印刷文化の魅力を伝える博物館(博物館紹介)

  ―日本の社会文化発展を担ってきた活版印刷の歴史をたずねるー

はじめに

 明治初期の鉄道開設や電信の整備が社会に与えた変革と同様に、活版印刷の普及が、教育文化、社会の近代化、教育政治思想の形成に与えた影響は非常に大きなものであった。大量に供給される印刷物は庶民の教育普及に役立ったし、活字新聞の普及は政治思想や社会運動の原動力となり、文学や美術に対する関心を大いに深める結果となった。 この項では、印刷技術の長い歴史と共に、「活字」印刷技術がどのように日本にもたらされのか、その技術の背景は何かなどを、関連する博物館の紹介と共に取り上げてみることとした。

♣ トッパンの「印刷博物館」

・所在地:東京都文京区水道1-3-3 TOPPAN小石川本社ビル  Tel.03-5840-2300
・HP: https://www.printing-museum.org/
・参考:トッパンの「印刷博物館」を訪ねてhttps://igsforum.com/visit-printing-museum-in-tokyo-j/

印刷博物館入り口

 → 東京・文京区小石川にある印刷大手トッパン本社内に設けられた印刷文化資料館。世界と日本の出版文化の歴史と印刷をテーマとして、古今東西の書物や活字、印刷が築いた歴史や文化、技術を体系的に文明史的なスケールで解説展示している。

館内展示

 博物館では、印刷文字や図像などを通じた表現技術の発展、印刷と社会文化とのつながりなどを幅広い視点で展示、たとえば、古代オリエントや中国古代の印刷、日本の木版印刷、グーテンベルグに始まる西洋の活版印刷、日本の近代的印刷技術の発展、現在の多様な印刷技術・文化の変遷がよく示されている。特に、総合展示室に至る回廊の壁面飾られた印刷物のレプリカは圧巻の迫力である。
(参照:prologue.pdf (printing-museum.org)

プロローグの壁画
博物館壁画の年表表示

 常設展示では、印刷をテーマとしたさまざまな展示、例えば書物や活字、機械を中心とした所蔵資料を広く公開。このうち、“世界の印刷コーナー”では、最初期の印刷から現代の情報技術に至るまでの歩み、“日本の印刷”では、様々な印刷の形成と発展の歴史を所蔵資料で解説し紹介している。また、“印刷×技術”では、「版」の存在を書体と併せて「凸、凹、平、孔」の四つの形式にわけ、それぞれの特色と発展形態を説明展示している。来館者に印刷の魅力を伝える参加型展示スペースも印刷博物館の魅力の一つという。

○ 珍しい展示物では次のようなものが見られる。
 日本最古の印刷物「百万塔陀羅尼」(764-770)、伏見版『貞観政要』(1600)、「グーテンベルク 42行聖書 原葉」(1455)、「和蘭天説」(1796)、「駿河版銅活字」)1606-1616)、「築地活字木活字」(収蔵、1869)など。

16世紀の印刷機
展示された貴重印刷物

♠ 印刷博物館にみる日本の印刷技術の歴史 

    ―独自の道をとった日本の印刷技術の歴史―

 → 印刷博物館では、活字による印刷技術の発展が大きなテーマとなっているが、日本はやや異なった印刷技術の道をたどったことに触れている。日本では、近世初期に一度活字による印刷も試みられたとされるが、やがて木版による製版印刷が中心となり独自の領域で印刷文化が発展してきている。

<活字技術の導入>

駿河版銅活字

 日本においては、仏教の法典または文書のほとんどが写本、木版によって印刷されていた。しかし、中国、朝鮮からの活字技術の受け入れを受け、徳川家康の時代、銅活字による印刷を試みて幾つかの印刷物を残している。このとき作成した金属活字が現在も残っており、重要文化財として印刷博物館に実物が展示されている(“駿河版銅活字”1607-1616)。これが日本における活字印刷の最初の応用例とされている。一方、同時代、ポルトガルのイエスズ会宣教師の手によってキリスト教伝道書が活字印刷され頒布されていたことも知られている「“きりしたん版”印刷物 1590s-)。しかし、前者は、漢字文字数が多数に及び作業も繁雑だったこと、また、後者はキリスト教禁教措置のため中止となったことなどが影響し、やがて忘れ去られることになった。

嵯枕本の「徒然草」など

 そして、日本では、以来、独自の木版による印刷が興隆することになる。こうい った中で作られたのが「嵯峨本」といわれる木活字による印刷物。これはひらがな交じりの木活字印刷による彩色を施した印刷本で「伊勢物語」や「徒然草」など優れた国文学書も含まれている。これらの本は後の国文学の興隆にもつながっていると評価され博物館ではこのうち幾つかを展示している。

<木版製版、版画美術文化の隆盛>

木版で摺られた浮世絵

 一方、活字を使わない木版印刷も江戸時代には隆盛を極める。当時、精緻に作られた浮世絵版画や錦絵などが庶民の人気を集め、専門の出版社も出現して大量に印刷刊行されている。博物館では、展示室内に「錦絵工房」を設けて木版の「彫り」や「摺り」の実演を行っているほか、浮世絵制作における多色刷り木版の実物も展示している。

草草紙本

 また、江戸時代には、人情本や世俗本なども多数発刊され庶民の読み物として普及していったほか、話題を呼ぶニュースを伝える「かわら版」といったものも庶民向けメディアとして人気を呼んだ。これらはすべて木版による印刷によって作成されたもので、江戸期の高度な木版印刷技術として定着していった。

<活字印刷への復帰>

活版の小学教科書

 しかし、明治期になり急速に近代化する社会変化の中で、従来の木版印刷では、拡大する社会情報需要や教育の普及には追いつかず、新たな活字印刷技術が必要となってきた。そして、この機をもって大量印刷の可能な金属活字による近代的印刷の導入が迫られることとなる。このときの黎明期を支えたのがオランダから活版印刷技術を学んだ本木昌造であった。かれは、江戸時代末期から明治にかけて、数の多い日本漢字を独自の方法で鉛の活字を作り、「活字摺立所」をつくり活版印刷を日本で創始した。これ以降、日本では、従来の木版による印刷方法から大きく転換し、様々な学問書、新聞、教科書、証券類が西洋活版印刷技術をベースに作られるようになる。この間の印刷革命に至る経過は、博物館展示で発刊された本、書類などによって数多く展示されている。

<日本的印刷技術のもう一つの姿>―日本の謄写印刷の普及とその社会性―

堀井
謄写版印刷用具

 印刷博物館は大手活版印刷メーカー・トッパンの博物館であるため、日本で戦後盛んに行われるようになった軽印刷、謄写印刷についてはあまり触れられていない。しかし、この印刷方式は、印刷原紙とインクがあればどこでも印刷が可能な便利なもので、学校の教材やチラシなど少部数の印刷には最も適していた。これはパラフィン、ワセリンなどを塗った蝋紙に鉄筆で文字を書き、透過した部分にインクを乗せて印刷する「ガリ版」(謄写版印刷)とよばれた印刷方式であった。この原型は、エジソンが1890年代開発した「ミメオグラフ」であったが、これを明治年代1894年に発明家堀井新治郎が改良して作ったのが「謄写版印刷機」と呼ばれるものであった。これは原理が簡単で安価な上に、漢字数の多い日本語文書が自由に作成するため急速に普及したものとされている。

(参照:https://igsforum.com/visit-printing-museum-in-tokyo-j/ 日本の印刷技術の変遷)
印刷博物館 – 現代に息づく活版印刷の話と貴重な展⽰品の数々: https://news.mynavi.jp/article/

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♣ 大日本印刷(DNP)の博物館「市谷の杜・本と活字館」

所在地:東京都新宿区市谷加賀町1-1-1  Tel.03-6386-0555
HP: https://ichigaya-letterpress.jp
・参考:大日本印刷の博物館「市谷の杜 本と活字館」を訪ねる(https://igsforum.com/dpns-print-museum-j/

「本と活字館」の建物

 →「本と活字館」は、活版印刷の老舗大日本印刷(DNP)における印刷事業の歴史資産を公  開展示すると共に、日本で活版印刷がどのような形で発展してきたかを示す歴史博物館である。館内では、文字(秀英体)のデザイン、活字の鋳造から、印刷、製本まで一連のプロセスを展示しており、印刷機が稼働する様子や活版職人が作業する姿も動態展示の形で公開している。また、参加型ワークショップやイベントなどを通じて、印刷・製本・紙加工も体験できる。

<印刷工場風景の再現>

印刷作業をする展示館の内部

 一階の展示スペースでは、かつての印刷工場の風景を再現した「印刷所」があり、文字の原図を描くところ から、活字の「母型」を彫り活字を鋳造、版を組んで印刷・製本するまでの一連の作業を実際に見ることができる。 また、ずらりと並んだ活字棚(ウマ)から、職人が多くの活字を手早く拾って「版」に納める光景がバーチャルで再現されていて、どのように活字が組まれるかがわかる。通路奥のテーブルには、印刷・製本に使う多様な用具類が、使用法の解説と共に展示されていて、印刷作業の内容も確認できる。

<活版印刷作業のプロセス展示>

印刷・製本に使う道具類を解説する装置
モニターで活版印刷を再現させることができる

 一般に活版印刷では、作字、鋳造、文選、植字、印刷、製本といった過程を経て出版物ができあがっていく。作図では文字のデザイン造り、鋳造では文字母型の鋳造製作、「文選」(活字選び)、「植字」ではできあがった活字を文章毎に綺麗に並べて版を作る作業、次はインクをつけて印刷する作業、そして本作りの「製本」といった作業が連続して行われて印刷出版物が完成する。展示では、これらが、どのような作業手順と精度、技能・技術によって成り立っているかが詳しく分かる構成となっている。

<かつての活版印刷機械の展示>

かつての食事作業

 また、一階の広い展示フロアには、かつて使われた各種印刷機械が陳列されていて、歴史的に印刷機械がどのような進化を遂げてきたかがわかる。地階は大日本印刷の歴史を紹介するフロア「記録室」、二階の体験展示があり、活版印刷による実演、そして見学者による体験印刷もできるイベントも実施されている。

・参照:https://igsforum.com/dpns-print-museum-j/

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♣ 印刷歴史館(NISSHA財団) 

所在地:京都市中京区壬生花井町3  Tel.075-823-5318
HP: (https://www.nissha-foundation.org/history_museum/)

印刷歴史館(NISSHA財団) 

 → 京都の地で印刷文化・技術の振興を目的とするNISSHA財団が設立した印刷に関する歴史館。4000年前の「楔形文字粘土板」や「百万塔無垢浄光陀羅尼経」(770年頃)、「解体新書初版本」(1774年頃)、「42行聖書」(ファクシミリ版,15c)、「木活字」(中国、11c)、「グーテンベルク印刷機」(復刻、15c)、「ゼネフェルダー石版印刷機」(19c)、「ハイデル活版印刷機」(1927年頃)などの実物など、印刷の起源から近代に至るまでの大変貴重な資料を展示している。建物自体も貴重で、1906(明治39)年に建てられた明治を代表するレンガ造り、2011年には国の登録有形文化財に登録されている。

ゼネフェルダー石版印刷機 
展示された貴重な印刷物

・参考:設立趣意 (https://www.nissha-foundation.org/about/prospectus/
・参考:The KANSAI Guide – NISSHA印刷歴史館 (https://www.the-kansai-guide.com/ja/directory/item/20767/

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♣ ミズノプリンティング・ミユージアム                 

・所在地:東京都中央区入船2丁目9番2号  Tel.03-3551-7595
・HP: https://www.mizunopritech.co.jp/mpm/
・参考:東京”ミズノ・プリンテック”の「印刷ミュージアム」を訪ねる(https://igsforum.com/visit-mizuno-printing-museum-j/

ミュージアムの展示場の様子

 → このミュージアムは、中堅印刷会社ミズノプリンティングが運営する印刷博物館、館内はやや狭いもの重要文化財となる印刷関係資料が多数収蔵されており、類例をみない貴重な私設博物館となっている。これら展示品はミズノ会長の水野雅生氏が生涯かけて収集したものである。そのうち歴史的な印刷物、印刷機械が館内に展示されている。これら所蔵資料で見ると、紀元前メソポタミア時代の「円筒印章」、律令時代の経典「「百万塔陀羅尼」、古活字を使った「日本書紀」(16世紀)、伏見版「貞観政要」(17世紀)など数多い。 中でも、日本の近代印刷の先駆をなした福澤諭吉の関係本を多く所蔵し、「学問のすゝめ」の初版本は特に貴重である。

初期の活版印刷機
福沢の「学問の済め」コレクション
週数の貴重本展示

 また、歴代初期の活版印刷機のコレクションが大きな柱の一つとなっており、コロンビアン・プレス(手引き活版印刷機 1850年製造)、古典的なアルビオンプレス(手引き活版印刷機など歴史的な手引き印刷機などが展示されている。特に貴重なのは、明治初期、平野富二が作ったといわれる国産第一号の「手引き活版印刷機」である。これは平野富二が東京の「築地活版製造所」で製作した活版印刷機で、「日本機械遺産」にも認定されている。

・参考:ミズノプリンティングミュージアムの施設紹介(https://iko-yo.net/facilities/174091
・参考:中央区まちかど展示館(https://www.chuoku-machikadotenjikan.jp/feature/special03_tenjikan02.html

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♣ アジア活版資料館(亜細亜印刷)(長野県)              

所在地:長野県長野市大字三輪荒屋1154番地 Tel. 026-243-4859
HP: https://www.asia-p.co.jp/museum

亜細亜印刷社屋
活字模型

 → デジタル化が進む印刷の中にあって、長野市にある亜細亜印刷が活版印刷の歴史的な技術遺産を残すため開設したのが「アジア活版資料館」。活版時代の手造りの工程を展示保存することによって、貴重な活版文化の遺産を後世に伝えることを目的としている。展示では、自社の機器のほか、同業者から譲り受けた、凸版印刷機や母型、紙型、鋳造機、活字箱、鉛版や版木などを展示し、活版印刷が主流だった昭和30年、40年代の書籍印刷の作業工程を追えるように再現している。

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♣ 活版ミニ博物館(中西印刷)(京都)

所在地:京都市上京区下立売小川東入る西大路町146  Tel. 075-441-3155
HP:  https://the.nacos.com/nakanishi/museum.php

植字台
タイプキーボード

 → 活版ミニ博物館は中西印刷の活版印刷をささえた機材が収集・展示されている。中西印刷は、現在、電子組版平版印刷へと移行しているが、1992年に活版印刷を廃止するとき、活字をはじめとした多くの機材を整理して展示し、印刷の技術を未来に残すこととしミニ博物館を設立している。展示では、西夏文字字母などのほか、木版時代の版木や、モノタイプなど近代活版自動化の足跡を伝えている。

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♣ 活字資料館(モトヤ・印刷機材)(大阪)           

所在地:大阪府大阪市北区紅梅町2-8 Tel. 06-6358-913
1HP: https://www.motoya.co.jp/business/katsuji.html

活字資料館入り口
活字鋳造機
ベントン彫刻機

 → → 総合印刷機材商社モトヤは大阪に「活字資料館」を開設し、創業取り組んできた鉛活字の製造や組版作業の様子をはじめ、現在も引継がれているフォントデザインの過程を展示している。19世紀のベントン彫刻機、活字鋳造機、活字母型、活字に代わる新しい組版機器など、かつての活版印刷の黄金時代を築いた印刷機械など活版印刷の歴史を記すものが多数展示されている。

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♣ 謄写技術資料館(大東化工) 

所在地:岐阜県岐阜市折立364-1(大東化工(株)本社内)  Tel.058-239-1333
HP: https://www.daito-chemical.com/museum.html 

大東化工のビル

 → 1940年代に創業して以来、謄写印刷を中心に印刷事業を展開してきた「大東加工」が設立した「謄写技術資料館」。展示では、謄写印刷技術の進化 謄写印刷機の誕生から終焉までの歴史をわかりやすく解説し、時代時代に活躍した内外の機械を紹介。また、作品コーナーでは、TVや映画の台本や機関誌など実用的なものから、芸術価値に富む謄写印刷作品まで、謄写印刷で作られた資料などを多数展示している。
 また、昭和の教室コーナーでは、謄写印刷が花形だった昭和の教室を再現して展示している。

和文タイプライタ
謄写技術史料館の展示場

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♣ ガリ版伝承館 (滋賀県)    

所在地:滋賀県東近江市蒲生岡本町663番地  Tel.050-5802-2530
HP: https://www.city.higashiomi.shiga.jp/0000000117.html

ガリ版伝承館のある建物
堀井耕造

 → 明治時代に日本で発明され普及した印刷方式「ガリ版印刷」(鉄筆と鉄板やすり、ろう原紙を使って行う簡易印刷)の歴史を紹介する資料館。ガリ版印刷の器材や作品、またビデオ鑑賞などにより、“ガリ版”印刷の背景、社会的影響、簡易印刷文化の内容を紹介している。中には、各種記念品のほか堀井耕造(二代目新治郎)の肖像がある。

・参考:山添村ガリ版物語⑤山添村は第三の‟ガリ版聖地”を名乗れhttps://yamazoe-love.com/yamazoe-as-the-hometown-of-the-hometown-for-gariban-5/

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♣ 参考資料:史跡「活版発祥の碑」と黎明期活版印刷技術の創成

 ―「新町活版所跡石碑」(長崎)、「活字発祥の碑」(東京・築地)、「京都印刷発祥之地の記念碑」(京都)―

  → 活版印刷の普及は、明治日本における社会の近代化の推進、産業振興、教育普及、政治思想形成に計り知れない影響を及ぼしてきた。この歴史的意義を強調するため、上記活版印刷発祥の記念碑が長崎、東京、名古屋の地にが建てられている。

新町活版所跡石碑
活字発祥の碑
京都印刷発祥之地の記念碑

 このうち長崎の「新町活版所跡石碑」は、明治2年、長崎通詞だった本木昌造が“活版伝習所”を設立、日本で最初に活字鋳造に成功したことにより、近代活版印刷発祥之地となっている。築地の「活字発祥の碑」は、平野富二が、明治6年に“築地活版製造所”を設立し、国産では第一号となる活版印刷機を造ったことを記念したもの。長崎の「京都印刷発祥之地の記念碑」は、明治4年、大木の援助の下で京都初の近代印刷技術による印刷所」を設立したことを顕彰するものであった。
 これらの記念碑を訪ねることにより、明治期における活版による近代印刷が如何にはじめられ発展していったかを知ることができるだろう。この経過を辿ってみよう。

<明治における活版印刷の形成と普及

本木昌造
長崎で新鋳造の「和様平仮名活字」

 幕末を経て明治期になり急速に社会の近代化が進む中で、従来の木版印刷では急増する社会情報や教育の普及には追いつくことができず、新たな活字印刷技術の普及が必要となってきた。そして、大量印刷が可能な金属活字による近代的印刷の導入が迫られることとなる。このときの黎明期を支えたのがオランダから活版印刷技術を学んだ本木昌造であった。長崎で通詞を勤めていた大木は、オランダから活版印刷技術を学び、数の多い日本漢字を独自の方法( “蝋型電胎法”という活字母型製造法)で作った鉛活字を発明する。また、これを普及させるため、1869年には「活版伝習所」の開設も行っている。ちなみに、長崎には上記の「活版印刷発祥の地の碑」があり、大木の作った活字母型のレプリカも展示されている。
・参照:本木昌造 活字復元プロジェクトの成果品 (robundo.com) http://robundo.com/salama-press-club/column/column008.html

 <平野富二と築地活版製造所> 

東京築地活版製造所
平野富二

 以降、日本は従来の木版による印刷方法から大きく転換、様々な学問書、新聞、教科書、証券類がすべて西洋活版印刷技術をベースに作られるようになった。こうした旺盛な印刷物需要に応えるべく、各地に多くの民間活版印刷所が設立される動静となる。

平野が作った活版印刷機

 まず、大木の弟子であった平野富二が東京に「東京築地活版製造所」を設立、活字類の鋳造、印刷機械類の製作を開始している(平野は石川島重工、現IHIの創業者でもあった)。また、谷口黙次が大阪で「谷口印刷所」(大阪活版所)を設立するなど、本木昌造を起点にした日本の近代活版印刷は大きく裾野を拡げる。京都では、近代印刷技術による印刷所「京都點林堂」が設立された。なお、築地活版製造所が長崎の活版製造所から引き継いで製作改良を重ねた書体は「築地体」と呼ばれ、日本で現在使われている印刷文字の源流となっている。

最近のオフセット印刷

 これ以降、大手のトッパンや大日本印刷などの印刷業界を牽引すると共に、日本各地には多くの活版印刷所がうまれ、明治に生まれた活字体を活用しつつ、明治、大正、昭和と書籍、雑誌、新聞、ポスターなど各種印刷物が情報の社会基盤を築いていくことになる。 
 しかし、今や印刷も技術革新進む中にあり、かつての活版印刷は姿を消しつつあるようだ。そして、印刷形態もオフセット、写真印刷、多色デジタル印刷など多様な形に進化している。この変化の中にあっても、活版印刷で築かれた技術的基礎は今に引き継がれていることは否めない。このことは、博物館の展示に中にもよく示されているといってよいだろう。

・参照:産業遺産からみた印刷技術の進化と社会https://igsforum.com/2022/12/02/print-tech-history-jj/

(了)

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○参考資料:

・「印刷博物館ガイドブック」(印刷博物館刊)
・印刷博物館HP:https://・www.printing-museum.org/
・「印刷博物館・プロローグ展示ゾーンのご案内」(印刷博物館パンフ)
・Stroll Tips印刷博物館: https://www.stroll-tips.com/printing-museum/
・ぷりんとぴあ | 印刷の歴史 | ⽇本印刷産業連合会: https://www.jfpi.or.jp/printpia/category_detail/id=3482
・“明治150年”記念展示 「日本の印刷の歴史」: https://www.jfpi.or.jp/printpia/topics_detail21/id=4030
・印刷の発明と歴史 【⽊版印刷・活版印刷の古代中国での発明から】http://chugokugo-script.net/rekishi/insatsu.html

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