramic.or.jp/museum/yakimono/contents/satsuma/sanchi_satsuma.html

♣ 鹿児島県歴史・美術センター黎明館(薩摩焼) 

所在地:鹿児島県鹿児島市城山町7-2 Tel. 099-286-2111
HP: http://tougeizanmai.com/tabitetyou/028/00reimeikan.htm

鹿児島県歴史美術センター黎明館

 →「黎明館」は、鹿児島の歴史、考古、民俗、美術・工芸を紹介する総合博物館として1983年に設立された博物館。江戸時代の島津家鶴丸城本丸跡地に建設され、西南戦争の銃痕が残る濠、石垣、石橋など由緒あるものが残っており鹿児島県指定史跡になっている歴史的なもの。館内3階の工芸の展示室では、苗代川系、竪野系、龍門司系に分類された薩摩焼が展示されている。中には、竪野系で焼かれた「火計り手」も展示されている。

黎明館の展示スペース
薩摩焼の展示

・参考:鹿児島県歴史・美術センター黎明館(公式)https://www.instagram.com/official_reimei/p/C0vCxj9JPUE/
参考:鹿児島県/鹿児島県歴史・美術センター黎明館  https://www.pref.kagoshima.jp/reimeikan/
・参考:日本の代表的やきもの産地を紹介(薩摩焼/鹿児島県歴史資料センター 黎明館)http://tougeizanmai.com/tabitetyou/028/00reimeikan.htm

♣ 波佐見町陶芸の館 

所在地:長崎県波佐見町東彼杵郡井石郷2255-2  Tel. 0956-26-7162
HP: https://www.town.hasami.lg.jp/machi/soshiki/shoukou/2/4/707.html

波佐見町陶芸の館

→ 波佐見町「陶芸の館」では、400年の波佐見焼の歴史と伝統を紹介する陶芸博物館。波佐見焼400年の歴史を解説するほか、伝統工芸士の作品、やきものの制作過程、歴史資料の展示している。特別展示室では、国内有数の「くらわんか茶碗」(*江戸時代の磁器製の普段使いの庶民の食器雑器)のコレクションを展示している(くらわんか藤田コレクション)も展示。
・参考:くらわんか碗 – Wikipedia

陶芸の館の展示
ポスター

♣ 波佐見町 歴史文化交流館

所在地:長崎県波佐見町湯無田郷1010番地1 Tel. 0956-85-7355
HP: https://www.town.hasami.lg.jp/rekibun/about/index.html

波佐見町 歴史文化交流館

→ 陶磁器関連の歴史資料と共に、波佐見の歴史と多彩な文化を学ぶことができる交流博物館。「特別展示室」では波佐見青磁の名品や、“くらわんか”、“コンプラ瓶”などの江戸期を代表する波佐見焼を中心に、騎馬民族国家や東洋陶磁史で著名な三上次男氏の「三上次男コレクション」などを展示している。また、テーマ別の企画展や特別展も開催。

交流館の作品展示
波佐見青磁


・参考:コンプラ瓶 – Wikipedia
・参考:波佐見町陶芸の館展示内容 https://www.town.hasami.lg.jp/rekibun/shiryou/index.html

♣ 萩陶芸美術館「吉賀大眉記念館」 

所在地:山口県萩市大字椿東10426-1 Tel. 0838-26-5180
HP: https://www.taibi-hagi.jp/
・参考:https://www.taibi-hagi.jp/link_howto.html

萩陶芸美術館

 → 萩陶芸美術館は、萩焼の展示施設として萩で唯一の総合美術博物館。文化功労者/日本芸術院会員であった陶芸作家「吉賀大眉」の代表的作品や水彩画などおよそ100点を中心に、 大眉と親交のあった著名作家の作品や萩焼の古窯・古陶磁資料など、多岐に渡り展示している。隣接する大眉の窯元「泉流山」では工房の見学・ギャラリーショップもあり、萩焼のことを総合的に見ることのできる文化的なエリアとなっている。
 展示は、萩の古窯より出土の陶磁器片、古萩の茶碗などを展示している古陶磁展示室、焼の原土や釉薬となる原石などを展示する原材料資料室、大型の花器・水盤などを展示する第1展示室、大眉後期の作品と井戸茶碗・水指などを展示する第2展示室、大眉ゆかり・親交のあった作家の作品を展示する第3展示室などからなっている。

美術館の展示コーナー
古陶磁展示室の展示品


・参照:https://www.taibi-hagi.jp/works.html

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♣ 京都伝統産業ミュージアム(京焼・清水焼)

所在地:京都市左京区岡崎成勝寺町9番地の1(京都市勧業館みやこめっせ)Tel. 075-762-2670
HP: https://kmtc.jp/display/exhibition/

みやこめっせ(京都伝統産業ミュージアム)

 → 京の歴史と技を伝える伝統産業74品目を一堂に集め体系的に紹介する国内有数の展示場。各コーナーには実際の作品だけでなく製作工程をわかりやすく解説したパネルや映像資料も備えている。この中に「京焼・清水焼」の展示もあり必見。

伝統産業品の展示
京焼・清水焼

(京焼・清水焼とは)KOGEI JAPAN:「京焼・清水焼」参照https://kogeijapan.com/locale/ja_JP/kyoyakikiyomizuyaki/

 →京焼・清水焼は、京都市周辺で作られている陶磁器。本来、京焼は京都で作られた焼き物の総称であり、清水焼は清水寺の参道で作られていた焼き物の名称。主な生産地域は日吉・五条坂・宇治の炭山・泉涌寺・蛇ヶ谷・山科の清水団地などで、これらの窯元から生産されるものが京焼・清水焼といわれる。窯ごとに異なる特色を持ち、色絵陶器をはじめ染付・天目・青磁・粉引など数多くの焼き物が焼かれている。量産品が主流となった現在も、京焼・清水焼は手で作る伝統を守り、日本を代表する陶磁器として揺るぎない地位を保っている。
・参考;https://www.asahido.co.jp/knowledge/about_kyoyaki_kiyomizuyaki/

♣ 京都陶磁器会館(京都陶磁器協会)


所在地:京都市東山区東大路五条上ル遊行前町583-1  Tel. 075-541-1102
HP: http://kyototoujikikaikan.or.jp/kyokai/about/

京都陶磁器会館

 → 京都陶磁器協会は、1953年、陶磁器製品における意匠デザインの保護、技術の改善、デザイン、製品の販売などを行い陶磁器文化の啓発・育成に努めてきている。この中で伝統工芸品としての京焼・清水焼の振興に大きな役割を果たしてきた。しかし、施設の老朽化から新たに「京都陶磁器会館」を設けて京都の陶磁器工芸品を展示する施設とした。ここでは、陶芸協会が、「窯元のご紹介」、「京焼・清水焼についての解説」、「京焼百年のあゆみ」を紹介している。

産業会館の展示室
京焼の数々

♣ 河井寛次郎記念館(京都市)

所在地:京都市東山区五条坂鐘鋳町569  075-561-3585
HP: http://www.kanjiro.jp/

河井寛次郎記念館
寛次郎氏

 → 河井寬次郎記念館は、大正・昭和にかけて京都を拠点に活動した陶芸家河井寬次郎の住まい兼仕事場を公開した博物記念館。建物のみならず、仕事場、登り窯、家具や調度類も寬次郎のデザインしたものである。これら展示物は、個性を持ちつつも不思議な統一感を生み出しているとの評価。本人の作品(―陶芸・木彫・書画などー)が季節によって入れ替つつ展示されている。館内には、民芸運動の活動で親交のあった柳井宗悦、黒田辰秋らのゆかりの品々も展示されている。

寛次郎の工房跡
作品

・参考:京都ミュージアム探訪(https://www.kyoto-museums.jp/museum/east/424/

♣ 樂美術館(京都市)

所在地:京都市上京区油小路通一条下る Tel. 075-414-0304
HP: https://www.raku-yaki.or.jp/index.html

楽当時美術館の建物

 → 樂美術館は樂焼窯元である樂家に隣接するかたちで建てられた陶芸美術館。収蔵作品は“樂”の歴代作品を中心に、茶道工芸美術品、関係古文書など樂家に伝わった作品を中心に構成されている。これら収蔵作品は、450年にわたって作陶の手本として残してきたものである。樂家の人々はこれらの作品を制作の糧として“樂焼”の伝統を学びつつ独自の世界を築いてきたことがうかがえる。

黒楽茶碗
黒楽茶碗
(長治郎作)

 ちなみに、楽焼は、ロクロを使用せず、手とへら だけで成形する「手捏ね」と呼ばれる方法で成形した後、750℃ – 1,200℃で焼成した軟質施釉陶器。また、楽茶碗を生み出した樂(田中)家の歴代当主が作製した作品が楽焼とされる。またその手法を得た弥兵衛焼(後の玉水焼)、金沢の大樋焼も楽焼の一種といわれる。 広義には同様の手法を用いて作製した陶磁器全体を指す。千利休らの嗜好を反映した、手捏ねによるわずかな歪みと厚みのある形状が特徴 
・参照*楽焼 – Wikipedia
・参考:「楽焼き450年」https://www.raku-yaki.or.jp/history/successive.html

♣ 唐九郎記念館〈翠松園陶芸記念館〉

所在地:名古屋市守山区小幡北山2758-413 Tel. 052-795-2110
HP: https://www.mc.ccnw.ne.jp/nagoya-taikan/toukurou.html

唐九郎記念館
パンフレット表紙

 → 桃山時代の織部、志野、黄瀬戸の復元に成功した加藤唐九郎氏の作品や研究資料を展示している。展示室一室のみではあるが、唐九郎の最高傑作といわれる「氷柱」や「紫匂い」を所蔵している。 焼き物に少しでも関心のある者には必見。
・参考:加藤唐九郎 – Wikipedia

♣ 伊賀焼伝統産業会館

所在地:三重県伊賀市丸柱169-2 0595-44-1701
HP: http://www.igayaki.or.jp/?page_id=23

伊賀焼伝統産業会館

 → 国から伝統工芸品に指定された伊賀焼を幅広く展示する資料館。伊賀焼きの振興と後継者の育成を図るため建設された。伊賀焼の製造過程や古今の伊賀焼の名品の展示するほか、伊賀焼の体験教室や技術指導を行う実技研修室を備えている。会館の1階には展示室があり、多数の窯元が造る伝統的な作品や日常の器、現代的な作品等を展示。2階には明治時代から使われていた道具や当時の窯から発掘された陶片なども展示されている。

展示場内
伊賀焼作品

(伊賀焼とは)参照:KOGEI JAPN「伊賀焼」https://kogeijapan.com/locale/ja_JP/igayaki/
 →伊賀焼は、三重県伊賀市周辺で作られている陶磁器。伊賀市阿山郡の槙山や丸柱周辺、上野市や名張市などが主な産地となっている。優れた耐火性を持つ伊賀周辺の土を使用し、高い耐火性から土鍋や耐熱食器などにも向いている陶器として有名である。伊賀焼の特徴は、高温で焼かれることにより生まれる。ビードロ釉と呼ばれるガラス質と赤く引き締まった素朴で力強い肌合いを誇る。ビードロ釉とは、高温で焼かれた陶器に振りかかる灰がガラス質となって付着したものを指し、自然に任せるのではなくどのように付着するかを考えた上で焼かれているという。

♣ 瀬戸染付工芸館

所在地:愛知県瀬戸市西郷町98 Tel. 0561-89-6001
HP: https://www.seto-cul.jp/sometsuke/

 瀬戸染付工芸館

→ 瀬戸染付工芸館はやきものの伝統技法である「瀬戸染付」をテーマにした施設。ここでは「瀬戸染付」を始めとする「やきもの文化」の紹介、ろくろや絵付などの作業風景の公開、名品等の企画展展示を行っている。 ちなみに“染付”がつくられるようになった契機わかっていないが、14世紀前半代の中国が起源と推測されている。一方、瀬戸では九州で磁器の生産が始まった17世紀以降、磁器の人気に対抗するため素地をできるだけ白くした陶器に絵付を施すなど様々な試みがなされた。瀬戸染付の特徴は、山水・花鳥・草花等がより写実的で繊細に描かれていること。その趣は文様中心といった他の産地のものとは異なり、独特の世界を持っていることといわれている。(参照:瀬戸染付工芸館|瀬戸染付について (https://www.seto-cul.jp/sometsuke/setosome.html

染付けの作業工程
瀬戸染め付けの作品

(瀬戸染付焼とは)KOGEI JAPAN「瀬戸染付焼」https://kogeijapan.com/locale/ja_JP/setosometsukeyaki/
→瀬戸染付焼は、愛知県瀬戸市・尾張旭市周辺で作られている陶磁器。「染付」は一般的に磁器に施される絵付技法であるが、瀬戸染付焼の特徴は、透明感があり柔らかな風合いの白い素地と写実的で繊細さが魅力の染付画といわれている。瀬戸市周辺は陶土の産地としても有名で、白い素地の原料も瀬戸産の「本山木節粘土や「本山蛙目粘土」、「猿投長石)」など、地元産の陶土が使用されている。また、主に藍色に発色する絵具の“呉須”を用いて描かれる染付画は、瀬戸の自然や風景を写し取ったように描かれる。
・参考:瀬戸染付工芸館|瀬戸染付について (https://www.seto-cul.jp/sometsuke/setosome.html

♣ 日本民藝館

所在地:東京都目黒区駒場4-3-33  03-3467-4527
HP: https://mingeikan.or.jp/

日本民藝館の外観

 → 日本民藝館は、「民藝」という新しい美の概念と「美の生活化」を目指す民藝運動の本拠として1936年に開設された。 思想家の柳宗悦らにより企画され、実業家の大原孫三郎などの援助を得て誕生している。「民藝品の蒐集や保管」「民藝に関する調査研究」「民藝思想の普及」「展覧会」を主たる活動を行っている。民藝館には柳宗悦により集められた陶磁器・染織品・木漆工品・絵画・金工品・石工品・編組品など、日本をはじめ諸外国の新古工芸品約17000点が収蔵されており、その特色ある蒐集品は国の内外で高い評価を受けている。

民藝館の内部
陶磁器のコレクション

(陶磁器のコレクション)https://www.mingeikan.or.jp/collection/japan01.htmlより

柳宗悦

このうち陶磁器については、日本の古陶磁や近現代の陶磁など約3,800点を収蔵。古陶磁の核をなしているのは伊万里・唐津・小代・薩摩などの九州諸窯の陶磁、様々な生活用具が生れた瀬戸・美濃の陶磁、そして丹波の陶器である。中でも丹波古陶は鎌倉~江戸時代に多彩な手法で作られた焼物で、日本陶磁を代表するものといわれている。近現代の陶磁としては、小鹿田・苗代川・多々良などの九州諸窯の陶器、布志名・牛ノ戸などの山陰諸窯の陶器、益子・堤などの関東・東北地方の陶器がある。
・参照:日本の陶磁(日本民芸館)https://www.mingeikan.or.jp/collection/japan01.html
・参考・柳宗悦と日本民藝館 https://mingeikan.or.jp/about/soetsu/

♣ 東京工業大学博物館(特別展示・陶磁器コレクション)

所在地:東京都目黒区大岡山2丁目12−1 Tel. 03-3726-1111
HP: https://www.cent.titech.ac.jp/

・参考:東工大博物館を訪ねるhttps://igsforum.com/2024/01/28/visit-tokodai-m-jj/

東京工業大学博物館外観

 → 存外知られていないが、東工大博物館には貴重な国宝級の陶磁器を展示する特別展示室がある。これは東工大のルーツとなった明治初期の「東京職工学校」時代の教育方針とつながりがある。学校の創設提案者であったドイツの技術教育者G.ワグネルの影響が大きい。ワグネルは古くから日本で盛んであった窯業や染織技術への科学的なアプローチと産業育成を考え、陶磁器技術の振興を重点にして教育を推進したことによる。この結果、多くの陶磁器研究者・製作者が育ち、名品が数多く生まれることになった。

東工大特別展示室
ワグネル

 この源流に着目した東工大の展示が博物館特別展示室の作品群である。特に、ワグネルの指導を受けた商工省陶磁器試験所の平野耕輔は、永年蒐集した窯業製品の中から教育参考資料として母校に寄贈している(平野コレクション)。
 

平野コレクションの作品

板谷波山「風景」
島岡達三作品
濱田庄司作品

 また、この展示室には東工大出身の人間国宝(濱田庄司、芹沢銈介、島岡達三)など日本を代表する工芸家達の作品が並んでいる。例えば、板谷波山のマジョリカ皿「風景」、河井寛次郎の「辰砂扁壺」、濱田庄司の「赤絵角皿」、島岡達三の「地釉縄文象嵌壺」、加藤釥の「花瓶」などである。展示室にはこれら国宝級の名品が並んでいて驚かされる。
・参照:平野コレクション(https://www.cent.titech.ac.jp/DigitalCollections2013/HIRANOCollections/HIRANODC.html
・参照:島岡達三作品コレクション(https://www.cent.titech.ac.jp/DigitalCollections2013/SHIMAOKATatsuzoCollections/SHIMAOKATatsuzoDC.html
・参考:ゴットフリード・ワグネル – Wikipedia

♣ 板谷波山記念館

所在地:茨城県筑西市甲866-1 Tel. 0296-25-3830
HP: https://www.itayahazan.jp/

板谷波山記念館
板谷波山

 → 近代陶芸界の巨匠される板谷波山の生家を改築し、作品や愛用品なども展示している記念館として誕生。東西の伝統様式を独自の発案と工夫で融合して築いた窯(三方焚口倒焔式丸窯)と作業場、石臼、水瓶など生前使用していた道具類かつて過ごした田端より移築している。波山の作品のほか、制作途中であった彫文様がはっきりとわかる唐花文様花瓶、下絵、釉薬調合表、愛用の硯箱などが展示されている。

記念館の展示室
波山の使った窯

・参考:板谷波山 – Wikipedia
 ・参考:観光いばらき「板谷波山記念館 」(https://www.ibarakiguide.jp/spot.php?mode=detail&code=774

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(以下リストのみ)

♣ 小石原焼伝統産業会館

所在地:福岡県朝倉郡東峰村大字小石原730-9 Tel. 0946-74-2266
HP: https://tenku-koishiwara.com/spot-01/
参照:小石原焼伝統産業会館 – 天空の窯郷|小石原焼・髙取焼公式サイト【福岡県東峰村】 (tenku-koishiwara.com)
参考:KOGEI JAPAN: 小石原焼(こいしわらやき)の特徴 や歴史- https://kogeijapan.com/locale/ja_JP/koishiwarayaki/

♣ 三川内焼美術館(三川内焼伝統産業会館)

所在地:長崎県佐世保市三川内本町343番地 Tel. 0956-30-8080
HP: https://www.city.sasebo.lg.jp/benrimap/shisetsu/kanko/060.html
参照:三川内焼美術館(三川内焼伝統産業会館)/佐世保市役所 (sasebo.lg.jp)
参考:三川内焼の特徴 や歴史- KOGEI JAPAN https://kogeijapan.com/locale/ja_JP/mikawachiyaki/

♣ 砥部焼陶芸館 

所在地:愛媛県伊予郡砥部町宮内83番地 Tel. 089-962-3900
HP: https://www.togeikan.com/index.php
参照:砥部焼陶芸館オフィシャルサイト (togeikan.com)
参考:砥部焼の特徴 や歴史- KOGEI JAPAN https://kogeijapan.com/locale/ja_JP/tobeyaki/

♣ 赤津焼会館 

所在地:愛知県瀬戸市赤津町94-4 Tel. 0561-21-6508
HP: http://www.akazuyaki.jp
参照:赤津焼会館【アソビュー!】 (asoview.com)
参考:赤津焼の特徴 や歴史- KOGEI JAPAN(コウゲイジャパン)https://kogeijapan.com/locale/ja_JP/akazuyaki/

♣ 瀬戸蔵ミュージアム

所在地:愛知県瀬戸市蔵所町1-1  Tel. 0561-97-1190
HP:https://www.seto-cul.jp/setogura-museum/

♣ 吉兆庵美術館 (鎌倉/岡山)

所在地:神奈川県鎌倉市小町2丁目9-1 Tel. 0467-23-2788
HP: https://www.kitchoan.co.jp/museum/kamakura/
所在地:岡山市北区幸町7-28 Tel. 086-364-1005
HP: https://www.kitchoan.co.jp/museum/okayama/
参照:吉兆庵美術館 (kitchoan.co.jp)

♣ 戸栗美術館  [東京渋谷・陶磁器美術館]

所在地:東京都渋谷区松濤1-11-3 Tel. .03(3465)0070
HP: https://www.toguri-museum.or.jp/about/
参照:公益財団法人 戸栗美術館[東京渋谷・陶磁器美術館] (toguri-museum.or.jp)

♣ 箱根美術館 

所在地:神奈川県足柄下郡箱根町強羅1300  Tel. 0460-82-2623)
HP: https://www.moaart.or.jp/hakone/
参照:箱根美術館 – Just another MOA美術館 | MOA MUSIUM OF ART site (moaart.or.jp)

♣ 栗田美術館 

所在地:栃木県足利市駒場町1542 Tel. 0284-91-102
HP: http://www.kurita.or.jp/

♣ 笠間工芸の丘

所在地:茨城県笠間市笠間2388-1 Tel. 0296-70-1313
HP: http://kasama-crafthills.co.jp/
参照:笠間工芸の丘 – 眺める陶芸から楽しむ陶芸へ (kasama-crafthills.co.jp)
参考:笠間焼の特徴 や歴史- KOGEI JAPAN https://kogeijapan.com/locale/ja_JP/kasamayaki/

♣ 茨城県陶芸美術館 

所在地:茨城県笠間市笠間2345番地(笠間芸術の森公園内)Tel. 0296-70-0011
HP: https://www.tougei.museum.ibk.ed.jp/viewer/info.html?id=125
参照:知って楽しむ陶芸 知る編 | 茨城県陶芸美術館 Ibaraki Ceramic Art Museum (ibk.ed.jp)

♣ 江別市セラミックセンター

所在地:北海道江別市西野幌114番地の5 Tel. 011-385-1004 
HP: https://www.city.ebetsu.hokkaido.jp/site/ceramic/
参照:江別市セラミックアートセンター | 北海道江別市公式ホームページ

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(リスト参考)
  → 全国の著名な陶芸美術館を紹介:「陶楽」は陶芸愛好家のサイト | 陶楽
https://to-raku.com/ceramic-art-museum/#toc2

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<付属資料>

♣ 主要な「やきもの」の産地

 →「やきもの」は日常生活に使われてきた生活必需品・産地は日本各地に散らばって存在している。これらは「やきもの」は長い歴史の中で育てられた日本を代表する文化の一つである。ここでは国が私営氏、振興する「伝統工芸品」の産地を取り上げ、それぞれの産地に関する情報を紹介している。

○ セラミックス博物館「日本のやきもの 」https://www.ceramic.or.jp/museum/yakimono/contents/yakimono_tobira.html を参照・引用

♣ 各地における代表的な「やきもの」作品類

♣ 日本各地の有力な窯元リストxx(県別)

(福岡県)・小石原焼 https://www.ceramic.or.jp/museum/yakimono/contents/koishi/sanchi_koishiwara.html
(福岡県)・上野焼 https://www.ceramic.or.jp/museum/yakimono/contents/agano/sanchi_agano.html
(熊本県)・小代焼 https://www.ceramic.or.jp/museum/yakimono/contents/shoudai/sanchi_shoudai.html
(長崎県)・波佐見焼 https://www.ceramic.or.jp/museum/yakimono/contents/hasami/sanchi_hasami.html
(長崎県)・三川内焼https://www.ceramic.or.jp/museum/yakimono/contents/mikawauchi/sanchi_mikawauchi.html
(佐賀県)・伊万里・有田焼 https://www.ceramic.or.jp/museum/yakimono/contents/imari/sanchi_imari.html
(佐賀県)・唐津焼 https://www.ceramic.or.jp/museum/yakimono/contents/karatsu/sanchi_karatsu.html
(鹿児島県)・薩摩焼 https://www.ceramic.or.jp/museum/yakimono/contents/satsuma/sanchi_satsuma.html
(沖縄県)・壷屋焼 https://www.ceramic.or.jp/museum/yakimono/contents/tsuboya/sanchi_tsuboya.html
(徳島県)・大谷焼 https://www.ceramic.or.jp/museum/yakimono/contents/otani/sanchi_otani.html
(愛媛県)・砥部焼 
https://www.ceramic.or.jp/museum/yakimono/contents/tobe/sanchi_tobe.html
(山口県)・萩焼 
https://www.ceramic.or.jp/museum/yakimono/contents/hagi/sanchi_hagi.html
(岡山県)・備前焼 https://www.ceramic.or.jp/museum/yakimono/contents/bizen/sanchi_bizen.html
(兵庫県)・出石焼 https://www.ceramic.or.jp/museum/yakimono/contents/izushi/sanchi_izushi.html
(兵庫県)・丹波立杭焼 https://www.ceramic.or.jp/museum/yakimono/contents/tanba/sanchi_tanba.html
(京都府)・京焼・清水焼 https://www.ceramic.or.jp/museum/yakimono/contents/kyou/sanchi_kyou.html
(滋賀県)・信楽焼 https://www.ceramic.or.jp/museum/yakimono/contents/shigaraki/sanchi_shigaraki.html
(三重県)・伊賀焼 
https://www.ceramic.or.jp/museum/yakimono/contents/iga/sanchi_iga.html
(三重県)・四日市萬古焼https://www.ceramic.or.jp/museum/yakimono/contents/yokkaichi/sanchi_yokkaichi.html
(福井県)・越前焼 https://www.ceramic.or.jp/museum/yakimono/contents/echizen/sanchi_echizen.html
(石川県)・九谷焼 https://www.ceramic.or.jp/museum/yakimono/contents/kutani/sanchi_kutani.html
(島根県)・石見焼 https://www.ceramic.or.jp/museum/yakimono/contents/iwami/sanchi_iwami.html
(愛知県)・常滑焼 https://www.ceramic.or.jp/museum/yakimono/contents/tokoname/sanchi_tokoname.html
(愛知県)・赤津焼(瀬戸)https://www.pref.aichi.jp/sangyoshinko/jibasangyo/industry/akatsuyaki.html
(愛知県)・瀬戸染付焼https://www.ceramic.or.jp/museum/yakimono/contents/sometsuke/sanchi_sometsuke.html
(岐阜県)・美濃焼 https://www.ceramic.or.jp/museum/yakimono/contents/mino/sanchi_mino.html
(茨城県)・笠間焼 https://www.ceramic.or.jp/museum/yakimono/contents/kasama/sanchi_kasama.html
(栃木県)・益子焼 https://www.ceramic.or.jp/museum/yakimono/contents/mashiko/sanchi_mashiko.html
(福島県)・大堀相馬焼 https://www.ceramic.or.jp/museum/yakimono/contents/soma/sanchi_soma.html
(福島県)・会津本郷焼 https://www.ceramic.or.jp/museum/yakimono/contents/aidu/sanchi_aidu.html

○ セラミックス博物館「日本のやきもの 」https://www.ceramic.or.jp/museum/yakimono/contents/yakimono_tobira.html より作成

・参考:【日本の焼き物の種類一覧】伝統工芸品指定されている焼き物の特徴や歴史など https://journal.thebecos.com/yakimono-type/
・参考:伝統工芸 青山スクエア 伝統工芸 青山スクエア (kougeihin.jp)
・参考【日本の焼き物の種類一覧】【統工芸品指定されている焼き物の特徴や歴史など | 伝統工芸品ならBECOS (thebecos.com) https://journal.thebecos.com/yakimono-type/

(その2)了

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日本の陶芸「やきもの」博物資料館(その1)(博物館紹介)

ー 「やきもの」の歴史と作品を通じて日本の陶芸文化に触れるー

 ここでは、日本各地に数多く存在する「やきもの」に関する博物館、資料館を取り上げ、各地の特色ある陶磁器、歴史ある有力産地と作品、伝統窯元などの紹介することとする。そこには作品作りにかけた長い歴史と陶芸家達の技術の集積がみられ、“ものづくり”のこだわりと伝承をみることができるだろう。
 日本のものつくり文化を伝える伝統工芸陶器「焼きもの」の博物館・美術館は非常に数が多いため、ここでは二つにわけ紹介することとする。その1では、全国的にも知られる有力な伝統工芸陶器の博物館・美術館、その2では、地場の「やきもの」資料館をリストと共に掲げることとした。また、参考資料として、主な「やきもの」の産地、陶磁器の生産地の特色と背景、窯元の地域分布を取り上げている。

その1:全国的に知られる伝統工芸陶器の展示資料館

(このセクションで取り上げた陶磁資料館)
佐賀県立九州陶磁文化館、有田町歴史民俗資料館(有田焼参考館)、有田陶磁美術館
伊万里市陶器商家資料館、石川県九谷焼美術館、能美市九谷焼資料館、福井県陶芸館 
越前古窯博物館、滋賀県立陶芸の森・陶芸館、信楽焼伝統産業会館、兵庫陶磁美術館、
大阪市立東洋陶磁美術館、愛知県陶磁美術館(旧愛知県陶磁資料館)、とこなめ陶の森資料館、多治見市美濃焼ミュージアム、岐阜県現代陶芸美術館、益子陶芸美術館 
益子参考館(濱田庄司記念益子参考館)

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♣ 佐賀県立九州陶磁文化館         

所在地:佐賀県西松浦郡有田町戸杓乙3100-1  Tel.0955-43-3681
HP:(https://saga-museum.jp/ceramic/facility/)

当時文化館エントランス

 → 九州各地の陶器文化遺産の保存と陶芸文化発展のための施設。地域の陶磁器を収集・保存・展示すると共に調査研究や教育活動を行っている。常設としては5つの展示室が用意されており、有田焼の歴史 (第1展示室)、柴田夫妻コレクション (第2展示室)、九州の古陶磁 (第3展示室)、一般展示室と茶室 (第5展示室)となっている。

作品展示コーナ
展示された作品

 詳しく見ると、第1展示室では、有田焼の名品の展示と共に有田焼の歴史や文化などのテーマごとに有田焼の特色と背景を解説、有田町名誉町民の故蒲原権氏の「蒲原コレクショ」も展示されている。第2展示室の「柴田夫妻コレクション」は、江戸時代に作られた有田磁器(古伊万里)であり、代表的な作品と様式変遷を知ることができる。第3展示室の「九州の古陶磁」は、佐賀県の古唐津をはじめ、初期伊万里・古伊万里・柿右衛門・鍋島などの製品のほか、九州各地の多彩な窯窯元の古いやきものを展示、第4展示室の「現代の九州陶芸」では、地域ごとの伝統的な作品や前衛的な作品を一堂に展示されている。第5展示室には「一般展示室と茶室」があり、個展やグループ展などに使われているようだ。また、屋外にはマイセン磁器でできた鐘が美しい音色を奏でているのも魅力という。

第1展示室
蒲原コレクション
九州の古陶磁

 有田町歴史民俗資料館(有田焼参考館)

所在地:佐賀県西松浦郡有田町立部乙2202番地  Tel.0955-46-2111
HP: (https://www.town.arita.lg.jp/main/169.html)

有田焼参考館外観

→ 有田焼参考館は、窯跡などから出土した陶片を展示する専用施設として1983年に開館。本物の有田焼に触れる機会を提供すること、歴史研究や作陶などをはじめとした有田焼を理解することを目的とした。開館当初は、発掘調査例も少なく有田焼の全体像を示すことはできなかったというが、今日では出土文化財管理センターを中心に膨大な数の陶片を収蔵できるようになっている。現在、常設展ではこの有田町が保管する発掘調査資料の中から、約40遺跡、1000点ほどの陶片を厳選し展示、誕生から近代に至る有田焼の変遷を最新の研究成果の解説パネルとともにみることができる。

展示コーナー
発掘された陶片
有田焼の登り窯模型

・参照:有田焼参考館<Arita Excavated Ceramic Museum> https://www.town.arita.lg.jp/rekishi/kiji0031925/index.html
・参考:有田町出土文化財管理センター https://www.town.arita.lg.jp/rekishi/kiji0031928/index.html

♣ 有田陶磁美術館

所在地: 佐賀県西松浦郡有田町大樽1-4-2
HP: https://www.town.arita.lg.jp/rekishi/kiji0031926/index.html

美術館の建物

 → 有田陶磁美術館は、1954年に開館した焼きもの物専門の美術館。明治7年の焼き物倉庫を利用して設立、建物自体も有田内山重要伝統的建造物群の一つに指定されている。窯元やそれぞれの豪商が手掛けた製品を展示し、有田の明治時代から昭和初期の焼き物を紹介している。入口の佐賀県重要文化財の「染付有田皿山職人尽し絵図大皿」と「陶彫赤絵の狛犬」がよく知られているようだ。

展示コーナー
古い有田の展示

・参考:日本の「やきもの」解説(産地):有田焼と伊万里焼:https://www.ceramic.or.jp/museum/yakimono/contents/imari/sanchi_imari.html

♣ 伊万里市陶器商家資料館

所在地:佐賀県伊万里市伊万里町甲555番地1   Tel.0955-22-7934  .HP:https://www.city.imari.saga.jp/21160.htm)       

白壁土蔵づくりの商家

→ 江戸時代の当時そのままの姿で保存されてきた陶器商家(旧犬塚家)を伊万里市が資料館として公開。焼きもの関連では江戸時代後期から明治初期の古伊万里を展示。資料館の建物は重厚な商家としての格式をみせ、当時の町割りに見られる典型的な様式といわれる。

館内の展示室
江戸期の伊万里焼

♣ 石川県九谷焼美術館

所在地:〒922-0861 加賀市大聖寺地方町1-10-13
HP:  http://www.kutani-mus.jp/ja/

石川県九谷焼美術館

 → 九谷焼は石川県の代表的な美術工芸品であり、石川県加賀市は九谷焼の発祥の地となっている。日本で唯一の九谷焼の専門美術館(登録博物館)で、古九谷をはじめ、再興九谷など九谷焼を網羅的、専門的に展示紹介している。特別展の開催、図録や研究紀要の発行などを通して九谷焼研究を推進している。

館内展示場
展示された九谷焼


       九谷焼は、江戸時代の前期、少なくとも明暦年間(1655年頃)には存在していた焼物で、現在まで長い歴史を数える。大胆な構図とあざやかな色彩で絵付けされた色絵磁器であり、日本国内のみならず、世界でも高い美術的評価を得ている伝統工芸品である。下図は九谷焼の名品。

九谷五彩
赤絵 (金襴手)
青手の作品

参考: 九谷焼とは http://www.kutani-mus.jp/ja/kutani
参考: 九谷焼デジタル収蔵庫 http://www.kutani-mus.jp/ja/archives
参考: 石川県九谷焼美術館 – Wikipedia

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♣ 能美市九谷焼資料館(能美市九谷焼美術館・五彩館)

所在地:石川県能美市泉台町南56番地 Tel. 0761-58-6100
HP:  https://www.icnet.or.jp/dentou/insti/04.html
HP:  https://www.kutaniyaki.or.jp/about_museum/gosai.html

能美市九谷焼資料館

→ 五彩館では草創期から現代までの作品と九谷焼の歴史を紹介、5つの展示室で構成されている。江戸時代前期、加賀の大聖寺藩九谷村で生まれた九谷焼は、途中廃窯を経て江戸時代後期に再興、現代にいたるまで多くの窯が技術を高め、優れた作品が作られてきた。能美市は、明治時代に産業九谷の礎が築かれた土地であり産地ならではの企画展も開催している。九谷焼の起源は中国陶磁器であるが、その技法を継承しながらも独自に発展してきている。古九谷に始まり、吉田屋窯、若杉窯、蓮代寺窯、松山窯などの江戸後期から明治にかけての名品や、深みのある繊細な運筆で人気の高い初代武腰泰山、超絶技巧の極致と言われる毛筆細字技法の小田清山から現代の巨匠まで一堂に会する作品群は圧巻。

館内展示場
展示の九谷焼

参照:石川県九谷焼美術館 – Wikipedia
参照:https://www.kutaniyaki.or.jp/about_museum/about_museum.html

♣ 福井県陶芸館 

所在地:福井県丹生郡越前町小曽原120-61  Tel.0778-32-2174
HP: https://info.pref.fukui.lg.jp/tisan/tougeikan/

福井県陶芸館

→ 福井県丹生郡越前町にある「越前陶芸村」の中心施設の一つとして1971年に開館した陶芸館。越前焼の歴史や特徴を学ぶ「資料館」、「陶芸教室」、越前焼の「茶苑」の3施設がある。資料館は2009年に全面リニューアルされ、越前古窯研究の第一人者である水野九右衛門とその協力者が鎌倉時代の穴窯を参考にして築いた「九右衛門窯」の模型と、焼成実験で生み出された成果品を展示している。なお、越前陶芸村の中には、「越前古窯博物館」「越前焼の館」などがある。

九右衛門窯模型
陶芸館内の展示スペース
展示品の大甕
越前焼の食器

(越前焼とは)https://info.pref.fukui.lg.jp/tisan/tougeikan/about-ware.html
 越前焼は、昔から壺・甕・すり鉢、食器などの生活雑器として使われる素朴な陶器として知られる。この肥前焼の“窯”は、当初、鎌倉・室町時代頃に越前町小曽原を中心に築かれ他といわれ、この時代以降、多くの陶工が働く越前焼の生産基地となった。その後、江戸時代には衰退したとされるが、1940年代、陶磁器研究家小山冨士夫が、丹生郡越前町平等の古窯址を調査した結果、日本五古窯に匹敵する規模と歴史があることを発見し広く知られるようになった。また、越前町熊谷の水野九右衛門が、さらなる発掘調査研究を行い、一帯に200基以上の古窯が残っていることが判明する。そして、1971年になると越前陶芸村の建設をきっかけに多くの陶芸家が全国から集まるようになり、現在は“焼き締め陶”の伝統を生かした種々の新しい作陶が試みられているという。
・参照:越前古窯博物館 (tougeikan.jp)  https://www.tougeikan.jp/koyou/

♣ 越前古窯博物館

福井県丹生郡越前町小曽原107-1-169越前陶芸村内 Tel. 0778-32-217
HP: https://www.tougeikan.jp/koyou/

越前古窯博物館全景

 → 越前陶芸村の中に2017年にオープンした古越前焼を展示する資料館。福井の古民家を移築した「旧水野家住宅」を展示資料館を中心とし、本格的な茶室「天心堂」・「天心庵」から構成されている。越前焼研究の第一人者であり、越前焼の名付け親の一人である水野九右衛門が収集した、平安時代から現代に至るまでの貴重な資料「水野九右衛門コレクション」(国登録有形文化財)を展示している。

旧水野住宅
館内の水野九右衛門コレクション

♣ 滋賀県立陶芸の森・陶芸館

滋賀県甲賀市信楽町勅旨2188-7 Tel. 0748-83-0909
HP: https://www.sccp.jp/ 

陶芸美術館の外観

 → 滋賀県立陶芸の森は、やきものを素材に創造・研修・展示など多様な機能を持つ公園として1990年に設立された。ここでは地域産業の振興や新しい文化創造の場として滋賀から世界へ情報を発信することを目的に整備されている。4つのエリアから構成され、陶芸専門美術館の「陶芸美術館」、信楽焼のギャラリー「信楽産業展示館」、制作スタジオ「創作研修館」、野外展示の広場などが整備されている。「陶芸館」では、常設の信楽焼焼はじめ世界各国の焼きもの作品を企画展として開催している。

陶芸美術館の展示
公園内の信楽焼展示

♣ 信楽焼伝統産業会館〔陶磁器〕(滋賀県)

所在地:滋賀県甲賀市信楽町長野1203  Tel. 0748-82-2345
HP: https://www.e-shigaraki.org/densan/

信楽焼伝統産業会館

 → 信楽焼は今から750年前の13世紀半ばに始まったと考えられている伝統工芸。地場産業として地域の経済を支えてきていた。この伝統あるやきもの産業振興のため、1997年に信楽伝統産業会館が開設されている。常設展示室には鎌倉時代から現代までの信楽焼を紹介、穴窯の窯変、お茶とのかかわり、長野地区の大物陶器、勅旨(ちょくし)地区の小物陶器、海鼠(なまこ)をはじめとする釉薬を使用した陶器などが展示され伝統工芸としての信楽焼の概要を知ることができる。

産業会館の展示
展示の信楽焼

(信楽焼とは)KOGEI JAPAN・信楽焼の特徴 や歴史- などから

信楽焼の背景

  → 信楽焼は、滋賀県甲賀市信楽町周辺で作られている陶磁器。陶土に木節、実土、蛙目などの粘土や原料を合わせて作る焼きもの。・コシがあり肉厚な焼き物や大きな焼き物を造ることができる。特徴は、粗めの土質を用いて耐火性が高いこと、焼成する工程によって、ピンクやほのかな赤色に発色し、赤褐色系統の火色(緋色)が生まれる。信楽の白みある土に映える火色(緋色)は「窯あじ」と呼ばれるもので、温度や焚き方によって微妙に変化し信楽ならではの温かい発色がつくといわれている。その表面に「焦げ」や釉薬をつけるため、柔らかい表情の焼き物になる。「焦げ」とは、薪が窯で燃え尽きて積もった灰に埋まった焼き物の裾の部分が黒褐色に発色することを指し、茶陶器においては焦げ部分のさびた趣が珍重されている。
参照:KOGEI JAPAN・信楽焼の特徴 や歴史- ttps://kogeijapan.com/locale/ja_JP/shigarakiyaki/

・参考:「信楽焼ミュージアム」 | 滋賀県博物館協議会 (sam.shiga.jp)
・参考:信楽焼 – Wikipedia

♣ 兵庫陶磁美術館  

所在地:兵庫県丹波篠山市今田町上立杭4 Tel. 079-597-3961
HP: https://www.mcart.jp/

兵庫陶磁美術館

 → 兵庫陶芸美術館は、兵庫県の陶芸文化の継承と振興を目指して、丹波焼を中心に陶磁器をテーマとして設立された美術館。丹波焼をはじめ、淡路のみん平焼、姫路の東山焼、豊岡の出石焼、三田の三田焼、篠山の王地山焼などの兵庫県産陶磁器を中心に、古陶磁から現代陶磁まで幅広く展示している。日本六古窯の一つに数えられる丹波焼の最大の窯業地「丹波立杭」エリアに立地している。中でも、美術館創立者である田中寬の収集作品「田中寬コレクション」はよく知られる。全部で5室ある展示棟には、幅広く内外の陶芸作品を紹介する「特別展」と、丹波焼や県内産陶磁器をはじめとする2,000点余りのコレクションを紹介する「テーマ展」を開催している。

館内の丹波焼展示コーナー
典型的な丹波焼

(丹波焼とは)
 丹波焼は、平安末期)に地元の須恵器生産体制をもとに、常滑焼や渥美焼など東海地方の陶器生産の技術を取り入れて成立。中世は壺・甕・擂鉢を主に生産していた。明るい褐色に焼き上がった器面に、窯の中で焼く間に降りかかった薪の灰が高温で溶けて萌黄色〈もえぎいろ〉の自然釉〈しぜんゆう〉となり、人為を超えた美しい景色を作り出している。江戸前期になると、「赤土部〈あかどべ〉」とよばれる鉄分の多い化粧土を器面に塗り、鮮やかな赤茶色を呈する徳利や甕などの日常品が盛んに作られる。江戸後期には、栗の皮のような色調の「栗皮釉〉」や、白い化粧土を塗り色絵付を施した色絵陶器が作られるなど、多彩な技法のやきものも生み出されまるようになった、といわれている。

丹波焼の登窯
窯出し
現在の多様な丹波焼作品

 美術館内の丹波焼コレクションは、テーマ展「丹波焼の世界」にて公開している。(https://www.mcart.jp/about/collection/参照) なお、明治28年(1895年)に築窯され、丹波篠山市今田町上立杭に現存する丹波焼の登窯「最古の登窯」は兵庫県の有形民俗文化財に指定されている。この登窯は経年劣化が激しく平成26年度から2カ年かけて大修復を行っている。(最古の登窯復興と丹波焼の里活性化推進プロジェクト)(https://www.mcart.jp/tanbayaki/noborigama/)参照

・参考:兵庫県/丹波立杭焼https://web.pref.hyogo.lg.jp/sr09/jibasan/tanbatatikuiyaki.html
・参考:KOGEI JAPAN:丹波立杭焼の特徴 や歴史https://kogeijapan.com/locale/ja_JP/tambatachikuiyaki/

♣ 大阪市立東洋陶磁美術館

所在地:大阪府大阪市北区 中之島1-1-26 
HP: http://www.moco.or.jp/

大阪市立東洋陶器美術館

 → この美術館は東洋の陶磁器について収蔵・展示するとともに、研究拠点としても活動する美術館。高麗・朝鮮時代の朝鮮陶磁、中国陶磁を中心に、約6,000点を収蔵している。収蔵品群の中核をなすのが旧安宅産業の収集した「安宅コレクション」で、1980年これが一括して大阪市へ寄贈されたことから美術館として開館されたという経過がある。

館内の展示質
国宝の 飛青磁花生龍泉窯

♣ 愛知県陶磁美術館(旧愛知県陶磁資料館)‐ 

所在地:愛知県瀬戸市南山口町234番地  Tel.0561-84-7474
HP: (https://www.pref.aichi.jp/touji/index.html

愛知県当時美術館

 → 愛知県陶磁美術館は、縄文土器から現代陶芸まで、日本とアジアを中心とする世界各地のやきもの約8000点のコレクションを擁する国内屈指の陶磁専門ミュージアム(1978年に開館)。各地の古窯跡も復元展示されている。美術館内では陶芸体験ができる施設もあり陶磁器の歴史と文化を体系的に学ぶことができる。現在、改修工事中で2025年4月にリニューアルオープンの予定。
参考:愛知県の陶磁器一覧 – KOGEI JAPAN https://kogeijapan.com/locale/ja_JP/list/?category=4&pref=23

展示室の内観
展示の大皿

♣ とこなめ陶の森資料館 

所在地:愛知県常滑市瀬木町4-203 Tel. 0569-34-5290
HP: https://www.tokoname-tounomori.jp/aboutmuseum/
参考:https://www.tokoname-tounomori.jp/
参考:https://www.city.tokoname.aichi.jp/shisetsu/tounomori/1001901.html

とこなめ陶の森「資料館」

→「とこなめ陶の森」とは「資料館」「陶芸研究所」「研修工房」の3施設を中に収めるる博物施設。資料館は、1981年の当初の開館から40周年を契機として2021年にリニューアルオープンしている。この常設展示室では、国指定重要有形民俗文化財である「常滑の陶器の生産用具及び製品」1,655点の内から約300点を選び、生産用具(製土、成形、乾燥、施釉、窯入れ、焼成、窯出し、運搬の各工程)と製品をわかりやすく展示している。特別展示室では、時の常滑作品を展示する企画展を開催している。

館内の常滑焼展示
屋外の常滑焼展示

(常滑焼とは)KOGEI JAPAN:常滑焼の特徴 や歴史(https://kogeijapan.com/locale/ja_JP/tokonameyaki/)より
     →常滑焼の起源は、平安時代末期に3,000基もの穴窯があったといわれている。常滑は日本六古窯のなかでも最大の焼き物産地で、この時代に制作された古常滑焼が常滑焼の原型である。大瓶・大壼など大型貯蔵具が主製品であったが、江戸時代になると大型貯蔵具だけでなく、茶の湯や生け花で使用する器や日用品としての小細工物が登場。「朱泥」の茶器は江戸時代末期から明治初期にかけて作られている。また、常滑焼で人気の高い急須も江戸時代以降に初めて制作されている。明治時代には日本人の生活も変わっていくことで新たな変化を遂げる。例えば、水路の工事に頑丈な素材として硬く締まった常滑の土管、大正期には建物用のタイルが広がり建築陶器が有名となる。こうして、時代が変わるにしたがって多様な常滑焼の技法は受け継がれ、国指定の伝統工芸品として現在でもさまざまな場面で用いられている。ちなみに「伊奈陶器」はここから生まれている。(see: INAXミュジアム(https://livingculture.lixil.com/ilm/)参照。

♣ 多治見市美濃焼ミュージアム

所在地:岐阜県多治見市東町1-9-27
HP: https://www.tajimi-bunka.or.jp/minoyaki_museum/

美濃焼ミュージアム

 → この美濃焼ミュージアムは、岐阜県多治見市にある美濃焼に関する博物館(多治見市より受託した多治見市文化振興事業団が管理運営)。2012年、「旧岐阜県陶磁資料館」が閉館するに伴い、岐阜県から多治見市が施設の移管を受け開館したもの。瀬戸黒や黄瀬戸、志野、織部といった桃山陶や、欧米で高く評価された幻の西浦焼など、1300年の歴史を持つ一連の美濃焼作品や人間国宝をはじめ美濃の代表的な陶芸家の作品を収集展示している。2016年には、新たに「荒川豊蔵展示室」を設け、昭和を代表する美濃焼の陶芸家荒川豊蔵の作品も展示するようになった。桃山時代の陶片に自由に触れ鑑賞できる体験コーナーもある。

ミュージアムの展示質
美濃焼の展示
各種の食器展示

(美濃焼とは)KOGEI JAPAN・美濃焼の特徴 や歴史- などからhttps://kogeijapan.com/locale/ja_JP/minoyaki/

織部扇形蓋物
美濃焼の作品

 →美濃焼(みのやき)は、岐阜県の東濃地方で作られている焼き物で、歴史と伝統に支えられながら長い歴史を誇ってきた。美濃焼の特徴は多様な種類が存在すること、一定の様式を持たず15種類が伝統工芸品として指定されている。代表的なものは千利休によって確立され古田織部の美学によって作られた「織部」。主に瀬戸黒天正年間に焼成されたため、天正黒・引き出し黒という呼称もある。緑釉(りょくゆう)の深い色と個性的な形、幾何学的紋様の装飾が魅力で、作風によって黒織部・青織部・総織部などの種類があるといわれている。また「志野」は、釉薬(ゆうやく)の下に絵付けが施されたという点で、日本の陶器の歴史上で画期的な焼き物とされている。薄紅色が美しく、長石釉(ちょうせきゆう)による気泡状の風合いがある志野の最盛期は桃山時代でした。人間国宝の荒川豊蔵が尽力し、江戸時代にいったん姿を消した志野を再現し、現代にも息づいている。同様に近代になって再注目された「黄瀬戸(きぜと)」は、控えめで素朴な趣きがあり、人気のある美濃焼となっている。
・参照:伝統工芸品「美濃焼」(美濃焼伝統工芸品協同組合)https://www.minoyaki.gr.jp/craft
・参照:KOGEI JAPAN・美濃焼の特徴 や歴史-  https://kogeijapan.com/locale/ja_JP/minoyaki/

♣ 岐阜県現代陶芸美術館

所在地:岐阜県多治見市東町4-2-5  Tel. 0572-28-3100
HP:  https://www.cpm-gifu.jp/museum/about_top/about

現代陶芸美術館

→ 現代陶芸美術館は現代をテーマとして2002年に設立された現代陶芸の美術館。“美濃焼”を中心とした東濃地方の産業と文化の総合施設「セラミックパークMINO」の一角にある。ここでは日本のみならず世界各地の近現代の陶芸作品を収集し、さまざまな展覧会を開催しているほか、陶磁器を通じた人的ネットワークの構築を目指した活動も展開している。

企画展示の一つ
館内展示スペース


 

♣ 益子陶芸美術館

所在地:栃木県芳賀郡益子町大字益子3021  Tel.0285-72-7555
HP: http://www.mashiko-museum.jp/index.html

益子陶芸美術館

→ 益子焼の魅力や歴史を紹介する複合施設。益子にゆかりのある陶芸家たちの作品が並び、益子焼の歴史を学べる美術館となっている。展示では、土器・陶器でたどる益子の歴史として、史料や写真により紹介、縄文時代から現代まで年代順にわかりやすく解説。敷地内には、益子国際工芸交流館、旧浜田庄司邸、陶芸工房などがあり、益子焼に使った登り窯もみえる。

館内の展示スペース
展示された益子焼作品
益子焼作品

(益子焼とは)
KOGEI JAPAN:益子焼の特徴 や歴史より(https://kogeijapan.com/locale/ja_JP/mashikoyaki/
→益子焼は、栃木県芳賀郡益子町周辺で作られている陶器。ケイ酸や鉄分が多く、可塑性に富む陶土)を用いるため形を作りやすく耐火性も高くなっている。益子焼の特徴は、陶土に他の物質を加えないことから厚みのある焼き物に仕上がること。重さや割れやすいことが欠点と評されることもありますが、手に馴染みやすい益子焼ならではの魅力ともいえる。益子焼の釉薬には石材粉や古鉄粉が使われ、犬筆を用いて色付けが行なわれる。重厚感のある色合いとなるとともに、ぼってりとした見栄えがある。益子の陶土は釉薬がのりやすいことから、白化粧や刷毛目(はけめ)といった様々な伝統的な技法により、独特の味わいのある力強い作品が生み出されている。また、昭和時代、益子に定住した濱田庄司によって、花器や食卓用品などが作られるようになり、民衆の日常生活で使われる「用の美」を追求した芸術品としても認められるようになっている。

♣ 益子参考館(濱田庄司記念益子参考館) 

所在地:栃木県芳賀郡益子町大字益子3388  Tel. 0285-72-5300
HP: (https://mashiko-sankokan.net/)

濱田庄司記念益子参考館

→ 益子参考館は、益子焼の陶芸家であり民藝運動の主要人物であった濱田庄司が、自らの手で世界各地から蒐集した民藝品を展示している。浜田の自邸の一部を活用し1977年に開館。5棟の建物を展示館として開設した、日本のみならず、アジア、ヨーロッパ、中南米、太平洋諸国などの世界各国の陶磁器、木工、漆器、金工、染織など様々な工芸品を収集展示し公開している。庄司が作陶活動をしていた工房である細工場や登り窯も当時のまま置かれている。

参考館館内
陶芸家濱田庄司


参照:益子参考館 – Wikipedia濱田庄司 – Wikipedia

(このセクション その1 End)

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産業陶器とセラミックスの博物館 (B) (博物館紹介)

―近代産業としての陶磁器とセラミックスの発展をみるー

 この項では、食器、花瓶、インテリア、衛生陶器などの窯業物陶磁器、工業原料となるセラミック製品の製造過程、近代工業製品を展示する博物館、資料館を取り上げている。特に、主要メーカーの創業と発展の記録、 “ものづくり”へのこだわりと技術を紹介。

♣ ノリタケの森 ・ノリタケミュージアム       

所在地:愛知県名古屋市西区則武新町3-1-36  Tel.052-561-7114
HP: (https://www.noritake.co.jp/mori/)
参考:名古屋の「ノリタケ・ミュージアム」を訪ねて https://igsforum.com/noritake-museum-j/

赤煉瓦の工場建屋

→ ノリタケ創業の地名古屋市西区則武にある「ノリタケの森」は、前身日本陶器の工場跡を利用した広い緑地公園からなり全体がノリタケの企業活動を紹介するテーマパークとなっている。敷地内には、「ノリタケ・ミュージアム」、製造過程を見学できる「クラフトセンター」、ノリタケの歴史と事業分野を示す「ウェルカム・センター」などがあり、ノリタケのこれまでの事業全体として紹介されている。また、工場跡地には明治期に作られた赤煉瓦の工場建屋と陶磁器を焼成に使った煙突がそのままの残っており国の近代化産業遺跡にも指定されている歴史的史跡でもある。

クラフトセンター
オールドノリタケ

 このうち、「ミュージアム」では、創立以降ノリタケで作られた多彩な素材やデザインの食器やディナー皿、「オールドノリタケ」を豪華に展示。「クラフトセンター」では、生地から絵付けまでの製作過程、陶磁器づくりの技を現場で再現、特に、洋食陶磁器、ボーンチャイナとその技法、美術陶磁品制作の仕組みと特色などが詳しく紹介されている。

煌びやかな「オールドノリタケ展示
陶器作りに励む職人
ノリタケ洋皿コレクション
ウェルカム・センター

 ノリタケの歴史を振り返る「ウェルカム・センター」では、明治9年の商社「森村組」の創業に始まったノリタケ120年の発展を振り返るコーナー、洋食器制作をベースに近年セラミック事業にも進出ことも紹介されている。世界的高級洋食器メーカーとなったノリタケの沿革、世界の陶磁器産業を見る上でも貴重な博物館であろう。あった。日本の陶磁器事業の歴史と成果を見るには最適の博物施設の一つであろう。

ノリタケのタイムテーブル
洋皿の開発デザイン

<ノリタケの魅力とものづくりの伝統>

創業者 森村
ノリタケの事業展開を示す展示

 展示の中から、ノリタケの創業からの発展を確認して見ると、明治初年に森村市左衛門が森村組を設立し、米国に日本の美術骨董品、雑貨を輸出する事業を開始したときから始まる。1889年には、パリ万博で洋式装飾食器の素晴らしさと商品価値と高さをみて日本での洋式磁器の製作を決意、1917年には衛生陶器部門を分離し東京陶器(TOTO)を設立、その後、碍子部門を1919年に独立(日本碍子)させ、戦後では、1967年、日本レジン工業、伊勢電子工業、広島研磨工業、共立マテリアルなどを設立して工業セラミック事業に参入している。ここでは食器製造で打ち勝った磁器、研削、研磨、セラミック材料開発などの技術を生かして事業を拡大している姿がみえる。現在では、さらにハイテック分野の電子回路や歯科医療、太陽光発電膜、セラミックコンデンサーなどに進出し存在感を示している。これらを見ると日本の伝統産業陶器を新たな形で展開し工業品と美術工芸を融合させていった事業展開、先進的なセラミック事業にも進出しているノリタケの姿は印象深い。これらは、園内施設ウェルカム・センター(テクノロジー・コーナー)の展示でもよく示されている。

ノリタケのセラミック事業の展開を示す展示

ノリタケの歩み:https://www.noritake.co.jp/company/about/history/
ノリタケの森 HP:https://www.noritake.co.jp/mori/look/
ノリタケミュージム  https://www.noritake.co.jp/mori/look/museum/

♣ TOTOミュージアム

所在地:北九州市小倉北区中島2-1-1  Tel.093-951-2534
HP: (https://jp.toto.com/knowledge/visit/museum/)
参考:九州・小倉のTOTOミュージアムを訪ねる/ https://igsforum.com/visit-kokura-toto-m-jj/

TOTOミュージアム外観

 → この博物館は、100周年の記念事業として衛生陶器の”TOTO”がその歴史と技術開発の成果を伝えるべく”ミュージアム“として設立したもの。同社の沿革や製品を展示するだけでなく、社会環境や生活スタイルの変化を反映した「水まわり」全体の文化や歴史を豊富な事例と共に伝える貴重な施設となっている。

エクス日ションホール
TOTO製品の提示

 ミュージアムの展示構成は、創業のルーツと歴史を記す第一展示、日本の水回りの文化と歴史をあらわす第二ゾーン、世界に向けたTOTO各種製品の展示ゾーン、ライブラリーなどとなっている。また、TOTOの水回り陶器がどのように作られるのかを体験できる「工場見学」も行っているようだ。 トイレ機器の歴史や浴室・洗面所などの水回りの施設の機能が現在どのようになっているのか、時代とこれがどのように変化してきたのかを知るのに最適の博物館施設といえるだろう。

衛生陶器の進化
衛生陶器のバラエティー
最近のハイテク部品の使った衛生陶器の内部

 展にの中なかで最も印象に残ったのは、生活スタイルの変化を反映した「水まわり」の文化や歴史を紹介するコーナー。壁面には大きな展示パネルがあり、昔からの「トイレ」の形や排泄物処理の社会システムが丁寧に説明されている。

和式から洋式へ
貯蔵式の便器
昔の厠

 展示では、厠」、「雪隠」などのいわれた昔の「排泄」のリサイクル、「和式」から「洋式」便器への変化、「排貯蔵式」から「水洗」に移っていった経過、そして現在のウオッシュレットに移る過程は興味深いものがある。

陶器の制作過程

  また、製品だけでなく、その製作過程も映像などでみられるのもこの博物館の特色。展示ホールの一角には映像コーナーが準備されていて、衛生陶器や浴槽などの焼成、機能部品の取付け、組み立て過程などがビデオで確認できる。 多様なかたちで存在する世界中の珍しい浴槽、トイレの紹介も興味の湧く展示であろう。

参考となる資料:
・TOTOミュージアム Web site: http://www.toto.co.jp/museum/
・「水と暮らしの物語」http://www.toto.co.jp/museum/history/
・衛生陶器の基礎知識 http://kk-daiwa.co.jp/blog/log/eid17.html
・「トイレ年表」財団法人 日本レストルーム工業界:http://www.sanitarynet.com/history/

♣ 碍子博物館(日本ガイシ)

所在地:名古屋市瑞穂区須田町2番56号  Tel.052-872-7181
HP: https://www.ngk.co.jp/rd/labo/museum.html)

碍子博物館の展示場

 → 日本ガイシは高性能碍子はじめ世界有数のセラミック材料の製造メーカーであるが、この日本ガイシが自社の発展の基礎となったガイシの科学研究にし資するため設立したのが、この「ガイシ博物館」。この博物館では、国産最古のピン・ガイシはじめ世界21ヵ国のガイシを収蔵・展示。材料開発と形状変化の歴史を確認できる資料館となっている。日本ガイシの電力技術研究所に併設されているもので、国産ガイシの現有品では最古の物とされる通信用ピンがいし(1875年製)から、世界21ヵ国、57メーカーのガイシ、保守工具類も含め約5,000点余を収蔵、300点ほどを常時展示している。これらガイシの形状の変化と進化、セラミック材料開発の足跡を見ることができる。また、ガイシに関わる古文書、文献、ガイシの歴史などが総合的に展示されているので参考になると思われる。しかし、残念ながら(研究用の施設のためか)一般には公開されていないのがくやまれる。

博物館の碍子展示(1774)
世界の碍子
高性能碍子

(日本ガイシの沿革とセラミック事業)

日本ガイシ本館


 日本ガイシ(日本碍子株式会社、NGK)、電力用ガイシ・セラミックス製造を主力とする世界最大級のセラミックスメーカーのひとつである。1910年代、日本陶器(現・ノリタケ)からガイシ製造部門を分割し設立された。ガイシ製造と会社設立は、1905年、芝浦製作所(現・東芝)の技師が日本陶器に米国製の「がいし片」(碍子博物館蔵)を見せ、高圧碍子の製造を打診し開発に取り組んだことがきっかけであったといわれている。そして、1936年には スパークプラグ部門を分社化し日本特殊陶業を設立、1986年、社名を日本ガイシに変更して今日に至っている。

日本ガイシの創業
創業当時の本社工場(1919)

この間、1929年には「100万ボルト級の高電圧電気試験設備」が完成、1930年には「NGスパークプラグ」の生産を開始している。また、1940年代には「短波ガイシ」、1950年代には「中実SPガイシ」の生産へと進んでいる。1970年年代には世界最大強度の「懸垂がいし」も開発している。

NGスパークプラグ
中実SPガイシ
世界最大強度の820kN「懸垂がいし」(1978)

ハニセラム

一方、技術開発を進めていたセラミック材料の取り組みから、1950年代には碍子以外の「ベリリウム」の研究を進め、1958年には「ベリリウム銅母合金」の生産、1976年には自動車排ガス浄化用触媒担体「ハニセラム」の生産を開始している。 さらにエンジニアリング事業にも進出していて、1970年代には「汚泥焼却炉」の完成、「低レベル放射性廃棄物焼却装置」(1978)とセラミックを基盤とした事業の多様化を進めている。近年では、「GaNウエハー」の開発、「サブナノセラミック膜」の生産、「半導体製造装置用セラミックス」の量産など、ナノテクノロジーを活用したセラミックス先端企業として知られる存在となっている。博物館では、碍子から始まったこれら技術発展の跡を訪ねることができるであろう。

UHV変電用ガスブッシング(1995)
低レベル放射性廃棄物焼却装置(1978) 
チップ型セラミックス二次電池(2018)

・参考:https://www.ngk.co.jp/ 日本ガイシ株式会社 (ngk.co.jp)
・参考:NGKサイエンスサイト | 日本ガイシ株式会社 https://site.ngk.co.jp/
・参考:ヒストリー|100周年記念サイト|日本ガイシ株式会社 (ngk-global.com) https://www.ngk-global.com/100th/jp/history/
・参考:セラミックス博物館 (ceramic.or.jp)  送電用及び変電用碍子 https://www.ceramic.or.jp/museum/contents/hatsuden/hatsuden01.html
・参考:懸垂碍子 文化遺産オンライン (nii.ac.jp) https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/145954
・参考:日本碍子 – Wikipedia

♣ INAXライブミュージアム      

所在地:愛知県常滑市奥栄町1-130  Tel.0569-34-8282
HP: (https://livingculture.lixil.com/ilm/)

ライブミュージアム概念図

 → 「INAXライブミュージアム」は、愛知県常滑市で創業したINAX(旧伊奈製陶)が提供するものづくり文化施設。同社の製作する歴史的な陶磁器、タイル、建材などを展示するほか、やきものの歴史や技術を詳しく紹介している。施設内には「窯のある広場・資料館」「世界のタイル博物館」「建築陶器のはじまり館」などからなっていて、それぞれが陶磁器に関する魅力ある展示を行っている。

窯のある広場・資料館

 このうち「窯のある広場・資料館」は“土つくり”と“やきもの”の歴史や技術を詳しく紹介する施設。大正時代に建造された土管工場の大きな窯と建屋、煙突を保存・公開しているほか、大正から昭和40年代にかけて隆盛した常滑の土管産業の様子を今に伝えている。(https://livingculture.lixil.com/ilm/facility/kiln/

製造に使われた道具や機械
両面焚倒焔式角窯

世界のタイル博物館

 次の「世界のタイル博物館」は、タイルの専門博物館で、紀元前から近代までの世界の装飾タイル7000点以上を収蔵、タイルの歴史や文化に関する研究を進める共に、展示を通してタイルの美しさと先人の熱き装飾の心を体感できる。(https://livingculture.lixil.com/ilm/facility/tile/

世界の装飾タイル展示
化粧タイル

建築陶器のはじまり館

 最後の「建築陶器のはじまり館」では、明治時代初期から1930年前後の建築陶器の全盛期に至る日本を代表する芸術性の高いテラコッタを展示。ここでは新しい時代の建物が次々と建てられた大正から昭和初期の外壁を飾った美しい“やきもの”製のタイルとテラコッタが見られる。(https://livingculture.lixil.com/ilm/facility/terracotta/

テラコッタの展示
警視庁庁舎に使われたタイル(1931)

<INAX創業の歴史と現在>

伊奈初之丞
INAX本社ビル(現LIXIL常滑本社)

 ちなみに、INAX(イナックス)は、LIXILが展開する衛生陶器・住宅設備機器・建材のブランド名で現在のLIXILの前身の一つ。同社の背景を見ると1921年(大正10年)、初代伊奈初之丞が大倉陶園創業者である大倉和親の支援を受けて匿名組合伊奈製陶所を創業し、陶管(土管)やタイル等の建設用陶器を製造したのがはじまり。1924年に伊奈初之丞の長男伊奈長三郎が法人化を行い、森村グループのタイルメーカーとして伊奈製陶株式会社を設立した。1945年には衛生陶器の製造を開始し、同じ森村グループに属する東洋陶器株式会社(後のTOTO)とライバル関係になっている。1985年、伊奈製陶は株式会社イナックスに商号変更、2011年、幾つかの住生活グループ日軽、東洋エクステリア、、新日軽、東洋エクステリア、LIXILなどと合併し、新会社LIXIL(2代目法人)となり、INAXは同社における製品ブランド名の一つとなっている。

参考:
・常滑焼とは:https://story.nakagawa-masashichi.jp/craft_post/118158
・常滑焼とは:急須から招き猫まで幅広いものづくりの特徴と歴史 | 中川政七商店の読みもの(https://story.nakagawa-masashichi.jp/craft_post/118158
・常滑市(https://www.city.tokoname.aichi.jp/

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♣ 京セラファインセラミック館              

所在地:京都府京都市伏見区竹田鳥羽殿町6番地  Tel.075-604-3518
HP: https://www.kyocera.co.jp/fcworld/museum/)
参考:京セラ「ファインセラミック館」の見学記録 https://igsforum.com/2022/09/24/kyocera-fineceramic-museum-jj/

京セラ本部ビル(このロビー階にセラミック館がある)

→ 半導体の素材メーカーとして知られる京セラのファインセラミック技術を実際の製品と共に紹介するのが京セラファインセラミック館、焼き物の歴史から最先端のファインセラミックへとつながる陶磁器技術の展開も理解できる展示を行っている。ここでは京セラの沿革、技術発展、歴代の開発製品、近年の取り組みなどをパネルや実物で詳しく紹介している。

セラミック館の展示
セラミック基礎知識の展示

 また、同社の事業活動の紹介と共に、「ファイン」と名付けた工業材料“セラミックス”の詳しい内容解説があり、その物性、利用範囲、活用可能性について科学的に解説する興味深い展示がなされている。また、併設された「稲盛ライブラリー」は、創業者稲盛和夫氏の生い立ち、会社創立と事業への姿勢、経営哲学などを紹介する資料を行っている。

<ファインセラミック館」の展示内容>

土器から始まったセラミックの歴史展示
京セラの事業展開を示す年表パネル

 「ファインセラミック館」に入ると、まず、導入部として、陶磁器(狭義のセラミック)が、どのようにして電子素材に転換され発展してきたかを示す展示がなされる。綺麗に配列された陳列棚には、土器、須恵器、青磁などの陶器・粘土製品が、時代を追って“ファイン”セラミックスと変容し、碍子や絶縁材料などの電気部品として高度化、多様化していく姿が時系列的に見事に展示されていて非常に興味深い。また、企業としての京セラの成長の姿が製品展示と共に年表形式で掲示されている。

多様なセラミックス素材の展示
セラミックスの知識と特性を解説するセラミックスワールド

 次のコーナーには、ファインセラミックスの組成、特性、活用範囲などの展示となっていて、それぞれの物性の科学的説明がなされている。また、この展示では、京セラが実際に開発した電子素材の実物を見ることができ、いかに京セラがセラミックの応用技術を進化させていったかがよく理解できる。

極限の世界でも使われる電子素材セラミックス
京セラギャラリーの展示

 また、ハイライト展示として「ファインセラミックス・ワールド」が設けられていて、ファインセラミックススの基礎知識、技術の変遷、宇宙など極限世界での応用などの技術解説が抱負になされているのは魅力的である。これによりセラミックスのより深い理解が得られるよう工夫された館構成となっている。現在の京セラの製品を一覧できる「京セラギャラリー」も興味深い。

参考資料:
・京セラファインセラミック館のご紹介 | https://www.kyocera.co.jp/fcworld/museum/
・京セラ (kyocera.co.jp) HP https://www.kyocera.co.jp/
・「京セラ株式会社」の始まりと原点 http://atuiomoi.net/keieirinen/?p=74
・ファインセラミックス ワールド | 京セラ (kyocera.co.jp) https://www.kyocera.co.jp/fcworld/

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♣ セラミックス博物館(日本セラミックス協会

所在地:東京都新宿区百人町2-22-17 Tel. 03-3362-5231
HP: https://www.ceramic.or.jp/museum/  セラミックス博物館 (ceramic.or.jp)
参考:日本セラミックス協会(https://www.ceramic.or.jp/

 → 「セラミックス博物館」は「やきもの」から最先端のファインセラミックスまでを網羅し解説。現行製品以外のアーカイブ的なコンテンツや子供向けの啓発コンテンツから専門家向けの解説コンテンツまで、生活の中でのセラミックスの活躍について、わかりやすく紹介。
 コンテンツとして以下のものがある。
「にほんのやきもの」(https://www.ceramic.or.jp/museum/yakimono/contents/history.html
「子どものためのセラミックス」https://www.ceramic.or.jp/csj/hakubutsukan/kodomo/index.html
「参考資料・セラミックスとは・・」https://www.ceramic.or.jp/about/ceramics_info/

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