紡績・紡織機の歴史博物館 (B)博物館紹介(11)

ー 日本の産業近代化を促した製糸、紡績業の歴史と技術の産業資料館  

 ここでは、明治の製糸、紡績産業などの技術と歴史の産業資料館を紹介する。特に、西欧の技術を導入して日本の基幹産業に成長した近代的な紡績・織布発展を示す歴史資料館、これらを促した紡績機械、織機開発の展開を示す博物館などを取り上げる。時代は変わり、現在、これら産業は主力産業の地位を譲ってはいるが、他方では、これら発展によって育まれた新しい機械産業の生成、化粧品、医薬品、新素材などへの転換・進出が促され、現代にあった新しい技術の系譜が生まれつつあるようだ。また、地方では伝統織物工芸などでも従来の技術は生き続け新しいものづくりのかたちを伝えている。この項では、これらを動向を示す幾つかの代表的な資料館・博物館を紹介する。

 トヨタ産業技術記念館(繊維機械館)

所在地:名古屋市西区則武新町4-1-35 TEL 052-551-6115
HP: https://www.tcmit.org/research/textile/
参考:名古屋の「トヨタ産業記念館」を訪ねる(1)「繊維館」https://igsforum.com/visit-toyota-industrial-museum-1-j/ 

トヨタ産業技術記念館外観

→ 産業技術記念館は、トヨタの産業技術の展開の辿りつつ、繊維を中心にした日本の産業機械の発展を跡づける貴重な博物館施設である。施設全体は、大きく繊維機械に関する「繊維機械館」と、自動車に関する「自動車館」の二つから構成されているが、ここでは「繊維機械館」を中心に紹介する。

戦域機械館の展示場

 繊維機械館は、大正時代の紡織工場を再構成した広い空間スペースを占める展示館である。この建屋は柱や梁や赤レンガの壁をそのまま使用していることで知られる。展示をみると、広い会場に初期の糸を手で紡ぐ道具から布を織る機械、自動織機、さらに現代のメカトロ装置の繊維機械まで約100台が一堂に展示されていて圧巻の内容である。

江戸時代の「地機」
糸紡ぎの実演
紡織人力機械
織機の動体展示

 そこでは、人類がはじめて「紡ぐ」・「織る」といった基本作業をはじめた当初の道具類、そこから進化した機械の導入、動力による紡織機の開発、自動織機技術の展開、現在につながる繊維産業の裾野の広がりといった歴史の流れが、多数の実物展示で丁寧に紹介されている。これら世界や日本で使われてきた道具、機械は実際に動かす動体展示となっており、見学者は実際に手にとって動かすこともできる。また、展示場ではスタッフの実演も交えての詳しい説明が適宜行われ、生きた知識として繊維機械技術の進歩がよくわかる工夫もなされている。中でも、紡績技術の説明コーナーでは、西欧技術の導入から日本の機械紡績の発展、国産技術の確立、全自動紡績システムの高度化の歴史的過程が詳しく展示が示されている。織機技術に関しては、在来織機の改良の歩み、国産織機技術の発展、豊田式汽力織、無停止杼換式豊田自動織機(G型自動織機)の展開、「エアジェット織機」「ウォータージェット織機」など現在の技術発展の歩みなど驚かされる展示があふれている。

豊田式汽力織機
無停止杼換式豊田自動織機(G型自動織機)
現代の技術による高速織機
入口に展示されている千時間シンボルの「環状織機」

 これら展示された紡績機、織機技術の発展は、トヨタの技術開発に使われた要素技術の追求、特に、豊田織機の機械加工、制御技術への取り組み、自動化、安全化への努力は、後に展開されるトヨタ自動車生産方式や技術の展開に大きく役立ったと考えられる。

(了)

♣ 豊田佐吉記念館

所在地:静岡県湖西市山口113-2 Tel. 053-576-0064
HP: https://global.toyota/jp/company/profile/museums/sakichi/

佐吉像
豊田佐吉生家
生家内の展示

→ 日本ではじめて「豊田式木製人力織機」「G型自動織機」を考案し普及させた豊田佐吉の 記念館。トヨタの創業者豊田佐吉の誕生120年を記念して1988年に開館している。ここでは佐吉の生まれた湖西の生家を利用して彼が発明した織機や特許証などゆかりの品々の多くを展示している。彼のたゆみない研究と創造の精神を伝えるものとして貴重であろう。

♣ スズキ歴史館の織機展示部

ー自動織機からバイク、そして自動車への成長軌跡をみる

所在地: 〒432-8062 静岡県浜松市南区増楽町1301  Tel. 053-440-2020
HP https://www.suzuki-rekishikan.jp/index.html
○参考:「スズキ歴史館」を訪ねるhttps://igsforum.com/visit-suzuki-history-museum-in-hamamatsu-j/

スズキ歴史館 鈴木式織機展示コーナー

→ スズキは、周知のように二輪車部門、軽自動車部門の世界的なメーカーの一つだが、そのルーツは明治期に鈴木道雄が創業した「鈴木式織機株式会社」(1909年)にさかのぼる。このスズキ歴史館の主力は、勿論、同社の多彩な二輪・四輪車製品と技術開発の展示であることは間違いない。しかし、歴史館では、スズキの創業の歴史を踏まえ、製作してきた数多くの自動織機開発の経過を展示し、同社の起業理念と製作技術のありようを詳細に紹介している。そこでは、織機製作培った技術をもとに、戦後、自動車市場の広がりを期待してオートバイに参入、自動車産業へ進出していく過程を展示し技術の系譜を明らかにしている。

<歴史館の展示と企業発展>

鈴木道雄
創業時の「 鈴木式織機製作所」(1908)

 歴史館の展示をみると、スズキの事業展開の時間軸に沿って構成しているのがみえる。この経過によれば、最初に創業者鈴木道雄が「足踏み式織機」(鈴木式織機の第1号機)を考案して起業、そして、縦横縞模様の織れる「杼箱上下器搭載織機」(1910年代)を製作、次に「A片側4梃杼織機」(サロン織機)(1920年代)を開発して会社の基礎を築く過程が紹介されている。この鈴木式“サロン織機”は、アジア市場での人気が最初に高く、海外への輸出が大きく伸び業績が伸びている様子がうかがえる。また、その後は「M型部分整経機」(1930年代)、{A60 片側四梃杼織機}(1940年代)などの製作と開発が続けられ更なる発展を遂げるたことも示される。

杼箱上下器搭載織機(復元)
片側四挺杼(サロン織機)
各種の鈴木式織機

 しかし、経過を見ると織機だけではいずれ限界がくると予見したスズキは、将来の市場をみこして繊維機械と自動車エンジンの技術を活用した自動二輪車の開発に取り組む。戦時中、この開発努力は中断するが、戦後、残った工場のわずかな資材を基に作ったのがスズキ初のモーターバイク「パワーフリー号」(1951年発売)である。その後は、二輪車、そして四輪車開発へと進むスズキの存在感が高度成長期で大きく示されることとなるのである。

発起製作からバイクへ
パワーフリー号バイク

 振り返ってみると、企業としてのスズキ、トヨタの発展は、同じく織物機械製作から出発し、その技術を使いつつ自動車産業に進出していった点は共通している。こういった「ものづくり」技術の連続性は、両者の発展を見ても強調しておく必要があると思えた。このことを強く印象づけられたスズキ歴史館の「繊維部」展示であった。

♣ 東京農工大学科学博物館(繊維博物室)

所在地:東京都小金井市中町2-24-16  Tel. 042-388-7163
HP: https://www.tuat-museum.org/
参考:https://igsforum.com/visit-the-nature-and-science-museum-of-tuat-j/

農工大科学学博物館

→ 農工大は明治初期の農事修学場が起源となり設立され大学で、戦後1949年、農業と工学を融合させた特徴のある国立大学として新しく設立された。このため、同大学の科学博物館には、明治以降の歴史的な紡績、織機、養蚕施設、各種繊維機器などの豊富な展示がなされている。館内には、養蚕関係の機器を中心とした「繊維関係資料展示室」、各種織機を展示する「繊維機械展示室」、蚕糸・織布の品質を検査する「計測機器」の展示室、伝統的な養蚕の姿や絹商品の内容を示す「錦絵・商標展示室」などがある。

繭・蚕糸展示室
初期の繊維機械展示

このうち「繊維展示室」と「計測」展示は、繭の生育管理、蚕糸の生成、紡糸の過程、絹製品の生産・品質管理などに関連する標本、用具、生産機械、計測機器が時代ごとに陳列されており、日本の絹産業の発展がよくわかる展示となっている。また、「繊維機械」では、伝統的な織機から始めて現代に至る織物機械の発展が一覧でき、どのように紡績機械、織機が時代を通じてどのように発展してきたかを見ることができる。また、「錦絵」コーナーでは、江戸・明治の時代に養蚕蚕糸がいかに重要であったかを示すビジュアルな展示が魅力的である。

紡績機械展示
織機類の展示
絹糸製作の浮世絵

博物館の展示は蚕糸・絹製品の生産過程がメインになっているが、他の繊維産業に関するものも数多くみられる。例えば、レーヨン、ナイロンなどの化学繊維に関するもの、炭素繊維などの最近の繊維先端技術、医療分野での繊維化学応用分野の展示などである。

♣ 博物館明治村(機械館・繊維機械展示)

所在地:愛知県犬山市内山 1番地  明治村        Tel. 0568-67-0314
HP: https://www.meijimura.com/sight/
参考:博物館明治村機械館をリニューアル(繊研新聞)https://senken.co.jp/posts/meijimura-181019

明治村内の機械館

 → 明治村機械館は、明治5年に東京・新橋に建てられた旧鉄道寮新橋工場建物を移設・開業した資料館。重要文化財2件、機械遺産2件を含む工作機械33件を展示している。このうち半分を占めるのが繊維機械。1893年(同26年)に英プラットが製造し、東洋紡の前身の一つである三重紡績で使われていたリング精紡機、同じく英プラットが1907年に製造した練条機、1902年(同35年)に製造した荒打打綿機など、明治期の紡績振興のため導入された各種繊維機械が展示されている。日本独自の工夫で作られ普及した明治時代の“ガラ紡”なども展示している。(参考引用:(繊研新聞より)

リング精紡機(1893年)
練条機(1907年)
ガラ紡機


♣ 倉紡記念館(クラボウと紡績産業ミュージアム)

所在地:岡山県倉敷市本町7−1 Tel. 086-422-0011
HP: https://www.kurabo.co.jp/museum/

倉紡記念館外観

 → 倉紡記念館は、岡山県倉敷市にあるのクラボウと紡績産業のミュージアムである。1888年に創業したクラボウ(倉敷紡績)は、紡織業を中心に130年以上の歴史を築いてきた老舗企業。その歴史を現代に伝えようと誕生したのが「倉紡記念館」。創業当時の原綿倉庫をリニューアルして記念館にしたもので、建物自体が当時の姿を今にとどめる歴史資産となっている。記念館ではクラボウの創業から現代までの事業展開の様子を伝える貴重な文書・写真・映像・模型などを豊富展示しており、日本の紡績業発展の一つの形を表すモニュメントとなっている。

記念館の展示スペース
明治期に使われた紡績機械展示

 記念館展示は、5つの展示室から構成されており、第1室は明治の創業時代の紡績機械や文書、第2室は 大正時代のクラボウの発展期の資料を展示、第3室は昭和時代の不況と戦争期の時代背景とクラボウの変遷、第4室は戦後・平成に至る紡績産業の行方とクラボウの事業の多角化の歩みを、それぞれ時代を追って展示している。最後の第5室は年表コーナーで明治から現在までの総まとめでビデオと写真映像、書籍などを展示するかたちとなっている。

クラボウの創業者群
倉敷紡績の創業(1888)

 戦後クラボウは、繊維以外への取り組みを図り様々な事業展開する総合化学品エンジニア企業へと転換している。

デニム事業に進出。
(1970年代)
化成品ウレタン事業 (1960年代
バイオメディカル分野(1980年代)
大原孫三郎

 クラボウの歴史をみると、日本における紡績業の発展の一翼を担ったほか、社会問題へも積極的に関わっており、地域社会への貢献のために様々な取り組み、従業員の労働環境の改善にも尽くしたことでも知られる。特に、創業者のひとりである大原孫三郎は、数多くの社会貢献活動に力を注ぎ、「倉紡中央病院」(現 倉敷中央病院)、「倉敷労働科学研究所」(現 大原記念労働科学研究所)の設立を主導したほか、多彩なコレクションで知られる大原美術館も設立している。

大原記念労働科学研究所
大原美術館

 

一方、倉敷のクラボウの関連施設として「倉敷アイビースクエア」が知られており、明治時代の倉敷紡績所(現クラボウ)発祥工場の外観や立木を保存し、再利用して生まれた複合観光施設として機能している。中には、ホテル・文化施設、体験施設や倉敷の工芸品や民芸品、銘菓などのショップなどがある。この施設内の旧倉敷紡績所は、2007年、日本の産業の近代化に大きく貢献したとして、創業時における紡績工場建物群が国の「近代化産業遺産」に認定されている。

☆参考
・クラボウヒストリー https://www.kurabo.co.jp/kurabo-history/
・大原孫三郎人物伝 https://www.kurabo.co.jp/sogyo/
・倉敷アイビースクエア https://www.ivysquare.co.jp/

♣ 東レ記念館

所在地:滋賀県大津市園山1-1-1              Tel. 077-537-0770 
HP: https://www.toray.co.jp/ir/library/lib_008.html
参考:https://www.senbism.toray/stories1/
https://www.toray.co.jp/aboutus/download/pdf/1956.pdf

東レ記念館外観

 → 東レは、1926年、化学繊維メーカーとして三井物産の支援で創立、滋賀県大津市に滋賀事業場を開設、生産を開始している。1970年に社名を「東レ」と改めているが、この滋賀事業場を同社の「記念館」として開館している。一般向けには公開していないようであるが、投資家や関連技術者は見学が許されており、動画でも館内展示の内容が紹介されている。

記念館展示場
東レの歴史を刻む展示

 この動画展示によって、創業時の東レの企業活動、技術開発が丁寧にパネルや写真、当初の製品群などと共に丁寧に解説されており同社発展の歴史がよくわかるのである。

デュポンとの提携によるナイロンの生産開始

中でも、戦後、デュポン社との技術提携でうまれたナイロン繊維開発、ポリエステル繊維の大きな市場インパクトの様子が伝えられている。また、記念館とは別に、東レでは「イノベーションプラザ」を設立されており、近年の新しい事業と技術展開、製品開発の内容も紹介されていて興味深い。特に、人工皮革「エクセーヌ」、自動車用内装材、航空機の機体にも使われる炭素繊維、医療用素材、繊維では「ヒートテック」微細繊維眼鏡拭き「トレシー」などが有名である。

東レの「ヒートテック」
東レの新製品群
航空機にも使われる炭素繊維

 

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